上海、蘇州、水郷古鎮巡り (3日目/2009年3月16日)
上海ヒルズ、南翔鎮、七宝古鎮、ナイトクルーズ
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ホテル出発まで:
05:30 起床。外は未だ暗い。今日も晴。
06:40 レストランに行く。
直ぐダイニング・ルームに行き、テーブルの空き席を確保する。ポケットテシューを置いて予約済みのサイン。しかし、朝食の皿を持ち帰ったら、年寄り夫婦に取られていた。幸い近くに空席が出来ていたので、そちらに移動をお願いしたら分かってくれました。旅に不慣れで、テーブルに置いたポケットテシューの意味が分からなかったようでした。
朝食は昨日に同じようなもので、卵焼き、白ソーセージ1本、ベーコン数本、鞘豆、中国風ハルサメ(?)、蒸しパン数個、小型ロールパン1個だった。
ホットドリンク・コーナーの紅茶ポットは空にならないがコーヒーポットは希望者が多くて直ぐ空になる。朝食を食べ終わってから新しいコーヒーポットが出てくるのを待った。厨房から持ってきた時すかさずワイフと2人分を入れました。1杯目を飲み終えた頃はコーヒーポットは空のまま、2杯目は無理だった。止む無くワイフの残りをもらいました。
07:15 部屋に戻る。

朱肉入れ
07:25 ロビーに行く。土産品店に入り、印鑑用の朱肉入れを物色した。この写真のものは石の手彫りと称し、表示価格は1個2000円だった。交渉で1個1500円になった。ワイフは4個欲しがったが店には2個しかない。今日は2個だけの購入となった。
実務的な観点では昔に比べて押印を要求されることが少なくなった。税務署の確定申告すら住基カードをPCに読ませてインターネットで完結する時代なのです。とは云え官庁関係の書類などで未だ必須のものも多い。良い記念になります。特に事業を営む人達は朱肉以外にもデスクの飾りになります。
(注) 上海滞在中の経験では1個○○円の商品が2個で割安、5個ならもっと割安という Offer が多い。このホテルの土産品店では1個で値引き交渉に応じたようです。値下げ幅は店員の気分にもよるでしょうが、日本語と日本円が使えるので便利でしょう。

私はホテルの前の道路を少し歩いた。月曜の朝なので出勤する人達が大勢行き交っている。中国のことで自転車やオートバイの通行も多い。ホテルの外観を写真に収めてロビーに戻った。

上海ヒルズに向う:
07:50 集合、直ぐバスに乗車。
08:00 予定どおり、出発。
今日の最初の観光先は昨日昇れなかった上海ヒルズ展望台です。到着までの間、ガイドさんは今日の予定を話していた。

08:37 黄浦江のトンネルに入る。
08:57 上海ヒルズに到着。

上海環球金融中心(上海ヒルズ:SWFCスカイウォーク100):  バス移動(→七宝古鎮)
地上から見上げる上海ヒルズ、車窓撮影
建物492m、スカイウォーク100は474m
到着時
エレベーター到着時刻/09:14:10
出発直前
エレベーター出発時刻/09:12:38
08:59 展望台入口に到着。この新しい高層ビルは頂上に塔がないのに地上492mもあり、ビル本体の高さとして現時点では世界一という。我々が上るスカイウォーク100展望台は474mにある。下から見上げるだけで高さを感じます。

昨日と違い、観光客は未だ到着していない。待たずに内部に入り、直ぐ地下1階に下りた。
08:01 薄暗い入場券発売所を通り、明るい別室に通された。団体入場券の手配のためです。室内奥に中国語、日本語、英語などのパンフレットがある。日本語と英語のものをもらった。しばらくするとガイドさんが出口で入場券を1人々に手渡した。その部屋を出ると薄暗かった。エレベーター乗場に向う。有名らしい芸術家によるLEDアートの照明ですが、いうなれば印象派絵画と抽象絵画の違いで、理解しにくい。実用本位の庶民感覚では不慣れな場所の薄暗さは実は居心地があまり良くなかった。しかし、女性案内係の日本語ガイドに従ってエレベーターに乗るのみ、照明は”趣味の問題”かも知れません。

