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北欧4カ国・周遊の旅11日間( 6日目/2005年5月30日・月曜 )
リレハンメルとスターブ教会の後ゲイランゲル
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ホテル出発まで:
05:00 目覚め。
05:30 起床。湯を沸かしインスタント・コーヒーをのむ。
06:30 朝食は昨日の夕食と同じレストランです。しかし、昨日とは全く様子が違い、食材は種類と量が豊富でよかった。ところがウッカリ写真の撮影は忘れました。
テーブルでは北海道・足寄の出身で現在は千葉県にお住まいの御夫婦と同席になった。年1回程度の海外旅行を楽しんでいるそうです。
06:55 ワイフがスーツケースを廊下に出すために1人で部屋に行く。直ぐに戻ってきた。
07:10 朝食を終え、部屋に戻った。既にスーツケースは搬出されて廊下にはなかった。
07:45 ロビーに行き、フロントでカードキーを返却するだけのチェックアウト。その後はホテルの外観の写真などを撮って過ごす。昨日、近くの住宅街を散歩した人の話では、庭も極く普通で特に手入れが行き届いているという印象はなかったそうである。長い冬を過ごす国のことで短い春・夏に幾ら手をかけても限界があると思います。

大移動の開始 ( オスロ ⇒ ゲイランゲル ):
今日はオスロから冬季オリンピックで記憶に残っているリレハンメルを経由してロムのスターブ教会を見学、峠を越えてヘルシルトに出てからフェリーでゲイランゲルの町まで行きます。432Kmになるバスの旅とのことでした。

08:00 出発。乗車したバスもドライバーさんも昨日と同じです。 まずオスロ市内に向かったが丁度ラッシュ時で高速道路は渋滞でした。途中で眺めるオスロフィヨルドの風景は晴天できれいなものでした。どう見ても海というより湖の感じです。
添乗員さんによると、ストックホルムで入院された女性メンバーは病院でゆっくりできたので回復され、コペンハーゲンから我々と同じ便で帰国されるそうです。お2人で通常料金の航空券を購入されるとそれだけで約100万円もするらしく、ストックホルム見物をしながらツアーがコペンハーゲンに来るのを待つことにしたのです。何はともあれ、懸念されたような重病ではなく回復されて何よりでした。
添乗員さんから携帯電話の番号が発表されました。万が一の連絡用ですが、グループ行動が大半なので利用する機会は多分ないでしょう。接続が日本経由なので1分360円になるそうです。

オスロ市街を通り抜け、バスは北に向かっているが、しばらくは中央分離帯が浅い窪みになっているアメリカ流の広い高速道路でした。その後は森のない広々とした農村となった。しかし長くは続かず、間もなく森林地帯に入ったのです。


交通標識「エルクに注意」
そこでは道の両側に金網が延々と続いている。野生ヤギや羊やエルク(鹿の一種)が飛び出さないようにしているのです。野生動物が飛び出すと交通事故となりやすい。「エルクに注意」の黄色い道路標識がアチコチで見られました。( 右の写真は土産屋のキーホールダーのもので背景色が違います。実物は黄色で目立つが車窓からの撮影は不可能でした。)
余談ですが、この旅行後に北海道の国定公園をドライブしましたが、その時に「狸」が森から飛び出して車道を横断したのです。急ブレーキでかろうじて狸を傷つけることはなかったが、代わりに後続車に危うく追突されそうになりヒヤッとしました。
エルクなどは狸よりはるかに大型、衝突すると大事故は免れません。

これから残雪の峠まで 松、トーヒ、樺 の森が続きます。フィンランドでも簡単に触れましたが、森林地帯なら厚い腐葉土の層があるように思えます。ところがスカンディナビア半島では腐葉土の厚さがなく高々30cm程度のようなのです。切通しとなった部分をみると本当に土層は薄く、直ぐ硬そうな岩になる。赤松や白樺などの木々は僅かな腐葉土で成長し生き続けているのです。
ニュージーランド南島のフィヨルド地帯の森林では同様な薄い腐葉土の層にブナ類が生息している。急斜面の場合、薄い土の層は成長した木々を支える事が出来なくなり、数多くの木がドミノ倒しのようにずり落ちる「木雪崩」という現象が発生します。そして国道から「木雪崩」の跡を見ることもできるのです。
ところが、同様な急斜面に木々が生えている北欧では「木雪崩」の言葉を1度も聞かなかった。そして、車窓からそれらしき跡に気付く事もなかったのです。生える木の種類により土と岩の支持力が異なるのかも知れませんし、雨量が関係しているかも知れないとも思いました。ドイツでもベルリンからドレスデンの間では白樺の混じった赤松林が多くみられます。しかしそこの赤松と白樺は日本の杉のように真直ぐに成長せず少し曲がったり歪んだりしている。ところが、北欧の赤松も白樺も、車窓から見る限り、杉の木と同じく垂直に真直ぐ成長しているのです。この形が「木雪崩」の発生を止めているのかも知れないのです。しかし強風の時にバランスが崩れることもあるでしょうし、何故「木雪崩」の跡が見つからなかったのか今でも不思議に思えます。

