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北欧4カ国・周遊の旅11日間( 5日目/2005年5月29日・日曜 )
オスロ市内観光とオスロフィヨルド散策
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ホテル出発まで:
04:45 起床。デジカメ2つの充電は完了している。インスタントコーヒーで目覚まし。今日はスゥエーデンからノルウェーの首都オスロまで空路です。短時間の飛行で大したことはない。
05:15 パッキング終了。
06:00 エレベータで E 階(1階)まで降りて、フロント近くでボックス朝食(袋)を受取った。朝が早すぎホテルのレストランは準備が出来ないのです。その後、すぐに部屋に戻った。
スーツケースを廊下に出す。
06:15 東欧の旅行で同じような朝食を受取ったことがある。その時は指示に従って空港の搭乗口で袋を開けたのだが、何か落ち着かなかった記憶があった。今回はホテルの部屋で袋を開き、早めに朝食を済ませた。中身はハム・チーズ・サンドイッチ、ヨーグルト、リンゴ、オレンジジュースでしたが、予想外に美味しかった。リンゴは小型で青いものだったが、甘くて食べやすかった。コーヒーは部屋に備え付けのポットで湯を沸かし、インスタント・コーヒーも部屋のもので済ませた。
06:40 忘れ物チェックをしてから部屋を出る。

06:50 鍵を返却するだけのチェックアウトを済ませ、ロビーに集合。
昨日、ストックホルムの病院に奥様が入院された男性メンバーの姿があった。全員が揃ったところで簡単な挨拶がある。奥様の血液検査の結果が思わしくなく、残念ながらツアーから離団して適当な時期に御夫婦で帰国することにしたらしい。現時点では、奥様はしばらくは病院で点滴を続ける状態のようです。詳しい病名は知りませんが、旅行前からの疲労が重なったことも大きな理由のようでした。入院による適切な治療でかなり回復するでしょうし、旅行保険に加入しているので経済的な負担は大きくはないようでした。

昨日は3度もツアーから離れ病院に行って協力していた添乗員さんは、ここから予定通りノルウェーに向かうしかない。旅行会社の欧州部門を代行しているミキ・ツーリストがストックホルムに留まるYさん御夫婦のお世話をすることになったらしい。言葉と習慣が違うので、現地の方の協力は病人にとって大きな支えとなることでしょう。

ストックホルム空港(アーランダ国際空港)に向かう:
07:10 一旦は全員がバスに乗車したが、積み込まれたスーツケースが2個多かったらしく、全員が下車して積み降ろされたスーツケースの確認をする。確かに2個の余分なスーツケースが残っていた。同じ旅行会社だったが 08:30 出発の別ツアーのものが混じったようだ。随分と早めにスーツケースを廊下に出す人がいるものです。
こうなるとスーツケースの再積み込みはドライバーさん1人に任せず、自分の分は自分で積む男性が多かったし、女性も近くまで移動させて手伝っていましたね。何分にも大所帯のツアーのことでスーツケースの数が多いのです。
07:18 出発。ストックホルムには国内便のブロンマ空港と国際便のアーランダ空港がある。我々はノルウェー行きなのでアーランダ空港まで約40分程度の走行です。
高速道路の照明灯のデザインが細いパイプの組合わせだった。スマートで軽快な印象でした。日本の照明灯の柱は太いですが、やはり地震の有無は色々な面での違いを生ずるものと思われた・・・。もちろん、北欧は日本以上にデザインに神経と金を使うでしょうが・・・。
途中に菜の花畑があった。菜の花は日本のものより小型らしい。スウェーデンでは一般の人達が菜の花畑に入り散歩しても叱られないそうです。自然に触れることが大切、と考える結果らしい。もちろん、菜の花を傷める歩き方はマナー違反でしょうネ。
07:35 アーランダ空港に到着。空港の施設や建物は新しい感じだった。
注: スカンディックスター・ホテル出発後、アーランダ空港とガーデモーエン空港やストックホルム・オスロ間の航空写真などは1ページにまとめ、オスロ・ガーデモーエン空港に設置してあります。

