旅行記|南米3ヵ国、周遊の旅11日間 ( 1日目/2006年4月12日・水曜 )
自宅出発、成田空港からロスアンゼルスに出発
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出発まで:
06:30 起床。良く眠れました。我々2人の体調は良好で問題ありません。スーツケースや他の携帯品の準備は昨日までに完了している。今朝は特にすることもない。残念ながら、外は小雨でした。

国内移動 (自宅→地元空港⇒羽田空港→成田空港):
適当な時刻にタクシー会社に電話、配車を依頼した。
5分程度でタクシーが到着。トランクにスーツケース2個を積んでもらう。
地元空港に到着。タクシー代(約3000円)を払った。
スーツケースを押しながらJALの自動発券機に向かった。オンライン購入で使用したクレジットカードを入れ、地元空港・羽田空港の往復の搭乗券2人分と領収書を受取る。往路の搭乗券には座席番号が記入されていたが、帰路の座席は未記入だった。これは帰路の搭乗手続きの際に記入してもらうしかない。
手荷物と身体のX線検査を受けて搭乗待合室に入った。まだ搭乗する機材は到着していない。TVを観るとも無く観て時間をすごした。外は相変わらずの小雨だった。
搭乗するJAL機が到着し、その後しばらくして搭乗が始まった。
我々はJシートで前から4番目の座席だった。機材はB767-300、Jシートの配列は 2-2-2 だった。やはり余裕がありエコノミークラスよりは遥かに楽である。もし海外便のエコノミークラスがこの広さなら海外旅行は楽なものになる、とワイフと話したものでした。
出発。搭乗機は滑走路に向かって動き始めた。その時、スチュワーデスから足乗せ台を引っ込めるように注意される。右側のボタンを押して背もたれと足載せを動かすのだが、そのボタンを引き上げた状態で足載せを足で押して引っ込める。これが分からず少々まごついた。その後、スチュワーデスに膝掛けを2枚持ってきてもらった。
菓子と紅茶のサービス。菓子は「なだまん」のものだった。これはJシートのみのサービスでしょう。
羽田空港に到着。気温は14度で曇りだった。
長々とコンコースを歩き、一段と低い預入手荷物の受取場に行く。預けた荷物がターンテーブルに出てくるのを待った。我々のスーツケースは早めに出てきた。カートに積み、リムジンのチケット売り場に向かう。途中でお茶のボトル1本(\147)を買っておく。リムジン・バスのチケット売り場で直近の成田空港行きを2枚購入(@\3000)した。
リムジン・バスの乗場は7番だった。
それ程は待たずに成田行きは出発となった。
成田空港第2ターミナルに到着。南口で下車した。

成田空港でツアーに参加、搭乗手続き:
空いていたカートにスーツケース2個と機内持込み用キャリーバックを積み、Gゲートの14番と15番の旅行会社窓口まで行った。ターミナルビル内はそこそこの混雑だった。
13:07 旅行会社の窓口の女性社員に名前を伝えると直ぐにわかった。全航空券の束とブラジルの入国査証取得のため預けてあったパスポートを受取る。JALの搭乗手続きはMカウンターと言われたが、場所が分からない。説明では、出入り口の左側で建物に沿った部屋にあるらしい。そのMカウンターは初めての利用になる。「ツアー参加者は 15:40 に奥の広場に集合」といわれ、旅行会社の窓口から離れた。

カートを押しながら再度ターミナル入口まで戻ると、Mカウンターはカート持込み禁止だった。入口近くの邪魔にならない場所に放置し、スーツケースを各自で押しながらMカウンターの部屋に入る。
13:10 まず手荷物検査があった。どういうわけか、女性検査担当者がワイフのスーツケースのみを開けて細かに調べていた。私のスーツケースはそのままパスとなり面倒はなかった。夫婦なら片方だけの検査なのだ、と思う。何時の事だったか、帰国の通関の折に私のスーツケースだけ検査されたことがあった。
空いている搭乗手続き窓口に行く。荷物の重量は2個合計で30.2Kgで問題はない。平常どおりに手続きを完了した。航空券の束とロスアンゼルス便の搭乗券を受取り、パスポートを貴重品用のポーチに入れた。

pouch この貴重品ポーチは市販品ではない。オーストラリア旅行(2004年)の際にカンタス航空がアイマスク・耳栓・使い捨て歯磨きセットを入れて配布した袋である。大きさが手ごろで色がブルー、ファスナー付きで使い易そうだった。金属部分を取り除き、ワイフに紐を縫い付けて固定してもらった。旅行中はパスポートやクレジットカードや現金を入れて首に掛け続けました。特に意識せずに済んだので適切なものだったのでしょう。

