トルコ:バス周遊の旅 (4日目/2002年11月24日)
コンヤ(メブラーナ博物館)とキャラバンサライ
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ホテル出発まで:
04:30 ツアコンFさんのモーニングコール
05:00 モーニングコール
05:30 スーツケース出す。

05:30 朝食。本館まで冷えた外気の中を歩いた。まだ暗闇でした。1階ロビーの階段手前で昨日の夕食の写真屋が数名で販売している。自分の封筒を選び出すと1000円という。支払って2階のレストランに行った。朝食後は自室に一旦戻り、出発時間まで休んだ。購入した写真は3枚で単なる記念程度の写り、しかし写真の紙袋は日本のフィルムメーカーK社のものでした。

長距離バス移動(コンヤまで約440Km):
06:30 出発。今日は移動の日、当地パムッカレからコンヤ経由で景勝地カッパドキアまで650Km以上を走破するのです。主な見学先はコンヤのメブラーナ博物館と国道沿いのキャラバンサライだけの予定です。バスの窓から景色をゆっくり楽しむしかありません。

ホテルを出て暫く後には石灰棚の下を走った。早朝で薄暗さが残り雨も少し降っていたのですが、石灰に覆われた崖が白く巨大なものに見えます。昨日見た上部からの石灰棚とは感じが違いました。走るにつれ、雨は止み晴れてきました。
バスは岩山の裾が広々とした小麦畑になったところを走った。山自体は荒々しく、松がポツポツ生えている程度ですが、畑は穏やかな曲面でその季節には豊かな実りがあることを思わせます。ただ、農村風景は日本より広々した感じで木も少なく乾いた印象でした。

