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北欧4カ国・周遊の旅11日間( 4日目/2005年5月28日・土曜 )
ストックホルム市内観光、ソレンチューナ宿泊
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ヨーロッパ号の下船まで:
06:00 起床。
06:25 冷蔵庫のスプライトを1缶だけ使用した。
07:00 朝食レストラン「Maxim」に行く。スモーガスボード形式だった。
07:25 船室に戻る。
07:40 忘れ物の有無をチェックして船室を後にした。スーツケースは持ち込んていないので問題はない。エレベータを使用して7階の集合場所に行った。
07:50 全員が集合。
08:00 下船。しかし、後述も問題が発生していた。

スゥエーデン : ストックホルム 現地時刻はJST-7時間の28日7時00分 (夏時間)

シリアライン・ターミナルにて:
ストックホルム
ストックホルム公式観光ガイド
バルト海とメーラレン湖の間の14の島々からなるストックホルムは「水の都」とか「北欧のベニス」といわれる古く美しい街です。スエーデンの首都で人口は約75万人、行政・文化・経済・商業の中心地で、また北欧の最大都市でもあります。
12世紀後半にメーラレン湖の東にある小島スタツホルメン島(バルト海の出入口)に砦が築かれ、1250年代初期に即位したされる初代国王ビルイェル・ヤールがその地に町を作り始めた。戦闘に備え島を囲むように丸太の柵が巡らされていた為に、「丸太の小島(スウェーデン語でストックホルム)」と呼ばれるようになった。1252年になり初めてこのストックホルムの名が記録に現れたとされる。当初の町が築かれたスタツホルメン島は、「ガムラ・スタン(旧市街)」と呼ばれ、昔ながらの中世の建物が建ち並んでいる。
1630年ころにフランスのルネサンス様式にならって都市計画をすすめ、同都市の原形を築いた。郊外には17世紀に完成した北欧のベルサイユと称されるドロットニングホルム宮殿も造営された。
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Ref.04の項目「ストックホルム」を主体に
各種サイトの情報を合成して作成。
07:00 下船。
07:10 ターミナルビルの待合室で現地ガイドさん(日本人)が出迎えてくれた。現在は曇でも午後は晴れの予報、といっていた。
07:20 ターミナルビルを出る。 ストックホルム/シリアライン・ターミナル
07:30 駐車場で待っていたバスに乗車。座席は左側中ほどにした。スーツケースは既に積み込まれたようでした。

緊急事態: 昨日の夕食時に体調の異変を伺ったメンバーの奥様は一晩休んでも様子が改善せず、添乗員さんと相談して今日一日は観光を中止してホテルの部屋で休むことになったらしい。事実、下船の途中で数度も歩く事が出来なくなり、うずくまって休む最悪に近い状態だったのです。「この船には車椅子の用意は無いのだろうか?」という声もあったが、昨夜か着岸前の早朝に客船側に病人発生を報告をしていれば、恐らくは、車椅子の用意とか着船時にストックホルムの救急医療チームの船室派遣があったことでしょう。書きづらいことではありますが、下船時に急に添乗員さんに相談しても慌しい移動中なので微妙な難しさがあったかも知れません。
バスに乗車してから、添乗員さんから病人に関する再度の発表がありました。結局は、病人と御主人と添乗員さんの3名はこれから直ぐ病院に向かうことになったのです。それを聞いて私は内心ホッとしました。後で知ったのですが、旅行保険には加入していたそうです。
ストックホルム観光の案内は現地ガイドさんが1人で担当することになりました。実は、時々 「不要では?」 と思っていたのですが、この旅行会社のツアーは都市部で現地ガイドさんがほぼ常時配属されるのです。このような緊急時に”必要な存在”であることを改めて実感しました。観光ガイドや現地情報サイトには次のような情報が掲載されています。
Dial 112 : 救急車、消防署、警察署、電話相談医師。
Dial 463 91 00 : 滞在中に医療相談が必要になったら”公共医療サービス”に電話。
この種の現地情報は現地の言葉か英語での意思疎通が可能な場合のみ役立つので、通常は現地に詳しい人に頼らざるを得ないのです。

07:38 昨夜変更しなかったデジカメの時刻を1時間遅れのスゥエーデン時間に直した。
07:40 バス出発。現地ガイドさんによると、現在の気温は14度とのことだった。これからリッダーホルメンに立ち寄り、その後に旧市街ガムラ・スタンにある王宮と大広場に向かう。

