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イギリス(英国)旅行記: 春のイングランド周遊9日間 6日目(2012/5/19)
カッスル・クーム →バース →ロンドン
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バースのローマ浴場跡(世界遺産) ホテル出発まで
移動(→カッスル・クーム)
カッスル・クーム散策
移動(→バース)
バース(世界遺産)
 ・ロイヤルクレセント
 ・昼食(街のレストラン)
 ・ローマ浴場跡(博物館)
 ・バース寺院
バス移動(→ロンドン)
 ・夕食(沿道のパブ)
ウェンブリー・プラザ・ホテル(1泊目)


ホテル出発まで
06:00 目覚し時計で目覚める。
充電器のライトは充電完了を示している。直ぐバッテリーをデジカメ2台に装填する。今日は電池切れはないでしょう。
このホテルは今朝まで、スーツケースのパッキングを片づけた。必要品は何時も通りリュックに収めた。
07:00 スーツケース2個を部屋前の廊下に出す。
07:50 リュックを持って部屋を出る。1階のレストランで朝食です。
08:20 食事を終えて、一旦部屋に戻った。
08:35 カードキー返却のみのチェックアウト。
スーツケースはロビーの正面入口近くに固めて置いてある。各自でバスまで持って行く。ドライバーさんが積み込みです。

移動(→カッスル・クーム/コッツウォルズ)
コッツウォルズの畜産農家、車窓撮影。 08:40 乗車。C組はバス中央、窓に支柱のない座席です。
08:50 出発。 日程表ではカッスルクームまで67Km、約1時間30分となっている。
途中の風景はポプラが一列に植えられていたり、牧場だったり、コッツウォルズの丘陵地の風景です。ただ、羊よりは牛が多かったように見受けましたが、偶然かも知れません。中には住居のみならず家畜小屋までライムストーン造り、日本人にとっては立派に見える畜産農家の建物もあった。写真ではタンポポが花を咲かせています。

カッスル・クーム散策 カッスルクームの中心部
●
カッスル・クーム
Castle Combe, Centeral England
人口は約350人ていどの小さな村です。 カッスル(Castle)は城、クーム(Combe)は深い谷、の意味がある。
コッツウォルズの南の端近くにあり、500〜700年以上も静かに佇むライムストーンのコッテージ以外には教会、パブが2軒、マナーハウス・ホテルが1軒、サーキットがある古い集落です。コッツウォルズで最も美しい村とも云われる。
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参考サイト:
カッスル・クーム(Castle Combe)
Wikipedia: Castle Combe (英語)
09:55 カッスルクームの駐車場に到着です。
駐車場は丘の上にあり、トイレなし。カッスルクームの集落は丘の中腹から谷の底にある。
アスファルトの道をかなり歩いて下りました。それからほぼ2車線の道に出て右折、さらに下ります。その近くに藁葺屋根の家があった。外壁をつる薔薇が覆い、ピンク色の花が見事な絵を演出している。
少し先の集落の高い部分、それが上の写真の風景です。尖塔はカッスルクームの古い教会で自由に参観できます。道沿いに黄色い建物の博物館もある。

愉快な話ではないが、バスに揺られ、それからかなり歩いた。思いがけず朝のトイレに行きたくなった。添さんに場所を確認して先に急いで行きました。集落の中心の広場(マーケット・クロス)で左側にゆく。コテージの間の道を下り、川の橋を渡って少し先の街外れ、右側に公衆トイレがある。この種の緊急時には、とても、とても長い道のりでした。幸いにも空いており、辛うじて間に合った感じ(笑)。済ませて個室をでると、イギリス人の男性がつらそうに我慢した表情で待っていました。こればかりは人種・国籍を問わず誰でも同じ・・・。チップなしでも、清潔な公衆トイレでした。

10:16 外では皆さんがこの地点に到達、思い思いに周囲の写真を撮ったりしている。きれいな水のハイブルック川が流れ、コテージやバックホース橋(Back Horse Bridge)がよくマッチしています。反対側に”Manor House Hotel And Golf Club”と書かれた看板の立派な門もある。ここは14世紀の建物を使っており4つ星ホテルとされる。ネット情報では、中世そのものと云える建物があるらしい。その写真を撮りたかったが、木立の敷地内に入るのは遠慮しました。
ゆっくりと集落の中心部まで戻った。肌色がグレーを帯びた外壁の家々は古く、居住のためには狭いように思えました。でも、いろいろな花で飾ったり、小奇麗に生活している。

