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イギリス(英国)旅行記: 春のイングランド周遊9日間 4日目(2012/5/17)
リバプール →トレヴァー →ウェッジウッド
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世界遺産 ポントカサルテの水道橋
(最大高:38m)、ウェールズ北部 ホテル出発まで
移動(→リバプール)
リバプール市内観光
 ・リバプール大聖堂
 ・アルバート・ドック地区
バス移動(→トレヴァ)
ポントカサルテの水道橋(世界遺産)
バス移動(→ストーク・オン・トレント)
昼食(アフタヌーンティ/ウェッジウッド)
移動(→グロスター/コッツウォルズ)
ホールマーク ホテル グロスター(1泊目)
 ・夕食(ホテル)


ホテル出発まで
05:15 起床。
昨日は過度な疲れもなく、神経が昂ることもなかった。しかし、寝付きが悪く、少々寝不足に感ずる。
06:15 スーツケースのパッキング完了。今晩はコッツウォルズのホテルになる。
06:30 3階のレストランに向かう。
朝食はヴァイキング形式。いつも通り、沢山とりました。オレンジ・ジュース、クロワッサンと甘いパン、メーンデッシュはソーセージ・ベーコン・煮豆・マッシュルーム・焼トマト・ポテトサラダ、カットフルーツのヨーグルトかけ。食後にたっぶりのコーヒーでした。イギリスではホールの丸いマッシュルームや焼トマトはたいがい何処でも置いているようです。それなりに美味しく頂けます。
07:03 レストランから部屋に戻った。
忘れ物のチェックは厳重に、チップ£1も置いておく。
07:35 カードキー返却のみのチェックアウト。
0940 添さんの掲げる座席表では、C組はバスの最前部でした。乗車し前から3番目の座席にした。今日は生憎と僅かな小雨、気温も低く寒い。リュックから半コートを出して着る。
歩数計を見ると、バス着席時に648歩だった。ホテル内で結構歩いている。

バス移動(→リバプール)
リバブールの車窓風景 ホテルからリバプールまで約24Km、45分の予定です。まだ雨がポツポツと降っている。
朝の移動中は特に変わったことはありません。車窓から小雨の風景を眺めて過ごしました。写真は火力発電所らしいのですが、水蒸気をかなり出している。低気温のため、はっきり見えたのでしょう。


