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台湾の北部(台北と基隆) 3泊4日: 2日目 2013年1月11日
台北観光(故宮博物院、龍山寺、台北101、等)
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故宮博物院の本館 ホテル出発まで
故宮博物院
忠烈祠(衛兵交代式)
茶楽(茶道セミナー)
昼食(バーベキュー)
龍山寺
中正記念堂(衛兵交代式)
行天宮・占い横丁 → 免税店
夕食(台湾料理)
台北101展望台−夜景観賞
饒河街夜市
台北華国大飯店(1泊目)

ホテル出発まで
06:10 目覚ましで起床。外は未だ暗かった。
06:53 朝食のため部屋を出る。レストランは1階ロビーなのでエレベーターに乗る。
使用したエレベーターと乗場を半分は囲むような場所のレストランでした。中の造りは中国風に太い赤い柱があり、天井からは提灯風の照明灯が多く下がっている。壁にはやはり中国風の大きな書画が飾られていた。しかし、ダイニング・セットは洋風です。
ヴァイキング料理なので、通常の旅行時に同じようなものを食べました。最初はオレンジジュース、メーンデッシュはハム2切れ・ウィンナ1本・スクランブル・エッグ・肉ボール(小)3個・青梗菜の炒め・名不詳の餅風のもの、パン4個、食後にコーヒー2杯。以上で私の朝食でした。写真は前日のホテル欄タイトル横のリンクからご覧いただけます。
07:30 レストランから部屋にもどった。忘れずにオブラートに包んだ処方薬をミネラルウォーターでのんでおく。

圓山ホテルの前庭から台北101 07:45 出発まで間があり、前庭の散策のため部屋をでました。同じエレベーターでロビーに下り、正面玄関から庭にでる。新館は丘の上なので車寄せと道路の先に大きな石段がある。その欄干の遥か向こうに台湾ご自慢の近代的高層建築「台北101」が霞んでみえた。今晩、その展望台に上り夜景観賞の予定です。今は晴で無風に近い。一日持つと良いですが・・・。
階段を下り、かなり下に見えるホテルの大きな中華門近くまで行ってみました。そこから見上げる新館の外観は立派なものです。台北のランドマークとして写真がよく使われるのも納得です。オレンジやピンクなどの花が花壇で満開、とても1月とは思えませんが亜熱帯ならではでしょう。適当に記念写真を撮ったりして楽しみました。
08:08 部屋に戻った。

08:20 部屋の忘れ物を確認して、キャリーケースを引きづってロビーのフロントに行き、鍵を返すだけのチェックアウトを済ます。未だ皆さんは来ていない。ワイフをそこの椅子に座らせて、私はロビーから階段で2階にあがり、一回りしてみた。階上の裏側はショップが並んでいる。早朝なので閉まっている店が過半だった。様子見を済ませ、階段を下りフロントまで戻った。

圓山ホテルの記念品、マグネット ガイドSさんと顔を合せると「昨夜、毛布は届きましたか?」 実は届かなかったがワイフは何とか工夫して眠りました。ガイドとしては気が済まず、ホテルに毛布の届忘れの苦情を言ったようです。フロントの奥からダークスーツ姿の女性が詫びに来ました。その時に貰った「お詫びのしるし」、ホテル新館をデザインしたマグネットです。話し方にしても、かなり気を使っていました。
以前は台湾一の国営ホテルだったとか、民営化されても伝統が生きているのでしょう。

08:35 フロント近くに集合でした。すぐ表で待っているバスに向かった。

バス移動(→故宮博物院):  スーツケースはドライバーに任せ、昨日と同じ運転手側の3番目の席についた。皆さんも同じ席だったようです。
08:40 出発、予定どおりです。車窓から今晩訪ねる台北101の建物がはるか遠方に見えました。ホテルのある丘を下り、広い通りを最初の見学先「故宮博物院」に向かった。下の写真で一泊した圓山大飯店の見納めです。
公道から見上げる圓山ホテル新館、車窓撮影 直ぐ次に「忠烈祠」の正門の前を通る。ここは後で訪問し、衛兵交代式を参観する。
09:01 故宮博物院の正面入口の門を通過、黄色いタクシーが客待ちをしている。バスはさらに庭園沿いに進み、博物院本館の入口近くまで行きました。