現地ガイドNさんのトルコよもやま話(メモ):  外の風景を眺める人や眠る人、ツアーメンバーは様々ですが、現地ガイドのNさんは仕事をしなくてはなりません。トルコ人のこと、イスラム教のこと、歴史のこと、トルコに関する雑多なテーマを1日中話していました。私も退屈しのぎに彼の話を時々メモしました。もちろんNさんは詳しく分かり易いように説明したのです。しかし、ここではバラバラなテーマの断片的メモを書き出しただけになりました。聞き違いもあるかもしれませんが、確認もせずにメモ帳からの転記です。さらに未整理のうえ要点の羅列のみなので、分かり難く申し訳ない気持ちです。それでも万が一、何かの糸口になるばと思います。他方、トルコ人のNさんの説明には身贔屓と宣伝が多少は含まれている可能性があります。念のため申し添えます。
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◎まずツアコンFさんの報告。昨夜の食事で、全く関係ない数名の人達が夕食代を我々のツアーが使用したRoom524にチャージしたそうです。ずうずうしい観光客がいるものです。Fさんがホテル側に説明してホテルは了解、支払わずに済みました。
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◎トルコはイスラム教国ですが、政教分離です。これを樹立したアタチュクル大統領はカール・マルクスの「宗教は毒」の考えを採用したのだそうです。
◎公的な宗教教育が学校で行われます。その内容はイスラム教が主ですが、他の重要な宗教に関しても教えます。現在の宗教教育は小学校(5年制)、中学校(3年制)、高等学校(3年制)で行われている。小学校と中学校の8年間は義務教育になります。学校は午前と午後の2部制とか。
◎学校内での女性のスカーフは禁止されている。
◎大学はトルコ全土で80校ある。大学入試は6月第2週の日曜日と決まっている。合格者の1/5が実際に入学するそうです。大学の多くは国立です。授業料は国立医学部で1〜2万円、私立医学部で70〜80万円。大学生は女性のほうが多いそうです。
◎学生のサークル活動はスポーツ以外は禁止されている。
◎トルコの退職年齢は早く、男45歳、女40歳です。年金は最終給与の70%と言います。
◎トルコはキリスト教社会とイスラム教社会の中間的な社会です。
◎信仰は自由でも、宗教は国が管理している。モスクの全職員は公務員。トルコ宗教センター(政府系)がモスク建設資金の不足分を補充するシステムになっている。
◎ユダヤ教徒とイスラム教徒は豚を食べない。餌を「はんすう」して食べる動物は食用にする(つめが2つの動物ははんすうしない。) さらに、死んだ動物も食用にしない。屠殺して体内の血を出してから食用にする。
◎エジプトの海産物は海から採れる全てですが、トルコの海産物は魚のみです。
◎トルコのイスラム教はモハメッドの4人の後継者を信ずるスンニ派である。
◎祈りはコーランの文章を読むことである。
◎トルコではラマダン(日中断食)を実行するのは約60%であり、日に5回の礼拝をする人は少ない。朝の礼拝は日の出から昼まで、昼の礼拝は午後の何時でも良い、というように時間的にも巾がある。
◎ラマダン中は石釜で特別な丸型のパンが焼かれる。味は美味しいという。
◎モスリムの義務(五行): (1)信仰を告白する。 (2)偶像の無い場所で1日5回の礼拝。 (3)喜捨(ザカート)は貧しい人、客人、家族に分け与える。 (4)ラマダン中は日中の飲食は禁止。但し、病人、妊婦、赤子のいる婦人、旅人は除外。 (5)一生に一度はメッカに巡礼(経済的に困らない人のみ)。
◎利益の1/40(2.5%)は貧しい人のために拠出しなくてはならない。
◎一般的に、キリスト教はユダヤ教を認めるがイスラム教を認めない、と考えられている。
◎ユダヤ教の世界では、母親がユダヤ人でなければ子供はユダヤ人になれない。
◎イスラム教徒とユダヤ教徒は3〜5歳の男児に割礼を施す。
◎トルコ人にも昔は「蒙古斑」があったが、今はない。ハンガリーとかブルガリアには「蒙古斑」が残っている。
◎オーストリア・ウィーンから中国・北京の間のトルコ系民族の言葉はゆっくりと話しているとトルコ人に理解できる単語が多い。トルコ人と共通の祖先だったためという。
◎日本語と韓国語(朝鮮語)はトルコ語と似ているので学び易い。
◎中央アジアにいたトルコ人の祖先は、4世紀ごろにカスピ海、黒海、バルカン半島に移動した。6世紀になりカスピ海南岸を経由してアナトリアに入った。その頃は乗馬の技術を生かして軍人として生活していた。
◎オスマン・トルコ帝国の時代には、土地は全て国家のものであった。国から土地を借用すると、収益の1/3は税金で2/3が土地使用者のものであった。作物を3年間つくらないと土地は没収された。
◎オスマン・トルコの弱体化は、欧州の産業革命の波に乗れなかった、軍隊の改革が行われなかった、第1次世界大戦でドイツと同盟した、等の理由があった。
◎イスラエルの水の90%はトルコから給水されている。アラブ諸国の怒りを買っている。
◎ユーフラテス川にダムを建設し電力の輸出を試みている。シリアとイラクは面白くない。
◎クルド人問題は1983年に始まったが、現在は20名のクルド人国会議員もいるし、解決されている。
◎チューリップの原産地はアナトリアである。ここから世界に広まった。
◎「アンゴラ」兎、「アンゴラ」山羊のアンゴラは「アンカラ」からきている。
◎ヴァンという町には目が青い珍しい猫がいる。
◎アナトリアには気を失うまで45秒もなき続けるニワトリなど、珍しい動物もいる。
◎現在は滅んだが、アナトリア・ヒョーが生息していた。
◎トルコの国会は550人の議員で構成される。大統領は国会議員の選挙で選ばれる(間接選挙。)
◎トルコとイスラエルの関係は歴史的にも良好であった。昔スペインがユダヤ人を国外追放したときはオスマン・トルコが引き受けた。第1次大戦後、多くの国がオスマン・トルコからの独立を計ったが、ユダヤ人は逆にオスマン・トルコに資金の提供すらした。
◎イスタンブール・グランドバザールの商人ではユダヤ人とアルメニア人に経済力がある。トルコ全体では、ユダヤ人、ギリシア人、アルメニア人の順に経済力がある。
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等々、以上は1日かけた盛り沢山な話題からつまみ食いのメモでした。