リバプール
Liverpool, Northern England
人口:約447,500人(2005年)
交通:ロンドンは鉄道で約2時間10分

アイリッシュ海に注ぐマージー川(River Mersey)の三角江(estuary)にある港湾都市でロンドンに次ぐイギリス第2の貿易港である。人口はイギリス4位の規模である(順位の変動は良くあるらしい)。13世紀にジョン王が小都市を建設するとアイルランド交易の拠点となった。そのためか、今日でも人口の約4割がアイルランド系とされる。近隣では約50Km東にマンチェスター(面積と人口が同じ程度)、約25km南にチェスターがある。
歴史的には17世紀まで寒村に近いものだった。18〜19世紀にはアフリカ・欧州・新大陸の三角貿易の拠点となり奴隷貿易や中継ぎ港として発達した。マンチェスターの繊維工業や鉄道の発達で輸出港としても重要であった。20世紀になるとヴィクトリア時代の繁栄と栄光が去り、リバプールも活気を失った。第二次大戦後はマンチェスターに代わる臨海工業都市になっている。1960年のビートルズの出現で再び注目を集め、今日に至っている。2004年、18〜19世紀の海商都市が残存する1角が世界文化遺産に登録された。
----- 観光 -----
リバプール大聖堂/Liverpool Anglican Cathedral:  丘の上にあるイギリス国教会(Anglican Church/アングリカン教会/聖公会)の大聖堂(ビショップ在位)でヨーク大聖堂(アーチビショプ在位)に所属する。ネオゴシック様式で重厚な建物は大聖堂としては比較的新しい。1904年に建設開始、1978年に完成した。イギリス国教会では全英最大規模、長さ201m、タワーの高さ101m、天井の高さ53m、翼廊の長さ61mと巨大なものです。アーチの高さ、パイプ・オルガンの大きさ、鐘の重さは全英一とされる。
タワー屋上はエレベーターで上れます(有料£5/2011年現在)。
注1: Hope Street の南端にリバプール大聖堂があり、もう北端にメトロポリタン大聖堂(Metropolitan Cathedral)があるという。後者はカトリックの大聖堂で、珍しいドーム型のモダン建築で通常のカトリック大聖堂とは全く印象が違います。イギリスにはロンドンなどアングリカン大聖堂とカトリック大聖堂が両立する都会があるようです。
注2: イギリス国教は16世紀にヘンリー8世の離婚問題でローマのカソリック教会と袖を分かったが、当初は典礼を初めとしてカトリックと同じといえた。次第に独自性のある宗教に変化したが、典礼は今もカトリックに近く、説明として「カトリックとプロテスタントの中間にある」とされる、ようです。
ザ・ビートルズ(The Beatles): リバプールは発祥地。この楽団名は1960年10月から使われ、演奏会を続けながら1962年10月にレコードデビュー(ポリドール)、1970年4月に事実上解散、驚異的な人気ロック・バンドとしての活動期間は長くはなかったが、今もミステリアスな名声と人気が続く。ビートルズ・ツアーもあるという。
ジョン・レノン(John Winston Lennon/1940‐80)が発起人、ポール・マッカートニー(Paul McCartney/1942‐)が参加、遅れてジョージ・ハリソン(George Harrison/1943‐2001)、リンゴ・スター(Ringo Starr/1940‐)の4人となった。全員がリバプールの生まれ、スコットランド系1名でアイルランド系3名という。
マッシュー・ストリート(Mathew Street): 無名時代のビートルズと関係ある通りでショップ、パブ、バーなどが連なる。ビートルズ・ショップもある。
ビートルズ・ストーリー(Beatles Story): ロックバンド「ビートルズ」の結成から今日まで、グループとメンバーの足跡を見せるアトラクション。ビートルズ・ナンバーが流れる。アルバート・ドックにある。
中華街(China Town): ロンドンの中華街より規模は小さいが、中華門は立派なものという。
アルバート・ドック(Albert Dock): 埠頭だったが1972年に役目を終え、今は再開発された。テート・ギャラリーやビートルズ・ストーリーなど文化施設やレストランやショップがあり、水陸両用バスの「ダックツアー」もある。
ピア・ヘッド(Pier Head): 港町を象徴するエリア。税関の建物や街のシンボル「リヴァーバード」がある。桟橋は2本で巨大なもの。アルバート・ドックまでの遊歩道がある。
世界遺産(World Heritage): ピア・ヘッドにライヴァー・ビルディング、キュナード・ビルディング、ポート・オブ・リバプール・ビルディングという古い建物群があり、時には三美神(Three Graces)と呼ばれる。2004年に世界遺産に指定された。
ウォーカー美術館(Walker Art Gallery): イタリア絵画を主とするヨーロッパの絵画が多い。当地出身ジョージ・スタップスの作品も多いらしい。
リバプールの空港: 名称はスピーク空港(Speke Airport)だったが 2002年にリバプール・ジョン・レノン空港 (Liverpool John Lennon Airport) に変わった。ビートルズ・メンバーの名が空港名に冠されたのです。ジョン・レノンとヨーコ・オノを知らぬ人は少ない。
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参考サイト:
Liverpool.gov.uk 市公式サイト
リバプール visitliverpool.jp
Wikipedia (日)→リバプール
Wikipedia (日)→海商都市リバプール
NHK世界遺産: 海商都市リバプール
・わがまま歩き 『イギリス』、実業之日本社、2012年3月5日、pp.236-239
リバプール市内観光
リバプール市は隣のマンチェスター市とほぼ同じ規模で人口が約44万人の都会です。共に北イングランドになる。港湾都市としてはロンドンに次ぐ第2位になるようです。しかし、一般的には1960年代に大活躍し解散したビートルズの発祥地として有名です。不思議なグループで未だに人気が継続し、リバプールではビートルズ縁のものが観光的な目玉になっている。ツアーの観光先は比較的新しいリバプール大聖堂とドック地区の散策でした。

