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イギリス(英国)旅行記: 春のイングランド周遊9日間 3日目(2012/5/16)
ハワース→湖水地方ボウネス→ウィンダミア湖
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湖水地方の牧場、石灰岩の長大な石垣が丘の上まで続く ホテル出発まで
バス移動(→ハワース)
ハワース観光(ブロンテ姉妹の地)
バス移動(→湖水地方 ウィンダミア湖)
湖水地方 ボウネス オン ウィンダミア
 ・昼食(ボウネスのパブ・レストラン)
 ・ボウネス自由散策
ウィンダミア湖 遊覧船(→ レイクサイド)
バス移動(→ランコーン)
ホリディ イン ランコーン(2泊目)
 ・夕食(ホテル)


ホテル出発まで
05:30 目覚まし時計で目がさめた。
06:40 部屋を出て3階のレストランに向かった。
07:10 自室に戻る。
今晩もこの部屋です。一応は身の回り品の多くはスーツケースに入れた。洗面具は袋に入れてバスルームに残す。チップは£1硬貨をテーブルに置いておく。
07:45 ロビーに行く。

誰か昨夜の非常ベルの原因を話していた。どこかの部屋でシャワー使用中に突然その部屋の非常ベルが鳴りだしたという。全員の退避となったが、大した理由ではなかった。
ホテルの外で写真を数枚とる。
気温は10度程度らしい。観光するハワースがこの気温ならウォーキング・ベストの上から半コートを着ることにした。北海道と同じくイギリスも全般的に低気温が続く春のようです。

ツアー参加者の様子を見ていると、60才以上が大部分、男性と女性の比率はほぼ1対2です。英国イングランドのパック旅行なので初心者が多いように思っていたが、実際には海外旅行の経験豊富な人達が多かった。大小のデジカメを3台も持って来たり、新型の大きなビデオを持ち歩いたり、ズームレンズを付けた最新型ミラレス一眼デジが自慢の御仁もいる。自分でも最新型ネオ一眼デジをもってきた。小型コンデジで良いアングルに拘る人達も結構おり、同好の志が多いツアーのためか違和感がなかった。これは最後まで続いた雰囲気でした。

バス移動(→ハワース/110Km) ●
ハワース近くのヒースの生える丘 バスの座席表 乗車前、添さんがホテル玄関で座席表を掲げている。今日は我々のグループCが最前部です。
07:57 乗車、窓の大きい部分の座席にする。バス前部の温度計は外気温8℃を示していた。やはり肌寒い気温です。

08:00 員数の確認後に出発。休憩なしの2時間の予定。
ホテルのあるランコーンは元々都会ではない。出発すると車窓の風景は緑の多いものでした。意外にも高く育ったポプラが良く目にとまる。昨日は見かけなかったマロニエも白い花を沢山つけている。今春は低気温なので開花が遅れたことでしょう。沿道の空き地や土手には白い花をつけた低木が多い。その花の木々にも幾種かあるようです。時には大小の運河らしき水路を渡ったり、木のない丘陵地帯を通ったり、そんな場所では発電用風車が群れていたり、日本とは異なる車窓の風景を楽しみました。

時々黄色に輝く花を沢山付けたブッシュ状の小木をみる。多分、エニシダの一種でしょう。かつてイギリスからニュージーランドにも移植された植物で、ニュージーランド南島の山麓や牧場の縁では凄い量のエニシダが満開だった記憶がある(2000年10月)。繁殖がすごくて駆除に手を焼いているとか。元々生えていたイギリスでは、往路の沿道近くではそのような野放図な群生は一度も見かけなかった。夕方の帰路、大きな丘の中腹に横長い大群落がありましたが、丁度シーズン、黄ばんだ色なのでそれとなく分かるのです・・・。