高速エレベーター: 地下1階から95階まで一気に上昇する。動き始めから停止まで、驚く程にスムースな動きでした。バス車中や切符の配布前にもガイドさんは「日本のM電機のエレベーター」と幾度も強調していましたが、ある意味で頷けます。
エレベーターに高度計があった。 左の写真(下)は地下1階を出発する直前にデジカメで撮影した高さと記録時刻、写真(上)は地上95階に到着し停止した高さと記録時刻です。デジカメの記録では1分32秒で435mも上昇したのです。筆者の数値は実際の上昇時間より僅かに大きいかも知れませんが、すごいです。平均秒速は約4.7m、この上昇速度に加えて人体に負担のない速度制御もすばらしいと思います。ただ、筆者の場合、耳抜きが必要でした。

09:16 エスカレーターとエレベーターでスカイウォーク100という展望台に上がります。
展望台の両側はガラス張り、床まで中心部にガラス窓が三列に点々と続いている。下を見ると、上海ヒルズの屋根しか見えない。右か左にずれて見下ろすと400m以上も下の道路や車が見える。やはり相当な高さで恐怖心も少しわく。ワイフは直ぐ下を見なくなりました。

スモッグ: 今は朝、西側の外灘は太陽の位置からよく見えるはず。確かに素晴らしい景観ですが、春霞ならずスモッグが酷い。数年前から上海市はスモッグ観測を強化して注意報などの警報も発令されているらしい。しかし産業排出物による大気汚染が未だコントロールできていない。昨年8月の北京オリンピックでは前もって地域の化学工場などを操業中止にしてスモック低減に努めたらしいが、今日の上海は日常のままです。黄浦江近くは見れるのですが、その先になると霞んでしまう。驚きでした。学生時代の東京を思い出しました。
文章による描写も大変なので、スカイウォーク100の眺望はどうぞ写真でご覧ください。

09:31 スカイウォーク100から集合場所の95階ホールに向う。
ここは土産品などを売る店や休息用の椅子があるだけの広い空間、両側は展望の良い大きなガラス窓です。トイレに行く。男性用は地上430mに立ち、広々とした上海市街を眺めながら小用を済ますこともできる。このタイプは確か2人のみ、他は壁に向う通常スタイルだったと思います。
09:45 点呼。ここからエレベーターで地下1階まで下ります。
09:50 エレベーターホールから地下1階の広場にでる。カフェテラスもあった。そこから階段を上って「世紀大道」という大通りにでた。
バスがピックアップに来るまで撮影会みたいでした。全員の記念写真の撮影もあった。

世界的な経済不況: 上海環球金融中心(上海ヒルズ)は六本木ヒルズを建てた森ビル(株)が企画から14年の歳月をかけ2008年8月28日に竣工させた世界1の高層ビル(地上101階、高さ492m)とされます。しかし、2007年夏のサブプライム問題の発覚や2008年9月の大手証券会社リーマン・ブラザーズの倒産などにより、世界中の金融機関の大変調が顕著になった。昨年秋から人・物・金の動きが急激に低下し、世界的な大不況に突入したのです。この上海ヒルズもテナント予定企業の入居が相次いでキャンセルになり、現時点では「ガラガラ」とか。開発企業1社で何とかなる問題ではなく、今後の世界経済の状況を見守るしかありません・・・。せっかくの大事業も間の悪い時に開業となったものです。ついでながら、原油高騰で不動産開発を活発化させた原油産出国のドバイやロシア等々他の国の大規模開発事業も同様な状況と報道されています。

09:55 バスに乗車、すぐに出発でした。トンネルを通り旧フランス租界だった地域に行く。

民芸品店(芸術館):
上海展覧センターの駐車場
10:18 上海展覧センター(Shanghai Exhibition Center)という旧ソ連の協力の下に作られたスターリン様式の建物がある。1955年完成とされ、中央の尖塔には大きな星が付いていた。 上海展覧センター/珍しいスターリン様式
その展覧センターと同時に建てられたと思しき同色の石造建築に囲まれる広い駐車場があった。バスはそこに入り、我々を降ろした。

目的の民芸品店は駐車場を挟み展覧センターとは反対側にあった。展覧センターの施設の一部ではないか?と思う。正面玄関を入ると「芸術館」なる立派な表札が掲げられている。何かしら単なる民芸品屋とは違う雰囲気だった。
芸術館の入口を入った所で日本語が堪能な男性職員が自己紹介と簡単な説明をしてくれた。その後は階段をおりて地下の展示室をこの方の説明付きで回りました。うっかり一枚撮影したが、ここは撮影禁止です。現代の中国工芸家の作品を数多く展示しているが、骨董品はありません。全て購入可能なようです。日本で買ったら本当に高そうな工芸品でも、中国は未だ人件費と物価が安く、手が出せる程度のようです。時には購入して代引きで自宅発送する人もいるらしい。でもね、この種の工芸品に関する目利きは少ないと思え、「趣味と金があれば」ということでしょう。