リバプール大聖堂 リバプール大聖堂
リバプール大聖堂 08:50 大聖堂前に到着。まだ僅かに雨が残っているが、傘が要らなかった。
ギリシャ風柱列をもつ石造りの小建屋の近くを通りすぎ、大聖堂の正門から正面入口に向かった。歩道の左は小さな谷があり、どうやら公園風の墓地らしい。
大聖堂の外見は非常に重厚な印象を与えますが、鋭い尖塔はなく、塔の最上部は展望台状で手すりが見える。欧州の大多数の大聖堂は階段を上るが、ここは新しい建物だけに文明の利器が導入され、エレベーターの乗継ぎで塔の最上部まで上がれるようです。
正式な正面入口の上には巨大な人物像があった。しかし、キリスト教の宗教的な銅像とは考えにくいものでした。でも正面上部の銅像なので ”Wellcome !” という感じに僅かに両手を開いている。

08:56 脱帽して大聖堂の中に入る。入口の近くの窓に白と黄の菊花が飾られている。宗教的ではなく、「大聖堂は駐車場の車や如何なる個人の所有物の損害に関しても責任はありません。」という意味の世俗的なプレートの前でした。
その奥は凄く高い天井の巨大な空間としか表現できません。もちろん採光窓は多くあり大聖堂らしくステンドグラスが使われている。でもあっさりしたデザインと色使いのステンドグラスで雰囲気が違う。宗教行事のほかに各種の催事でも使用されるそうですが、それが納得できる巨大な礼拝堂でした。
09:03 内陣の主祭壇もこれ見よがしの派手さはなく、巨大な木彫でしたが、大人しい印象を受けました。ただ、背後のステンドグラスは少し色彩豊かで形も大聖堂らしいものに思えました。

09:25 大聖堂の入口から外に出る。聖ジェームス庭園(St. James' Garden)と書かれた小門を通り、谷に降りる小径を下った。その道自体がもう墓地らしく、両側の岩壁に墓碑の石版が埋め込まれている。谷底は平らで細長いものです。アチコチに墓石がある。オベリスク風のものまでありました。公園みたいで犬を遊ばせる人もいる。

リバプール大聖堂後の歩数計 09:37 バスに乗車。
大聖堂前でバスを降りる直前の歩数計は648歩でした。
現在の歩数計は2657歩なので、大聖堂見学には2009歩だったことになる。

これから歴史的意義が認められて一部が世界遺産に登録されたリバプール港湾地区に向かう。
リバプール中華街の門、車窓撮影 リバプール大聖堂の西側(港側)がチャイナタウン、イギリスではロンドンとリバプールだけにあるらしい。ロンドンでも見れないという立派な中華門がありました。チャイナマンはこのような門を作って領域を明示するのがお好きなようです。
また雨が降ってきた。しかし、ドック・エリアでは止み、傘は不要だった。

アルバート・ドック アルバート・ドック
リバプール港湾地区 Salthouse Dock、黄色は遊覧船 09:50 車窓からアルバート・ドックやピア・ヘッド(税関の建物)などをチラッとみて、Gower Street で降車となった。
古いドック跡を再開発し、観光地に生まれ変わった地域です。ツアーでは特に観光の施設は定められておらず、自由行動でドックエリアを散策です。
最初のソルトハウス・ドックを過ぎたら、消防士らしき一団が固まって通り過ぎました。丁度、ワイフの写真を撮ろうとしていた時でした。その中の1人が飛び出してワイフと並んで笑顔のツーショット、一団を追いかけて行きました。瞬時ながら、ワイフを分捕られた!(笑)

リバプールの消防士が大サービス!

観光地なので、遠い日本からの旅行客と見抜いての大サービスだった、と思います。
もし日本だったら、規律違反として仰々しく問題視される恐れが十分にあるでしょう。
ここはイギリス、これによる変人とか奇人といった扱いや陰口もないと思います。

ファンなら見逃せないビートルズ・ストーリーの前を歩き、マージー川の光景を眺め、反対側の建物やドック跡を見ながら戻りました。
マージー河沿いに北に歩くと、ピア・ヘッドに三美神(Three Graces)と呼ばれる建物群(ライヴァー・ビルディング、キュナード・ビルディング、ポート・オブ・リバプール・ビルディング)があり、2004年に世界遺産に登録されました。そこの写真も撮りたかったが、時間的に無理でした。ここまで来て一寸おしい気もしますが、建物は離れた場所からの撮影がよいので、近づいても・・・。