13:20 M搭乗カウンターを出る。

ショッピング・モールと外貨に両替(米ドル):
集合時間まで間があり、ショッピング・モールで過ごす予定だった。エスカレータでモールに行きブラブラと店を覗きながら奥の寿司屋に向かう。
13:45 寿司田に入り、遅い昼食とする。店内は日本人や外人の旅行客で賑わっていた。我々は2人対面の小テーブルに座る。大衆的な寿司屋なので2人でも \3520 で済んだ。
14:10 寿司田を出る。

その後、万が一必要になった場合に備えて小型の「虫除けスプレー」を購入した。薬局の人によると、「ガスタイプのスプレーはダメ(テロ対策で危険品と見なされかねない)」ということで「ポンプ式スプレーの虫除け(\840)」にした。結果論ですが、イグアスの滝やマチュピチュなど緑のある観光先でも我々の場合には虫除けは全く不要でした。虫よけスプレーの要・不要は時期と虫の発生状況によるので、運・不運の問題かもしれません。それに、国際的な有名観光地では各国ともいろいろ気を配っていることと思います。

compass 他に、これまで使用してきた方位磁石が壊れて使用できなくなったので、ここの旅行用品店で小型のものを1つ購入(\1050)して携帯しました。写真撮影で忙しく旅行中は使用しなかったが、ツアーの同行者には方位磁石で時々方角を確認する人達もいましたね。そういうことをする人はまず男性です。
航空機で移動する時間が長いので読む単行本も探しました。でも、どれにも興味がわかず、眠って過ごすことにしたのです。結局は家から持ってきた新書すら開くことはなく、往復の機中では殆ど眠って過ごしたのです。強行軍のツアーなので他の人達も大体は同じようなもの、本を買わなかったのは今回の旅行では正解でした。

14:30 ショッピング・モールからエスカレーターで降りた。Gカウンター近くのM銀行に行き、日本円を米ドルに両替(Rate:\120.65/US$)。買い物旅行ではなく自由散策の時間もないツアーです。チップや飲み物代があれば基本的に間に合うはずです。
あらかじめ必要と推定した金額、1人100米ドル分の日本円を用意して、1ドル紙幣50枚と5ドル紙幣10枚を受取るように書類に記入しました。ところが銀行は、「1ドル紙幣は1人30枚まで、5ドル紙幣ではなく10ドル紙幣になりますが?」という。困った顔をしたら、「どこに行くのですか」と聞いてきた。「ブラジル、アルゼンチン、ペルーです。」 これで分かり、「1ドル紙幣は1人40枚にしましょう。」 Thanks、助かりました。 以前から手持ちのドルは10〜100ドル紙幣ばかりで、小額紙幣が無かったのです。帰国後に残金を確認したら1ドル紙幣は2人で僅か数枚しか残っていなかった。結果的に丁度良かった枚数でした。
Gカウンター奥になる植込み用の石造り円形施設に腰掛けて集合を待つことにした。ここは集合場所の近くで便利だった。