故宮博物院(National Palace Museum)
故宮博物院の正門、天下為行アーチ、車窓撮影 09:03 到着。既に多くの人達が訪問中でしたが、朝なのでこれでも少ないそうです。 充実した中国伝統古美術品の殿堂なので、見学者が多くてゆっくりした鑑賞は難しいようです。序ながら、北京の紫禁城にある珍宝館などは見るべき展示物もなく失望ものですが、中国のお宝はここ台北の故宮博物院にある。その経緯は良く知られています。ツアーではガイドSさんの説明で1時間余で重要で有名な展示物のみの見学でした。リュックなど手荷物は入館早々にクロークに預け、プラスチックの番号札を受け取ります。

院内は撮影禁止です。
当サイトの旅行記PHOTOページでは「ミニミニ美術館」として代表的な展示品を紹介することもあるが、今回は叶いません。展示品や収蔵品などの画像は個人サイトやブログでは見れないのです。それで代表的な所蔵品の写真が数多く掲載されている次のサイトをご覧ください。 (もしリンク切れなら、ご容赦。)

真っ先に見学したものの1つは最も有名とされる「翠玉白菜(翡翠の白菜)」でした。白とグリーンの翡翠1個から白菜を彫って作り、虫2匹までリアルに彫りこんている。
この翠玉白菜の近くに「肉形石」がある。 赤身の下に白身の塊のある1個の天然石(玉)に職人が少し手を加えてたらしいが、見事に自然の肉塊にみえる。
「鼻煙壺(びえんこ/Snuff Bottle)」という珍しい展示物も数多くある。鼻煙(嗅ぎ煙草)を入れる小道具でいろいろな形があった。微量の鼻煙を鼻に入れて香を楽しむ習慣は優雅な有産階級の証しとなっていた。明日ながら予期せず見学できた国立民族文物館「林安泰古○(雁垂れに昔)/Lin An Tai Historical House」に、客人がこの鼻煙壺を使ってしばし優雅な時をすごす部屋がありました。鼻煙壺を所持し楽しむことが古き帝政時代のステータスの1つ、と説明されました。
「黄玉 髄三蓮章」といった清時代の緻密な彫り物も印象に残っている。黄色いメノウのような1個の石から3個の印章と其々をつなぐ細い鎖を彫りだしたものです。とても原石が1個とは思えません。
清朝乾隆帝の時代のもので、信ずるのが難しい超小型で高精細な彫刻がある。「雕橄欖核舟(1737)」という人間の小指の爪ていどの石の素材に船と人間8人を精巧に彫ったもの、さらに船底に300文字も彫られているという。まさに神業でしょう。
他にも象牙多層球の傑作「彫象牙透花人物套球」という装飾ボールがある。外側も見事な透かし彫りのボールですが、その内側に同じような透かし彫りのボールが幾重にも球の中心に向かって作られている。外側を含め内側に沢山の透かし彫りボールがあるが、どうやって彫ったのでしょう? インターネット情報では、知る範囲でもボール数は全部で9〜21とバラバラ、実際の正確な数は全く分かりません。故宮博物院サイトでも情報は見からなかった。
「翡翠の屏風」は彫刻した48枚の翡翠盤を組み込んだ大きなもの、表裏が同じ図柄とか・・・。日本統治時代は日本本土(皇室)にあったらしいが、第二次世界大戦後に返却され、現在はここで拝見できます。中国文化は玉の文化、翡翠の板1枚々に素晴らしい彫刻が施され、見るからに大文化財の印象を受ける屏風でした。

