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ロシア紀行、文化遺産を巡る9日間
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当初のロシア旅行記は表示が随分と乱れていました。見易くするため、2013年3月に全面的な改善を施しました。旅行記の本文や写真は原初とほぼ同じですが、「はじめに」と「おわりに」の2ページを統合して「総括」1ページにまとめました。途中で文脈上のつながりが不自然ですが、原文の変更を最小限にしたためです。


何時だったか、日本海の真っ赤な夕焼けを眺めて感激したことがあった。それは、忘れ難く綺麗なものでした。その日本海の向岸はロシア、隣国です。ところが「太陽は沈み、今ロシアの天上にあり」とは思わなかった。「太陽は日本海に沈んだ」 だけなのです。ロシアは気持ちの上で遠い国でした。

そうはいっても、科学技術はもとより文学でも音楽でもスポーツでも、その他の各方面でも実に多彩で優れた業績を上げているのがロシアです。その意味では子供時代から教科書で学ぶ人名から身近な国ともいえましょう。ガガーリン(宇宙飛行士)、トルストイ(文学)、チャイコフスキー(音楽)、を知らない日本人はいないのです。筆者のCDコレクションにもロシア人作曲家の作品が数多くある。楽しめる音楽や好きな音楽もあり、実に身近な存在です。若かりし頃に手ほどきを受けた「確率論」でもマルコフやチェビチェフなどロシア系の数学者の名前がよく出てきた記憶がある。スポーツの世界でも、アテネ・オリンピックで活躍した塚原直也選手(体操団体・金メダル)のコーチはロシア人のニコライ・アンドリアノフ氏だったし、テニスのマリア・シャラポワ選手は実力と美貌で人気が高く、直近では女子フィギュア・スケートの安藤美姫選手のコーチの1人もロシア人ニコライ・モロゾフ氏とされます。確かにロシア人の活躍は身近にいろいろと見えるのです。それでも、庶民の1人として個人的な利害関係は無いにもかかわらず、ヨーロッパの国としてロシアだけは説明できない距離を意識してしまう・・・。

やはり長年に渡る「歴史的」な何かが日本の社会や個人の深層に何がしの作用をしているのでしょう。しかし、ソ連からロシア連邦となって既に15年が過ぎ、未だいろいろな問題を含む現状とはいえ、外に対し開かれつつある今日のロシアとなっています。それに呼応してか、旅行会社が企画・提供するロシア・パック旅行も種類と本数が増えている昨今です。この機会が何の機会か実は自分でも分かりませんが、とにかくロシアの1部だけでも観光し色々と体感してきました。行った人の話では明るく綺麗な街が多いというが、自分もそう思っています。ヨーロッパでも特異な文化を育ませたロシアは予想以上に楽しめました。

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旅行ガイドブックは2冊用意しました。共にロシア語の固有名詞(キリル文字)が頻繁に出てきます。ロシアで使用されるキリル文字は10世紀前後からスラブ系東欧領域で使用された古い文字なのです。1音1文字を基本とするらしい。しかし、これからロシア語のさわりを覚える努力しても無理なので諦めが肝心でしょう。ロシア旅行に付きまとう制度的な煩雑さに加えて、未知で難解な言葉の壁が立ちはだかり、我々としては添乗員と現地ガイド付きのパッケージ・ツアーで楽しむのが唯一の方法でした。
英語? 一般的には、まず通じないようです。しかしホテルを含めて国際的な観光施設では簡単なコミュニケーションは英語で大丈夫でした。とは云え、決まりきった内容で会話とは云えないもの・・・。ロシアの個人旅行はロシア語の基本が出来ていないと無理とされています。

この旅行記で使用するロシアの固有名詞は旅行会社で使用している表記と旅行ガイドブックのカタカナ表記を利用しています。実際には同じロシア語の固有名詞でも記述者により微妙に違うカタカナ表記が多いのです。さらに、帝政ロシア、社会主義ソ連邦、現在のロシア連邦と国家体制が変わる毎に都市名や道路名など公共性の高い場所の名称が変えられることも多い。外国人にとってロシア国内の名称問題は混乱の原因でもあります。やむを得ず旅行記では適当(?)に統一して使ったつもりです。

