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北欧4カ国・周遊の旅11日間 ( 9日目/2005年6月2日・木曜 )
ベルゲン観光、移動、コペンハーゲン観光
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ホテル出発まで:
06:00 起床。インスタント・コーヒーを飲み目覚ましとする。
07:00 スーツケースを廊下に出す。その足で昨夜と同じ向かいのレストランに行ってスモーガスボードの朝食をすませる。ヤギのチーズもまた食べましたが、珍しいだけではなく、それなりに美味しいものでした。
07:40 朝食を終えワイフは宿泊した建物のロビーでゆっくりした。私はホテル周辺を1人で散歩してみました。歴史ある街だけに道幅は広くはなく、舗装も昔ながらの石畳です。歩道はあったとしても広いものではなかった。集合住宅らしき家々に個人住宅らしき戸建ても混じる街並みは圧倒される雰囲気はなく、むしろ親しみやすい感じです。今まで1度も見なかったゴールデン・チェーン(和名・キングサリ)が満開で見ごろだった。ベルゲン市内では時々見かける木でした。近くを一回りしてホテルに帰った。 ベルゲン、朝の散歩

08:00 バスに乗車。昨日までのバスは今日から大型客船の観光客を担当するので、我々が乗車したバスは違う車両だった。 ところが、時間があったようで、昨日までのドライバーMさんがわざわざホテルまで見送りに来てくれました。たった数日間ではありましたが、毎日お世話になったので嬉しかったですね。皆で手を振って別れました。

08:05 出発。
08:11 ケーブルカー駅の坂道の下でバスは停車、我々は9時50分まで自由行動となった。便利で分かりやすい場所なので、観光バスはここを解散・集合に利用するらしく他にも何台も止まっていましたね。

ベルゲン市街・自由行動:
08:15 坂道の交差点の斜め向かい、ヴィーゲン湾沿いにハンザ博物館とテントが並ぶ魚市場があった。魚市場を見歩いたが、日本のこの種の市場と違い大声が飛び交うことはなかった。たぶん干鱈と思うが、グニャグニャと曲がった干魚が山積みになっているのが珍しい。吊り下げて干すと曲がることはないと思うが・・・。蟹類もあるらしいが、我々が見た限りでは気付かなかった。海老類は豊富でした。日本ではニシンやシシャモがノルウェーから大量に輸入されているそうですが、当地では鱈が1番好まれているとか・・・。いわゆる鮮魚は扱わない屋台のようです。 ベルゲン市街・自由行動(1)

魚市場から東に歩き、適当に南に曲がってみたら公園があった。地図によると公園の東にはベルゲン駅がある。
08:35 噴水の公園に入った。噴水の池の近くでは色違いの石楠花が寄植えされ、見事でした。西欧と北欧の諸国は本当に石楠花が好きなようです。公園のことで、子供をつれた女性が鳩に餌を与えていたり、ノンビリと陽をあびながら過ごす市民の姿もみられます。我々も池を一周することにしました。池の南側には美術館や工芸館が並び、文化的な中心地でもあるようです。
08:55 噴水の池の一周を完了。ラディソン・ホテルの2階のトイレを借用しました。その後、北に向かい、ベルゲンの商店街に出ました。そこでは街灯の支柱に色とりどりの旗が付けてあり、昨年訪ねたシドニーを思い出した。 ベルゲン市街・自由行動(2)

PB chokolate 09:20 ブラブラ歩きの後、魚市場近くの交差点に戻って世界遺産のブリッケン地区に向かった。途中の刺繍などの土産屋(Nilssen)に寄る。ここはノルウェー人の経営です。手作りではなく機械で作ったものですが、きれいな刺繍製品があったのでワイフは記念として買っていました。特に高価なものではなく、日本人観光客がよく立寄る店屋さんのようでした。
09:38 少し先に歩くとブリッケン地区の三角屋根が特徴の木造建築群になる。狭い入口から小路から中に入った。ここは世界遺産に登録(1979年)されています。歴史的にはハンザ商館の跡になり当時はドイツ地域以外にあったハンザ商館のなかで最大規模のものだったそうですから、欧米系、特にドイツ系の人達には感無量のものがあるかも知れません。事実、ここは欧米系の見学グループや個人が多かった。しかし、私には単なる古い木造建築物としか理解できず、簡単に拝見しただけでした。古い木造建築物は日本にも多いのですが、木材の組み立て方など大工仕事の方法や構造の違いは大きいようです。 ベルゲン・ハンザ商館
09:45 ブリッケン地区の小路から港側の通りに出る。
09:55 バスに乗車。昨日までのドライバーさんが自分のバスでここに来ていました。乗客が戻ってくるのを待っていたのです。ついでに最後の挨拶に来てくれました。ノルウェーの人達はシャイというか決して自分から話しかけるようなことはないそうです。しかし一旦様子が分かり気心の推察ができると人懐っこくフリンドリーになる、という記述を読んだことがある。だんだんと簡単な挨拶の言葉はニコッとして明瞭な英語で返してくれるようになったドライバーさんでした。