白檀製の飾り
次は売店です。ここは大きくて土産品を数多く扱っている。女性店員が大勢いて、どうやら客を見定めて1人がどこまでもついてくる。購入予定はなかったが、白檀のボール型飾り(@1500円)を1つだけ買ってあげました。外のボールは透し彫りで中にもう1つボールがある。少し手のかかった作りでした。ここは日本円が使え、店員さんは商売用の日本語会話は大丈夫でした。
11:09 バスに乗車。

退屈しのぎに外を見ていると、雀2羽が遊んでいる。それを見たワイフが何と云ったか!
「あら、よく生き残ったわね。」
確か昨日と思ったが、実は現地ガイドさんがこんな話をしたのです。
「飛ぶものは飛行機以外、走るものはバス以外、四足のものはテーブル以外、中国では何でも食べます。」  無論、大げさなジョークです。
しかしね、上海滞在中に鳩や烏などは見なかった・・・。

11:15 出発。
これから南翔鎮に行く。上海中心部から西に向かい30〜45分です。(注:南翔観光サイトでは上海から30分とするものが多い。)

昼食(南翔のレストラン):  南翔のレストランの写真ページ map
小籠包のレストランの門
旅行前に南翔の位置を中国版の地図で確認したが、膨張した上海の市街地の西側になると思っていた。実際の南翔鎮はかなり郊外で高速道路で約37分かかった。それ自体が町になっている。下車した所に案内図があったので、その1部を掲載しましたが、やはり長江デルタの水郷で運河やクリークが縦横に走っているようです。観光開発は左程でもなく、昔ながらの水郷古鎮らしい。その中心に古猗園という庭園があり、昼食レストランはその庭園の1部と思える場所でした。南翔は日本でもお馴染みの小籠包(Xiaolongbao)発祥の地、昼食の目玉です。

11:52 古猗園の前でバスを降りる。中国風の大きな石の門がある。その中は奥まで広場だった。その正面は中国式建物と白塀に丸い門、右手には古猗園の入口がある。
正面の門(上の写真)の両袖に赤地に黄と白で何やら書かれている。左側は「古猗園南翔小○/創始干公元1871」とある。○は籠の略字らしいが分からない。中国語は読めないので、「小籠包を1871年に創始」と勝手な解釈をした。

この種の歴史は観光向けや店の宣伝文が混じり分かり難いが、インターネット上の情報を調べた結果では次のようでした:
『中国の嘉定県南翔鎮(現・上海市嘉定区南翔鎮)の黄明賢が1871年から大きな「南翔大肉饅頭(肉まん)」を古猗園の前で売った。すぐ商売繁盛となり、真似る人達が多く現れた。そこで黄明賢は考えた。形を小型に皮は薄くて具を多く、上部に絞りの波型を付けた新商品を発明、これが「南翔小籠包」の始まりとなった。その黄明賢の弟子である呉翔升が1900年に上海で開店した老舗「長興樓」(のちの「南翔饅頭店」)により人気がさらに広がった。 小麦粉を発酵させた皮と肉汁たっぶりのシューシーな食感に小籠包の特色があるが、現在は使用食材によって多くのバリエーションがある。元祖は豚肉を使用したとされる。(各種サイトの情報を合成)』

丸い門からレストランの敷地に入る。その直ぐ左の建物は予約不要の個人客用らしい(小籠包20個12元/2008年)。その奥も伝統的な建物で、厨房に挟まれた廊下や中庭があり、突き当った右側が我々の部屋だった。大きな丸テーブルが2つある立派な中国式のダイニングです。たまたまですが、奥のテーブルの1番奥に座ってしまった。特等席!(笑)