チョット変ですが、主要な観光ポイント等は英語名を添えるよう務めました。旅行ガイドブックのキリル文字は利用できる人が少ないでしょう。反面、英語名が分かると英語検索エンジンを利用して調べることも簡単になります。それで、不十分で気まぐれながら英語名をなるべく多く添えるようにしたのです。

各種の情報ソースに対する事前調査では、ロシアは今まで旅行した他の諸国とは様子がかなり違います。旅行先としてのロシアの現状は「ロシアの基本情報」ページから簡単に推察することができるので、ぜひご覧ください。パックツアーなら旅行会社まかせで良いようなものですが、何かと他の諸国とは違う独特な旅行手続きが必要です。慣れれば大したことではなさそうでも、初訪問の場合はやはり戸惑います。

ソ連邦時代は自由行動や写真撮影は極度に制限されていました。その名残か、今日でもネット上には撮影した写真も検閲の対象になるような記述すらありました。しかしパック旅行は観光地のみの訪問であり、写真撮影に関し問題はありません。撮影禁止の観光施設(聖堂内部など)では撮影しないことです。また、観光施設によっては50P〜100Pのカメラ料が取られることも多いのですが、払えば良いだけのこと。イギリスのカンタベリー大聖堂でもカメラ料を取られた記憶があります。フラッシュ禁止の博物館や美術館は多いが、これはロシアに限ったことではなく、何処の国でも普通はフラッシュは禁止です。ロシアの人達は撮影の邪魔をしないよう避けてくれたりニコニコして見ていたりで、写真撮影を嫌がる様子は感じませんでしたね。ただし公共の場でロシア人にカメラを向けての写真撮影は注意が必要、嫌がる人達も多いように聞きました。サンクト・ペテルブルグでは新婚カップルのウェデング・ドレス姿を多く撮影しましたが、気付かれないよう望遠を効かせたものが大部分です。私の場合は人物を入れない旅行写真が主なので沢山撮りましたし、当旅行記の写真ページで約440枚も公開してあります。

このロシア旅行記は今までの旅行記と同じくロシア旅行中の見聞や経験を日付と時刻に従って記述したものです。しかし今回の旅行記のスタイルを変更しました。フレームによる画面の2分割を止め、左コラムのメニューはありません。代わりに「当日メニュー」を各ページのトップに置きました。ロシア旅行記の総メニューはトップページに設置してあります。この方法により、特定項目の表示も簡便にできる旅行記としたつもりです。

旅行記の構成や記述方法や写真の表示方法は今までと大差はありません。なるべく簡潔な記述を心がけているつもりですが、個人的な趣味の傾向と能力的な制約もあり、どうしてもある程度の分量になってしまいます。例えば、写真のみでは被写体の正しい知識がある人以外には詳細は分からない。せいぜい正誤の知れない想像や憶測ができるだけです。写真すら適切な説明が必要なのです。記録とは旅行記を含めそのような性質のものでしょう。ある程度は詳細に書かざるを得ないし、観光や観察したものの文字による写生(描写)もせざるを得ない。些事の起承転結が連続的に重なり大きな起承転結となったりもするのです。読み手の「分かる分からぬ」や「好む好まぬ」は別として、旅行記を制作する以上は誰でもトライせざるを得ないことでしょう。「願わくば、読みやすく楽しみやすい」旅行記であらんことを・・・、と何時も思います。

蛇足ながら、個人的な旅行体験やツアー行動を通じて旅行と観光先の予備知識を得たいのではなく、観光先の概略を手短に知りたいだけなら2千円程度を支出して旅行ガイドブックをお読みになるほうが良いかも知れません。しかし、経験上は、やはりネット上の情報で補完する必要を多々感じています。

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ネット上に数多くあるロシア旅行の報告にさらに1編を加える北行庵のロシア旅行記、その内容やスタイルにご賛同頂けるでしょうか・・・。少なくとも寛いでお楽しみ頂けたならば幸いに存じます。

