イギリスのEU残留/離脱を問う国民投票 → 51.9% で離脱を選択
2016年6月23日、イギリスではEUに残留か離脱かを問う国民投票( Popular Referendum )が行われ、翌日の開票結果は離脱票が 51.9%、残留票は 48.1%、離脱派の勝利に終わった。登録有権者数4649万人のうち投票率 72.2%。この結果を受け、残留派のデービッド・キャメロン首相は辞任を表明しました。
今後の手続きは、イギリスがEUに離脱を通告、最長2年間の審査と交渉を経て最終決定、実際の離脱はその後0〜2年程度はかかる、とされる。1993年のマーストリヒト条約によるEU発足後に離脱した国はなく、初ケースです。
(2016/07/03 変更)(2016/06/25 追記)
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2016年11月3日、ロンドンの高等法院(裁判所)は『ヨーロッパ連合にイギリスのEU離脱を通知する前に議会の承認が必要』との判断をしめした。メイ政権は議会の承認を得ずに来年3月末までに離脱通知の予定でしたが、最高裁判所に控訴するようです。通知時期と通知内容が変わることも有り得る状況になりました。 (2016/11/05 追記)
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The Wall Street Journal の特集記事によると、
2017年3月14日、イギリス議会はメイ首相のEU離脱交渉権限を承認した。メイ首相はこれにより就任当時よりもブレグジットに関する強い権限をもった。しかし幾つもの解決すべき難題を抱えている。 (2017/03/18 追記)
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2017年3月29日の日本経済新聞(オンライン)によると、
『英国のメイ首相は29日、欧州連合(EU)に離脱を通知した。英国の駐EU大使が29日正午すぎ(日本時間同日夜)、EU基本条約であるリスボン条約50条に基づき、ブリュッセルのEU本部でトゥスクEU大統領にメイ氏が署名した書簡を手渡した。離脱条件などを決める原則2年間の交渉が正式に始まる。』 (2017/03/29夜 追記)

1931年のウェストミンスター憲章(Statute of Westminster)は「イギリス王に対する共通の忠誠によって結ばれ、それぞれが主権をもつ対等な独立国家の自由な連合体」としてイギリス連邦(英連邦/the British Commonwealth) を規定した。 19世紀前半に形成された大英帝国の本国と植民地の支配・従属の関係は、第1次世界大戦の後に対等な独立国家間の自発的連邦体制へと発展したのです。しかし、この憲章が自治領として認めたのは以下の白人国家だけでした:イギリス、カナダ、ニューファンドランド(後日カナダに合併)、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ(1961年離脱、1994年復帰)、アイルランド(1949年離脱)。つまり、当初は大英帝国的な要素は色濃く残っていたのでした。

1932年にオタワ会議が開催され、オタワ協定という帝国特恵関税制度が採用されました。イギリス連邦の経済ブロックが形成されたのです。それでも連邦構成諸国はきわめて緩やかな連合体であり共通の外交政策などはなかった。ただ、連邦内では英語が共通語とされ、法律・教育などの社会制度の面でイギリス流の方式が広く行われたのである。このため連邦首脳会議をはじめ経済、金融、軍事技術、科学、教育など多くの分野で協力関係が維持されることとなった。

連邦が現在のような多人種共同体となったのは第2次世界大戦後のことでした。 1949年の連邦首相会議で、イギリス王への忠誠の誓いは必ずしも必要とせず、また連邦の正式名称から British を省いて The Commonwealth of Nations となりました。

1960年代にはアフリカの新興国など多くの国々が連邦に参加した。旧大英帝国の植民地で連邦に参加しなかったのは、ビルマ(ミャンマー)とエジプトのみとされる。経済的な問題を抱えるイギリスの連邦諸国向け投資は減少しつつあるが、連邦におけるイギリス、カナダ、オーストラリア等の資本投下や技術開発援助は重要性を失なったわけではない。
1971年、連邦の枠組みが再定義され、連邦国家ではなく、ゆるやかな独立主権国家の連合となった。
1973年にはイギリスがヨーロッパ共同体(EC)に加入、これにより連邦経済へのイギリスの影響力は弱まりつつあると言われます。
現在の連邦構成国数は54ヵ国、総人口は約17億人(世界人口の約30%)である。しかし、なんら政治的な権限や加盟国への拘束事項などはなく、単なる形式的な国家グループに過ぎないもの、とされるようです。しかし、英連邦加盟国は相互に外交使節として高等弁務官事務所を設置しています。


イギリス連邦の構成国
アンティグア・バーブーダ | イギリス | インド | ウガンダ | オーストラリア | ガイアナ | ガーナ | カナダ | カメルーン | ガンビア | キプロス | キリバス | グレナダ | ケニア | サモア | ザンビア | シエラレオネ | ジャマイカ | シンガポール | スリランカ | スワジランド | セーシェル | セントクリストファー・ネイビス | セントビンセント・グレナディーン | セントルシア | ソロモン諸島 | タンザニア | ツバル | ドミニカ国 | トリニダード・トバゴ | トンガ | ナイジェリア | ナウル | ナミビア | ニュージーランド | パキスタン | バヌアツ | バハマ | パプアニューギニア | バルバドス | バングラデシュ | フィジー | ブルネイ | ベリーズ | ボツワナ | マラウイ | マルタ | マレーシア | 南アフリカ | モザンビーク | モーリシャス | モルディブ | レソト
米国では
ケンタッキー州 (Commonwealth of Kentucky)
マサチューセッツ州 (Commonwealth of Massachusetts)
ペンシルヴァニア州 (Commonwealth of Pennsylvania)
バージニア州 (Commonwealth of Virginia)
の4州がコモンウェルスをその州名に用いている。 しかしイギリス連邦のメンバーの意味ではなく、アメリカの1州であり、State の代わりに Commonwealth を使用している。
英連邦はパキスタンの加盟資格を停止(要旨のみ:2007/11/23 Nikkei Net)
英連邦(53カ国)は非常事態宣言の即時撤廃の要求したにもかかわらず未だ継続している理由により、22日パキスタンの加盟資格を停止した。 過去にも英連邦は1999年にパキスタンの加盟資格を停止したが2004年に資格を回復した経緯がある。
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(2017年03月29日 追記)
(2016年10月18日 モバイル表示対策)(2007年11月23日 更新)(2005年9月18日 改訂・公開)

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