ハワースに近づくと、ヒース(heath/ツツジ科エリカ属)らしき植物が穏やかに波打つ丘陵の表面を覆うところが見れるようになった。泥炭地とか農耕に向かない荒地に生える植物とされ、紫紅色の花を秋に咲かせるという。西ヨーロッパの海洋性気候地に自生するようで、イギリス北部だけに分布するわけではない。筆者もオランダ奥地(国立公園デ・ホーヘ・フェルウェ/クレラー・ミュラー美術館近く)で「ヒースの原野」と説明された荒地をみたことがある。北欧やカナダ、南アフリカにも分布する、ようです。日本では園芸用を除き親しみの薄い植物であり、エミリ・ブロンテ作『嵐が丘』に出てくるので、イギリス北部のものとして知られている、らしい。
注1:南アフリカのケープタウン地域にヒースが種類多くあるそうです。(2013年夏・追記)
注2:ヒースの原野はアイルランド、イングランド、スコットランドにあるが、長年かけて泥炭となり、燃料などに利用されてきた。アイルランドとスコットランドではヒース(heath)、スコットランドではヘザー(heather)と呼ぶ、という説がある。(2013年夏・追記)

バスは丘の上にあるハワースの小さな町に入り、奥の駐車場に入った。

ハワース観光(ブロンテ姉妹の地) ハワース
ハワースのパリッシュ教会
ハワース
Haworth, Northern England
人口:2000人強
位置:緯度(53.83)、経度(1.96)
交通:

ハワースはブラッドフォード市(City of Bradford)から南西に16Km行った田舎である。寒村ながら、観光的には、有名な小説を残したブロンテ3姉妹(the Bronte sisters)で知られる。
アイルランドの出身でケンブリッジ大学に学んだ国教会の牧師パトリック・ブロンテ(Patrick Bronte, 1777-1861)は妻マリアと子供達を伴って1820年にハワースに赴任した。幾人もの子をなしていたが、長女の死のあと妻も亡くなり(1821)、残された姉妹3人と息子1人は成人し詩人とか作家を目指したが短命に終わった。特に3姉妹は父譲りの詩と小説の才能が豊かであった。書き残した詩集や小説が今でも世に知られている。人によっては、ハワースをブロンテ姉妹故に英国文学史上の聖地の1つとすら表現するのです。
  • シャーロット(Charlotte Bronte, 1816-55, 39 years)、ペンネームはカラア・ベル (Currer Bell)。代表作 『ジェーン・エア(Jane Eyre)』を残す。この小説が発売直後から大人気となり、それ故にエミリーとアンの小説も知られるようになった。
  • ブランウェル(Branwell Bronte, 1817-48, 31 years)、画家で詩人(painter and poet)だった。人格的な評価は良くない、らしい。
  • エミリー(Emily Bronte, 1818-48, 30 years)、ペンネームはエリス・ベル (Ellis Bell)。唯一の小説 『嵐が丘(Wuthering Heights)』を残す。
  • アン(Anne Bronte, 1820-49, 29 years)、ペンネームはアクトン・ベル (Acton Bell)。代表作 『アグネス・グレイ(Agnes Grey)や 『ワイルドフェル屋敷の人々(The Tenant of Wildfell Hall)』に続き幾つもの小説を残す。
当時は女流小説家は稀だったのでペンネームは男性名を使用したとされる。上記の4人は全員が胸の病気で亡くなったようです。
注1: ブロンテの英語表記は Bronte の e にウムラウトを付けて記する。ここでは省略しました。
注2: ペンネームの姓は共通の Bell を用いたが、名は最初のアルファベットが本名と同じながら男性名を使用した。
----- 観光 -----
ブロンテ・パーソニージ博物館(Bronte Parsonage Museum): 北部アイルランドの貧しい家庭に生れながらケンブリッジ大学で神学を学んだパトリック・ブロンテは妻子と共に1820年にこの家(教区牧師館)に移り住んだ。国教会に属するパリッシュ教会の生涯牧師の地位を獲得し、ハワースで一生を終える。しかし、彼の妻も子供達も彼自身より早くこの家で息を引き取りました。今はブロンテ博物館になっている。
注: ”Parsonage”=教区牧師館。
パリッシュ教会(Haworth Parish Church): パリッシュとはイギリスで最少の地方自治体のこと、その小教区を担当する教会のようです。ブロンテ姉妹の父パトリック・ブロンテはハワースのパリッシュ教会の終身牧師だったとされる。ブロンテ博物館の隣にある。(注:日本の寺社と違い世襲制ではない。)
ブロンテの小径(Bront Way) :ブロント愛好家には興味深い 69km の道のこと。小説に出てくるような多くの場所が見れるという。
----- 参考サイト/文献 -----
Haworth (英)
Wikipedia: Bronte family (英)
Bronte Country (英)
Wikipedia → ブロンテ姉妹
・わがまま歩き 『イギリス』、実業之日本社、2012年3月5日、pp.244-245
・ 『ブロンテ全集 全12巻』、みすず書房、2002年5月、約9万円 ← 未読。
10:15 ハワースの駐車場に到着。 ここから少し歩いてブロンテ姉妹の住んだ家やパリッシュ教会に向かう。
駐車場から軽い上り坂になり、途中に女性用と男性用のトイレが道を挟み離れてある。その近くではピンク色の八重桜が満開だった。