良く知らないが、清の時代に中国の彫刻芸術は頂点を極めたという。「何代もかけて完成」と説明された精密なものもある。実は、その裏に過酷な職人制度があったらしい。腕の良い職人が練り上げた構想に基づいて工芸品の制作に取り掛かると時間をかけて最高の作品を目指す。単に工芸家気質によるものではなく、命のため生涯をかけてゆっくり作り続ける。未完で他界すると子孫や愛弟子が仕事を続ける。いつかは完成する。作品が王朝に献納されると、精細極まりない同じ工芸品を2度と作れないように制作者の命を奪ったという・・・。

実は、似たような話がモスクワの赤の広場に建つ聖ワシリー寺院にも残っている。観光用の逸話かどうか分からないが、建設をポストニクとパルマという建築家2人に命じたイワン大帝(雷帝)は、完成後の聖ワシリー寺院のあまりの美しさに驚愕した。しかし「でかした!」と褒美を奮発するどころか、設計者ポストニクとパルマが2度とこんな美しい建物を建てれないよう2人の目の玉をくり抜いた。こんな悲惨な話が語り継がれている。

暗い話になってしまった。しかし、見学者により見所が違うでしょうが、充実した博物館で少なくとも一度は訪問の価値がある、と思います。紫禁城の博物館で失望した反面、ここで中国の至宝の一部を鑑賞できました。

博物院テラスから前庭と正門(天下為行アーチ) 10:30 1階のエスカレーター近くで、一旦は解散となった。集合は解散場所です。我々はミュージアム・ショップには行かず、テラスに出ました。今日は青天、博物院の建物群や前庭の風景が楽めました。記念写真を撮っていたら時間は直ぐにすぎました。

忠烈祠(Martyrs Shrine)、衛兵交代式 忠烈祠(衛兵交代式)
忠烈祠(衛兵交代式)、開始時の大門牌楼、表通りから撮影 台北忠烈祠は1969年の落成で基隆河と青山の間にある。基隆河沿いの表通りに大門牌楼、広い石畳の参道、参道の左右に文烈士祠と武烈士祠など、衛兵が護る山門、忠烈祠大殿がとつづくが、主な建物の様式は北京の故宮太和殿を模したものと云われている。
辛亥革命、中華民国建国と革命、抗日戦争などの犠牲者30万人以上の霊を祭る、いわば日本の靖国神社に相当するような施設であり、台湾軍の直轄らしい。

観光的には毎正時の衛兵交代式(the ceremony of changing the guard)が有名という。大門牌楼と山門に2名づつ衛兵がおり、1時間交代です。まず大門牌楼の傍から指揮官1名を含む衛兵5名が正時に出発、大門牌楼で直角に曲がり山門に向かう。山門で2名の衛兵が交代し、5名は大門牌楼に戻る。次に大門牌楼の2名の衛兵が交代します。その後、5名が詰所に戻って衛兵交代式は終了です。約25分もかかりました。見学は無料、参観者は多かった。

10:59 忠烈祠の正門(大門牌楼)近くでバスから降りる。
11:02 5名の衛兵が大門牌楼から山門に向かった。
11:11 山門の衛兵交代が終了、しかし交代式は継続中。
11:24 大門牌楼の衛兵の交代が終了。1〜2分後に交代式は完全に終了した。
11:26 バスに乗車。すぐ出発。

台湾茶、指南と販売 台湾茶、指南と販売
台湾茶「永楽」、入れ方の指南と販売 11:35 お茶屋の近くに停車。降車して盛り土の車道から階段で通常の路面に下りる。ビルの地階に目的のお茶屋「永楽」があった。
入口には茶の葉が沢山入った樽が2個ある。水ならず、ここは茶葉で手を清潔にする。皮膚がスベスベになる、とか云っていた。
奥に入り、ツアー用のテーブルに案内された。担当の中年女性が台湾茶の講釈をして4〜5種類の茶を入れて試飲させた。色の違いや渋みは分かったが、ボトルのウーロン茶以外は知らないと云える日常なので、そんなものかと思っただけでした。
試飲の後は売店です。我々は何も買わずじまいに店をでました。
12:16 少し離れた場所のバスに向かった。