08:10 休息。ちょっとした売店のある場所で停車です。ここで珍しいトルコのオヤツが賞味できました。テーブルに小皿、ヨーグルト、蜂蜜を並べて売っています。硬めのヨーグルトをスプーンで3回ほど皿にとり、その上に蜂蜜をかける。それだけなのですが、ヨーグルトと蜂蜜が合っていてとても美味しい!珍しいものを食べれて得をした気分でした。多分、決め手は蜂蜜というより硬いヨーグルトの食感でしょう。この時は2皿で2,000,000トルコリラ(150円?)でした。 バス移動の休息所にて
08:30 出発。

10:15 休息。淋しい沿道に土産屋がありバスはそこに停車しました。中は商品数が案外と多く各種のトルコ雑貨などが売られています。ひと通り見て表に出た。道路の向かいに田舎の小さなモスクがあり、その右側には陶器屋があった。この地区はこれで全てでした。少し風変わりなので写真に撮り、バスに戻ったが未だ皆さん土産屋の中でした。
偶然に左側の足元を見たら、野うさぎがいた。気付いてしまい、ヒョン、ヒョンと逃げ、近くの枯葉の中に姿が見えなくなった。その場所に行くと、排水用だったらしい土管の端があり、野うさぎは中から顔を出している。人間が来たので2匹は外に出たが一匹は未だ土管の中だった。野うさぎの一家らしい。怖れた様子もなく、可愛らしいものでした。 途中の休憩
10:30 出発。
コンヤ(セルジューク・トルコの首都):
朝早くにパムッカレを発ち農村地帯と山間部を随分と走った。休憩も2度あった。2度目の休息から1時間半余り、峠を越え下り始めると、砂漠にも思えた乾燥した感じの平野が広がり、そこにコンヤの市街はあった。標高1100m、人口62万人だそうです。やっと今日の長いドライブの前半が終りに近づきました。 コンヤ/セルジューク・トルコの首都

コンヤ市内に入ると、意外にも街路樹が多く綺麗な街に思えました。行き交う人々も普通の見慣れた服装が多く、特別な印象は全くないとも言えるのです。もちろんイスラム教国独特のスタイル(黒いチャドルというペールを被った民族衣装)で歩いている女性の姿は時折は見かけるのですが・・・。道は整備された感じでも車の数は多くはなかった。走行も大人しい。そして、この街でしか見れないという自転車が走っていました。他の土地では、自転車は子供のおもちゃで大人は乗らないとか。商店などの佇まいも何かしら質が良さそうですし、安心して散歩を楽しめそうな感じがするのです。洒落たトラム・カーも走っている・・・。

実はコンヤは由緒ある街なのです。1071年にヴィザンチン帝国(東ローマ帝国)を破ったセルジューク・トルコはこのコンヤに首都をおきました。その後13世紀に最盛期となり、モンゴルの進出などで衰退しましたが、オスマン・トルコの時代になるまでトルコの中心地の1つだったといわれます。

オスマン・トルコは第1次世界大戦後に崩壊し、M.K.アタチュルク大統領の時代となった。アタチュルクは大規模な改革を行ったが、その1つにイスラム神秘主義の禁止があった。このコンヤにはイスラム神秘主義の一つで世界的に広く知られたメブラーナ教団(旋舞教団)の本部があったのです。アタチュルクの改革により教団は解散となり、宗教活動も無くなりました。メブラーナ教団の旧本部は博物館として公開されています。