10:33 ブロンテ・パーソニージ博物館(所有と運営は Bronte Society)の前に出る。
壁に右コラム下部の写真の看板があり、鉄板を透かし切りにした欧州流の小看板もあった。ここが教会の牧師館(Parsonage)でブロンテ姉妹の両親が移り住んだ家という。姉妹は既に生まれていたらしいが、父親がパリッシュ教会(英国教会)の牧師として赴任し、生涯牧師として終生をこの地で過ごすことになる。父親のみ長生きでした。

小さな庭は覗く程度に入りましたが、博物館には入らなかった(有料)。一家の各種の遺品や遺稿が当時のまま展示され、2階には3姉妹の部屋が並んでいるそうです。文学趣味なら見学するのが当然でしょう。
ブロンテ3姉妹は父親の文学的な才能を受け継ぎ、この家で書いた文学作品の幾つもが不朽の名作として残っている。しかし、父親パトリックを除いては家族の全員が胸の病気で若くして他界しています。召使いはいたらしいが、田舎の牧師の経済力は限られ、いろいろな理由で家庭内感染が止められなかったのでしょう。こんな書き方は誰もしないようですが・・・。博物館でブロンテ3姉妹や一家の御苦労を偲ぶより、小説そのものを読むほうが・・・、と思いました。

博物館から坂道を下ると右手はパリッシュ教会の裏庭、つまり墓地がある。質素な感じの墓石が森の斜面に沢山並んでいた。もちろん建物や墓石の形こそ全く違うが、日本の田舎の寺と基本的に違わない、と思ったものです。
ブロンテ姉妹の一家は人生の多くを自宅と教会で過ごしている。それで、ブロンテ一家はパリッシュ教会で埋葬されました。 ただし、アンの墓のみ当地ではなく、Scaborough の教会にあるそうです。

パリッシュ教会は内部の参観ができます。帽子は脱いで入りました。ブロンテ一家の時代とは違い、塔を除いて建て直されている。しかし往時の雰囲気は考慮されて再建されたそうです。田舎町の教会でも石造りでステンドグラスが使われ、小規模なだけで一通りは揃っています。
残念ながら、シャーロットとエミリの墓碑は分からなかった。著名人なら墓碑はその場所が直ぐわかるのですが・・・。多分、添さんから離れていたからでしょう。
帰国後にインターネットで調べたら、礼拝堂の床にエミリとシャーロットの記念碑(命日の石碑)がある、ようです。裏の墓地にはブロンテ一家のお墓がある、らしい。次のサイトにそれらの写真が掲載されています。