09:05 バスの温度計では外気温は摂氏9度だった。やはり海から離れた山岳地帯の気温は低いものでした。
09:25 道沿いの小さなカフェテリアで休息となった。コーヒー(@21,00NKr.)を入れてもらい体を温めました。飾りとして古い犬ゾリが置いてあるのが珍しかった。
09:43 出発。同じように北西に向かって走りに走った。 移動中の車窓風景

リレハンメル(Lillehammer):
右側に氷河で造られたミョーサ湖(Lake MjOsa)をみながら走り、その湖の北端にある橋を渡ると斜面に出来た町になる。
10:40 そこが第17回リレハンメル冬季オリンピック(1994年2月12日 - 2月27日)が行われた場所だった。この大会以前は夏冬オリンピック共々同じ年に開催していた。これを2年ごとの隔年開催にするために冬季大会の開催を2年ずらした最初の冬季オリンピックとなり、前アルベールビル冬季オリンピック(フランス)の2年後でした。 67カ国や地域から1739人の選手が参加したとされます。日本はメダル獲得数で11位だったが、今なお記憶される10人の名選手がメダリストに名を連ねています。
リレハンメルは人口は2.4〜2.5万人、小さいが小奇麗な街です。オリンピック公園内のホーコン・ホールにはノルウェー・オリンピック博物館、近くに世界一大きいともいわれるスケート場もあった。
10:48 リレハンメルのスキージャンプ台に到着。冬季オリンピック競技場として使われたもので、136m と 120m の2本がある。現在でも左側の大きい方のジャンプ台中ほどに五輪マークが残っていた。観光客向けにリフトは動いていたが時間も十分にはなく乗らなかった。代わりに聖火台のある展望台から町と湖を眺めましたが風景はすばらしいものでした。その後、駐車場近くの土産店に入ってみた。土産品は購入しなかったが、先に表示した「エルクに注意」のマークをキーホールダーからこっそりと写真撮影したのです。少しズルに過ぎたかも・・・。
ここのトイレは有料(@5.00NKr.)でした。 リレハンメル
11:15 ジャンプ台出発。

昼食:
12:20 ヴィンストラにあるレストラン・アムンゼンに到着。1階にレストランなど、2階が宿泊施設になっている田舎のホテルでした。ノルウェーの家庭の食事は質素という事でしたが、このレストランの食事もやはり質素な印象は免れません。でも、健康的で良い面もあるでしょう。
13:30 昼食レストランを出発。経営者の御夫婦がテラスの椅子で手を振っての見送りがあった。添乗員さんは「ここは、今日のお客は終り、誰も来ない」と嫌味(本当のこと?)をいっていた。 昼食(田舎のホテル)

ロムのスターブ教会:
14:40 ロム(Lom)という町のスターブ教会(Stavkirke/stave church)に到着。 11世紀ごろにキリスト教が入る以前の数千年もの間、スカンディナビアは多神教だったといわれます。そして、今日ヴァイキングとして知られる当時の人々は大陸ではノルマンニーとかノルマン人(北の人)、イギリスではデーン人(デンマーク人)と呼ばれていたそうです。
キリスト教が入ると多くの教会が建てられました。それらは全て木造で釘を使わない独特の建築様式によるもので、スターブ教会といわれます。 最盛期には1000以上もあったらしい。
しかし、土台石を使わず木の柱や壁を直接土に埋めたので下部が腐りダメになったり、ナチス・ドイツの侵略時に多くが破壊されたり、あれやこれやで現在は29教会のみ残っているとされます(30という記述も多い。) 同じ様式のスターブ教会はスウェーデンにも僅かながら有るらしい。木造の教会が現在まで残ったのは珍しく、ヨーロッパの他の地域では木造教会は大昔に石の建物に建て替えられ、存在するものは稀とされます。
(注:北欧のスターブ教会の他にも古い木造教会は僅かながら現存し、2003年に世界遺産に登録されたポーランド南東部マウォポルスカ地方なあるゴシック様式の木造教会群は知られています。他にもルーマニア、ドイツ、ロシア、ウクライナ、スロバキアに少数ながらあるようです。2006年7月15日追記。)
このロムのスターブ教会は1150年に建てられ、その後増築されて現在のように大きくなった。教会の尖塔辺りの中心部のみが本当に当初の古い部分で、他はその後の増改築によるもの、彩色された説教台は17世紀ころのものとか。古来のスターブ教会は金属の釘を使用していなかったが、ここのスターブ教会は1933年に大改修され、現在は補強のため使用しているそうです。