リバプール、ドック・エリア散策後の歩数計 10:13 バスに乗車。
ここの散歩は大して歩いていない。
歩数計の数値で計算すると、1336歩になる。

添さんが員数の確認をする。1人参加の男性が戻っていない。
誰かが、「お孫さんに頼まれたサッカーチームのものを買いに行った。」 良く憶えているものです。幸い滞米経験のある英語の先生(退職)でした。道を尋ねながらでも戻ってくる、として待ちました。
約20分後、リヴァプールFC (Liverpool Football Club)の公式グッズを手に沢山もって戻ってきました。やはり戻る途中で道に迷ったそうです。
「すみません。孫に免じて許してください。」 旅は道連れ世は情け、OKです。
実は、私にも一昨日と昨日のことがあり、内心は 「自分でなくて良かった。」

バス移動(→トレヴァ/北ウェールズ)
10:40 出発。ドック地区の散策中は雨が降らず幸いでした。
これから南に下がり、西に向かって少しだけウェールズに入ります。
リバプールからポントカサルテ水道橋のあるトレヴァまで約65Km、1時間20分の予定です。 バス移動中は車窓の風景を見ることもなく、ウトウトと過ごしました。

ポントカサルテの水道橋(世界遺産) ●
ポントカサルテの水道橋
Pontcysyllte Aqueduct and Canal, Wales
建造:1805年供用開始。建設に10年かかった。
長さ:307m、最大高:38m、幅:3.4m、深さ:1.6m、石造り橋脚19本。
目的:スランゴスレン運河の一部、イギリス最大の運河橋。
場所:ディー川の上流、ウェールズ。
世界文化遺産: 「ポントカサルテの水道橋と運河(Pontcysyllte Aqueduct and Canal)」として2009年に登録された。

ポントカサルテ水道橋はウェールズ北部のトレバー(Trevor)にある。チェスターを流れるディー川の上流、ディー渓谷(Dee Valey)をスランゴスレン運河が横切って通るための水道橋です。橋桁は鉄製、橋脚は石と鉄の組合せ、上部には水路と歩道がある。建築当時は技術的に革新的な水道橋だった。橋に鉄材が使われ始めた初期だった。
運河の水嵩が増えた時はこの水道橋の中央部からディー川に放水する。水門を止め、水を全部抜くには2時間もかかるという。
余談: 運河の多いイギリスには大小の水道橋が至る所にあるという。ちなみに、同じスランゴスレン運河にはチャーク・アクアダクト(Chirk Aqueduct/1801年)という石造り水道橋もあるそうです。ただしポントカサルテ水道橋がイギリス最大規模といいます。
----- 観光 -----
スランゴスレン運河(Llangollen Canal)。
全長 46 mile(約74Km)の運河でイングランドとウェールズにまたがる。シュロップシャー・ユニオン運河はチェスター近くのハーレストン・ジャンクションでスランゴスレン運河と分岐する。スランゴスレン運河はトレバー(Trevor)でポントカサルテ水道橋を通り、約4マイル離れたこの運河の基地スランゴスレン(Llangollen)まで通じている。ポントカサルテ水道橋のトレバーとスランゴスレンの間には観光用ナローボートの運行(運河クルーズ)もあるようです。
ナローボート(Narrowboat)
今は個人のレジャー船や生活船や観光レンタル船になっているが、元々は17世紀に始まった運河を利用する石炭運搬船だった。最大長は約21m、幅2m余という細長い船で寝室やキッチン、シャワーなどがあり生活できるようになっている。最大時速は4マイル程度らしい。
ポントカサルテ水道橋の通行
幅2m余の水路と歩道があり、ナローボートは一方通行で渡ります。推測ですが、ナローボートの進行方向は時刻でスケジュールされている、ようです。
川面からポントカサルテ水道橋
橋の袂にディー川に下る細い道がある。下がりきって川下に向かうとポントカサルテ水道橋の石のアーチ脚が4〜5本見れる小さな岩場がある。
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参考サイト:
Wikipedia (日) → ポントカサルテの水道
UNESCO: Pontcysyllte Aqueduct and Canal (英)
The Llangollen Canal Guide and Map with Canal Junctionl (英)
ポントカサルテの水道橋、ディー川から 11:40 この頃、トレヴァーの集落に入る。運河の橋を通ったが、広くなったナローボート溜まりが見えた。