ツアー集合と添乗員からの注意事項:
15:30 Gカウンターの旅行会社15番窓口でメンバーの集まり状態を尋ねてみる。札幌組み8名と名古屋の御夫婦は到着したが、遅れている人達もいるので集合は3時50分に変更といわれた。
15:50 小太りした男性添乗員さんや参加メンバーが近くに集まってきた。添乗員さんは40才位です。参加者は全員が熟年といえた。時期や旅行期間や費用からして当然でしょう・・・。夫婦の他に男性の友人2人組み、女性の友人組み、単独参加者で計20名だった。全員が揃ったところで添乗員さんの簡単な挨拶があり、旅行会社への支払いや注意事項などの説明が始まった。聞き取りやすい大きな声なのでホッとしました。メモした事柄のみ以下に記述しておきますが、聞き違いがあったらご容赦ください。
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(1) 旅行会社の女性職員がきて、まず「燃料サーチャージと海外出入国税」を1人32,500円づつ集金し領収書を発行した。今回はどういう訳か窓口での支払いではなかったのです。
(2) 航空券の束はロスアンゼルス空港で添乗員が回収するまで各自の管理となる。
(3) 米ドルによる各国の空港使用税($61.00/1人)はJAL機内かロスアンゼルス空港で集金する予定。
(4) 旅行中はストレスをためないように、各自で注意すること。
(5) 搭乗するJL062便は17:20出発。搭乗口は途中でシャトルを利用するD94となる。16:50 までに搭乗口に行くこと。
(6) ロスアンゼルス空港では単なる乗継でも入国・出国審査と預入手荷物(スーツケース)の受取り・預入れがある。スーツケースを受取るターンテーブルの場所で集合、それまで全員の集合はなく各自で出国審査と搭乗をすること。
(7) ロスアンゼルス空港の入国審査では指紋の採取と顔写真の撮影がある。通常は大変な時間がかかるのでお手洗いは到着まえに機内で済ませること。
(8) ロスアンゼルス空港での乗継時間は2時間30分程度である。
(9) ロスアンゼルスからはLAN航空のサンパウロ便に搭乗し、ペルー・リマ空港まで約7時間のフライトとなる。経由のリマ空港では待合室で出発まで過ごす。その後ブラジル・サンパウロ空港まで約4時間のフライトとなる。
(10) 現時点ではイグアスからブエノスアイレス行きの搭乗便が大幅に遅くなる見込みで、ブエノスアイレス市内観光は時間がなく難しい。旅行会社としてはブエノスアイレス市内観光ができるよう早い便の確保を努力中ではあるが、現地の航空事情により困難と思われる。ブエノスアイレス観光に代えてサンパウロ市内観光となった、と考えてほしいという。
実は、「地球の裏側はブエノスアイレス」 と若い時から思っていたし、単細胞的に 「地球の裏側に行く」 ことが今回のツアー参加の動機の1つでした。この旅行会社の説明でかなりの「失望感」を味わいました。
(11) 今回のグループは20名でツアーとしては丁度良いサイズです。
(12) 等々。
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ここで解散となった。

出国審査と搭乗まて゜:
各自で出国手続きに向かう。まずは携帯の手荷物類と身体のX線検査である。最近は身体のX線検査でブザーが鳴ることが多かったので、当初から幾つか気を付けました。要はベルトの止め具を除き金属は何も身に着けていない状態です。この程度のことで身体のX線検査は問題なく通過、今回の旅行中は何処でも問題なく通過できたのです。(実はそれでも以前は靴まで脱がされることがあった。不思議ですが・・・。)

出国審査の窓口はそこそこの列でした。新しいバスポートに出国のスタンプが押されました。使い始めです。もっともブラジルの入国査証は既にありましたが・・・。

次の免税店エリアに用はなく、そのまま搭乗口に向かった。途中でお茶のボトルを2本購入。機内持込みのキャリーバックに入れた。お茶や水のペットボトルはスーツケースに入れて国外に持ち出す旅行者も多いようです。その方が面倒がないかも知れません。

16:25 搭乗口D94に到着。椅子に空きはなく、動く歩道の反対側の空席に座った。
しばらく後に「出発が遅れる」というアナウンスがある。椅子でボンヤリと時を送った。
19:40 搭乗開始。搭乗口では搭乗券のみならずパスポート・チェックも行われた。

JALロスアンゼルス便・成田出発:
JL062便の機材はB747−400、座席配列は 3-4-3 だった。我々はツアーのことで後部の62Dと62Eの座席だったが、67番まであるので本当の最後部ではない。機内に持ち込んだキャリーバックからスリッパやアイマスク・耳栓・マスクなどを出し、キャリーバックはオーバーヘッド・コンパートメントに入れる。丁度ピッタリのサイズだった。セーター姿なので半コートも入れておいた。そしてゴソゴソして身の回りを落ち着かせ、やっとリラックスする。機内は僅かな空席しかなく満席に近い状態だった。
添乗員さんが来て、米国の入出国カード(ED Card)の受取りと記入を忘れないよう念をおされた。
17:55 やっと出発。35分遅れだった。
18:10 機長のアナウンスがあり、「ロスアンゼルスまで9時間15分の飛行予定、その間はトイレ付近に集まることを禁止」 ということだった。
18:15 滑走中も揺れが少なく、とてもスムースな離陸だった。
18:20 ある程度の高度になってから横揺れが激しくなった。気流の状態が悪いらしい。この揺れがおさまるまで暫くかかる。

18:30 シートベルト着用サインが消える。添乗員さんが参加者の座席を巡回して米国入国カード(ED Card)の記入法を教えて回る。大部分の人達は入国・出国カードの記入は手数料(\4200)を払って旅行会社に依頼していた。それで用紙には必要事項がタイプで記入されているが、最終的にはパスポートと同じ本人のサイン(署名)が必要なのです。実は今回のように出入国回数の多いツアーの場合は旅行会社に依頼するほうが良いらしい。出入国書類の作成手数料は出入国数に関係なくツアー参加で幾らと固定されているそうです。
我々は自己記入なので出入国カードが機内で配布されるのを待つしかありません。どうやら夕食後の配布のようでした。