アーランダ国際空港(Arlanda International Airport):
直ぐに搭乗手続きフロアーの行列に並び、搭乗券の受取りとスーツケースの預入れになった。高額免税品は国際便なので手荷物として預けることは出来ないようでした。我々の場合は免税品の購入はないので気軽です。
08:05 両替所前で解散。
エスカレータで2階のサービスエリアに行き、DFSに入った。昨日ガムラ・スタン大広場の土産屋で見たものと同じ赤い馬があった。 Dalarna Horse Chocolate
Dalarna Horseの形のチョコ
スウェーデン記念は何も買っていないし、現地通貨クローナもかなり余っている。 昨日のガムラ・スタンの土産店よりも空港DFSの方が高いと思ったが、赤いダラーナ・ホースを @133S.Kr で購入しました。他にチョコレートを2種買ったが、それでも少し当地の現金が残っている。待合室で休み、ジュースを飲みました。
08:45 搭乗口10Aに集合。

スカンディナビア航空(SAS)オスロ便:
09:02 搭乗。機種は B737-600、座席配置は 3-3 だが私の座席は最後部で 3-2 でした。搭乗前に添乗員さんが座席の割振りはするが、ツアーの座席リストによっては夫婦が隣通しになれるとは限りません。ワイフは前列の通路側でしたが、私の隣は欧米系の女性でした。ワイフと言葉を交わすと夫婦と気付き、ご親切にも自発的に席を代わってくれました。
膝掛け毛布は座席に置いていなかった。スチュワーデスに頼んだら、50分程度の短時間飛行なので積んでいないそうです。
成田空港で説明は聞きましたが、昨年(2004年)から国内便、北欧域内便、ならびに北欧諸国と欧州諸国との航空機内での飲物は有料化されました。詳しくは 説明書とメニュー をご覧ください。
実は昨年の秋にオーストラリア旅行をした時にもアルコール飲料が有料でした。シドニー・ケアンズ間の国内便の夕食時にサービスワゴンが来たので白ワインを頼みました。幾らだったか忘れましたが、有料だったので驚いた記憶がある。唐突に「有料」と言われるよりは、今回のように前もっての説明や座席ポケットにメニューと値段表が置いてあるほうが分かり易いですね。しかし、原油価格の値上がりでアチコチに影響が出始めているようです。原油価格がニューヨーク商品取引所 WTI 価格が約60ドルというのは、いくら中国の実需買いが原因としても、ベラボーな感じです。
09:15 出発。
09:25 期待していなかったが、朝食がでました。オレンジジュース、ロールパン、チーズ、飲むヨーグルト、コーヒー(無料)などの軽食です。パンとジュースは夜食のためにもらっておいた。珍しく木製の爪楊枝が付いていたが形は日本のものと少し違います。
10:05 着陸。ノールエー・オスロは曇だった。入国手続きは無論ないはず・・・。

ノルウェー スゥエーデンとノルウェーには時差はない。
オスロ・ガーデモーエン空港(国内・国際共用):
オスロ市(Oslo)
Visit Oslo

ノルウェーの首都で人口約52万人、単独で1州をなす。同国の政治・経済・文化の中心地であり、オスロ市南部のオスロ・フィヨルドの奥に位置する。
ヴァイキング時代の1048年にハーラル3世が街を造営したことがオスロの始まりとされる。1294年にはノルウェーの首都となり、その後に隆盛を極めた時代もあったが、ペストの大流行(1349‐50)などにより衰退した。15世紀初頭にルター派に改宗し、その後はデンマーク従属化が進んだ。1536年にはデンマークの支配下となり、1624年には大火で街の大部分を焼失した。大火の後にデンマーク・ノルウェー王のクリスチャン4世は焼失した街の西方にクリスチャニア(Kristiania/Christiania)という新都市をつくった。これが現在のオスロの前身とされます。ノルウェーは1814年にデンマークから分離され、スウェーデンとの同君連合の時代になる。スウェーデン・ノルウェー王の誕生である。が、民主的なエイズボル憲法が曲がりなりにも効力を持ち、スウェーデンの支配下ながらオスロは首都の地位を回復した。 1905年6月7日ノルウェー国会は独立を宣言、国民投票は絶対的に独立を支持したとされる。同年にデンマーク王子をユーコン7世として国王に迎えた。独立後、市名がクリスチャニアからオスロに名称復帰したのは1925年のことでした。
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注:Ref.01とRef.04を参考に文章を作成。
10:26 到着後は1階ロビーにおりてパスポートを提示するだけの入国審査を済ませます。その後は近くのターンテーブルから荷物が出てくるのを待ち、各自で自分のスーツケースを受け取りでした。関税は問題なく通過です。現地ガイドさん(日本人女性)が出迎えでした。
ノルウェーの通貨は成田空港で6000円分両替しておいた。しかし不足に思われたのでオスロ・ガーデモーエン空港の銀行で1万円分をノルウェー・クローネ(NKr)に両替しておきました。これで4泊5日の滞在中、食事の時の飲物や必要なチップや記念品代などの小口の出費を何とか賄うしかありません。
10:35 ターミナルビル出口の近くにバスが待っていた。スーツケースを床下の格納庫に納めてもらい、バスに乗車。ドライバーさんは中年のMさんというノルウェー人で来日したこともあるという。その時に広島のマツダの工場見学もしたらしい。これから4日間のスルードライバーさんです。ヨロシクたのみます。 オスロ/ガーデモーエン空港