イギリス紀行:ハワース ハワース・パリッシュ教会(聖マイケルと全天使の教会)
ブロンテ姉妹のふるさとハワースへ
注:無断リンクですが、ご容赦を・・・。

寄付金箱の上には、「この教会をよい状態で維持するために、寄付金をお願いします。」と日本語で書かれた紙が貼られていた。日本人観光客が訪ねるから・・・。

教会の外に出ました。並んで土産店が数件あり、2軒ほど覗いてみる。狭く小さな店でした。ワイフはピーターラビットの絵が描かれた小型の缶を買っていた。小物入れです。手ぶらで出るのも気が引けて、といった感じでした。
ピーターラビットの整理用の缶 教会の前には”ROSE & Co. APOTHECARY”と書かれた古いローズ薬局があった。ガイドブックでは、ブロンテ姉妹が買い物に通った店とか、唯一の息子ブランウェルが阿片を買い求めた店、などと書かれている・・・。今は小ホテル兼業のようです。
英国の田舎町風情を色濃く留めた文学上の聖地の1つ、などと書かれますが、ストラトフォード・アポン・エィボンと違い、本当に小さな古びた町です。でも、住む人の才能により、世界的名作さえこんな奥深い田舎で生まれたのです。少なくともイギリスでは、環境と人物がマッチすると・・・。それでも基本的にはロンドンの出版社とブロンテ姉妹の努力が実ったので、世に知られるには大都会で認められることが条件なのでしょう。
ブラブラとバスの駐車場に戻りました。途中で公衆トイレを使用したが清潔でした。他の人達も三々五々戻っています。

Howarth 観光後の歩数計 11:15 出発予定です。
でも、1人が戻っていない。しばらく待ちました。
11:30 出発。
歩数計はハワース到着時に676歩。出発前は3139歩、観光で2463歩になる。


バス移動(→湖水地方 ウィンダミア湖/106Km) バス移動(→湖水地方 ウィンダミア湖)
石垣が続く丘陵の牧場 ハワースの町の坂道を下り、川の橋を渡って北の湖水地方に向かった。ここから約106Km、2時間30分の予定でウィンダミア湖まで行く。休息はなく、昼食はボウネス オン ウインダミアです。
途中の風景はきれいなものでした。ポツポツと牧畜農家らしき建屋がある豊かな丘陵、裾は広々した牧場でも上部はヒースが生えるがままの丘陵、運河か川か定かではないが細長い水の帯が谷底を走り、羊や牛があちらこちらでのんびりと草を食べている。人間ものんびりした気分になれる風景が続きました。世界広しと云えども、この風景は北イングランド固有のもの、来たかいがありました。

湖水地方 ボウネス オン ウィンダミア ボウネス オン ウィンダミア
ウィンダミア湖畔 13:06 この頃にボウネス オン ウィンダミア(Bowness On Windermere)の町に入った。広さがあり多くの建物もある街で、車の通行量も多い。しばし坂道をゆっくり下り湖畔近くまで行く。
後で遊覧船に乗ったが、その時に貰った日本語ブローシュアは Bowness を”バウネス”としています。英語の発音により近いのでしょう。しかし、当旅行記では観光ガイドブックに従ってボウネスとします。
降車前に歩数計を見るとハワース出発時と同じ数値3139歩だった。バスの僅かな振動や体の動きに反応はない。歩行感知装置の精度は高いようです。感服!