19:05 飲み物とJAL定番のおつまみのサービスがあった。飲み物はワイフは水、私はアップル・ジュースにしたが、夕食用の白ワインを2人で1本だけもらっておく。ニューヨーク旅行(2001年)のときはカリフォルニア産ワインだったが、今回はフランス産のものだった。例えロスアンゼルス直行便でも遠慮なく都合で選択しているらしい。
19:35 夕食の配膳。私は洋食(ビーフハンバーグ)、ワイフは和食(鱈の味噌焼き)だった。和洋食の違いはメーンデッシュのみで他は同じでした。
20:10 食後のお茶やコーヒーのサービス。眠る予定なので断った。
20:25 エィビアン(水)の小ボトルが全員に配られた。頼んで2人で3本をもらった。
21:00 スチュワーデスが反対側の通路でEDカードを手にして必要な乗客に渡している。どうも同じ通路を前方まで行き、それから我々の座席の通路を回るようなので途中まで行ってカードを3組(出入国と関税のカード)をもらった。一刻も早く済ませて眠りたかったのだ。
21:20 書類の記入を終える。
21:40 就寝。
01:15 目覚める。
01:20 朝食はトーストとオムレツがメインだった。食後は何時もの胃薬などを服用しておく。
01:45 トレーの片付け。
01:55 追加のコーヒーを持ってきてくれた。目覚めのコーヒーは有難いものでした。
02:05 添乗員さんがEDカードの記入を確認してくれた。問題はないようだった。
02:55 スリッパから靴に履きかえ到着にそなえた。
03:35 ロスアンゼルス空港に到着。予定から15分の遅れだった。成田からロスアンゼルスまで、約9時間40分のフライトだった。

腕時計やデジカメの時計は機内で米国PST(JST-16時間)に合わせたが、旅行記ではここまでJSTで表記しています。以後、現地時刻となります。

米国 : ロスアンゼルス 現地時刻はJST-16時間(夏時間)の4月12日 午前 11時35分
ロスアンゼルス空港
米国入国審査

アメリカはテロ予防のため出入国者に厳しい目を向けています。強い自己主張が直ぐテロ行為に直結する恐るべき現状です。テロは罪なき人間を多く巻き込む神も仏もない卑劣な行為、どのような理屈を用いても正当化はできません。理由の如何を問わず止めてほしいものです。( ソウダッ!)
現実は、空港外に出ない航空機の乗継ぎのみでも入出国の手続きが必要なのです。そして通常のパスポート審査(PC/Pasport Control)だけではありません。テロ対策の1つとして、2004年9月30日から米国国家安全保障局(DHS/Department Homeland Security)がデジタル指紋認証と顔写真撮影を行っています。現時点(2006/4/12)では、14歳未満の子供か79歳以上の老人、米国国民、米国永住権所持者、を除き逃れることはできません。指紋(fingerprint/finger mark)認証はまず左(left)の人差指(forefinger/index finger/first finger)、次に右(right)の人差指、それから球形のデジカメで顔写真の撮影(photograph of one's face by a digicam)の順です。

ロスアンゼルス空港に到着・乗り継ぎ
11:35 ロスアンゼルス空港・滑走路に着陸した。
11:45 日付変更線を超えたので日本の出発日と同日の12日昼前のロスアンゼルス到着だった。当地は晴、とても明るいカルフォルニアの日差しだった。

入国審査の行列に並んだ。確かに大勢の人達が数多い審査ブース前に並んでいたが、1列は約15人程度で思っていたよりは少なかった。10年前と同じく、広い入国審査ホールには大きな星条旗が幾つも天井から吊り下げられていた。
12:20 順番が回ってきた。まず審査ブースでパスポートの提示。新パスポートの顔写真は眼鏡なしだが、実際は何時も眼鏡をかけている。成田空港の出国審査の時と同じく、米国の入国審査官からも眼鏡を外す指示はなかった。南米旅行中、1度も眼鏡を外すように言われなかったので、さすが写真と実物の照合のプロの人達、すぐ分かるのでしょう。これで懸念の1つが消えました。
パスポートに問題はなく、次に左手と右手の人差指の指紋を撮られ、それから珍しい球形のデジカメに顔写真を撮らせてアメリカ入国手続きは完了となった。