リッダーホルメン島(Riddarholmen):
07:50 リッダーホルメンに到着。メーラレン湖リッダー湾に面した海岸沿いの小公園で、毎年12月10日にノーベル賞受賞者の公式晩餐会の行われる市庁舎が良く見える場所なのだ。「午前は曇」と聞いていたが既に晴れ、素晴らしい眺めでした。
水際の公園からは見えませんがスウェーデンの殿堂ともいえるリッダーホルメン教会があり、その尖塔は市役所からも良く見えて目立ちます。1280-1310年の間に建てられたストックホルムで最も古い教会で、現存する唯一の修道院(当時はフランシスコ会)ともいわれます。スエーデン王室の菩提寺でもあり、約700年の間のスゥエーデン王族の方々と多く貴族のお墓がここに安置されました。 リッダーホルメン島
08:00 出発。

王宮(The Royal Palace):
08:03 王宮への道で下車。ここは旧市街 ガムラ・スタンの1部になる。小高い坂の上に大聖堂を見ながら右の王宮の建物沿いに石畳の坂道を登った。大聖堂の前にはグスタフIIIと記銘された高いオベリスクがあり、珍しいと思われた。王宮は現国王カール・グスタフ16世の執務用の宮殿、いわばお役所のお役所です。居住用の宮殿は別の場所、午後に見学する ドロットニングホルム宮殿になります。中庭に入り、その外観を正面から拝見しました。呼び物の衛兵交代式は9〜6月は水・土・日の12時15分からあるはず、今日は土曜ですが朝なので観れませんでした。夏季の6〜8月は毎日行われ、誰でも自由に見学できるようです。最後ですが、中世の旧王宮は1697年に焼失したとされ、王族は57年間WRANGEL PALACEに仮住まいしたようです。現在の王宮は旧王宮と同じ場所に建てられました。 王宮

ガムラ・スタン(Gamla Stan)の大広場:
08:15 旧市街 ガムラ・スタン の大広場に移動。この大広場は1520年にデンマークの支配に反対する貴族約90人が処刑された場所という。「血の沐浴」と呼ばれる事件ですが、それは遠い昔のことになる。現在はノーベル博物館やレストラン、土産屋のある旧市街の中心広場になっているのです。年末が近付くとヨーロッパの広場ではよくあることですが 「X’mas用品の市」 がたつそうです。

ノーベル博物館: ノーベル博物館はマルチメディアと模型を使用して創造力豊かな 700 以上の人達の着想と業績を公開している「創造性の文化」の展示館です。内部にチョット変わった土産屋もあり、カフェでは12月10日のノーベル晩餐会のデザートで出されるものと同じ作り方による同じ味付けのアイスクリーム(Nobel Ice Cream)も楽しめる。
[英語サイト Stockholm から借用し翻訳して掲載]

ストックホルム記念・赤い馬
Dalarna Horse / Dala Horse
大広場に面した土産屋に入りました。例によってスゥエーデン産の土産品がビッシリですが、その中でも「幸運を呼ぶ」とされる赤い馬の置物(ダラーナ・ホース)が添乗員さんのお勧めだった。大小様々沢山おいてありました。
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以下、帰国後のオンライン調査の結果です。この飾り馬の情報は少ないが、英語サイト数種の情報をつなぎ合わせると次のようになります。
「この木彫りの彩色された馬は Dalarna Horse / Dala Horse / Dalarna Mare と呼ばれ、スウェーデンのシンボル的な存在である。何時頃かは不明だが、Dalarna という家具職人が工場の余り木で小さな馬を彫ってつくり、それを赤く塗ってさらに花輪を描いた。その馬を見たスウェーデンの人達は皆たいそう気に入り、それが始まりだった。」 土産屋の馬は全て赤だったと思いますが、木彫り馬の彩色は赤に限らず、多くの変種があるようです。興味のある方はサイト Dalahorses (写真多数・英語・米ドルの値段付き)を御覧ください。
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間違いなくスウェーデンの伝統的工芸品(土産品)です。大型のものは高価で、下から2番目の大きさですら@117SKr でした。日本円では約2000円となる。高過ぎると思ったので買うのは止めました。話が前後しますが、翌日の朝に空港のDFSでチェックしたところ同じ程度の大きさのものが1割くらい高く表示されている。「シマッタ」と思ったがスエーデンの記念品は何も購入しなかったので、止む無く空港で購入したのです。その写真をここで掲載します。 ガムラ・スタン

蛇足ながら、近年の国際空港は大型化が進み充実したショッピング・モールを備えているのが普通です。しかし、ショップは全てテナントで日本の昔のデパートと類似の業態とも言えるのです。高額のテナント料を支払うので商品の価格はDFSといえども街の土産店よりも高いこともあり得るでしょう。