10:25 集落の中央部に3本の通りが交わる広場マーケット・クロス(Market Cross)がある。大昔は市がたったらしい。その中央に14世紀の東屋風の小さな建物が保存されている。広場の家では、手作りのスポンジケーキを玄関前に並べて売っていた。
切り分けたサイズでラップで包んで並べている(£1.50)。元のホールサイズ(£5.00)もあった。こんな田舎の手作りケーキは、日本なら差し詰め牡丹餅や田舎大福を並べているようなもの、味は当たり外れが大きい・・・。でも面白半分にレモン味のホールを買いました。
ドアーの張り紙には「代金はポストに入れて下さい。信用しています。(Run On Trust.)」とあった。ベルの押しボタンには「用のある人は押してください。」 別に用はないはずだが、”信用に基づく自動販売”とは気付かず、ボタンを押した。無精ひげのオヤジがドアーを半開き、ヌッ〜と顔をだし、郵便受けの上の紙を指差した。面倒なのでその場で£5紙幣を渡した。 手作りケーキ はにかんだ笑顔をみせ、「あんたたち、どこから?」「From Japan.」 少々驚いた顔になり、「Thank you.」 といってドアーを閉めた。 ケーキはこの人の手作りなのです。他の人達も夜食用なのか、小型のものを買っていました。
そのまま家に持ち帰り、遅れて味わいました。レモン味が僅かに強すぎる気はするが・・・。イギリスでも 「田舎は田舎」。でも、実に珍しいもの、それなりに楽しめます。

10:36 広場からセント・アンドリュース教会(St. Andrew's Church)の敷地に入りました。教会の入口前は墓地になっている。建物は雨風で多少は風化した感じで古びているが、中は教会のことでキチンと整備されていました。ステンドグラスも使われ、生花も飾られています。とても小さい教会ながら、カッスルクームの人達の心の中心、結婚式、洗礼式、葬式、その他の宗教的な年中行事、・・・、集まる機会は多いことでしょう。

この集落には”PRIVATE”と表示された門や鉄の門扉と閉ざしたコテージ・エリアがあり、勝手に入れない場所もある。イギリスの本物の小さな田舎、その原点的な部落、という印象です。全体的にきれいでした。観光地らしくない観光の集落なのです。欧米系の観光客も個人やグループできていました。
この集落からは離れているが、自動車レース場(Castle Combe Circuit)もあるようです。

10:45 散策を終えて、写真を撮りながら駐車場に向かいました。
11:00 駐車場のバスに乗車、座席に着いた。
ワイフは今晩と明日のミネラルウォーター3本をドライバーさんから購入した。このバスは今日が最終日、明日のロンドンは別のバスになる。ミネラルウォーターは買えない、と先読みしてらしい。結果として、当り、でした。宝くじも買わないかなー。

カッスルクーム散策後の歩数計 到着時の歩数計、0歩。
出発時の歩数計、4155歩。
カッスルクームの歩数は、4155歩でした。
コッツウォルズの小さな集落はバイブリー、ボートン・オン・ザ・ウォーター、カッスルクームの3カ所を見ました。その中で1番歩数が多いのがカッスルクームでした。

移動(→バース)
車窓の風景 11:03 出発。
カッスルクームからバースは32Km、約1時間の予定。
未だコッツウォルズの丘陵地、穏やかな起伏が続いている。 ライムストーンの農家の佇まいも時々あり、菜の花畑も多くみられました。