11:43 それから直ぐ駐車場に到着、降車です。
確か12時20分までと思ったが、バスに集合(乗車)。それまで自由行動です。
ここも曇り空ながら風も雨もなく、まあまあの散策日和です。皆さん、思い思いに散っていきました。

我々はまず道路側の石橋近くに行き、船の溜まり場を見ました。運河は石橋下こそ細いが両側は幅広くなった船溜まり、多くのナローボートが係留されている。今はポントカサルテ水道橋の通行時刻まで待機中かもしれません。

ナローボートは名称どおり本当に細長い船です。すごく古く見えるもの、比較的新しそうなもの、それぞれが色とりどりの塗装を施していますが、イギリスらしいというか、派手な彩色のものもある。
ナローボートは本来は細い運河を利用して主に石炭を運ぶ貨物船だった。鉄道の発達でナローボートによる貨物輸送は減り、現代では運河巡りや水上生活者に利用されたりしている。個人所有らしい。イギリスは運河が多く、ナローボートは名物の1つです。詳細は右カラムにあります。

次にポントカサルテ水道橋の上をディー川の真上まで歩くことにした。船溜まりを過ぎると運河は急に細くなる。ナローボートがやっと通れる幅しかない。多分、幅 2mと数10cm の水路です。
橋の上の歩きは安全です。十分な幅の歩道がある。自ら水路に落ちたり手すりから谷底への転落を図らなければ、事故は考えにくい。
11:52 橋の入口に到着。
11:54 ディー川の真上に到着。
川上には低い石橋と幾つかの石造り家屋が川べりにある。川下の遥か遠方にはアーチが続く長大な石橋がみえた。ディー川の対岸は広い牧場で山の中腹に大きな村がある。
良い眺めを楽しんで、戻り始めた。

スランゴスレン行きの通行時間となったようで、多くのナローボートが次々に通ってゆく。時には挨拶してくれるイギリス人もいた。
12:01 水道橋を終え、陸上部に上がった。綺麗な小鳥が遊んでいる。ワイフが上手く撮りましたが、イギリスの国鳥に指定されているコマドリの一種のようです。
イギリスの国鳥、ヨーロピアン・ロビン
イギリスの国鳥「ヨーロピアン・ロビン」らしい。ワイフ撮影。

水道橋の左側に下りの小径があった。アスファルト舗装された階段道で始まる。その急な道で谷底まで降りる。高度差は36〜37mでしょう。

12:08 ディー川に到達。橋脚の下部は非常に丈夫そうに作られ、一部は苔むしている。
川沿いのトレッキング道で同じツアーの男性とすれ違った。「もう少し先に行くと水道橋が良く見える場所がある。」と教えてくれた。そこまで行く。1〜2分程度で平な岩が川に少し突き出た場所があり、木々に邪魔されずに川面とアーチ型の橋脚が良く見えます。この項目のタイトル下の写真にある眺めです。目的を果たし、ゆっくり引き返しました。坂道では白い可憐な野花がさいていた。
12:15 ナローボート溜まりまで戻った。
直ぐバスに向かったが、近くに添さんがいる。ナローボートを背景にツーショットをお願いし、それから乗車しました。
トレヴァー、ポントカサルテ水道橋の散策後の歩数計 員数の確認後、予定通りの出発でした。

散策前は3993歩。
散策後は6168歩。
ポントカサルテ水道橋では2175歩。思った程には歩いていなかった。

バス移動(→ストーク・オン・トレント)
牧場の風景、菜の花畑は多いが、石垣は減り、生垣が増えた。 ウェッジウッド・ビジターセンターのあるストーク・オン・トレントまでほぼ真東に92Km、約1時間30分の移動です。
車窓の風景は羊牧場が多い丘陵地帯ですが、森が多くみられました。菜の花畑はこの沿道にも沢山あるようです。バスが通った地域ではイングランド北部で多かった牧場の石垣は見れず、生垣が多かった。
ボンヤリと風景を見ていたら、目的地に到着です。