12:50 昼食。感じの良い通りに面したレストランに入った。奥の席に案内される。朝が早かったので空腹だったし、ビュッフェ形式なので、各自好きなだけ皿に取った。このレストランはデザートの菓子類と果物類も種類が多く豊富だった。久々に甘いお菓子を楽しんだ感じがしました。私は、お酒を口にせず、大の甘党なのがイスラム教徒と同じですが、それでも日本人には少し甘過ぎる思うトルコのお菓子ではあります。
13:40 出発。
メブラーナ(Mevlana)博物館:
14:00 到着。バスを下りると特色のあるサイロのような青緑色の塔が見えました。また、入り口近くにはミナレットも1本あり、ここがイスラム寺院だったことが明白です。現メブラーナ博物館です。入場者は多く、あまり広くない前庭も混んでいました。現地ガイドNさんは、空いた場所を見つけ、分り易い一般的な説明をしました。メブラーナ教団の創始者はアフガニスタン生まれのトルコ人だったとか、博物館であると同時に教団の創始者メブラーナの廟所であるとか、モスク同様に土足厳禁とか・・・。入り口に掲げられたアラビア文字も由緒あるもののようでした。

ツアーガイド「トルコ」(ゼンリン,2001,p.112)によると、「メブラーナ」とは「わが師」の意味という。13世紀にこの地に来た創始者ジェラルディン・ルミは「旋舞が祈りで、踊り続けることで神に近づき、神との一体感を得る」と言い、西洋世界では旋舞祈祷(セマー)として知られるものを説きました。そして音楽の役割も重視したと言われます。人々は次第にジェラルディン・ルミを「メブラーナ」と呼ぶようになった。
トルコ政府観光局サイトによると、この宗派はスーフィ教団と呼ばれたそうで、独特の儀式とコスチュームと旋舞で知られています。まず初めの黒マント(⇒死)を脱ぎ、白ジャケット(⇒御墓)、白スカート(⇒葬式用の布)、帽子(⇒墓石)のコスチュームをまとった男達が首をかしげ右手を天に左手を地に向けてクルクルと踊り続けるのです。通常は禁止されているが、毎年12月前半に旋回祈祷の儀式が盛大に行われます。(12月17日(命日)後の1週間だけ観光行事として行われる、とも言います。特に興味のある方は要確認です。)
説明が冗長になりますが、スーフィ教団は分派も発生しました。例えば、14世紀にハジベクタシュヴェリという人物がハジベクタシュという町でベクタシュ・スーフィを確立しています。ここには霊廟やモスクとともに、旋舞修道僧たちの修道院がありました。これらの施設はやはり博物館として公開されているそうです。
さらに、中近東から遠く離れたインド亜大陸に於いても、トルコ系モスリムが支配した中世にはデリーにイスラム神秘主義スーフィーの聖人が多く訪れ、デリーからインド各地への伝わったともいわれます。大昔にはそれなりの影響力を持った宗派だったのでしょう。

オンライン旅行記によると、許された時期にはホテルに出張興行(有料)する場合もあり、宗教儀式なのか観光用ショーなのか現在では微妙です。 また、エジプトのショーで行われるスーフィダンスと同一視するオンライン旅行記も時折あるのですが・・・。共に同じ「スーフィ」名を用い共に旋舞ですが、筆者には両者の関係は分りません。

この博物館は巡礼者が訪れるイスラム教の聖地でもあるそうです。禁止されたイスラム神秘主義の創始者の廟所を巡礼する人達がいる以上は、事実上はメブラーナの信奉者が存在し、表立たずに一派として存在し続けているとも考えられます。この辺の事情は、部外者には分かり難いところでしょう。

博物館内部の壁や天井はイスラム寺院のご多分に漏れず、手の込んだ細かい装飾が施されています。その他に、大切に保管されたコーラン、ガラス製品、楽器類、等々多くの興味深いものが展示されている。そして圧巻はメブラーナの墓所でしょう。棺の上の天井は精密極まりない文様が描かれ、壁にも不可思議なものが描かれています。装飾品も我々には馴染みのない奇妙にも思えるものがありますね。近くの棺は高弟のものと伺いました。