バース(世界遺産)
ロイヤルクレセント/バース
バース
Bath, Southern England
人口: 約84,000
交通: ロンドンから鉄道で約1時間

コッツウォルズ丘陵の南西の端になる。人によってコッツウォルズ地方に含めたり含めなかったり。恐らく南イングランドだからでしょう。エイヴォン川(ブリストル)が大きく蛇行する地に街がある。
伝説上は、シェークスピア悲劇の主人公「リア王(King Lear)」の時代、BC850年頃には既に温泉が知られていたらしい。ケルト人は泉と治癒の女神スリスの聖なる温泉としてあがめていた。AD43年に温泉好きのローマ人が侵入すると、古代ローマの治癒と知恵の女神ミネルヴァと同一視して女神スリスをも崇めたとされる。AD75年にはアクア・スリス湯治場を完成させた。ローマ人が撤退し、風呂好きではないアングロ・サクソン人の国となって温泉場は廃墟となった。12世紀にはキングズ・バースなる温泉場が作られたが、18世紀初頭にアン女王が行幸され、それを契機に本格的な温泉リゾートの開発が行われ、以後は上流階級の保養地かつ社交地として栄えた。現在に残る建物の多くはその世紀のものという。賭博の胴元ナッシュ(Richard Nash/1674‐1762)がバースの都市計画を進め、社交の中心地とすることに手腕を発揮したとされる。
----- 観光 -----
ローマ浴場跡(ローマン・バス)と博物館(The Roman Baths & Museum): 1727年に工事中に地下からローマの女神ミネルヴァの頭部が発掘され、これを契機にローマン・バスが発掘された。グレート・バス、サウナ、バンプ・ルームなどがある。源泉(市内3カ所)は地下3000mから46.5度の湯を毎秒13リットルを噴き上げている。
バース寺院(Bath Abbey): 758年の創建。973年にはカンタベリーとヨークの大司教を招き、イングランド統一を成し遂げたサクソン王エドガーの戴冠式が行われた。現在の建物は1616年の完成。西隣にローマン・バスがある。
ロイヤル・クレセント(Royal Crescent): 18世紀に貴族の社交の街となり、高貴な人達のために優雅で省スペースなテラスハウスが高台に建てられた。1番地は博物館になっている。建築家ジョン・ウッド親子の作品。父親ジョンはザ・サーカスを手がけたが途中で他界し、子息が完成させた、とされる。共に弧状の長い建物。
アセンブリー・ルームズ(Assembly Rooms & Fashion Museum): 1771年にボール・ルーム、ティールーム、カードルームなどを備えた社交場として完成した。当時と現在のコスチュームを展示する博物館でもある。
バース郵便博物館(Bath Postal Museum): 1840年に世界で初めて切手を貼った手紙が投函された場所、とされる。切手は1ペニー、デザインは、ヴィクトリア女王だった。
ホルバーン博物館(The Holburne Museum of Art): 貴族の暮らしぶりの一端を知れる博物館で、銀器や陶磁器、家具などが展示されている。イギリスの名画家ゲインズとかターナーの作品も飾られているらしい。
ショッピング街: バース寺院の北側がショッピング・エリア。Milton Street のジョリーズ(Jolly's)はイギリス最古のデパートという。High Street のギルドホールには歴史的なマーケット(1280年〜)があり、貴金属製品や皮革製品の店が多いそうです。アンティークの店も多いエリアという。
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参考サイト:
ウィキペディア → バース
Wikipedia: Roman Baths (Bath)
Bath Tourist Information
The Roman Baths Bath
Home | Bath Abbey

ザ・サーカスと街の風景 ザ・サーカス
11:35 バース市街に入った。しばし車窓観光です。
まずは18世紀後半に作られたザ・サーカス(日本語のロータリー式交差点)を走りました。巨大なロータリーで3本の大通りが交わり、その間の外周は地上3階・地下1階の曲面(三日月形)の集合住宅3棟が囲んでいる。

地下はキッチンなどの作業スペース、1〜2階は住人、3階はメード部屋とか子供部屋の伝統的なイギリス様式と思われます。地下室の採光のため道路と建物の間が掘り下げられ、落ちないよう鉄フェンスがある。イギリスでは良く見かける作りです。日本人には大雨の排水が気になる構造ですが、降雨量が違い、イギリスの月間平均雨量は日本よりかなり少ないグラフとなっている。

適当にしばらく市街地を走っていましたが、多くは3〜4階の建物です。18世紀のジョージ王朝様式の建物が数多く現存するようです。イギリス独特の煙突が林立し、地下室を持った建物が多く観られます。有名な観光の街だけに赤い観光用ダブルデッカーも走っている。