やっと旅行記と写真集が一応の完成となりました。これからも小さな手直しは必要ですが、ホッとした状態です。 この時点で、今回のロシア旅行の印象を一口で語るとすれば、ロシア正教の変化に富んだ各種の聖堂と帝政時代の宮殿をタップリと観賞する旅行でした。もちろん、クレムリンの武器庫(皇室関連の博物館)やエルミタージュ美術館の終日見学や毎日変わるロシア料理、そしてモスクワ川とネヴァ川のクルーズも、色々と珍しく存分に楽しめたのです。さらにモスクワからサンクト・ペテルブルグの移動では予想外に最新型1等寝台列車にも乗れて運の良い経験でした。それぞれによき思い出がありますが、時間が経つにつれ、おとぎの国を想像させる姿をしたロシア正教の個性豊かな聖堂やロマノフ王朝の壮大な宮殿と庭園が突出して目に浮かびます。私にはかなり強い印象が残ったようです。
今回のロシア旅行は確かに「楽しかった旅行」の1つですが、「ウキウキ、ワクワク」がある楽しさではなく、「珍しいものを実際に見聞きする」楽しさが一杯の旅行でした。

モスクワ、黄金の輪の歴史的な中小都市、サンクト・ペテルブルグと郊外、今回訪ねた街々をバスの車窓から眺めることも多かった。時には田舎の木造住宅に貧しさや質素な生活を感ずることはあっても、どこも不潔な感じがしなかった。恐らくキリスト教国に共通するものでしょう。そして、隅々まで「ロシア人(白人)」ばかりと云えるようなのです。ニューヨーク、ロンドン、パリ(少ない)など国際的な大都会は白から黒まで各種の皮膚の人たちがいる。北寄りのフランクフルトやベルリンでは皮膚の分布はかなり白っぽくなる印象が残っているが、ここ北方のロシアでは、モスクワもサンクト・ペテルブルグも白人ばかり・・・。
欧州諸国は植民地時代にアフリカ系の奴隷を利用することが多く、現在は本国に逆流して大都会の民族的混在が出現している。ところがロシアは外部の異民族は入れなかった。同じ民族で同じ宗教の自国民のうち、犯罪者の一部をシベリア流刑(植民地送り)として労働力として使い、貴族の所領では厳しい”農奴制”を実施して奴隷による生産で絶対君主制の経済活動を支えたのです。結果として、スラブ系の白人ばかりとも云える現在のロシアなのです。
確かにイスラム教徒の問題もあり、貧しい移民のセクションも大都会にはあるやに聞きました。そして市民生活のレベルでは未だ大問題が山積とも云える状況らしいが、やはり歴史あるヨーロッパの大国の1つです。各方面における知的ノウハウを豊富に積み上げ、有効に活用も出来る十分な力がある国なのです。長い歴史においてモタモタする時期はあるようですが、恐らくロシアの基調が変わる訳ではないのでしょう。緑豊かな木々や立派な建物が多いためかも知れないが、ウラル山脈の西側ヨーロッパ・ロシアではそう思わせるものが多かったと思います。

我々は夜の行動に弱い面があり、モスクワのオプショナル「ボリショイ・サーカス」や「バレエ」の観賞、あるいはサンクト・ペテルブルグでの「フォークロア・ショー」には参加しませんでした。代わりに最終日の午前にツアーでは観れない「スパソ・ナ・クラヴィ聖堂」や「イサク大聖堂」の内部の参観をしたのです。しかし、オプショナル・ツアーも1つ位は申し込んでおけばよかった、とも思っています。何に重点を置くか参加者の自由ですが、ロシアご自慢のプログラムは、例え観光用にせよ、参加しても損は無いはずです。少し後悔しています。