集合、ベルゲン空港に出発:

10:00 出発。これでベルゲンの街ともお別れです。
10:02 昼食用のランチ袋の配布があった。昼時の飛行機に搭乗するのですが、機内食のランチはでないようで、サンドイッチです。

ベルゲン空港からコペンハーゲン空港まで:
10:30 ベルゲン空港に到着。直ぐにスーツケースを預入れて搭乗手続きを完了した。後は各自で適当に時間潰しです。
ムーミン・ドロップ 11:15 2階のカフェでコーヒーを購入、US$9.00 で支払った。手持ちのノルウェー通貨はキャンデー(@15.00NKr)を2つ買って小額硬貨を残して使い切りました。テーブルにつきコーヒーを飲みながら行き来するする人達をボンヤリ眺めて過ごす。
その後、搭乗口23番に移動して椅子に座り、今度はバスで受取ったランチ袋を開けた。オープン・サンドイッチ、フルーツ、ジュースでした。サンドイッチは空腹だったためか、食べれました。リンゴは小型で甘みが強くデザートとしてよかったですね。ただ、日本で一番人気の「フジ」とは食感がかなり違います。
11:55 搭乗。機種はMD-81、座席配置は 2-3、我々は10Aと10Cだった。10Bという席はない。写真を撮りたくて窓側の座席にしました。好天気のうえ、主翼よりかなり前方の席で見晴らしも良かったのです。

12:00 定刻に出発。ベルゲン空港の滑走路は少し変わっている。長い滑走路の中央が低く、両端は少し高いつくりなのです。着地のショックが僅かでも軽く、停止距離も短くて済むのかも知れません。離陸時には加速しやすく、揚力も大きくし易いとも思えます。はっきりした理由は分かりませんし、多くの空港で採用されている形式かどうかも不明ですが、合理的で無駄のない作りという根拠があるのでしょう。

しばらくはベルゲン郊外の上空だった。リアス式海岸と緑と家々が眼下に見え続けた。その内、大きなフィヨルドと山上の大雪原が現れた。ベルゲン南方にあるハダンゲル・フィヨルドです。これはノルウェー最長のソグネ・フィヨルドに次ぐ2番目の長さを誇るフィヨルド、ベルゲンはノルウェーの2大フィヨルドに挟まれた場所にできた街だったのです。

ハダンゲル・フィヨルドの向こうの山上には広大な雪原があった。そしてその大雪原の北側にも同じような大雪原が幾つも見えるのです。大昔(100万年前?)、北ヨーロッパ全域は厚さ3000mの氷に覆われていたが、大地の隆起と共に氷床となり、そして氷帽氷河と呼ばれる山上の広大な氷河となって氷河期の痕跡を残しているのです。谷氷河とは異なり、一方向に流れるのではなく四方八方に小氷河として広がり流れ落ちるタイプの氷河です。地上から見たブリスクダール氷河も素晴らしかったが、機上から見下ろす大フィヨルドと氷帽氷河の風景は期待していなかっただけに感動ものでした。

ハダンゲル・フィヨルドを過ぎるとスタヴァンゲルという街とプルーケストーレン(プルピット・ロック)で知られるリーセ・フィヨルドになるが、既に雲に覆われて何も見えません。
12:35 コーヒーのサービスがあった。有料ではなく無料でした。
13:15 コペンハーゲン空港に到着。 ベルゲンからコペンハーゲン