昼食(アフタヌーンティ/ウェッジウッドVC) ●
ウェッジウッド創業者ジョシア・ウェッジウッドの銅像、進化論のチャールズ・ダーウィンの祖父(母方)。
ウェッジウッド・ヴィジター・センター
Wedgwood Visitor Centre
住所: Wedgwood Drive, Barlaston Stoke-on-Trent, Staffordshire ST12 9ER, UK

・スタッフォードシャーのストーク・オン・トレントという田舎にウェッジウッドの工場がある。チェスターから東に約87Kmらしい。ストーク・オン・トレントには幾つもの陶器工場があり、後述のロイヤルドルトンもここにある。
・ウェッジウッドは王室御用達のイギリスを代表する陶器メーカー、約250年もの歴史を誇るウェッジウッド・ビジターセンターで手作業による制作過程を見学できる。
・敷地内にアウトレットがあり、ウェッジウッドのみならずロイヤルコペンハーゲンやミントンも置いているようです。
・ウェッジウッドビジターセンターの正面入口前には創業者ジョシア・ウェッジウッド(Josiah Wedgwood, Father of English Potters, 1730-95)の銅像がある。進化論のチャールズ・ダーウィンの母方の祖父でもある。
・ロイヤルドルトン・ビジターセンター(Royal Doulton Visitor Centre)も同じ村にあり、陶磁器の人形で有名で、ビアトリクス・ポターコレクションの人形は世界のコレクターの間で人気が高く、日本では入手困難な人形が一同に勢ぞろいしている、ようです。ロイヤル・ドルトン・グループ(Royal Doulton Groupe Factory Shop)ファクトリーショップは、工場とは別の場所にある。
http://rapeter.sub.jp/uk/t15.html

ここにダーウィン家の長い家系がある。リンカーン州北部のヨーマン(零細な自作農) → ・・・ [財をなしジェントリーに昇格] ・・・ → エラズマス・ダーウィン(祖父/医師) → ロバート・ダーウィン(父/医師)*スザンナ・ウェッジウッド(妻/母) → チャールズ・ダーウィン(進化論)。
有名なチャールズ・ダーウィンの母上はスザンナ・ウェッジウッドといい、北スタッフフォード州の不毛の地で陶器産業を興したジョシア・ウェッジウッドの娘だった。スザンナは3人の子をもうけ、チャールズが8才の時に他界した。
チャールズ・ダーウィンの妻エンマは2代目ジョシア・ウェッジウッドの末娘であり、エンマの兄ジョシア・ウェッジウッド(3代目)がチャールズの姉カロラインと結婚している。
ウェッジウッド家とダーウィン家は非常に強い血縁関係にあるのです。
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参考サイト:
Home | Wedgwood Visitor Centre (英)
The Wedgwood Museum − Visit − Visitor Centre (英)
Visit Stoke on Trent, Tourist Information (英)
13:52 ウェッジウッド・ビジターセンターに到着。降車後は奥まったウェッジウッド・ティールームまで歩きました。

上の写真を撮り終えたら、ネオ一眼デジカメがバッテリー切れとなった。昨夜は十分に充電したはず・・・。長年の間、夜に数時間(満充電)し翌日の観光で撮影、これで電池切れは一度もなかった。夜にホテルで原因がはっきりしたのですが、この時は故障と思い、がっかりでした。原因はホテルのBFタイプ・コンセントはスイッチが付いている。差し込んだだけでスイッチ・オンにしなかった。で、昨日の電池残量で今まで撮影していたのです。 食事専用みたいな小型コンデジを使い、記録写真は残せたのです。精度が低くてもホームページやブログなら修正加工で十分に使えます。