08:45 王宮近くの丘の上からバスは出発。

市庁舎(ノーベル晩餐会場):
ノーベル賞・授賞式について
Nobelprize.org/Events
ノーベル賞に関して詳しくオンライン調査をするなら、例えば、上記のサイトでの情報入手をお勧めします。 ノーベル財団による受賞者達のためのレセプション、1日1分野で受賞者の記念講演、ノーベル賞授与式、公式晩餐会、舞踏会参加と行事は盛り沢山になるようです。 上記サイトでは晩餐会のメニューも年毎に分類し提供しています。
以下 Wikipedia から借用 ノーベル賞はダイナマイトの発明者のアルフレッド・ノーベル(Alfred Bernhard Nobel, 1833-1896)の遺言に従い 1901年 に始まった世界的な賞である。「物理学、化学、生理・医学、文学、平和、経済学」の6部門からなり、世界的な権威を持っている。
選考は物理学賞、化学賞、経済学賞の3部門についてはスウェーデン科学アカデミーが、生理学・医学賞はカロリンスカ研究所が、平和賞はノルウェー国会が、文学賞はスウェーデン・アカデミーが行います。受賞者へはメダルと賞金が授与される。受賞者に与えられる賞金の原資は、ノーベルの遺言に基づきノーベル財団が提供している。
経済学賞は1968年に設立され(1969年から授賞)、その原資はスウェーデン中央銀行の基金による。この賞はA.ノーベルの遺言によるものではなく、ノーベル賞ではないとする見解もある。
授賞式がノーベルの命日である12月10日に、平和賞を除く5部門はストックホルム(スウェーデン)、平和賞はオスロ(ノルウェー)で行われる。ノーベル賞受賞者はノーベル・レクチャーと呼ばれる記念講演を行うのが通例になっている。
注:文章と情報は多少の変更があります。
08:55 市庁舎の横に到着、下車。外から市庁舎とメーラレン湖(リッダー湾)の間の前庭に入る。大きく育ち葉をいっぱいに付けたポプラが4〜5本たっていた。 1923年完成の重厚な感じがする赤レンガ造りの市庁舎は、スウェーデンの建築家エストペリ(1866-1945)が祖国の伝統的建築手法に海外旅行で得た各時代の歴史様式を加えて設計したとされます。
前庭で時間を使わず我々は直ぐに中に入った。
最初の部屋が大広間ブルーホールだった。天窓から採光された光が赤レンガの壁を照らしていましたが、床には何も置いていない大空間でした。2階のホールウェー上のシャンデリアも壁面や天井にマッチしてきれいです。しかし、どこにも青い色は見当たらず、ブルーホールならずレッドホールなのです。実は、当初の設計は青い色を基調とするホールだったが、現在のものに設計変更され名前だけそのままブルーホールとして残ったそうです。

よく知られているように、ノーベル賞授与式 (The Nobel Prize Award Ceremony) はストックホルム市の中心部にあるストックホルム・コンサートホール (Stockholm Concert Hall/the Royal Stockholm Philharmonic Orchestra) にて毎年12月10日の夕刻に行われます。その後、公式晩餐会 (The Nobel Banquet) が催行されるのが現在訪問中の市役所ブルーホールなのです。
余談ながら、授与式のコンサートホールは1929年に完成した古典ギリシャ様式の建物で、その色は皮肉にも鮮やかなブルーとか・・・。

ブルーホール奥の広い階段を登り、2階の各種の施設を見学しました。市役所の外観は城砦ともいえますが、瀟洒な中庭などもあり優雅なものです。その中でもヴァイキング家屋の屋根の構造をそのまま再現しているとされる市会議事堂の大天井は興味深いものでした。市議会は週に1度ここで開催されるようです。黄金の間は23.5Kの金箔のモザイクで埋められ、奥の壁画は「メーラレン湖の女王」として知られたもののようでした。他の装飾もそれなりに興味を引く面白いものもあちこちで目につきました。 ストックホルム市庁舎(ノーベル晩餐会場)

市庁舎内部を一回り見学した後、メーラレン湖(リッダー湾)を見渡せる前庭でしばらく過ごした。晴天の下、そよ風が気持ち良い午前のひと時でした。
最後の余談ですが、市庁舎内にスタッツヒュースシェーラレン(Stadshuskallaren)という座席数80の高級レストラン(スゥエーデン料理)があり、ノーベル晩餐会の料理はここが担当している。予め予約するとノーベル賞受賞者と同じメニューの食事が賞味できるそうです。多分、前年のメニューでしょう。 Ladies & Gentlmen ! 正装の上おためしあれ!ここで食事するのが売りの高いツアーもあるのです。