デンマーク: ノルウェーとは時差がありません。

コペンハーゲン空港(Copenhagen Airport):
コペンハーゲン空港
コペンハーゲン市街はシェラン島にあるが、この空港はコペンハーゲンから約8Kmほど南のアマー島 Kastrup にある。所在地の地名からカストラップ空港ともいう。ヨーロッパのハブ空港の一つでスカンディナビア航空の基地空港の1つ。コペンハーゲンと空港は電車も利用できる。
13:15 今回の北欧周遊の出発点コペンハーゲン空港に帰ってきました。外は雨だった。
13:20 ゲートB10からターミナルビルに移動。手荷物を受取る前に添乗員さんは空港ショッピング・アーケードにある乳製品の店に案内してくれた(B搭乗口からA搭乗口へ行く連絡路商店街の中央付近です。) 私は途中のホールで写真を撮っていたらグループを見失ってしまい、アチコチ探し回るはめになった。店内で私がいないことに気付いたワイフが探しに来てくれ、出合ってホッとする。
ヤギのミルクでつくったチーズ
ワイフは添乗員さんお奨めのチーズ(@39.00D.Kr.)を買っていました。これはヤギ乳から作ったチーズのはずですが、確信はありません・・・。他のメンバーも購入していたようで、多分間違いないでしょう。大きさも値段も土産として手ごろなものでした。( 話が前後しますが、もらった人達は味が珍しくとても喜んだようでした。)
不手際で私がデンマーク通貨をその場で出せなかったのでカード決済になってしまった。

その後、ターンテーブルから出てきたスーツケースを確認して外で待つバスに向いました。
13:55 傘をさしてバスまで歩き乗車した。病気治療のためストックホルムにて一旦はツアーから離団された御夫婦もここでツアーに合流だった。奥様の顔色も良くなりニコニコと元気だった。退院されてからはデパートなどをゆっくり見歩いて我々のコペンハーゲン到着を待たれたそうです。

コペンハーゲン在住の熟年女性がガイドとして乗車しました。もちろん、アチコチとガイドしてくれて説明も分かり易かったが、どういう訳か私の頭には「この運転手は頭が堅くて融通が全くきかない。停車すると便利な場所でも駐停車禁止だからといって降ろしてくれない。」と運転手の悪口ばかり言っていた印象が残った人でした。この国の交通違反の罰金たるや凄いもののようですが・・・。

コペンハーゲン(Copenhagen):
デンマークでは最も東に位置するシェラン島、その東海岸にあり、デンマーク最東端に位置する。デンマーク最大の都市で、コペンハーゲン自治市の人口は52万人。コペンハーゲン県の人口は112万人。また、シェラン島東部とオアスン海峡を挟んだ対岸のスウェーデン南部スコーネ県のマルメ市、ルンド市などを含めた都市圏人口は280万人、北欧最大の都市圏である。道路と鉄道が併用する橋と海底トンネルでデンマークとスェーデンは結ばれており、その交通網をオーレスン・リンク (英語 Oresund Bridge ) という。

14:00 出発。アマー島にある空港からシェラン島にあるコペンハーゲンに向かった。雨はだんだんと激しくなってきている。それでも、ゴールデン・チェーンやライラックが満開だったし、コテマリのような白い花も沿道に多く、慰められた。現地ガイドさんによると、コペンハーゲンではサンザシも多く見られるとか。途中にビーチを造成している場所があり、その地域は土地の値上がりが激しいそうである。どこの国も、似たような経済現象があるものです。
14:10 市街地になる。かなりの雨ですが、合羽も着ずに自転車に乗っている人達をみかけます。この街は自転車が多く、自転車道もあるようです。

チボリ公園(Tivoli):
14:25 チボリ公園に到着。欧州各地の遊園地を参考にして1843年に造られた子供も大人も楽しめる遊園地として知られている。直ぐに入園したが、雨が凄くて人影はまばらだった。ゲートの中の道には鉢植えの赤いアジサイが並んでいる。雨に合う花のはずでも今日は冴えた感じが全く無い。ブラブラ遊園地を歩き回りましたが、乗り物も外のカフェテラスなども利用者はいないも同然の状態でした。多くの入園者は屋内に避難だったのでしょう。我々としては 「ツアーの予定コースだから一回りと雨宿りで時間を潰した」 というもので、いうなればションボリ公園でした・・・。 チボリ公園