14:05 この頃、ティールームの4人用テーブルに付きました。ここは4人用と2人用のテーブルがある。直ぐに紅茶用の砂糖・ミルク・レモンのセットが運ばれ、紅茶がそれぞれのカップに注がれました。良い色具合でした。もちろん、使用の陶器は全てお馴染みのウェッジウッド製です。この柄はワイルド・ストロベリーと云ったかな?若いころ長年に渡り愛用したモーニングカップと同じ模様でした。
次はランチの乗った3段重ねのトレー(ティースタンド)です。イギリス独特のトレーでアフタヌーン・ティーやハイ・ティーに欠かせない。今回は、下段にサンドイッチ、中段にフルーツケーキみたいなスポンジケーキ、上段はスコーンを二つに切りジャムとクリームを挟んだものでした。食べ物を置く順はその時々でしょう。何んというか、久々にゆっくり紅茶を飲みながらアフタヌーン・ティーを楽しみました。我々はアルコール類がダメなので、この種のものが大好きなのです。
14:38 軽食なので短時間で終えました。これからウェッジウッド工房の見学です。

ネクタイ姿の職人さん 最初はウェッジウッドの歴史などのビデオでした。次は皿やカメオの絵付け工程です。ここは見学者向けの工房とはいえ、職人の中にはネクタイを締めた人もいて、イギリスらしい・・・。工芸学校の先生みたいです。

工房の後はショップに案内されました。比較的広くて充実したウエッジウッド製品が並んでいます。
ウェッジウッドの土産の小皿、@£15.00


何か小さなものを探し、ワイフは友人への土産や自家用の記念品を買っていました。幾種が購入したら免税額を超えた。書類の作成を聞かれたが、断りました。細かく云えばVATの返却を受けるのが当然ながら、空港での税関の手続きが面倒だったのです。ティールームで軽食のランチをした時にショップの10%割引券をもらいました。これを使ったのでその分は安くなっている。

歩数: ウェッジウッド後の歩数計は撮影忘れ。ホテル到着後は7745歩なので、ウェッジウッド後は7500歩程度でしょう。ならば、推定1332歩、大して歩いていません。

移動(→グロスター/コッツウォルズ)
途中の高速道路 15:15 この頃にバスに乗車、出発でした。
コッツウォルズ地方グロスター市にあるホテルまで150Km、約3時間の走行です。
正直、大半はウトウトとして過ごしました。
疲れたというより、予定を無事こなし、満足感とのんびり感があるのです。

寄生木 それでも途中の木々に寄生木(ヤドリギ)を見つけました。5〜6個を付けたものもあったが、写真のは1個です。走行中で複数以上の寄生木を持つ木の撮影は難しかった。隣のフランスでは真珠のような白い実をつけた寄生木をクリスマスの飾りにする人達が今も多いそうです。イギリスではどうでしょう、稀かも知れません・・・。今回の旅行中、このルートの短区間でのみ寄生木を見ました。

2014.02.07 追記: アメリカはニューヨークのマンハッタンに生まれた作家アーヴィング・ワシントン(Washington Irving/1783-1859/外交官/弁護士)は良く知られている。イギリスに滞在中にまとめた短編集「スケッチ・ブック」は代表作とされる。その中の1編「クリスマス・イーブ」を偶然タブレット端末で読んだ。始めから1/3辺りで次ぎの記述に出会った。
『クリスマスの12日間ぶっ続けだったが、ただ何事も昔の慣例に従わねばならなかった。(中略)クリスマスの蝋燭は絶やさぬやうに燃やされ、寄生木は白い実をつけて掲げられ、(後略)』
現代のイギリスはともかく、西暦1800年前後のイギリスにはクリスマスに白い実を付けた寄生木を飾る習慣はあった、と考えられます。

車窓の風景で楽しみにしていたものがあった。5月の旅行で、東欧やドイツ南部やオーストリアで”メイポール”を時々見かけました。高い木柱の先にモミの木の枝などでボンボリを作り、飾り付けしたものです。広場の中央に立てられ、周りで踊る祭りがあるように聞いていた。そもそもは北欧伝説に基づくゲルマン民族の祭りだったようです。ネット情報によると「イギリスにもメイポールの習慣はある」らしいので、車窓から見れるかもと思っていました。残念ながら、今回の旅行では1度も気付かず見れなかった。イギリスでは祭り当日後は取り外すのかも・・・?