湖水地方とウィンダミア
Lake District & Windermere
イギリス13の国立公園では最大(2,292平方km)、公園内の最も高い山はスカッフェルパイク(Scafell Pike)で標高 978m、イングランドの最高峰です。深い緑の森に氷河が作り出した17の湖と無数の小沼があり、その中に町や村が点在している。最大のウィンダミア湖は長さ17Kmで南北に細長い氷河湖(ribbon lake)です。この湖の周辺に「ピーターラビット」のビアトリクス・ポター(Beatrix Potter)縁の場所が幾つもある。湖の北にあるグラスミア(Grasmere)では著名な詩人ワーズワース(William Wordsworth)が晩年を過ごした家ライダルマウント(Rydal Mount)も残っている。シーズンになると人出の多い観光地とされます。
鉄道駅はウィンダミア(Windermere)にあり、ロンドンから約3時間30分で来れるらしい。そこから湖畔の街ボウネス(Bowness)は約2Km、頻繁にバスで連絡されている。ボウネスはウィンダミア湖のほぼ中央で観光の拠点であり、遊覧船もここからです。
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参考サイト:
Lake District National Park (英)
Wikipedia: Lake District (英)
Wikipedia: Windermere (英)
昼食(ボウネスのレストラン)
ボウネスの昼食レストラン Pub & Restourant: The Wheelhouse Club 13:16 道を横断してレストランに入る。昼下がり、店内は賑わっている。ツアーのテーブルは一番奥の湖の見える場所でした。4人用で我々は秋田から参加の元気なご夫婦と一緒でした。
テーブル上には水差しとコップがあった。他の人達は利用していましたが、我々は手を出さなかった。しばらくしたらインドかパキスタンらしきアジア系のウェイターがスープを運んできた。我々のテーブルに4皿置いた。

失敗: スープ皿を持ったウェイターと衝突!
ウェイターのトレイには1皿残っていた。次のテーブルに運ぶため私の側で体の向きを変えた。運悪く、何かの事で私が立ち上がった途端だった。肩がウェイターのトレイにぶつかり、スープ皿は大きく傾いた。中身はウェイターの胸の部分にドサッーとかかった。幸いトレイは落とさず皿が割れることもなかった。しかし、ウェイターの目は怒っていた。
私としては謝って良いものか分からなかった。スープは熱いので火傷も気にすべでしたが、これも頭に浮かばなかった。自分に被害はないが、無言で立ったままでした。ウェイターは気持ちを切り変え、急ぎ調理場に戻った。私も「謝るべき」とやっと思い始め、後を追った。
調理場のイギリス人が私を見て、笑って「席に帰れ」と手で教える。多分、服を着替えさせ、代わりのスープを運ばせるのでしょう。この場は深入りせずにテーブルに戻りました。
食事が終わり、飲み物代を同じウェイターが集めていました。近くを通った時に、呼び止めた。”Hei, You. Waiter !”とか言ったと思います。振り返ったウェイターは直ぐ誰かわかった。黙って、£5紙幣を渡しました。受取ったものを確認し、”Thank you.”と云って軽く会釈をして立ち去りました。一見落着でした。
後で添さんに、「昨日は空港で迷い子、今日はウェイターと衝突、明日は何があるか楽しみ。」 といったら、呆れてました(笑)。

昼食の内容は簡単です。先刻のスープ、メーンデッシュ(カンブリアン・ソーセージ、フライドポテト、グリーンピー、マッシュルーム)でした。確か、デザートは無かったと思いますが・・・、何か出たかも。味は悪くないランチでした。
14:18 レストランを出る。全員で湖畔まで行き、添さんから集合は15時45分、その場所も教えてもらった。

ボウネス自由散策/ピーターラビット売店
ビアトリクス・ポターの世界、入口
ビアトリクス・ポターの世界
The World of Beatrix Potter
Bowness-on-Windermere
ボウネス観光案内所から徒歩7分の場所にあるポター絵本の主人公を見れるアトラクション。最初は日本語によるビアトリクス・ポターの作品の解説(5分)、それからは絵本の風景の中にリアルな主人公を見て楽しむ。外は「ピーターラビットの庭」になっている。入場料は£6.75(2012年)。
参考サイト:
The World of Beatrix Potter Attraction, the home of Peter Rabbit and the Beatrix Potter Exhibition
Wikipedia→ヘレン・ビアトリクス・ポター
昼食後は1時間のボウネス自由散策となった。湖畔のリゾートなので特に行きたい場所とてなかった。幸いアトラクションの「ビアトリクス ポターの世界」がある。ワイフはファンの1人、ロイヤル・ドルトンのピーターラビット・キャラクターを10個程もっている。以前はネットで探して買ったり、適当に楽しんでいた。何時だったか、ロイヤル・ドルトンがこのシリーズの生産を終了し、新品は入手できなくなった。仮にイギリスで類似品でも売っていたら?と甘い期待で「ビアトリクス ポターの世界」の売店に行きました。他の皆さんに同行です。