アンデルセンの銅像(Statue of Andersen ):
アンデルセンの作品
幽霊/旅仲間(1830)
おやゆび姫(1835)
人魚姫(1837)
裸の王様(1837)
しっかり者のすずの兵隊(1838)
空飛ぶトランク(1839)
みにくいアヒルの子(1843)
ナイチンゲール(1843)
雪の女王(1844)
赤い靴(1845)
マッチ売りの少女(1848)
出典:Ref:05 項目(アンデルセン)、実際は個々の童話は童話集に含まれて出版された。 ----------
旅好きで旅行記の評価も高く、
徒歩旅行(1828、処女作)
詩人のバザー(1842)
スウェーデンにて(1851)
等々がある。 出典:Ref.04
15:00 チボリ公園の脇の門から外に出る。そこは塔のある市役所に近く、車の往来の多い通りだった。

デンマークといえば、アンデルセン(Hans Christian Andersen)。1805年4月2日にフュン島オーデンセの貧しい靴職人の家に生まれ、コペンハーゲン大学に学ぶが学業を放棄し作家をこころざした。旅行好きで生涯に29回も国外旅行をしたが、イタリア旅行後に小説「即興詩人」で知られるようになった。その後は多くの創作童話を書き、大人気を獲得してデンマークどころか世界的な有名作家となった。晩年、病床に伏した折には国王の見舞いをも受け、1875年に亡くなると国葬が執り行われました。「私の生涯は波瀾に富んだ幸福な一生で、一遍の美しいメルヘン(物語)だった」 と自伝に書き残したそうです。そして今年(2005年)、アンデルセン生誕200年を記念して、各種の催し物が行われている。「作者は死すとも作品は死なず」 アンデルセンの童話はいつまでも読まれているのです。

チボリ公園から出た左手の先、市庁舎の横になるようですが、通りの反対側の歩道にアンデルセンの銅像があった。私にはよく見えなかったし近くまでは行かなかったのですが、いそぎ中央分離帯までいきました。少し上向きに遠方をみるアンデルセンの銅像を望遠を効かせて撮影したのですが、運よく手ブレしなかった。故郷のオーデンセには立像があるようですが、ここのは坐像です。観光客がさわったり子供を乗せて記念写真を撮るので膝のあたりが光っている・・・。 アンデルセンの銅像
15:15 バス出発。

人魚姫の像(Den lille Havfrue/The Little Mermaid):
15:23 「人魚姫の像」から離れた場所で下車、かなりの雨が降っている。傘をさして海岸まで歩きました。右手には五稜の水濠をもつカステレット城がある。草が伸びた土塁の中には兵舎があるらしいが、堀の外からは見えない。その先のランゲリイエの海岸に有名な人魚姫の像があった。

人魚姫はアンデルセンが文学に、フィニ・ヘンリックスが音楽に、イェリコー夫人が絵画に、プリーセ夫人がバレーにしました。そしてエドワード・エリクセン(Edvard Eriksen, 1876-1959)がブロンズにしたのです。
その経緯はビール会社の社長カール・ヤコブソンが人魚姫の物語を扱ったバレーをみて感激し、最終的にエリクソンに制作を依頼したことに始まります。その後、脚を残すか、伝説通り腰からのヒレにするか、依頼主と制作者の間では大議論があったそうです。妥協の産物として脚の美しさを残すヒレとなった。完成した人魚姫の像は高さ 125cm の小柄なブロンズで、 1913年8月23日に現在の場所ランゲリイエ海岸の花崗岩上に設置されました。依頼主ヤコブソンはこの上品な人魚姫の像を大層気に入ったらしいのですが、残念ながら人魚姫の銅像は幾たびも大変な災難に遭っているようです。 人魚姫の像
15:35 バスに乗車、出発。