昼食(バーベキューと台湾式シャブシャブ)
バーベキュー(具は好みを丼に、焼いてくれる)
台湾式シャブ鍋、丸テーブルのセンター
12:27 レストラン大戈壁に到着、確かビルの2階だった。昼食はバーバキューとなっている。
客用テーブルの間に、3列だったか、食材の並ぶ長い台があるつくり。入口近くがツアーのテーブルだった。そこで説明を聞いてやっとわかった。

食材の1列はバーベキューの材料で、好みの食材を丼に入れ、それを奥の焼台まで持っていく。職人2人が鉄板で焼いて皿に載せて返却してくれます。次々に並ぶ丼を間違えずにお客に返す。これが当店のバーベキューでした。豚肉は日本のシャブ用みたいな薄切り、白身と赤身が半々程度のものだった。肉も野菜も沢山取らないと、焼き上がると量が僅かになる。が、食べたければ、何度でもお変わりできる。

台湾風シャブシャブはテーブル中央の鍋で作る。鍋には仕切り版があり、汁は2種になる。良く覚えていないが辛口と普通味という説明だったと思う。食材はシャブ用食材の台から自由にとってくる。シャブ用の肉は日本人好みと少し違うようで、バーベキュー用がいい、というツアーメンバーもいました。同じ東洋といっても食べなければ分からないことも多いもの・・・。

我々2人はお茶、前菜セット、バーベキューを1度だけ、ご飯でした。
奥にデザートや飲み物の並ぶ場所もあったが、遠慮しました。
13:25 レストランを出て、バスに乗車。

龍山寺(Mengjia Longshan Temple) 龍山寺
龍山寺・前殿(三川殿) 龍山寺は1738年の創建で台北では最も古い寺とされ、最も歴史がある「万華」という地区にある。幾度も焼失し、現在の施設は第2次大戦後に復元されたもの。仏教道教にかかわらず幾つもの神々が祭られ、各種の願い事がここで出来ることになっている。便利で有難いお寺らしいのです。御本尊は観音菩薩、その他に普賢菩薩、媽祖、関帝など多くが祀られ、順番通りに線香を上げたり、願い事をする為の道具を石畳の上に落してみたり、いろいろと興味深い。観光客が多い由縁でしょう。

13:55 交差点の角にある龍山寺に到着。
山門は石柱4本に鉄の格子戸、中華風屋根ですが、門扉は確か閉まっていた。横角の通用門から入ったと思う。前殿(三川殿ともいう)の間は左右に長く広い石畳の広場、中央の左に写真の前殿があって、三宝仏(釈迦・阿弥陀如来・薬師如来)が御本尊らしい。右に山門、広場の奥に緑の多い人工の滝があった。本堂は滝近くの石造りの入口からです。

龍山寺・本堂 まず閉じられた広場と大香炉と本堂が見える。本殿には観世音菩薩・普賢菩薩・文殊菩薩が祀られているが、第2次大戦の空爆でもこの金色の観音菩薩だけは破壊されなかった、という逸話があります。大勢の参拝客で一杯、本堂前に設置された大香炉の舞台の周りにはお供えの生花や食べ物が沢山ならべられている。線香のもうもうたる煙の中で参拝客が次々とお祈りしていました。我々は御本尊などを拝見し、それから右の写真の右側の木の辺りから本堂の後ろに回る。通路右には、御神籤の解読師というか、その類の人達が並んでいた。