中華料理のこと、テーブルの人数に合せて各種の料理を盛皿で持ってくる。まず、最初のお茶らしき草と赤い実の入ったコッブが出る。味は草のような・・・、日本式の表現なら薬草茶でしょう。次に小籠包のセイロが2つ出た。旅行会社では1人3個とわざわざ書いている。そのつもりで味わっていたが、実は5個食べた。それでも総数が多かったのか、1〜2個で止めた人達がいたのか、4個余った。そのまま次々に出る料理を片付けました。かなりの量を食べたと思う。そして、最後まで4個の小籠包は残っていた。「南翔は小籠包の発祥地」です。余しては後日たたりがあるやも知れない(笑)。「どなたか?」 ところが、皆さん十分らしい。私が2つ、親子2人組みが2つ、セイロが最後に空になりました。素朴な味ながら、楽しめると思うのですが・・・。

12:45 レストランから出る。

古猗園(Gu yi yuan/コキエン):  古猗園
中国式庭園の古猗園、桜が満開
手持ちの資料に古猗園の説明はない。インターネットで調べました。
『古猗園は明代の1522〜1567年に造られた。猗の文字は「すばらしい」という賛美の言葉、つまり猗園は「すばらしき園」の意味になる。清代の1746年に大改築され、「古くてすばらしい」という意味で、「古猗園」と改名された。以後、たびたび増改園されて86,000平米の広さになった。
上海郊外では有名な明代庭園の一つ、竹の庭園と云われるように紫竹、方竹、羅漢竹、剛竹、淡竹、翠竹、等々数十種の竹がある。 園内は6つの区域に分かれ、池や築山、点在する東屋や回廊などがあり、それぞれ特色ある庭造りになっている。(各種サイトの情報を合成)』

ガイドさんが古猗園の入園券を手配、すぐ入りました。この庭園も入口近くに太湖石らしき巨石が置いてある。小鳥が石の割れ目に溜まった水を飲んだり、ノンビリした雰囲気です。古猗園は旅行会社の案内書に「竹の名園」とあるだけ、どのような庭園か分からなかった。実は、ガイドさんについて歩き庭園を眺めたのみ、今でも良く分かりません。
池に架かる橋や屋根付きの回廊は直角にグネグネと曲がる中国式が多かった。奥まった池の端に数本の桜が満開、近くの中国式建物と相俟って良い雰囲気でした。
確かにアチコチに中型から小型の竹が植わっています。その葉も柔らかい感じでした。しかし、竹の種類が特別に多いとか、見事な竹林があるとか、「竹の庭園」から想像する特色は回遊路から感ずることは無かった。代わりに中央部の広場に竹を組んで作った大きな鳥(クジャク?)が飾れていた。これは申し訳に思えました。その近くに太湖石が陳列状に並んでいたり、築山に大きな太湖石が目立ったり、江南庭園の特色は維持しているようです。
説明が無いから推察ですが、この庭園も元々は高級官僚の私庭園だったのでしょうか。
回遊路も終わり近くになると、運悪く植物に有機肥料(馬糞)を与えた直後で、悪臭がすごかった。もう少し使い方に工夫したら?
11:17 古猗園の散策を終え、バスに乗車。直ぐ出発。

七宝古鎮(/シッポウ):  七宝古鎮フォトページ
七宝の運河と石橋
13:55 七宝の新鎮路なる大通りを行き、七宝教寺の七重の塔を見ながら橋を渡り、右折して駐車場に入る。ここには満車だったのか、バスは来た道を引き返し、三重の鐘楼の手前の駐車場に入った。
14:00 降車して大通りを暫し歩き、鐘楼の広場にきた。古い施設らしきものは幾つか工事中でよく見れない。
餅屋の角から大賑わいの長くて狭い商店街に入った。歩きながら餅屋の商品をチラッと見て、日本の餅と同じと思った。この種のものなら所詮は中国伝来、僅かに日本流に変えて日本独自と称する程度でしょう。商店をチラチラ見ながらガイドについて行く。それが精一杯でした。

14:18 石橋を渡る。そこから左の先に石橋が2つあり、運河の両側の白壁と黒瓦の家並みのコントラストが中国の水郷らしき風景を作り出している。

その先はまた商店街だった。食物を売る店が実に多い。場所によっては食物からと思えない異臭と云える強烈な臭いが漂っている。ワイフはハンカチを鼻に当てて歩いていた。昔、日本を訪ねる欧米人は味噌・醤油の臭いを強烈に感ずるという話があった。こんな経験だったのか? そうは思いたくないが、人間の感覚のことで・・・。
追記: 3月下旬に同じツアーに参加した人は「七宝の食品街で異臭はなかった」そうです。我々の経験は時と場合によるものかも知れません。(2009.04.22記)