ホールマーク ホテル グロスター(1泊目) ●
Hallmark Hotel Gloucester 18:00 この頃に到着でした。ドライバーさんはスピードを出したので予定より早かった。我々としては早く落ち着けた方が楽、OKです。
このホテルの近くにゴルフ場や小さなスキー場があるらしく、その客を当て込んだホテルのようです。一種のリゾートホテルになるのでしょう。高層建築ではなく、宿泊棟は2階建てでした。

ロビーで部屋割りを待った。添さんが明日の予定表とルームキーをグループ別に点呼して渡しました。我々は318号室。夕食はホテルのレストラン、19時にロビー集合です。
スーツケースを引きづり、部屋に向かった。廊下の途中に木製の扉(煙拡散防止扉?)がある。昔に泊まったロンドンの古い Kensington Park Hotel(1998年) を連想してしまった。

今日1日の歩行数 18:14 入室。広さはあり、まあまあ感じの良い部屋でした。何枚か写真を撮った。
水回りは問題なし、暖房は窓下にヒーターがあり、スイッチを入れた。
クローゼットを確認すると、先客の女性ブラウス1着がハンガーに下がっている。他人の衣類など不潔に感じられ、メイドの手抜き仕事として実に不快でした。スペアー毛布の依頼ついでに衣類の忘れ物の件もフロントに電話で伝えた。私の英語は問題があるにせよ、用件は確実に伝わったはずです。が、誰も来ない・・・。
しばらく後、ワイフはスペアー毛布の件で添さんに電話していた。今度は添さんからフロントに電話があったはず。でも、効果なし。

夕食(ホテル)
18:50 部屋を出てロビーに向かった。
ほぼ全員が既に集まっている。揃ってレストランに入った。テーブルは2人用があった。
飲み物としてラッガー・ビール1カップ(大/£3.60)を注文、二人で回し飲み。結局は余った。味のせいではありません。
テーブルに銘々のクッペとバターの皿があった。食事はスープ、メーンデッシュ、菓子のデザートでした。少量にも思えたが、私の場合は問題に感じなかった。
20:15 部屋に戻る。

デジカメと携帯電話機の充電を開始、昨夜は気付かなかったBF型コンセントのスイッチを入れる。スイッチのLEDが点灯して通電を示し、充電器も電源接続で充電中を示すLEDが点灯している。昨夜は全くの不注意でコンセントのスイッチを入れずにいた。バッテリーを充電器にいれコード類の接続したところで終り、充電はしていなかった。今日の午後までバッテリーが持ちましたが、完全に空になっている。今晩は就寝前まで数時間の充電です。

夕食中にスペアー毛布が届いていると思ったが未だだった。仕方なく、置き忘れのブラウスをハンガーに下げたまま持ってフロントに行く。まずスペアー毛布を持ってくるよう頼み、それから忘れ物をフロントの女性に渡した。受付の女性は、初めて本当の事とやっと理解したらしく、驚いた顔で ”Thank you so much.” でした。
部屋に戻って数分後に男性職員が毛布1枚を届けてくれた。透明ビニール袋にきちんと入れられたものでした。チップは£1コインです。

暖房のヒーターを入れてあるが室温は上がらない。ラジエーターは熱くなっている。実はカーテンでラジエーターが隠れており、室温が上がらなかった。ラジエーターの後ろにカーテンを下げられないので、カーテンの裾を折り上げて何とか窓枠に止めました。それ以後、室温はどんどん上がってくれた。室温が高過ぎると私が困る。逆に私に丁度ならワイフには寒い。で、スペアー毛布の出番があるのです。

ホテルと部屋に関し上記の小さな事はあったが、他は総じて快適と云える、と思います。
ワイフは日本から持ってきた煎餅とオレンジのスナックだった。忘れずに毎晩ですが、十分にもってきたカップ麺類は一度も手を付けていない。私も自分の非常食はそのままです。今までのところ、我々2人はイギリスの食事に満足しているのです。
就寝前に充電器からバッテリーをはずし、デジカメに戻しました。時間的には十分に充電されているはずです。が、やはり確認不足で、明日も電池切れを起こしてしまった。知らぬが仏で眠ってしまった。

明日の予定
06:30 モーニングコール。
07:00〜 朝食、1階レストラン。
08:00 出発。
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