ロイヤルクレセント ●
11:42 ロイヤルクレセントの駐車場に到着、樹木が多く花壇も整備された綺麗な公園でした。しばらく歩き、高貴な身分の人達の滞在施設だったロイアルクレセントを見に行く。三日月形の曲線の建物で横にすごく長い。
11:46 広場に出る。三日月形の内側は広くて緩やかな斜面の芝生だった。ロイアルクレセントの左端から右端まで見通すことができる。上の写真は24mm相当の広角端で撮影しましたが、通常のデジカメではロイアルクレセントの両端を入れての撮影は難しい。その位、横に長い建物なのです。屋根裏を入れて4階建てのようです。推測ですが、恐らく地下1階の造りでしょう。
18〜19世紀の貴族はここで社交や駆引きなど多彩な保養滞在を楽しんでいたのでしょう。
バスに戻り、ローマ浴場跡の地域に移動です。

昼食 昼食(バースのレストラン)
12:15 この頃、バース寺院の裏側でバス降車となりました。
そこからバース寺院の正面まで歩く。すると広場があり、ローマ浴場跡の入口やパンブルームの入口があった。バース観光の中心地だけに凄い人でした。ここ一帯は2002年に世界遺産に登録されています。
12:24 広場の先、そのまた先のレストランに入る。
飲物は注文せず、テーブルの水は飲まず、でした。
昼食はスープとラザニア、日本流に言えば「ラザニア丼」に見えて少しびっくり。もちろん日本と違い、ご飯の上にラザニアがトッピングされたものではなく、丼の中の全部がラザニアです。見た目と違い、味は楽しめた記憶があります。
13:18 レストランを出る。

ローマ浴場跡(博物館) ローマン・バス
13:21 広場の賑わいの中をローマ浴場跡(ローマン・バス)前まで固まって歩いた。ここは博物館、その入口には個人の入場待ちの行列ができている。実に長くバース寺院の正面入口まである。20人程度を一度に入れているが、それでも待ち時間はかなりのもの。
添さんが入場希望者を確認したらほぼ全員で、団体入場が出来る人数でした。添さんは直ぐ中の受付に行き、団体入場の交渉をしてくれた。しばらく待ったが、OKが出でる。割安の団体入場料(£10)を添さんが集めた。それを支払い入場券を受取った。その後は待つことなく入場となりました。この種の施設の多くは団体優先です。序ながら、現時点で個人の入場料は£12.50です。
余談ながら、1999年のフランスはヴェルサイユ宮殿、この時は真逆でした。団体がどんどん入館するのに個人の待ち行列で随分と待たされました。「江戸の敵を長崎で」ではありませんが、イギリスはバースでフランスの思い出です。

13:31 案内所で日本語の音声ガイドを受取った。ローマ浴場跡の見所の全てに番号が付いている。その番号をテンキー入力するとガイダンス音声が聞ける装置です。音声は小さく、スピーカー部分を耳にあてて聞き取る。全部の番号で聞く必要はなく、希望の場所のみでしょう。
ローマンバース内は個人行動です。

ローマ浴場跡の案内板
ローマ浴場跡の案内板(クリックで拡大)

入場後の最初の場所が古代ローマの大浴場(Great Bath)の回廊(Terrace)です。現在の地表は当時より約4mも高いので、回廊から見ると大浴場は地下にある。この回廊を一周です。実は回廊は 1897年 に復元されたものらしい。古代ローマの雰囲気を出すために、ローマ皇帝やブリタニアの代官(総督)などの立像が回廊に飾られているが、これも回廊と共に創られたもののようです。

回廊に飾られた立像は以下になる。生涯と在任の年間は調査して筆者が加えたものです。先住ケルト人を支配したローマ人、近世イギリス人がブリタニアにとって重要とみなしたローマ人たち、と考えて掲載しました。
A: Julius Caesar (Emperor/BC100-44)
B: Claudus (Emperor/BC10-54)
C: Vespasian (Emperor/AD9-79)
D: Ostorius Scapula (Governor 47-52AD)
E: Suetonius Paulinus (Governor 58-62AD)
F: Julius Agricola (Governor 78-85AD/AD40-93)
G: Head of Roma (symbolising the spirit of Rome)
H: H. Hadrian (Emperor/AD117-38 ) → ハドリアン城壁(Hadrian's Wall)を構築
I: Constantine the Great (Emperor/AD272-337)