博物館を拝見した後、向かいの建物に入りました。入り口の旋舞人形の写真を撮っただけで土産屋に行きました。 メブラーナ博物館
14:45 出発。

14:50 少し街中を走りビュユック・カラタイ神学校の正門前で停車した。セルジューク・トルコの高官ジャラレッディン・カラタイが設立した神学校だったが、現在では陶器博物館となっている。内部の参観はなく、道路から写真撮影をするだけの下車でした。 ビュユック・カラタイ神学校
14:55 出発。これからカッパドキアまで220Km以上の移動です。
キャラバンサライ(隊商宿):
16:22 キャラバンサライ到着。セルジューク・トルコの時代、コンヤは首都として繁栄した。そのため多くの隊商が各方面から集まったのです。ラクダに荷を積んだキャラバンは日に40Km程度しか移動できなかった。それで40Km毎にキャラバンサライが作られたといいます。繁栄し隊商の往来の多かったコンヤの周辺地域には多くのキャラバンサライが今日まで残っていると言われます。その一つ、比較的大きく保存状態の良い隊商宿にバスは停車しました。

内部見学は希望者のみ入場料を払って正面入り口から入るのですが、誰もいません。皆が入った後で、何処からか係りが入場料を集めにきました。キャラバンサライは石造りの大きい建造物で広い中庭があります。その中央部に四角い建物があって、そこだけはライトアップとされていました。それを完全に取り囲む形で隊商の人達が泊まる石造りの部屋があるのです。夜盗の心配もないよう安全に作られていました。外部は夕暮れの薄明かりでも分るのですが、隊商が宿泊した部屋の内部などは暗くて良く見えません。ガランとした石壁の部屋という事がわかるだけです。淋しく薄気味悪い感じさえしました。夕方だったからでしょう。 キャラバンサライ(隊商宿)

向かいに土産屋がありました。喫茶店も併設されているのでトルコ・コーヒーの食券を購入し奥で作ってもらいました。 中を覗いたらとても質素なコンロと鍋でコーヒーを作っていました。でも、味は良かったし、疲れなおしになりました。 16:45 出発。
カッパドキア:ムスタファホテル (Mustafa Hotel):
18:30頃、ユルギュップの四つ星ホテルに到着。暗闇でも時々カッパドキアの奇妙な岩を見えましたが、明日ゆっくり見物できるのです。ホテルで寛ぐのがピッタリの疲れかたでした。部屋割りが決まり、エレベータを使用しましたが、エレベータの扉が通常とは違い外開きなのです。当初は分らず、中の人がドアーを押して出てきたのに驚きました。

19:30 夕食。1階のレストランで相変わらずのビュッフェスタイルです。カッパドキアはワインの産地と聞き、飲み物は白ワインの小ビンをオーダーした。くせがなく飲み易いものでした。ここのスープ(トマトスープに細切りチーズを浮かべたもの)も美味しく感じました。2度も料理を皿に採り、各種少しづつ試しましたが、無難な味のものが多かった。デザートはトルコのものでやはり甘味が強かった。

このホテルのミニバー料金表を以下に添えつけます。ハイパーインフレで値上がりし、役に立たなくなります。


Otel Mustafa / MINI BAR
Only before check only please indicate the articles
you have consumed and hand it the cashier.
NAME___________________________ DATE___/___/___ ROOM NO_______________
STOCKAssortmentPriceConsumed
Quantity
TOTAL
1RAKI4,250,000..
1WHISKY7,000,000..
2BEER4,000,000..
2COLA3,500,000..
2FANTA3,500,000..
2FRUIT JUICE3,500,000..
2MINERAL WATER2,500,000..
2SPRING WATER1,750,000..
1CHOCOLATE3,500,000..
1NUTS4,500,000..
1CHIPS1,750,000..
-TAX INCLUDED.TOTAL.
Used Bottle and snack will be added to your bill.
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