マロニエの大木がある交差点から左の道沿いにピーターラビットの看板をつけた大きい建物が見え、入口らしき階段もあった。まず、そこに行ったが入れなかった。もどって、マロニエの交差点を直進して坂道を上がると左側の壁面にピーターラビットの絵が描いてある。これが目印、そこから左の坂道を下ると「ビアトリクス ポターの世界」の入口です。アトラクションは有料ですが、売店は無料で中の右側にある。
14:38 到着。湖畔から約700mで10分以内の場所ですが、少々時間がかかりました。 アトラクションには興味がなく、我々は売店だけ、入場料はかかりません。
やはりロイヤル・ドルトンのピーターラビット・キャラクターに似た陶器製フィギュアはなかった。代わりにワイフは小さい土産類を購入していました。女性の場合、手ごろなのでしょう。
私はキーリング(£2.99)を1つ購入しました。記念として壁に下げておくのです。

ピーターラビットのノートブック ピーターラビットの袋 ピーターラビットの整理用の缶 ピーターラビットのキーリング

14:55 この頃に店を出ました。
することもなく、ただボウネスの商店街をブラブラ歩きです。エスニック・レストランがあったり、ショップやカフェがあったり、人通りも時々すれ違う程度はあり静かにすぎる湖畔の街でもありません。異国の観光地、ゆっくり見て歩くだけで楽しいものです。
15:30 湖畔のチケット・ブース2軒の間が集合場所、そこに戻った。
これから遊覧船でウィンドミア湖の南端レイクサイドまで行く。デッキなら体が冷える。少し離れた場所の有料の公衆トイレ(20ペンス)を利用した。
グループに戻ってからも少し時間があり、船着き場に出入りする船などを見てすごす。
内陸部なのに頭と尾の黒いユリカモメの一種らしい水鳥がいる。白鳥や鵞鳥やカモはイギリスでは何処の淡水でもいるらしい。
どうやら我々の乗る船が到着したようです。見た目にはかなり古いもの、白い煙突が1本立っている。イギリスのことだもの、「話せば長い」謂れがあることでしょう。

ウィンダミア湖 遊覧船(→ レイクサイド) ウィンダミア湖 遊覧船(→ レイクサイド)
ウィンダミア湖、ボウネスの船着き場 15:53 乗船。
この湖の遊覧船コースは数種類ある。ツアーでは、湖の南端レイクサイドを往復するクルーズ船の片道利用(約40分)です。車は積まないのでフェリーではない。

16:00 ボウネス出航。
私は写真撮影のためデッキでした。気温は低く、船の走行風もあるので少し寒い。しかし、まあまあのクルーズ日和、ウォーキングベストの上に半コートを着る程ではなかった。しかし、ワイフは途中で船室に入った。

ボウネスの船着き場の近くはプレジャーボートなどが多く浮かんでいたが、離れると静かな湖です。ただ、両岸には資産家の別荘と思しき建物が森の小高いところにポツポツと続く。その多くは湖畔に色とりどりのボート小屋を持っている。時には別荘までの小径がみえる。マンション(集合住宅にあらず、大邸宅)らしき立派な白亜の建物もあった。実に優雅な別荘地に思えました。
湖面では小モーターボートで遊ぶ人、カヤックの集団、ヨット遊び、・・・。中にはボートに8人も乗って、2本の棒に布を渡して手で広げ、風を受けノンビリ進む、そんな人達もいました。イギリスらしい、と云うべきでしょうか。
クルーズの風景は写真ページ [PHOTO] でご覧ください。筆舌では表現が難しい。