10:47 バス出発。空港からオスロ市街には約40分程度かかるようです。現地ガイドさんが言うからに、今日の気温は摂氏15度で、今年の5月は1983年以来の低温だった。北海道の5月も低温が続き庭の花の開花も少しずれたので、北欧も同じだったようです。丁度、タンポポが満開でこれからスズランが咲きはじめる時期のようでした。一般的に北欧人はインテリア好き、庭好きなのだそうですが、家の掃除は週1度とか・・・。
たわいも無い説明をウトウトしながら聞いていたら、高くそびえる彫刻モノリスが見える場所になりました。

フログネル公園(Frognerparken / The Vigeland Sculpture Park ):
グスタフ・ヴィーゲラン
Gustav Vigeland, 1869-1943

ヴィーゲランはノルウェーの生んだ偉大な彫刻家でフログネル公園などに多くの作品が残されている。ノルウェー南海岸の Mandal に生れ、彫刻家としてはパリに行って(1893年) A. ロダンの彫刻に刺激を受けた。それ故に表現的作風から出発したとされる。イタリア滞在中(1996年)に古代やルネサンスの芸術からも学んだようです。
1916年以後オスロ市の後援により、広大な彫刻公園の建築に取り組みました。121体の人体像の集積から成るモノリス(高さ17m)を中心に、胎児から死までの人生の諸段階や人間の感情をテーマとし生命をたたえる彫刻群を配した珍しい彫刻公園が出来上がったのです。
ヴィーゲランはノルウェーの作家イプセンや作曲家グリーグの肖像彫刻も残したようです。
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注:Ref.01の説明文を多少変更して掲載。
11:25 フログネル公園に到着しました。ここはノルウェーの彫刻家ヴィーゲランによる巨大な作品が212もある彫刻公園(野外美術館)です。その公園全体のレイアウトもビーゲランが設計したそうです。長さは850mに及び、5つの主要地区(正門、橋、泉、モノリス、命の輪)がある。

人間像がつくる巨大なブロンズの輪(The Wheel of Life)が右手に見える場所に到着し、すぐ反対側の小高いモノリス(monolith)に行きました。人間の男女121体をよくも見事に彫り合わせてこんな御影石(花崗岩)の尖塔に仕立てあげたものです。青空に突き出したモノリスの印象は強烈でした。さらに取り囲んで配置された多くの人間像の彫刻も夫々に個性があり何ともいえない雰囲気を漂わせているのです。全て石なのに冷たさが全くない。それどころか、平和で自然体の大勢の人達に囲まれた安堵感のようなものすら感じられたのです。それらの石像を見歩くとき人気のある石像は薄黒い手の汚れで分かります。気に入ると撫ぜたくなるような、そんな彫刻が多いのです。とても不思議な空間を楽しみました。
そこから少し下がると噴水がある。その周りにはブロンズの数々があった。どこかの写真で見覚えのある人体ブロンズもありました。
噴水から池にかかる橋に行く。右手には「おこりんぼう」と名付けられた幼児(赤ん坊ともいう)のブロンズがある。怒っていることが体全体から発散しているので有名らしい。「アッ、ほんとに怒ってる」、「おこってる、おこってる」と声に出す女性が結構いましたネ。
橋の下には池と満開の石楠花に囲まれた小さい円形広場があった。オスロの人達にとって最高の日溜まりでしょう。私もホットコーヒー片手にベンチでゆっくりしたくなりました。
その少し先が正門です。我々はどうやら逆順に見学したようでした。 フログネル公園
12:15 公園の入口から出発。