アマリエンボー宮殿(Amalienborg)とアンデルセン生誕200年祭:
15:41 1972年1月に即位されたマルグレーテ2世女王が実際に住まわれているアマリエンボー宮殿に到着しました。八角形という広場の中央まで行くと、そこにはフレデリクス5世の騎馬像があった。この広場は四方に公道があり、その1つの先に大ドームの教会が見えた。ローマの聖ペテロ教会を模したものらしい。騎馬像になったフレデリクス5世が建設を命じたためと思われるが、フレデリスク教会という。ノルウェー産の大理石を用いて建てられているので大理石教会ともいうようです。
雨の中でも宮殿の衛兵は規則正しい歩調で定められた場所を歩いている。周りの人影が無くなる頃合を見計らって衛兵の写真を撮った。その若い衛兵さんの目がこちらを見ているので、帽子に手をやり軽く会釈をした。驚いたことに、先方も重い帽子を頭に乗せているのに会釈を返してくれました。ついでながら、ここも女王が御在居の時は楽隊を伴う衛兵交代式が行われるそうです。
小走りでツアーグループを追い掛け、緑地の岸壁に急ぎました。アンデルセン生誕200年祭とかで多くの帆船が岸壁に係留され、古典的なコスチュームの人達の姿があった。しかし、生憎のひどい雨で見物人とてなく、多くはテントの中だった。それでも若い女性2人が写真を撮らせてくれました。白い大型タオルを肩にかけ雨除けをしているが、見るからに寒そうです。どうしてヨーロッパの人達は傘を使わないのでしょうネ? 聖書に傘の記述がないのかな? アマリエンボー宮殿
16:00 バスに乗車、出発。

ニューハウン(Nyhavn /新しい港町):
ここは17世紀に造られた真直ぐな運河状の長い波止場が陸に深く切り込んだ港で、かつては世界中から船舶が集まった場所になるそうです。古風ともいえる建物が波止場沿いに一直線に並び、その前の道にはカフェテラスがあった。波止場には沢山の帆船やヨットが係留され、全体として西洋の港町風情をつよく感じさせる場所でした。アンデルセンはデビュー当時と壮年時代にニューハウンに住み、幾つかの作品を書き残したともいわれます。
17:10 我々は波止場の一番奥で下車、そこから写真を撮っただけでした。雨はやっと小ぶりになりました。ゆっくり散歩してカフェテラスで休み、道行く人達をボンヤリと眺めたいものですが、忙しいツアーでは適わぬ夢でした。 ニューハウン

歩行者天国「ストロイエ(Stroget)」と土産店:
17:20 世界初の歩行者天国と言われる「ストロイエ」に行く。王室御用達の老舗や有名ブランドショップもあるコペンハーゲンを代表する長い商店街(約1Km)です。さしづめコペンハーゲンの銀座とか5番街とかボンド街といったところでしょうか。我々が行った時は、天候のせいか人混みの印象はありません。ここの歩行者天国を日本で初めて真似たのは北海道の旭川市なのだそうです。
余談ですが、ストロイエ(Stroget)は一般的に歩行者天国を意味するのか、通りの名前なのか判然としません。現地の地図では同じ通りに Ostergade 等の幾つか別の名前がついている。英語サイトで検索しても”Stroget is a pedestrian shopping street”のような表現が多く、実際に通りの名称かどうか、残念ながらやはり分かりませんでした。

我々は国立劇場が見える場所(コンゲンス・ニュートー広場)からストロイエに入った。少し入った所のコーナーにルイ・ヴィトンがある。その斜向かいに「マリリア(Marilia)」という免税店があり、そこに案内された。質素な店で驚いたが、旧店舗が再開発地区となり今は仮店舗らしい。所有者はデンマーク人ながら店は日本人女性に任されているそうである。大きな店ではないが、一通りの商品をみて、ワイフはデンマーク産チョコレートを注文していた。その後、18時45分にこの店に集合といわれ、解散となりました。


カプチーノ
我々は歩行者天国ストロイエを戻りコンゲンス・ニュートー広場から国立劇場方向に歩いた。この近くに The Magasim という老舗デパートがあるので少し見歩いてその中のカフェにでも入ろうと思ったのだ。ところがもう脚が疲れていてデパートのブラブラ歩きも気乗りがしない。デパートの隣の建物に「Cafe d Porta」と書かれたカフェ・レストランがあった。 レストラン部のテーブルは空いていたが奥のカフェのテーブルは満席だった。一言「コーヒーを飲みたいが?」とウェイトレスさんに言ったら直ぐに席を作ってくれた。メニューからカプチーノ(@30.00D.Kr.)を注文する。この店は客筋にもガサガサした感じは全くなく、白ユリがテーブルに飾ってあり、場所柄それなりに人気あるカフェと思われた。もちろん、お客は現地の人達ばかりのようです。ゆっくり休ませてもらいました。支払いの時に1割程度のチップを渡した。テーブルを作ってもらったので・・・。
18:15 カフェを出る。ストロイエ通りをブラブラ歩き。今日は雨のためか歩行者天国の商店街にしては人影が少なかった。 歩行者天国「ストロイエ」