次はスーツケースの受取りだった。大汗をかく程に急いだ乗継ぎだったので記憶にないが、ターンテーブル近くで一旦集合し添乗員さんの各種の指示があったはずです。ただ、遅くともここで各国の空港使用税の合計61米ドルを添乗員さんに払う予定でしたが何の請求も無かった。大急ぎでLAN航空の搭乗手続き窓口に行き、搭乗券の受取とスーツケースの預入を済ませました。もう残り時間も僅かしかない。LAN航空の職員3〜4名の誘導を受けて空港内の慌しい移動となりました。後で知ったのですが、我々を誘導したのはLAN航空ではなくJALの現地スタッフだったそうです。万一LAN航空便に我々が搭乗できないとJALの負担となるような説明でした。
話が前後するが、ロスアンゼルス到着から出発まで僅か1時間45分の乗継時間、その間に米国の入出国を済ませたのでした。

ラン(LAN)航空・サンパウロ便に搭乗、出発
12:50 LAN航空のリマ経由サンパウロ便の搭乗口206番ゲートに到着した。
13:00 搭乗。機材はB767-300、座席配列は 2-3-2、我々は26Hと26Fの座席だった。直ぐに機内持込みのキャリーバックからスリッパなど必要品をだしてバックはオーバーヘッド・コンパートメントに入れる。何時もの通りゴソゴソして落ち着いた。
13:10 添乗員さんが回ってきた。経由のリマ空港では2時間から2時間30分あり、手荷物を残さず持って一旦は機外に出る。LAN航空の搭乗半券は決して失くさないように言われた。リマ空港での再搭乗の際に必要なのです。ここまでに成田で渡された航空券の束を添乗員さんに渡したはずなのですが、どこで渡したのか記憶にありません。
13:20 出発。これから経由のペルー・リマ空港まで約9時間のフライトらしい。恒例の救命胴衣の着用法の説明はTV映画だったが、画面の色彩や配色が実に単純で珍しく、異文化を強く感じさせるものだった。説明はスペイン語と英語の交互だった。座席前部のポケットにあった機内誌を開くとやはりスペイン語が主で、右半分に色の薄い活字で英文も掲載されている。イベリア半島系の言語のみで英語が通じない中南米といわれるが、公共の場ではやはり英語も使用されているように思えました。
13:36 離陸。
13:50 ペルーの ED Card と関税申告書を2人分受取る。この便は単にペルー・リマ空港を経由するだけなので、これらの書類の提出は不要である。しかし、後日ペルー観光のため入出国するために必要となる。後日ホテルで記入するようにいわれた。そして、リマ空港からブラジル・サンパウロ空港に向かう機内ではブラジルの ED Card と関税申告書を記入し、ブラジルの入国審査に備えるようにいわれる。
14:00〜15:30 熟睡。
16:00〜18:00 熟睡。
眠っている間に飲み物や食事のサービスが有ったかも知れないが、全く分からない。
18:45 添乗員さんが回ってきた。あと2時間半のフライトという。飲み物は後方のサービスエリアに行くともらえるらしい。
18:55 後部クルー作業室に行きオレンジジュースを2つもらった。喉が渇いていたためか実に美味しいジュースでした。結果論ですが、旅行中に飲んだジュース類はどこでも美味しかった記憶があります。
19:15 飲み物のワゴンが回ってきたが、注文は少ないようだった。軽食(サンドイッチ・カットフルーツ)の配布あり。飲み物は水にした。
20:40 片付け。
21:00 オーバーヘッド・コンパートメントからバックを出し、スリッパ類をしまう。一応はジャンパーを着た。
21:22 車輪を出す音がする。
21:30 リマ空港に到着。ロスアンゼルスからリマまで、約8時間10分のフライトだった。

腕時計やデジカメの時計は機内で米国PSTからペルー時刻(JST-14時間/PST+2時間)に合わせたが、旅行記ではここまで米国PSTで表記しています。以後、ブラジル到着までペルー時刻です。

ペルー : リマ 現地時刻はJST-14時間、米国PST(+2時間)の4月12日 23時30分

経由のペルー・リマ空港
23:30 リマ空港に到着。リュックやキャリーバックを持ってターミナルビルの待合室に移動した。サンパウロ便の搭乗では バスポート・LAN航空の半券・TRANSITパス の3点セットが必要なので必ず用意しておくように言われた。そして未明の0時30分まで自由時間となった。
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