どこのスターブ教会でもヴァイキング時代の珍しい名残がある。普通の教会なら十字架を設置するような屋根の端に木造の「竜頭」が幾つも飾られているのです。ヴァイキングが東洋にまで遠征した際に影響を受けて造られたヴァイキング流の「竜」で魔除けの意味があるとか・・・。もし本当なら、こんなスカンディナビア半島の片田舎で小さな東洋を残した古のヴァイキングの活動範囲は広大なものだったのでしょう。コロンブスのアメリカ大陸「発見」のかなり前にヴァイキングが北米大陸に到達していた、という説も広く流布しているのです。東はアジアの何処か中国の「竜」を知りえる場所だったのでしょう。少なくともヴォルガ川からカスピ海沿岸まで遠征していた、という記述はあるのです [Ref.06]。
ついでながら、ユネスコの世界遺産にはソグネフィヨルドの支流奥地ウルネス(Urnes)にあるスターブ教会が登録(1979年)されている。こちらは柱の文様に独自なものがあるが、屋根に竜頭は付いていないようです・・・。

stavkirke01
14:46 内部参観。敷地内、つまり門を入ったら写真撮影は禁止です。売店でスターブ教会の小さな絵巻(写真集、@25.00N.Kr)を買っておきましたが、ノルウェー語で分かりません・・・。内部の作りは、同じ木造とはいえ、やはり日本の神社仏閣とは全く異なります。右の絵巻の右ページが本堂ですが信者の椅子はグリーンで柱なども写っている。高い塔と屋根を支える太い柱が目立ちました。スターブ教会の作りは基本的に2種類あるそうですが、ここは回廊のある大きいものになるようです。 ロムのスターブ教会

残雪の峠越えドライブ:
15:25 スターブ教会、出発。ロムから Rt.25 を北西にむかった。詳細なノルウェー地図がないので正確には分かりませんが、この2400m級の山が幾つもある山岳地帯はロンダーネ国立公園になる。峠道をどんどん登りながら走りました。だんだんと急峻な岩山が多くなり、坂道を登る途中には滝の落ち口に橋がかかっていた。水量も多く落差もあるようでバスの車窓からも迫力は感じましたが、写真では雰囲気が出ませんでした。
map(Lom-Grotli)
我々のコース/Otta ⇒ LOM ⇒ Donfoss ⇒ Pollfoss ⇒ Billingen ⇒ Nyseter ⇒ GROTLISTRYN
16:00 峠道でドライバーさんの好意によりカメラ停車。この辺りがグロットリー(Grotli)で標高がほぼ1000m、峠の最高地点になる。まだ大量の残雪に覆われているが、別荘がアチコチに点在し全体としてはかなりの数だった。電気はあるが水道は融雪水を使用するのでしょうか。食料の買出しはどうするのでしょう?しかし真夏には賑わうことでしょうね。

16:08 出発。峠のピークから少し下がったところで道は2本に分かれる。左を行くとストリィン(Stryn)経由ヘルシルト(Hellesylt)、右に行くとゲイランゲル(Geiranger)への下り道になる。素晴らしいとされる景勝地ダルスニッパ展望台はゲイランゲル行きの道からですが、グロットリーからゲイランゲルへの道は6月中旬まで閉鎖でした。季節的に早すぎました。グロットリーからゲイランゲルは1時間もかからず距離的に近いようですが、我々は遠くのヘルシルトまで行き、そこからフェリーでゲイランゲルに行く大回りコースです。グロットリー⇒ストリィン湖⇒ストリィン⇒イングフィヨルド湖⇒ホニンダール湖⇒ヘルシルト港⇒ゲイランゲル港⇒ゲイランゲル・ホテル、と移動したのですが、車窓の湖や風景などはあまり記憶にありません。しかし風景はスケールの大きいU字谷やフィヨルド湖できれいです。

グロットリーの分岐点を左に進むとトンネルの連続でした。その後、渓谷の曲りくねった道を下りながら綺麗な風景を楽しんでいると、U字谷の底にある町に着いた。
17:05 ストリィン着。ここにはホテル並みかそれ以上の素晴らしい公衆トイレがあり、商店のトイレを借りずに済ませれるようになっていた。近くにはピンクの八重桜が満開でした。思えば、北欧で開花している木々は日本のものと共通する植物も多いですね。
17:20 出発。湖やU字谷の風景を眺めながら走る。ホニンダール湖は欧州一の深度の湖になるそうです。
18:10 ヘルシント到着。 残雪の峠越え、車窓の風景