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ロシア(正教)を代表する建物としてはモスクワ赤の広場に建つ聖ワシリー寺院やサンクト・ペテルブルグのスパス・ナ・クラヴィ聖堂(血の上の教会)があまりにも有名です。それらを特徴付けている「玉ねぎ坊主(ドーム)」をよく見ると全て異なるデザインです。どれ1つとして同じものがない。他の金色に輝くドームをもつ聖堂も十字架を飾り立てたり、簡素なギリシア十字架が付いていたり、ドーム塔が1つだったり、小さいものが沢山並んだり、必ずしも中心の大ドームと周辺に4本の小ドームという訳でもない・・・。モスクワ、黄金の輪、サンクト・ペテルブルグを見歩いた結果、独断的ながら、似否な教会や聖堂が実に多いという印象を持帰りました。もし歴史の風雪に耐えてきた多種多様な教会堂がロシア人の内面の好みを反映しているとすれば、案外ロシア人は画一性を好まないのかも知れません。宗教は「ロシア正教」で、聖堂に「信者の椅子」はなく、言語は「ロシア語」と頑強で押しの強い面も感じられ、矛盾もするのですが、何となく・・・。制度的に分派はないのでしょうか?

日本の黒瓦や桧皮葺の神社仏閣に見慣れた目には、幾度も書いたが、ロシア正教の聖堂はメルヘンの世界というか珍しい外観が多いのです。ミラノの大聖堂は天上の神に少しでも近づくために高い塔を沢山建てた、と言われます。フランスやドイツの大聖堂にも天高くそびえる壮大な建物が沢山ある。しかし、ロシア正教の聖堂のように、金色、青色、緑色、灰色、等々に色付けしたものや個性豊かな七宝細工で飾ったドームは見たことがない。同じキリスト教のルーツを持ちながら、東方正教会を選び、ギリシア正教とも異なるロシア正教として独自の発達をとげ、何時の間にかカトリックともプロテスタントとも全く違う独特の聖堂建築を完成させていたのです。民族と文化に宗教が欠かせない以上、ロシア文化の独自性には大きいものがあると思えます。

70年以上も続いた社会主義体制の時代には宗教弾圧も強かったはずと思うのですが、ロシア人のロシア正教に対する信心というか思い入れは大変なものだったようです。モスクワの救世主大聖堂を含む見せしめ(衛星国向け宣伝材料?)程度の破壊はあったようでも歴史的な宗教施設の多くは全くの無傷で残っていた。どおりで、社会主義体制の下では外国人訪問客の自由行動と写真撮影は禁じたはずです。ロシア正教の聖堂や修道院を訪ねたり写真を撮っても「通常なら害はない」でしょう。それが「有害」だった。私が若かったころ「共産主義そのものが宗教であり、伝統的な他宗教は否定する」が通説だったと思いますが、本家本元ではロシア正教の施設は大切に保存されていたのです。それだから、今日になり観光旅行で珍しいものが沢山見れるのですが・・・。

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立派な建物や庭園や街並みに比し、ロシアの庶民の生活レベルは未だ大変な面があるようです。平均月収は日本円にして2〜3万円程度のようでした。もちろん生活用品の物価は低いものと思いますが、観光旅行中は庶民的な場所、例えばマーケット、などを見なかったので何ともいえません。実は外人観光客向けのプライスがあるようにも云われます。宗教音楽のCD1枚がUS$10.00(約1200円)だったり、各種のガイドブックも大体は同程度と思える値段でした。スパス・ナ・クラヴィ聖堂やイサク大聖堂は個人で入場料を払いましたが、共に入場料のみで300P(約1500円)だった。しかも、多くの観光先はパンフレットや見学コースのマップなどもくれません。比較には無理があるが、昨年訪ねた金閣寺と銀閣寺は400円と500円でした。我々が払ったロシアの入場料などは現地の平均月収を考えると実に高いものです。ウワサのように外人観光客とロシア人の間では2重価格制があるとしても不思議はありません。制度的には1価制でロシア人は身分証明書提示で割引が適用になるらしい。

外国人観光客が多い施設ではロシア通貨のルーブルと米ドルの2重通貨制に近いものでした。枕チップも1ドル紙幣で置きました。しかしルーブルしか受取ってもらえないこともあり、米ドルからルーブルに両替しておく必要がある。日本円からルーブルへの両替(約\4.8/1P)はロシアでも日本でも出来ないので米ドル(約\120/1$)が必要です。ユーロでも良いが、昨今のユーロ高(約\150/1E)で不利でしょう。両替手数料が2度かかり、支払い金額も外人価格になるのですが、これはロシアの市民経済の向上と日露関係の大幅改善などが達成されるまで我慢すべき性質のことと思います。
しかし日本人がロシアに滞在した場合の生活費は、生活レベルにもよるが、日本円に換算するとかなり安いと聞いています。