王宮(Royal Palace):
12:27 小高い丘の上に王宮はある。その右下の道でバスは停車した。その先には日本大使館があるはず。下車してから坂道を登ると右にルネッサンス様式といわれる王宮、左に広場と銅像があった。この宮殿はカール・ヨハン王(King Carl Johan, 1763-1844)が1824年に建設に着手し、1848年に完成しました。現在は、王宮を起点とし中央駅までの約1.3kmがカール・ヨハン通りと呼ばれ、オスロを代表する地区として発展しました。
我々は王宮を一回りして外観と庭園の1部を拝見しただけでしたが、オスロの観光ガイド(英語)によると、夏のみ前もって見学券を購入すると宮殿の参観ができるようです。
ノルウェーは1905年にスウェーデンとの連合を解消し独立しました。その直後に日本と国交を樹立したそうで、今年が丁度100周年になります。 王宮
12:47 バスに乗車、出発。

国立美術館(National Gallery ):
12:52 国立美術館に入館。ここはカメラ撮影禁止です。デジカメはショルダーバックに入れ、受付カウンターからトークン(ロッカー専用コイン)を借り、入口近くの無料ロッカーに入れました。
我々は直ぐ2階に上がり、ノルウェーとヨーロッパの美術品を見歩きました。結局は、ノルウェーの画家ムンク(Edvard Munch, 1863-1944)の展示室でかなりの時間を過ごしたのです。ムンクは貧しい家庭に生まれ育ち、幼くして母親を失って精神的な圧迫のもとで成長したようです。画家として自己の内面の孤独と不安、肉親の死の記憶を表現する絵画を目ざしたそうですが、確かに明るいサロン的な作品ではありません。有名な「さけび」は異常性が伝わってきたような気もしたが、他のムンクの作品はそこまでの強い訴えは記憶していない。2度訪ねたパリでゴッホ、ゴーギャン、ロートレック達の印象主義やアールヌーボーの影響は受けたらしい・・・。そんな色彩と曲線が多かった、と思います。

追記 2012.02.22: 世界的な競売会社サザビーズの発表によると、ノルウェーを代表する画家ムンクの「叫び」が今年5月2日にニューヨークで競売にかけられます。ムンクの「叫び」は4枚あり、内3枚はオスロの国立美術館が所蔵しているが、競売に出品されるのは実業家が個人所有しているもの、1895年の作品になる。4枚中では最も色彩豊かに描かれているといわれたが、公開されることが少なかった作品らしい。それ故に価値が高く、競売では 8000万ドル(現在の為替 US$1=\80 で約64億円)を超えると予想されているそうです。 [出典:NHK NewsWeb 2012.02.22、文章変更]

他にも著名な印象派の画家の油彩もあり、ゆっくり観賞していたら数時間は直ぐに過ぎる美術館でしょう。入口近くに小さなミュージアムショップもあるらしいが、時間もなく気付かずに外にでた。 国立美術館
13:50 出発。

昼食:
13:55 昼食のレストラン到着。歩行者天国にある小奇麗な店だった。
飲物はコーラを2つ注文。 計70NKr で約1400円、物価高を思わせた。ちなみに、このレストランではビール1本が 100NKr (約1900円)です。メーンデッシュはビーフシチューですが、カレーライスみたいでした。味は悪くなかったと思います。 昼食(街のレストラン)
14:42 レストラン出。

市内車窓観光:
旅行会社の日程表では次に「セーターの店」に寄る予定が明示されている。しかし、今日は日曜日でオスロの商店は休みです。日曜で閉店と分かっているのにセーターの店まで行き、バスを横付けにして 「閉店ですから寄れません。日程表に書いてあるので念のため。」と言っていました。ここまでしないと、問題視される場合もあるのでしょう。

これからオスロ郊外サンヴィカにあるレインボーホテル・オスロフィヨルドに向かうのだが、添乗員さんが夕刻6時に列車で迎えに来るという条件で新婚1組と女性友人1組の計4名がオスロ市内に留まることを希望した。各自でオスロ市街の自由散策を楽しむのです。北欧諸国はどこでも、常識的な行動であれば自由に歩いても何の心配もなく、旅行会社も安心して自由行動を与えれるらしいのです。交通機関の乗り違えさえ無ければ、持ち時間と見学希望先と体力とお小遣い等の配分だけですネ。
集合場所を間違えないように、分かりやすいカール・ヨハン通り(Karl Johan Street)中程のグランドホテルで下車となった。ここは「ノーベル平和賞受賞者の宿泊ホテル」としてで知られているそうです。そのホテル前が夕方の落ち合い場所、中央駅までも極端に遠いわけでもなかった。

オスロ市内の車窓観光などで撮影した写真を幾つかここでまとめておきます。 オスロ車窓観光

レインボーホテル・オスロフィヨルド(サンヴィカ):