10:15 市庁舎を出発。暫く市内ドライブでストックホルムの街並みを車窓観光で楽しんだ。とくに沢山の説明がある訳ではなかったが、途中で15分程度の下車もあり、当市では珍しい赤い日除けテントが窓に付けられた建物などを見てすごす。その近くでは赤いマロニエが満開だった。結局は早めの昼食となった。

昼食:
11:00 昼食レストランに到着。街中の小ざっぱりした店だったように記憶している。料理はサラダ、シャケ料理、デザート、コーヒーでした。 昼食(街のレストラン)
添乗員さんが病院からツアーに戻ってきました。シリアライン下船後に病院に行った女性メンバーは直ぐ入院、現在は点滴を受けているとのことでした。原因や病名は未だ分からないようでした。しばらく我々と過ごして、添乗員さんは再び病院に向かいました。
12:15 バスに乗車、出発。

ドロットニングホルム宮殿(The Drottningholm Palace):
12:37 ドロットニングホルム宮殿に到着。世界遺産に登録されている宮殿で、1982年以後は現国王カール・グスタフ16世とご家族がお住まいです。国王はここから午前中に外観を拝見したガムラ・スタンの王宮まで「通勤」されるのです。
我々は正門の近くでバスを下車し、メーラレン湖沿いの道を歩いて宮殿に向かいました。付属の礼拝堂(The Chapel)の傍に集まり、現地ガイドさんから簡単に説明をうけました。前の宮殿が1661年に焼失し、その後再建されて増改築が繰り返され、1756年には現在のバロック建築の宮殿と広大な庭園が整ったとされています。宮殿のなかは、17世紀、18世紀、そして19世紀の手法による豪奢な作りで、「北欧のヴェルサイユ」ともいわれるそうです。18世紀の終り頃から1度は廃れたようですが、1960年頃までには大規模な改修が完了しました。

宮殿近くの案内板のデジカメ写真・2005/05/28 撮影
(1) The Palace (2) The Palace Chapel (3) The Court Theatre (3) The Gift Shop (5) The Theatre Museum & Gift Shop (6) The Baroque Garden (7) The English Park (8) The Chinese Pavilion (9) The Guard Tent (10) Evert Lundquist's Studio (11) The Canton Village (12) The Gothic Tower (13) The Governer's Residence (14) The de Vries Museum
世界遺産 ドロットニングホルム宮殿
13:10 自由解散となり、礼拝堂の横を宮殿の裏側に回り、そこから庭園を眺めました。実に広大です。我々は地図上では左上方向に斜めに延びるバロック庭園をゆっくりと散歩して、一番奥の横道の場所で折り返しました。イギリス式庭園も見たかったのですが、時間がありません。礼拝堂の手前からギフト・ショップ方向に左折し、バスの待つ駐車場に行きました。 ドロットニングホルム宮殿
14:10 駐車場に戻る。
14:35 出発。小雨が降り始めた。添乗員さんは病院から戻って合流です。
14:40 現地ガイドさんは下車。

スカンディックスター・ホテル:
15:05 ストックホルム郊外サンヴィカにあるスカンディックスター・ホテルに到着。部屋割りが決まるまでロビーでゆっくり休む。 添乗員さんの連絡事項:
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このホテルのエレベータは部屋のカードキーを器具に差し込まないと動かない。
このホテルの地下1階はプライベート・ゾーンで立入り禁止。
明朝は購入した免税品をスーツケースに入れず手荷物として携帯すること。
明朝の予定:
/05:30 ウェイクアップ・コール /06:00 朝食(ボックス弁当、ホテルの部屋か空港で食べること) /06:00 スーツケース、廊下に出す /06:50 ロビーに集合 /07:00 出発
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15:36 Rm.509 に入る。ブルーの壁でしたが冷たい感じはなく快適な部屋でした。洗面を済ませて寛ぎました。
17:25 ロビーに集合。

夕食:
17:30 バスに乗車、出発。
18:00 小雨のなかを数分歩き、中華レストランに到着。
北京料理といっていたが実際は”洋風中華”の感じでした。食器も完全な洋食器なのです。洋風に思えても中華料理のことで味は良かったと思います。日本のとは違いますが白い御飯を2度もとりました。飲物はライト・ビールの小瓶1本(@30S.Kr)を2人で分けて飲みました。 夕食(洋風の中華料理)
18:45 レストラン出。

ホテルに帰る:
19:07 ホテル着。 添乗員さんは再び病院に向かった。今日はツアーと病院の掛け持ちで大忙しです。若いとは言え、仕事ぶりと頑張りに敬服します。
今晩は自分用とワイフ用のデジカメ充電池を充電です。ワイフは沢山は撮影しないが、旅行出発後は1度も充電していないので用心したのです。 [ ミニバー料金表 ] ストックホルム郊外のホテル

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