16:40 レイクサイド到着。直ぐに下船。
船着き場の横に遊覧船と鉄道の建物があった。

観光列車の蒸気機関車 ここからホテルまで休息なしで帰ります。トイレは蒸気機関車で動く列車のホームにある。船着き場から列車のホームに入り、延々と歩きました。丁度、古色蒼然として魅力ある小型の蒸気機関車が駅舎から線路を変えて動き出したところでした。客車はホームに留まっている。観光用の蒸気機関車で日本のD51みたな大型ではない。レイクサイド(Lakeside)とハーヴァースウェイト(Haverthwaite)の間を運航しているらしい。乗船した遊覧船と組み合わせたイギリス系ツアーコースがあるようです。

Howarth 観光後の歩数計 バスは駅前広場の奥で待っていました。ポツポツと乗車してきます。
歩数計はボウネス到着時に3139歩。
遊覧船下船後のバス座席で7582歩。
ボウネスとウィンダミア湖(散策と遊覧船上など)で4443歩でした。


バス移動(→ランコーン/140Km) バス移動(→ランコーン)
北西イングランドの農村の集落 17:00 レイクサイド出発。
ウィンダミア湖の南端からチェスター近くのランコーンまで距離があり、約2時間30分の予定です。

20分余も走ったころ、左の写真にある小高い丘の集落が見えました。大陸の欧州にもよくあるように、教会の尖塔を中心に家々が集まっている。何も珍しくはない。しかし、大陸ではオレンジ色の明るい瓦屋根が絶対的に多い。それに比べ、濃いグレーの屋根と白い壁。黒瓦と白壁に慣れた日本人には違和感が少ない、と思えました。想像を逞しくして、教会の建物を寺の大きな屋根に置き換えると、どこの田舎?となるのでは・・・。

その後、北イングランドの車窓風景をしばし楽しみました。大きな丘が左に現れ、手前には生垣や石垣のある牧場の緑が広がり、遠くでは多くの羊が散らばり、それより遠い山麓には雑木林、さらなる上に木々はなく雑草の生い茂る斜面のようです。その中腹に、黄ばんだ植物の群生が横に長く広がっている。恐らくエニシダの一種です。丁度、花の時期なのです。丘のその上はほぼ禿山に近い。しかし、土が露出した部分と何やら植物が密生している部分があり斑模様です。これは全くの推測ですが、風の強い山上に生えることもあるというヒースの群落に思えました。そうなら、ここでしか見れないイギリス北部の独特な風景でしょう・・・。興味深く眺めていました。

昨日も、今日の往路と帰路でも見ましたが、意外にもポプラの列(並木?)が多くありました。「意外にも」は全く予備知識がなかったからで、北海道のポプラの名所より立派ものが普通にあるのです。これはツアー参加者も気付いた人達がいて、「ポプラが多いねー」と話題にしていました。

その後はほぼ眠って過ごしました。

ホリディ イン ランコーン 2泊目 ホリディ イン ランコーン
Holiday Inn Runcorn,
2nd. evening 18:45 ホテル到着。
予定よりかなり早く帰りました。ドライバーさんは高速道路で随分と飛ばしたようです。
18:50 自室に入る。
別にホテルに連絡した訳ではないが、トイレの水洗は順調にフラッシュするようになった。また、バスタブにはゴム製のポチポチ・マットが置いてある。滑らずにシャワーが使えます。
19:20 夕食のため部屋を出る。

夕食(ホテル)
3階のレストランに入る。大半のメンバーはもう着席でした。
やはり飲み物は注文しなかつた。
食事内容はグリーン・サラダ兼オードブル、メーンデッシュ(料理名不詳、キャロットとブロッコーリの付合せ)、パンとバターでした。量も味もまあまあ満足です。決して多くはないのですが、丁度よかった。
20:10 食べ終えたので、部屋に戻った。
今日一日、北部イングランドの美しい独特な風景や田舎町の雰囲気を楽しめました。
のんびりした気分だったので疲れも大してありません。

明朝の予定
05:30 我々の起床予定。
06:30 モーニング・コール。
06:30〜 朝食、3階のレストラン。
07:45 ロビー集合、スーツケース類は各自で搬出のこと。
08:00 出発。

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