コルク抜きを中に治めると王冠抜き
15:15 レインボーホテル・オスロフィヨルドに到着。ロビーで部屋割りを待つ。ロの字型の建物で中庭相当部分に天窓から太陽光を取り入れる造りです。その中庭側にフロントのカウンターがあった。そして中庭の中央には彫刻らしき石材があり、他の空間はレストランの1部となっていた。

フロントのカウンターにはパンフレットに並んで使い捨てライターみたいな白いプラスチック製のものが籠に沢山入っている。どうやらサービス品です。ホテル名とURLがついた宣伝用の王冠抜き兼コルク抜きでした。無料の上に気の利いたデザインなので幾つかもらっておきました。酒好きや飲み屋に出入する人にとっては良いオスロ土産になるかも知れません。

部屋割りが決まり、ルームキーの配布前に添乗員さんからの連絡事項がありました:
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明朝の予定:
/06:00 ウェイクアップ・コール /06:30 朝食(各自) /07:00 スーツケース、廊下に出す /07:50 ロビーに集合 /08:00 出発
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15:50 部屋(Rm.418)に入った。快適な部屋でしたが、窓の外はオスロフィヨルド側といえば聞こえは良いが実際に見えたのは高速道路でした・・・。散歩まで時間があり、コーヒーを作って休んだ。

オスロフィヨルド散策:
16:20 オスロ市内に残留した4人を除き、ロビーに集合。オスロフィヨルド(Oslofjorden)の散策に出かけました。このフィヨルドはファルデル(Farder)からオスロ(Oslo)まで全長が 100Km あり、ノルウェーのフィヨルドでは第9位のものです。全員が集合してので、高速道路の下を通り抜け、雑木林の踏み分け道を5分も歩き、オスロ・フィヨルドに出る。巨大氷河に削られたフィヨルドといえば、荒々しく急峻な岩壁と細く長い峡湾を思い浮かべるが、ここは森林に囲まれた穏やかな湖水の雰囲気です。 「トラを見に行ったらネコを見せられた」ようなもの。でもネ、3日間の都会観光の後だけに、林と湖を眺めながら人の足に踏み固められただけの自然な小路を散歩するのはすばらしい気分転換、木々の香りも心地よく最高でした! オスロフィヨルド散策
17:00 散策を終えてホテルに戻る。 部屋に戻って直ぐに久々の昼寝をした。その間にワイフは夕食前のシャワーを済ませたようでした。

ホテルで夕食:
19:00 1階のレストランに集合、スモーガスボード形式の夕食。
今日は日曜日(安息日で労働しない日)を実感したような夕食でした。昨年春のウィーンのホテルを思い出したが( 事情は全く違う・・・ )、恐らく日曜でシェフの人手が不足していたのです。でも、一応メモを転記すると、 (1) パンがない、(2) メインは魚の角切りフライ、マズイ!(3) ピラフも最低の味、(4) デザートはゼリーのみ、(5) 野菜ばかり (6) デザートのアップルパイは小型が1つだけ遅くに出たが、直ぐ無くなったのでありつけなかった、等々。(2)と(3)と(4)がテーブルに沢山ある。しかし見るのもイヤになった。グルメではなく、味に鈍感で全くの空腹、そんな私がここまで書くのだから・・・、想像してください。仕方ない。ビールを買って、それで流し込み、サラダ用の野菜とカットした果物を食べて何とか我慢しました。もし街中のホテルで近くにレストランがあるなら、我々だけでも外で食べたでしょう。ホットドック、ザワークラウト、コーラかビールでも十分にましな感じ・・・。
ホテルのために弁護すると、明日の朝食は十分な種類と適当な味の食材が豊富で問題は全く感じませんでした。だから、多分、日曜のせい。

就寝まで:
20:00 フロント近くにあったパソコンで遊ぶ。アルファベットの配列は同じでも特殊記号の位置がかなり異なる。Google 検索にローマ字で hokugyo と入力し自分のホームページを表示してみる。この方法では日本語も正しく表示された。ただし、チルダ"~"が見当たらず、個人ページのURL入力による表示は出来なかった。また、直接には日本語入力もダメでした。しかし日本語表示は可能なので設定変更で日本のPCと同じように使えるかも知れません。ただし、チャットやブログのダウンロードはホテル側で禁止にしていましたね。
20:30 シャワー。大勢が湯を使っているようで、シャワーの温度があがりません。ツアーメンバーには、そのため、朝にシャワーを使った人もいたようです。
22:30 就寝。 [ ミニバー料金表 ] ホテル

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