道教の神々は本堂ではなく「後殿」に祀られている。そちらでは色々と具体的な願い事をするのです。なにせ、この龍山寺は「願い事が叶う寺」とされている。まずは受験の神(文昌帝君)だった。大根・ネギ・セロリなど野菜と果物が供えられている。
信者の願い事がビッシリ詰まったもの 後殿には、蝋燭を見立てた形らしいが、区切りが無数にある大きくて高い円筒が数多くあった。願い事のため寄進して小区画を購入するらしい。その小区画に願い事と住所・氏名を書いた白い紙を納めるという。ガイドSさんによると、現在は売りつくされて良い場所は空いていないそうです。有効期間があるのか、聞き漏らした。後殿のほぼ全てのお堂にあるようでした。
水仙尊王、天上聖母(媽祖)、関聖帝君(関帝)、月下老人等々のお堂が並び、それぞれお参りの人達がいます。面白いのは神々へのお参りと願い事は別の事らしく、願い事は赤い半月状の小道具2個を使います。この道具を石畳に投げ落とし、その面の出方で御神籤を引けるかどうかが決まるとか。ご利益の程は分かりませんが、下のリンクを参考にしてください。
関聖帝君を過ぎると虎の絵のある小さな出口になる。そこから表にでました。
日本では明治維新後に神仏が分離されたが、中国文化圏ではまだ仏教と道教が混在するようです。香港でも、確か、そうでした・・・。本土の中国では表向き時代錯誤的な共産主義(?)なので宗教活動は寺院内に限定と云われます。実態は、分かりません。

14:23 バスに乗車。
龍山寺に関する詳しい情報は次のサイトでご覧ください(リンク切れはご容赦願います。)

車窓観光、総督府(Governor-General of Taiwan)や城門(City Gates)など
総督府、車窓撮影 14:28 愛国西路の重熙門(小南門)を通る。
かつては清朝末期(1884年)に建立された台北城があった。城壁は幅4mで高さ5m、全周は約4.6Kmだった。中国流の城壁の門は普通なら4つとされるが、台北には5つあった。 豪商が付足した門といわれる重熙門(小南門)があるためです。門の周りは僅かな低小木があるだけの交差点になっている。さほど古いものに思えない。

日本統治時代の初期に台北城の城廓と城壁、そして西門を取り壊しました。
重熙門(小南門)、車窓撮影
麗正門(南門)、車窓撮影

小南門と東門、南門、北門が残ったが、国民党政府(1949年〜)は、北門を除き、基礎部分を残して上部は建て替えたそうです。見ていないが写真によると、清代の面影を残す唯一の承恩門(北門)はベンガラ色の古城門、中華民国の一級古蹟に指定されている。

14:30 赤レンガの総督府の前をとおる。日本統治時代の1912年に完成した高さ60mの塔をもつ対称形の立派な建物です。1945年に空襲で焼失したが修復され、1949年から中華民国の総督府となった。ここは車窓見学のみ。

再び愛国西路を走ると麗正門(南門)の傍を通った。台北城の主門として建造されたので最も規模の大きいものだった。現在は門の周りに木々があり大きなロータリーになっている。

中正記念堂(Chiang Kai-shek Memorial Hall)、衛兵交代式 中正記念堂(衛兵交代式)
中正記念堂 日本では蒋介石として知られるが、台湾では蒋中正(Chiang Kai-shek/1887-1975)という。中正記念堂(1980年竣工)は台北にある壮大な霊廟ですが、埋葬地ではない。桃園県大渓から約6kmの地に慈湖紀念彫塑公園があり、蒋介石の銅像が数多くある。そこから少し離れた場所(徒歩圏内)に衛兵に守られた「慈湖陵寝」があり、大理石の棺に納められて安置されているそうです。

中正記念堂は1975年4月5日に蒋介石が逝去すると同年7月に準備委員会が発足、同年11月に建設が始まり、1980年3月31日に完成した。4月4日に落成式、翌日5日には一般公開となった。高さ30メートルの正門から入ると右にオペラハウス、左にコンサートホール、奥に中正記念堂がある。大きな石段を上がると蒋介石像の階に直接行けるらしい。広い公園です。

14:34 北側の大忠門から入り、記念堂まで歩く。距離は比較上は短いが、それでも歩きます。堂内には写真の左の入口から入った。内部の中央部は巨大なホールです。1階の片側は蒋介石に関する博物館になっている。蝋人形による執務室の再現とか記念写真など、その場で見ると記憶の片隅から思い出すものもある。公用車まで飾ってありました。