人の川と云える狭く長い商店街になった。両側は相変わらず食物屋が多い。時々椰子の実にストローを刺して飲みながら歩く人がいる。人気が有るようで、所々で売っている。商品を見ていると面白い。たこ焼きみたいなものを作っている店もある。丸い窪みだらけの鉄板にドローとした材料を流し込んで焼く。ひっくり返して球形にする。具は分からないが、たこ焼きそっくりです。さて、大阪が元祖で七宝の商人が真似たのか、それとも、・・・?
おこしや串団子の原型らしき菓子類の店も所々にある。日本のものより大振りです。いろいろ面白いのでゆっくり歩きたいのですが、ガイドさんを見失ったら大変です。写真すらあまり撮れなかった・・・。

14:27 また運河の石橋を渡った。最初の石橋とは別のものです。
相変わらずの人の多さですが、食品店はなくなり、土産屋などが並ぶ商店街になりました。
14:34 三重の鐘楼の広場まで戻りました。我々の七宝古鎮の観光はこれで終わりです。が、何かしら日本の食文化の原点に触れる面もあったように思え、有意義でした。

蛇足: 類似の食品を中国の素朴な商店街で見つけると、本家争いは無用ながら、日本の食べ物の元祖○○とか○○発祥など当てにならないのでは? もっとも、ブランド品に関しては・・・、ご承知のとおり。

14:35 七宝老街の散策を終えバスに乗車。
14:40 出発。

移動(→上海): 14:45 隣の座席の人に国際電話あり。WBCで日本チームがキューバに勝った。松坂が勝ち投手とか。すごいですね、こんな事まで国際電話! 後日談ですが、WBCで日本チームが2度目の優勝でした。
15:20 この頃、通りの看板類が英語表記が多くなった。

新天地の自由散策:
新天地・北里のメーンストリート
15:27 新天地に到着。スターバックスの近くで降車。
洒落て高級そうなレストランのある狭い小路を通り抜け、小さな広場にでた。中央にファウンテンがある。
ここ新天地の建物はグレー系と思しき石材がおおい。表面的には古さを感じない。しかし1920年頃に作られた旧フランス租界の住宅街だったらしい。2000年に新天地としてファション系ショップやレストランなどのお洒落なタウンとして再開発された。ここは中国にあって中国にあらず。七宝古鎮の後、頭の切替えに良い場所かも知れません。違和感は感じない場所でした。

集合はファウンテンに16時30分、解散。若い女性カメラマンが「お買物のご希望があればご案内します」と申し出たが、これは断った。近くの公衆トイレに寄ったが、日本のデパート並みだった。美味いコーヒーが飲みたくてスターバックスに行くことにする。ところが北里の外れで近いのだが、反対方向に歩いてしまう。完全な方向音痴になった。道を横切り南里の端まで行くが・・・。そこのハーゲンダッツでバニラ・カップ(@28元/約450円)2つ買って外のテーブルに座った。ここは英語が通づる。レモン1切れが入った水のコップが出たが、これは手を付けれなかった。
近くに幾つか屋台があり雑貨を売っている。アイスクリームを楽しみながら、道行く人達を眺めて過ごした。気分的に落着けて良い休息だった。
適当にブラブラ歩きを始める。結局は正反対の北里の端まで行ってスターバックスを見つけた。クロワッサンやスイート類の値段を見ると、多くは12元(約190円)だった。日本的感覚でも少し高いと思うが、中国の人達には物凄く高い値段です。(ちなみに豫園の南翔饅頭店で小籠包16個12元(2009年)です。)

小広場のファウンテンに戻り、集合時間までそこで過ごした。
点呼のあと、再び細い小路を通り抜けて表通りでバスを待った。
16:36 バスに乗車。

外灘(黄浦公園)の遊歩道:  外灘の遊歩道
外灘の遊歩道から浦東をみる
16:55 黄浦公園に到着。時間調整のサービス観光です。
立派な公園入口の門から中に入る。右側の階段を上り、蘇州河から南の十六舗近くまでの長い距離を黄浦江に沿って遊歩道がつくられている。幅もあり、立派なものです。ついでながら、黄浦江を十六舗フェリー乗場からかなり先に行くと来年(2010年)の上海万博の会場作りが行われている。
この遊歩道から対岸の浦東新オフィス街は手に取るように見えます。遊歩道沿いには1842年の南京条約以後に作られた租界の古風にして優雅な灘外(ワイタン)建物が並んでいる。多くは銀行になっているそうです。ただ、租界時代の洋風建築物の多くを見るにはかなりの散歩が必要でしょう。