ゲイランゲル・フィヨルド(往路):
ノルウェーのフィヨルドの順位

1. Sognefjorden 204km
(from Solund to Skjolden)
2. Hardangerfjorden 179km
(from Bomlo to Odda)
3. Trondheimsfjorden 126km
(from Agdenes to Steinkjer)
4. Porsangen 123km
(from Svarholtklubben to Brennelv)
5. Storfjorden 110km
(from Hareidlandet to Geiranger)
6. Nordfjord 106km
(from Husevagoy to Loen)
7. Wijdefjorden* 108km
(Svalbard island, 80° north)
8. Isfjorden* 107km
(Svalbard island, 80° north)
9. Oslofjorden 100km
(from Farder to Oslo)
出典は: http://www.norwaymyway.com/
maps/norway_fjords_map.html

位置マップは接続すると見れます。
ゲイランゲル・フィヨルドは右の表で第5位のストル・フィヨルド(Storfjorden, 110Km)の1番奥で、S字型にカーブする長さ約20Kmの狭い部分である。観光的には、ヘルシルト港からゲイガンゲル港までの1時間余のフェリーの旅は荒々しい絶壁の風景で知られている。実は今日の往路コースを明朝も帰路コースとして航海しますが、夕刻と午前のフィヨルドは太陽光線の関係で違う表情を見せ、共に楽しめるものでした。

18:20 バスごと乗船。その後すぐ下車してデッキからヘルシントの滝などの写真を撮影した。欧米系の乗船客も大勢がデッキに出て楽しんでいます。デッキの様子が分かったので、船室に入った。 そしてホットチョコレート(@20,00NKr)を飲んで体をあたためました。
飲み終えてからは、ゲイランゲル到着までデッキでフィヨルドの雄大な景色を眺めて過ごしたのです。残雪に覆われた峠に比べると気温は高く、フェリーの航行に伴う風はありましたが、コットン・ジャケットのボタンを閉めると何とか我慢できる程度の寒さでした。
hotchocolate
急峻な岩山は1000〜1500mの高度があるらしく、迫力満点です。無数にある滝の仲でも「7人姉妹の滝」は本当に7本の滝が並んでいる珍しいものでした。ゲイガンゲル・フィヨルドの風景は言葉に置換できない素晴らしいもの、その1部ですが写真で御覧ください。 ゲイランゲル・フィヨルド(往路)

19:20 ゲイランゲル到着、バスに乗車してバスごと下船、すぐホテルに向かった。

ゲイランゲル・ホテル:
19:30 ゲイランゲル・ホテルに到着。このホテルは同じような建物が2棟あり、低い場所の建物は1〜4階、高い場所の建物は5〜11階となる。ゲイランゲルはフィヨルド最奥の小さな村ですが、豪華客船が頻繁に訪れる世界的に有名な観光地です。豪華ではなくとも、それなりのホテルでした。
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明朝の予定:
/06:10 ウェイクアップ・コール /06:40 スーツケース、廊下に出す /06:45〜 朝食
/07:30 ロビーに集合 /07:40 出発 (晴れならフェリー乗場まで歩く)
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部屋は Rm.1018 でフィヨルドが見える部屋だった。しかしダブルベットでツインではない。直ぐにロビーに降り、添乗員さんに「部屋を取り替えてほしい」と伝える。添乗員さんがフロントの女性職員にその旨お願いしてくれた。ところが、「ベッドメーキングはダブルでもシングル2つをつけてダブルにしてある。自分で離してくれ」 とのホテルの説明だった。

ホテルで夕食:
20:05 6階のレストランで夕食。新婚カップルと同席になった。女性のほうは米国ネバダ大学に3年、その後イタリアに3ヵ月留学したとか。とかく現代の女性は活発ですネ。しかし御主人も頻繁に海外出張する仕事とか・・・。
食事はスモーガスボードで特にコメントすることはない無難なものと思いますが、蟹は「カニ蒲鉾」でした。日本からの冷凍製品の輸入でなければ、日本製の製造機を使用して当地で造ったものと思われます。水産王国ノルウェーでもカニ資源は貴重で高価なのでしょうか? 海老類はかなり種類も漁獲高も多いとききましたが・・・。
21:00 部屋に戻った。

自室にて:
21:15 ホテルの女性職員が部屋のドアーをノックした。添乗員さんが「毛布を1枚とどけるように」と頼んでくれたらしいが、手にしているのは「枕」だった。直ぐに「枕ではなく毛布1枚」と伝えて再度持ってきてもらった。
22:30 就寝。 ゲイランゲル・ホテル

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