次に見たのは屋内に飾られた出土品です。建物の一部などは壁に当時の様子がイメージできるように並べられている。ヨーロッパの博物館では時々見る展示手法です。
1727年に発掘されたローマの女神スリス・ミネルバの頭頂部は金色で見事と思いました。
次に聖なる泉(Sacred Spring)を回った。ゴボゴボと小さい泡が吹き上がり、今でも温泉が多少は湧き出ているらしい。
Temple Precinct という暗いセクションも覗きましたが、興味はわかなかった。古代の温泉を浴槽に流し出す場所などもあった、と思います。
大浴場の1階にでる。水面に近いので温泉場のリアリティは感じます。ほぼ一周する。
次は大浴場の隣の西浴場を見ました。これはスチーム・バス(サウナ)にあり、その後の冷水浴のために設けられたもの、と云います。が、縁起物なのか円形の浴槽の底に沢山のコインが沈んでいる。何でしょう?

14:27 ローマ浴場跡から出る。
次は直ぐ近くのバース寺院の参観です。もちろん、個人見学です。

バース寺院 バース寺院
14:30 バース寺院に脱帽して入る。拝観料(献金?)£1.50を入口で渡したら、日本語の「バース大僧院にようこそ」というブローシュアをくれました。 昔は修道院の付属教会だったので大僧院(Abbey)と云うが、当旅行記ではガイドブックに倣って寺院としておきます。教会の組織上はパリッシュ教会(教区教会)になる。大きな礼拝堂です。ローマ浴場跡前の広場にある正面入口の上には見事なパイプオルガン、反対側には大ステンドグラスを背後に内陣と祭壇、その間に広い礼拝堂や翼廊がある。聖歌台や優美な説教壇もありました。
ブローシュアによると、奥行き67m、幅22m、身廊の天井の高さ24m、塔の高さ49m、となっています。
主祭壇は非常にスッキリしているというか、簡素なものと感じました。この辺りがローマン・カトリック教会とは違い、プロテスタント的なのかも知れません。アングリカン教会はカトリックとプロテスタントの中間的といいます。
676年頃、この地に女子修道院ができたようです。カトリックの大聖堂(在ビショップ)だった時期もあったが、ヘンリー8世のカトリック離れと修道院の破壊で長く放置され荒れ果てた、ようです。 現在の教会堂は1616年に再建され、1864年から1874年に内部が作り変えられた。改築を担当した建築家はヴィクトリアン・ゴシック様式といったらしい。[注:年代はバース寺院サイト]。
天井が非常にユニークで見事です。全体として明るい感じの教会ですが、側面の両窓が大きく、天井での光の反射のためかもしれません。
14:45 寺院から出ました。

寺院の横にも広場があり、ベンチが囲んでいるので大勢の人達が寛いでいる。大道芸人のパーフォーマンスもあり絶好の暇つぶし、そんな場所でした。ブラブラと雰囲気を楽しみながら集合場所に行きました。
15:00 この頃に集合場所、ツアーの半数ぐらいは戻っていた。

カッスルクーム散策後の歩数計 バスは来たが、交通規制の関係で集合場所での乗車ができない。交差点の反対側で止まったので、そこまで歩き、乗車です。

到着時の歩数計、4155歩。
出発時の歩数計、6542歩。
バース市内の歩数は2387歩、博物館を見歩いたのに意外にも少ない。


バス移動(→ロンドン) ●
丘陵の牧場 これからロンドンまで187Km、約3時間30分の予定です。
15:12 員数の確認後、出発。
相変わらず丘陵の牧歌的な風景を眺めて過ごす。
16:00 休息。
店内とスターバックスの品揃えを見るだけに終わった。
16:25 出発。
平野となり家屋が多くなった。