外灘(ワイタン)の遊歩道を展望台として楽しみました。まさに黄昏直前の浦東は目前に広がり、今朝に行った上海ヒルズのスカイウォーク100部分も見える。実際には上海ヒルズが1番高い建物でも、距離の関係でテレビ塔のほうが高く見える。今夜のナイトクルーズで乗るような観光船も行き交い、しばし良いムードをそよ風の中で楽しみました。

17:10 バスに乗車。夕食レストランに向う。

夕食(水上皇宮/HUANGPU RIVER VIEW RESTAURANT): 夕食・広東料理
連絡橋から水上皇宮
17:25 水上レストラン(船)に到着、水上皇宮という。上海料理と広東料理らしい。黄浦江の風景、特に夜景、を楽しみながら食事が出来る場所、恐らく観光的に知られた店でしょう。通されたダイニングルームは1番奥でテーブルクロスは純白の長いものでした。ゆったり感はあるが、座席間隔は船内レストランのことで普通でしょう。1号車はテーブル1に12名、テーブル2に10名だった。

前菜4種は直ぐ回転台に運ばれてきた。飲物は相変わらずお茶にする。食事の味付けもよく楽しめた夕食でした。量的にも十分で何時もながら随分と残しています。日本人は小食なのでしょうか。

食べ終わり次第、1階上のトイレに行く。5人位が使える男性用に飛び込んだ女性がいて、他の女性が出入口を両手で塞いだ。お陰で3〜4人が外で待つ羽目になった。ツアーでは時々男性用に飛び込む女性がいる。しかし出入口を塞がれたのは初めてでした。
一端は座席に戻り、暑いので脱いであった半コートを着て外に向った。

18:30 レストランを出てバスに乗車。
実は歩いている時に帽子が無いことに気付いた。食事前に半コートと共に脱いだ記憶があった。ガイドさんにお願いして帽子の落し物をレストランに尋ねてもらうと、しばらく後に「見つからず」の返事があった。残念、5年くらい使ったスコッチハウスの帽子を失くした。買い替えの時期と諦める。
18:40 観光船の乗場に到着。

黄浦江ナイトクルーズ:  黄浦江ナイトクルーズ
黄浦江の夜景
今晩は風も弱くて晴ている。絶好の夜景日和です。陽はくれてビルの灯りやイルミネーションが輝いている。観光船の乗場は大勢の観光客で賑わっていました。

18:55 船名も何も分からないが、国営企業の観光船らしかった。乗り場は夕食をした水上皇宮より川上になる。乗船後は直ぐ階段を上がり最上階のオーブンデッキの後部に行った。手すり周りはもう人が一杯で我々の入る余地はなかった。若いアメリカ人男女5人が談笑しながら出発を待っている。その近くで対岸の風景などを見ていた。ツアーメンバーはバラバラで冷えを嫌がる船室組みもいたらしい。船上の外気は人により少々肌寒いのかもしれない。

19:10 観光船が出発。これから1時間の黄浦江ナイトクルーズです。不思議なことに、今まで賑やかに談笑していたアメリカ人グループがデッキを離れ船室に行ってしまった。我々には幸いでした。手すりを確保できたのです。お陰で上海の夜景を我が物のとして満喫できました。夜景の説明は難しいので、写真ページを呼び出してご覧ください。ただ、写真は小型で雰囲気のみです・・・。
普段なら走行風を嫌がり船室もどるワイフが最後までデッキにいました。驚きです。
1時間の黄浦江ナイトクルーズは、天候によりますが、イルミネーションが綺麗で楽しめるし、印象にも残ると思います。

20:10 ナイトクルーズ終了、船外に出てバスに向かった。途中には物売りが多かった。
20:13 バス出発。
車中で明朝の予定などが発表になった。
21:00 この頃にホテル到着。

蘭生大酒店(3日目):
今日は朝早くから遅くまで観光し、昨日と同じく随分と見聞を広げました。
シャワーの後はサッパリ感と心地よい疲労感が充満です。
軽い夜食を済ませて休みました。

明日はモーニング・コール6:30、出発は8:30。

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