PB chokolate
カカオビーンズ形のチョコ
18:30 集合場所の「マリリア」に戻った。未だ誰も来ていない。ワイフはデンマーク産チョコレート「カカオビーンズ」(Peter Breier Chokolade)を追加購入していた。カカオ豆の形をした甘くないチョコだが、大人の味とでも表現できそうなものだった。若い女性店員が椅子を奥から持ってきてくれる。足が疲れていたのでありがたかった。
責任者の日本人女性は30才前後に見える若い人だったが、それでも当地で暮らすこと7年になるという。住んでいるところの家主さんは家の修理を含め出来ることは全て自分でしている、と半分はあきれたように話していた。いろいろと物価高で出費を省く経済行動というか合理性の追求が必要なのでしょう。全体としてコペンハーゲンでの生活をかなりエンジョイしているような話しぶりでしたが、それでも冬の1月ころの1ヵ月間は毎年日本で過ごすそうです。当地に慣れても、太陽の無い時期だけは帰国しなくてはとても我慢できないとか・・・。

夕食(街の中華レストラン):
そのうち全員が集まった。これからバスで夕食の中華レストランに向かう。
19:00 街の中華レストランに到着。2階の奥に我々の席が用意されていた。ここも回転台の付いた中華テーブルはない。普通のレストランの感じだった。皿も中華用ではなく、完全な洋風だった。東洋系の客は我々だけで、他は全てデンマーク人の比較的若い人達のグループだった。中華料理ではありますが、味もその線に沿ったようなもの、といえるでしょう。
19:50 レストランを出る。バスが迎えに来るまでに時間があったので、近くのミニチュア・ビレッジ(正式な名称は忘れました)を観に行った。途中にコペンハーゲンでは数少ないカトリック教会があり、その前にブロンズ像の付いた泉がある。誰か悪戯に洗剤をいれたらしく、泡が凄かった。風が吹くと通りにシャボン玉ならず白い泡の塊が沢山飛んでくる。ミニチュア・ビレッジはチョットした退屈しのぎにはなりますが、簡単な説明版でも目立つところに付けておいてくれるとよいですね。 夕食(街の中華レストラン)

ヒルトン・コペンハーゲン・エアポート:
20:10 バスに乗車、出発。現地ガイドさんは中央駅を過ぎたチボリ公園近くで下車。鉄道で帰宅するので駅前で降りたかったのだが、頼んでも停車してくれない。かなり離れてからの降車だった。最後の悪口、「融通が利かない石頭!」がとびだした。ハッ、ハッ、ハッ〜。
20:30 空港の駐車場の横にあるヒルトン・ホテルに到着した。ここはデンマークの著名な家具デザイナーによる椅子がロビーあるらしい。到着早々その椅子に座ってみたが、まあ大きな安楽椅子でした・・・。
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明朝の予定:
/06:30 ウェイクアップ・コール /07:00 スーツケース、廊下に出す /06:00〜 朝食
/07:50 チェックアウト、ロビーに集合 /08:00 出発
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さらに暫らくの間はロビーの椅子で部屋割りを待つ。我々は607号室だった。その部屋に入ると他の人のスーツケースが2個ある。我々のスーツケースは無いのだ。直ぐ外に出ると隣の人も同じ問題で廊下に出てきた。お互いの部屋を覗いてみると隣どおしを間違って入れたらしい。男手でスーツケースを2個づつ交換した。
添乗員さんが頼んだはずのスペアー毛布が未だ部屋に届いていなかった。直接フロントに毛布を届けるように頼んだ。直ぐに持ってきたので 5DKr のチップを渡しておく。北欧のホテル料金はサービス料込みなので通常なら不要ですが、当方から頼んだことなので・・・。
部屋は広く清潔感のある良いものだった。
22:00 就寝。 ヒルトン・コペンハーゲン・エアポート

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