夕食(沿道のパブ) 夕食(沿道のパブ)
パブ 17:17 パブ King's Head の前でバスを降りた。
このパブの片側は池のある小公園のようでした。入口前には古びた木の丸テーブルと椅子があり、イギリス人達が飲んだり話したりしている。夕方のパブ、現地の人達の集会場かもしれない。
店内には食事の客が結構いる。ツアー用に奥のテーブルがセットされていた。
食事はクッペ半分とグリーンサラダ、メーンデッシュ(鶏肉ソテー、フライド・ポテト、グリーンピース、ソース)、デザートはアイスクリーム。
18:35 乗車。
18:38 出発。
ロンドン市内に入り、2〜3階建てと煙突がある庶民的な住宅地の風景となった。遠くに巨大なアーチとドームが見える。それがロンドンオリンピック 2012 競技会場(サッカー) となるウェンブリー・スタジアムです。巨大で8万人の収容といいます。その隣に今晩から2連泊するホテルがある。近くまでくると商店街だった。しかし、歩く人々は少々異様な雰囲気を発散しており、ホテルから外は出ないのが無難に思われた。

ウェンブリー・プラザ・ホテル (1泊目) ウェンブリー・プラザ・ホテル
ウェンブリー・プラザ・ホテル 19:23 ホテルに到着。
バスとドライバーさんは4泊5日も一緒でした。ホテル到着でお別れです。全員で感謝の拍手を贈り、降車しました。
それからスーツケースを受取ってホテルのロビーに入った。入口の正面奥にフロントがある。添さんが部屋割りを終えるまでその間の正面ロビーで待った。

右手奥に広いロビー本体がある。何か有名チームのサッカーが終わったらしく、そちらに 「勝って騒ぎ、負けて騒ぐ」 熱狂的なサポーター(フーリガン?)が大勢いてパーティの真っ最中、立ち飲みしながら大声で話す、怒鳴る、喚く、笑う、・・・。ロビー中に声と反響が凄く、怒鳴らないと聞こえない。驚き呆れ、旅の疲れも加わって耳をふさぎたくなりました。それなのに、このホテルは部屋割りに随分と時間がかる。「モーッ!」と云ったところ。しかし、オリンピックの公式サッカー場であり、サッカー発祥国イギリスでは「サーカーの聖堂」とまで云われるウェンブリー・スタジアムの隣のホテルです。人気チームの試合後ならこの程度の騒ぎは当然かも。悟りを開いて何事も我慢です・・・。

19:50 この頃、やっと添さんから部屋の鍵と明朝の予定表が渡された。
我々は224(3階)、スーツケースを引きづって近くのエレベーターに乗る。
ドアーが閉まると同時にロビーの喧騒とは無縁の世界となり、心からホッとした。
19:53 入室後、広いがソコソコの部屋の写真を撮り、水道などのチェックをした。

洗面台やトイレ、バスタブは良いが、カランとシャワーの切り替え方法がどうしても分からない。仕方ない。ワイフが4階の添さんに電話する。直ぐ見に来てくれたが、添さんの部屋のシャワーは古いタイプで違うという。やはり切り替え方法が分からない。で、ホテルマンを連れてきた。金属の蛇口の先端内側に黒いパイプが少し出ている。それを指でつまみ引き下げるとシャワーになり、押し上げれば蛇口から出る。知れば簡単、「コロンブスの卵」でした。しかし、こんなシャワー切り替え装置は見たことがない、と思う。「使用方法を貼っておかないと。分からない!」 ホテルマンにわざと文句を言っておいた。何はともあれ、一件落着でした。

このホテルに関して、一寸した疑問がある。所有者は別らしいがヒルトンホテルの運営となっており、旅行の時点ではヒルトンホテル・サイトにウェンブリー・プラザ・ホテルの名があり、予約もできる。ところが、フロントにも部屋にも”ヒルトン”の名もマークも見つからない。ベッドなど室内の調度品もヒルトンホテルとしては少し質素な感じがします。ツアー客の専用の部屋だから? 何かしら不思議です。
もちろん、室内は静かで問題なく休めますが・・・。

今日1日の歩数 夕食は済んでいる。これからは、ゆっくりするだけでした。
今日の総歩数は7424歩でした。昨日のほぼ半分です。
忘れずに、デジカメ2台のバッテリーと携帯電話機の充電を開始する。
明朝まで放置です。
ワイフは暖房が必要でした。窓近くに冷暖房用らしきラジエーターボックスがあるが、その傍にデロンギのオイルヒーターもある。オイルヒーターのスイッチを入れた。

明朝の予定
06:30 モーニングコール(我々は 05:30 起床予定)
07:00 G階(1階)のレストラン。
08:15 出発。

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