衛兵交代式、開始間もなく エレベーターで蒋介石の銅像がある階まで上がった。
15:00 銅像前で衛兵交代式が始まった。ギリギリ間に合った。
観光客が既に大勢集まり、幾重にも前にいる。通常の撮影は無理、ネオ一眼デジカメのEVFをバリアングルLCDに切換え、下向きにして両手で高く持ち上げた。我々の後ろにも観光客が次々にきたようで、後方から「ジャマダー!」と男性の声があがった。が、無視する。
その後、私の前で10インチ・タブレットを持ち上げて撮影する女性が現れた。半分は視野を塞がれた状態、バリアングルLCD使用なので何とかなりましたが、全く迷惑でした・・・。邪魔したから邪魔された(苦笑)。

15:10 交代式の最終部分は続いていたが、ガイドSさんの指示で早めの退出です。最後まで見るとエレベーターが混むのです。
15:23 大忠門から外にでてバスに乗車。次の民芸品店までに花の写真2枚を撮りました。

民芸品店(Souvenir Store)
パインケーキ
蓮の実、砂糖菓子
15:50 民芸品店に到着。広い店は地下にあった。
台湾の土産品がセクション毎にところ狭しと数多く展示されている。
一応は見歩いたが、名物パイナップル・ケーキは一番奥の食べ物のセクションにあった。ガイドSさんの推薦があり、この店での購入でした。それ以外は目にとまった蓮の実の砂糖煮でした。日本では蓮の根は食用ですが、蓮の実の菓子は珍しいと思う・・・。栗みたいで美味しいものでした。ワイフは温泉仲間のために特殊な石鹸も購入していた。それが済むともう用はなく、時間潰しが大変、休息用の椅子すらないのです。
16:20 店内で集合。
16:23 バスに乗車、出発。


行天宮(Hsing Tian Kong)・占い横丁 中正記念堂(衛兵交代式)
行天宮 16:30 行天宮に到着。
ここは三国志の軍神、関羽雲長(関聖帝君/162-219年)を祀る関帝廟です。しかし、関羽以外に呂洞賓、張単(張單)、王善、岳飛の「五恩主」を祀っています。行天宮は古いものではなく、1967年に当地(今は代表的ビジネス街の1つ)に建立された。信義に厚かった関羽は武聖とも呼ばれたが、同時に理財にもたけ商業の保護神ともされます。中国の一部では算盤は関羽の発明という”伝説”があるという。しかし、算盤の起源は明確には分からず、関羽前にも算盤はあったらしい。
行天宮・入口で無料配布1
行天宮は台湾流の道教らしいが、所属の信者からの寄進が非常に多い寺院という。それ故、賽銭箱が無く、蝋燭や線香も境内で活動するボランティアが無料で配っています。今回はそれ以外にも、入口で赤い大きい紙のお守り(?)2種を参拝客全員に持たせていました。赤地に金色で迎春と納福と書いてあり、新年用に特別に用意されたものと思います。上の写真はクリックで拡大できます。小さく行天宮の文字も書かれている。この記念品はネット上でも日本語の情報が見つかりませんでした。お福分けです。
お供えは自分で購入して持込み、自分で持ち帰るようです。

御本尊の関聖帝君、実際はもっと赤色 我々も夫々が中国流の大線香3本をオバサンから受取り、3カ所の香炉に1本づつ投げ込みました。「投げ込むとは、なんと無礼なマナー違反」と思うかも知れないが、金属製の大香炉の灰に立ち刺さるように投げるのです。丁寧に手を伸ばして線香を立てようとすると、熱くて・・・、火傷することがある。中国式は3回づつ礼をして祈るらしい。
本堂の中央に鎮座おわします関聖帝君は赤い色と黒く長い髭が特色です。右の写真は顔立ちをはっきりさせるため赤い色がとんでしまいました。本当は赤色ライトでもっと真っ赤な感じでした。
16:45 行天宮を後にする。