観光客の多い場所では現地ガイドさんから「スリに用心」と言われました。バックやウェストポーチから財布を抜取られることはよくあるようです。ロシアは航空機や宇宙ロケットの開発などで高い技術水準を誇りますが、地表に降りても指先の器用さは抜群でスリ上手もかなりのものらしい。「300mm望遠レンズ付きカメラを肩に下げた日本人が人混みを通り抜けたら望遠レンズは消えカメラだけになっていた」という話までありました。
ロシア観光初日の昼食時にデジカメをテーブルに置いてトイレに行った人がいた。生憎と皿の片付け中だった。戻って来た時にはデジカメは行方不明になっていたようでした。
観光の最終日、ピョートル大帝夏の宮殿の噴水で被害者が1人発生しました。現金入りの財布をバックから抜取られたのです。私も同じ場所でスリとぶつかりましたが、ウェスト・ポーチのチャックを開けられただけで実害はなかった。相手は生活をかけての仕事です。用心、用心、・・・。

似たようなことですが、航空会社に預けるスーツケースはロックした上に布製ガムテープで厳重に鍵穴を塞ぐよう指示されました。ターンテーブルに出てくるまでに開ける人がいるそうです。旅行会社が幾度も苦情を云ったが止めないそうで、自衛なのです。また、ホテルに連泊の場合は自室にスーツケースを置いて出かけます。所持品は歯ブラシまで全てスーツケースに入れて、同様にガムテープでロック部分をカバーする必要があるのです。我々が利用したホテルは旅行会社の分類でスタンダードとスーペリアでしたが、明確に指示されたことの1つでした。枕チップを置いた方がその意味では良いらしい。

逆に、ホテル側でも同じく用心しているようです。備品類は絶対に持ち出してはいけません。チェックアウト時にホテル側で備品の有無や冷蔵庫の飲物を確認するのです。これは寝台列車でも同じです。各車両に1名づつコンダクターが居ますが、到着後に部屋の備品を調べるそうです。

スリとか窃盗の被害にあったらどうするか? 少なくとも警察に被害届けを出すのが普通です。ところがです、現地ガイドさんの説明では「ロシア人は警察に届けない」そうです。何故ならば、届けると”被害総額”がさらに大きくなるから・・・。外人観光客はロシア語もままならず、一体どうするべきなのでしょう。その肝心なことが、よく分かりません。被害に合わぬよう「転ばぬ先の杖」を常に心しておくしかないでしょう。

ロシア旅行中の健康上のことですが、料理は薄味ですが美味しいものもあり問題ないと思います。が、生水はお腹を壊すので飲めません。ツアーでは(朝・)昼・夕の食事毎にミネラル・ウォーターが自由になり助かりました。しかし我々のグループは旅行中にお腹を壊した人が半数も発生したようです。例外と云えるほど多かったらしいが、原因は不明です。海外旅行では適切な「下痢止め」を必ず携帯するのが良いのでしょう。その一例でした。
大陸の内部は昼と朝夕の気温差があるので、風邪には気を付ける必要がありました。

いろいろあるお国柄のようです。常日頃からロシアを研究したりロシア語の訓練をしている人達を除き、ロシアの個人旅行は難しいようです。不十分な知識で自由気ままな旅行を楽しむには未だ早すぎる現状かも知れません。 幸いなことに、ロシアの知られた観光地は限られており、ツアーでもかなりの程度は安全に楽しむことが出来るのです。当旅行記の初めの部分にある「ロシアの基本情報」を御一読ください。

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最後まで気ままに書き続けましたが、如何でしたでしょうか。 日頃は遠い国だったロシア、今回の旅行で少しは近くなったかも知れません。 旅行記は長々とした記録になりました。 最後までお付き合いくださり感謝いたします。 北行庵の他の旅行記も折をみてお楽しみください。

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