占い横丁(Fortune-telling Side Street/Fortune Tellers Underpass)
地下街の占い横丁 行天宮から出たところの交差点に横断地下道がある。その入口ではお供え物などを売っていた。階段をおりて突き当りまで行くと地下道は左右に分かれる。
何れに行こうと、片面に占い屋がズラーと店を出していた。この時は客の姿はなかったようです。となると、観光客が占い屋を見ているのか、占い屋が観光客を見ているのか、何れか判然としない。人生にせよ、天気予報や経済予測にせよ、おおよそ未来に関する予想は実に難しい。微妙な事は話術の駆使で、となりやすい。訳の分からぬ根拠に乏しい複雑かつ長大な古理論によるか、膨大な理化学的な事実の集積と緻密な理論に依るかの違いはあれ、この世では「当るも八卦、当たらぬも八卦」の完全除去は不可能に近い。「99.99%は大丈夫」と云われても、自分が0.01%側で運が尽きたら、終わり。確率がどうであれ、誰が何を云おうと、実践して的を射たら勝(価値)となる・・・。普通は、「世の流れに身をまかせ」、ケセラ、セラ。
昔、「株が分かるなら、証券マンではなく投資家になれ」といった御仁がいた。
占いだって、同じでしょう?
占い横丁の片側半分を通り、階段をあがり地上に出た。一気に現世の騒音に囲まれました。
16:50 バス出発。

免税店(Duty Free Shop)
17:00 免税店に到着です。
唯一、台北市内にある免税店とのことだった。欧州の有名ブランドが並ぶ免税店でめずらしくない。ワイフは化粧品類を見たが、何を買おうと品物は空港での受取りです。面倒なので買物は中止して、狭いながら椅子を並べただけの休息所で時間まで足を休めました。
17:45 免税店を出てバスに乗車、すぐ出発。

夕食(台湾料理) 夕食
夕食 18:05 バスから降り、近くのレストランに入る。飲み物は頼まず、お茶にした。
18:10 テーブルにつく。
全部で11〜12種類の料理だったと思います。特には可もなく不可もなく、空腹は治まった感じの食事でした。
18:45 デザートのスイカ3種がでる。通常の赤いスイカ以外の味は口に合わなかった。
19:00 この頃、夕食を終えてバスに乗車。

台北101展望台(Taipei 101)−夜景観賞 台北101展望台
展望台からの夜景 19:25 台北101に到着。

台北101は2005年3月1日オープンの超高層ビル、地下5階から地上101階です。2007年にドバイのブルジュ・ハリファに抜かれるまで世界1高いビルだった。5階でチケットを買い、ギネスブック登録の世界一の高速エレベーターで89階の展望台(382m/37秒)にゆく。360度のパノラマを楽しみ、88階からエレベーターに乗って下る。条件の良い日には非常に混むようです。大晦日から元旦にかけ、台北101の全面から上がる花火は恒例の名物行事とされる。

正面から入るとエスカレーターでエレベーター乗場に行く。これは展望台行きではない。5階で降り、展望台行きのエレベーター乗場に行き、ガイドSさんが団体チケット(10人以上)を購入して配った。この時間帯は待ち行列が凄く、延々と待たされました。途中に夫婦などグループ毎にデジカメの撮影がある。それを電子処理して台北101を背景にした記念写真を合成、待ち行列からよく見えるように数台のデスプレーで表示している。プリントの購入もできる。退屈しのぎになる面白い商売です・・・。
が、こちらは「待たずに乗りたい!」
20:17 世界最速とされるエレベーターにのる。
20:18 展望台につく。台北101に到着して53分かかった。

20:20 展望台から夜景を眺めはじめた。
展望台をゆっくり一回りして写真を撮った。所々は綺麗でした。
20:35 この頃、集合だった。
展望台から建物の中心部に行くと免震用の巨大ボールがあった。建設したのは日本の熊谷組なので日本の技術かも知れません。でもね、巨大ビル床下のゴム製免震装置のアイデア自体はフランスやニュージーランドからとか、免震用の巨大ボールも考え出した国は定かではありません。
それから1階下の宝飾店の中を歩き抜けてエレベーター乗場にゆく。
そこには長い行列が出来ている。超高速エレベーター2台とは云え、乗降の時間もかかり、展望台に上がる時と同じように待たされるようです。途中でガードマンらしき人達が「従業員用エレベーターでも良いか?」とガイドSさんに確認した。メンバーはOKしたので急いで移動する。
20:58 従業員用エレベーターに乗る。内部は天井から布が垂れ下がり、客用のものとは違う。でもエレベーターガールがいるし心配はない。約1分半で1階まで直行で降りました。かえって途中の乗換が無く、良かった。
21:03 台北101から出る。

ガイドSさん曰く、「これが普通。旅行会社の『台北101展望台1時間』はデタラメです!」
暴風雨などの悪天候でなければ、その通りでしょうね。

コメント: エキサイト・ニューズによると、世界の展望台の高さランキング の上位は次のようである(文章変更)。 『 2012年5月22日に開業の東京スカイツリーは、高さ634mで自立式電波塔としては世界一の高さに認定されている。 しかし、タワーに限定せず、世界中の高層建築物の展望台の高さを比較すると、1番高い位置の展望台は中国の「上海環球金融中心」の地上474m。以下、ドバイ「バージュ・カリファ(ブルジュ・ハリファ)」は452m、中国「広州塔」は454m。東京スカイツリーの展望台「天望回廊」は450mで世界4位になる。』
台北101の展望台は382mで、高さランキングでは目立たないが、台北全域を眺めることができ、行く価値はあると思います。
注: このコメントを掲載した理由は、今回搭乗した航空会社の機内誌に世界の建造物の展望台の高さ10傑の記事があった。台北101が入りスカイツリーが無視されていたので、日本人としては捨て置けず、掲載した次第です(笑)。

饒河街夜市(Raohe Street Night Market) 台北101展望台
饒河街夜市の入口 21:17 バス降車。
21:18 饒河街(ジョウガガイ)の入口で解散。
確か約40分間の夜市の散策ですが、道の真ん中に屋台が並ぶ。写真の門から屋台の右側を歩き、帰路は左側を歩く一方通行でした。雑多な店や食べ物屋がビッシリと両側に並び、物凄い人の川でした。人に酔ったというか、直ぐいやになりました。香港の女人街以上と思ったものです。
21:30 散策を切り上げ、入口の小広場で集合時間まで休む。人の動きと匂が凄い!幾つかベンチがあるが空がない。仕方なく歩道と車道の間の低い安全用コンクリート柱に腰を下ろしてピープル・ウォッチングでした。「台湾の人達は夜の出歩きが大好き」 という説明だったが、そうなのでしょう。
21:50 集合前にガイドSさんと出会った。夜市の感想を求められたが、途中から引きかえし休んでいたことを知ると、直ぐバスに連れて行き乗せてくれました。感謝。しばし、静かに休めました。観光用の夜市というが、後で、「トイレがなくて」とこぼした人もいましたね。
21:05 バス出発。

台北華国大飯店(Imperial Hotel)1泊目 台北華国大飯店1泊目
台北華国大飯店、2013.01.12撮影 22:20 ホテルに到着。
フロントでは既にツアー全員の鍵と朝食券を用意していた。ガイドSさんが受取り、点呼しながら配布した。時間がかからず良かった。
22:24 エレベーターで上がり、部屋(1235)に向かう。最上階の部屋でした。廊下はあまり歩かずにすみました。

いつものように部屋の写真を撮った。広くて清潔感のある快適な部屋でした。ベッドは大きくて寝やすかった。水道水は飲めないので水2本とインスタント・コーヒーなどが無料です。勢い良く湯がでるシャワーで長い1日の汗を流し去り、気分スッキリでした。今日一日、運良く青天で良い観光が楽しめて満足です。しかし朝ホテルを出てから今ホテルに落ち着くまで14時間の観光でした。疲れました。後は眠るだけです。

話が前後しますが、最後にガイドSさんが台北で宿泊した2デラックス・ホテルに関する意見聴取をしました。全員が「この台北華国大飯店のほうが良い」という。やはり西洋式ホテルに親しみがあるようです。今回は時間がないが、このホテルは街の中心部にあり、ゆっくり旅行で自由に台北を楽しむには適切なホテルでしょう。

明日は9時20分出発、起床は7時で十分に間に合います。
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