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アメリカ西部の旅 4日目 (2008/6/28)
大渓谷デザートビュー、モニュメント・バレー
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ホテル出発まで
今日はグランドキャニオンのイーストリムにあるデザートビュー展望台に寄ってから遥か東方のモニュメントバレーまで往復です。

05:30 起床。昨夜の洗濯物は良く乾いていた。
06:00 ウェイクアップ・コールあり。
06:25 朝食のため部屋を出る。1階のレストラン入口では既に40〜50名の長い列だった。
06:30 レストランがオープン。順番まで5分程度かかったように思う。


ジュース

シリアル、果物、揚げドーナツ

ハム、ソーセージ、ベーコン、ポテト

何時もながら、食後にはコーヒーを十分に飲みました。
07:05 部屋に戻る。
07:30 部屋を出て、ホテルの外でバスを待つ。今日は見事な晴天です。ホテルの外観を写真に撮っていたらバスが到着でした。今日は昨日よりも後方の8番目の席にした。
ガイドさんと添乗員さんが乗車し、人数の確認をすると出発準備は完了です。

GCイーストリム/デザートビュー展望台
07:40 バス出発。
07:45 グランドキャニオン国立公園の南ゲートに到着。係の人がゲートを開けている最中だった。この係りの人はメタボ腹、アメリカではよく目に付きますネ。
国道64号線はこの南ゲートから昨日訪ねたグランドキャニオン・ビレッジまで北上し、それから大渓谷に沿って東に向かう。この国道は通称「 Desert View Drive 」というが車窓の風景は両側とも松林でほぼ何も見えない。筆者の憶測ですが、多分サウスリムの「 Grand Canyon Village 」とイーストリムの「 Desert View Point 」を結ぶ道の意味で命名されたのでしょう。
08:19 左手にグランドキャニオンの岩肌がチラッと見えました。緑豊かな大地から急峻な岩壁が1000m近くも落ち込むパリセード(Palisade)は見事です。

Grand Canyon Map 2
公園ガイド(英語版)から部分的にお借りしました。
クリックで拡大してご覧下さい。
08:25 この頃、イーストリムのデザートビュー展望台に到着でした。ここは標高2267mもあり、数多くの展望台のなかでコロラド川が見下ろせる展望台はここだけらしい。ガイドさんによると、この展望台を訪れる日本人観光客は比較的少ないそうです。
駐車場から石の塔が見えるが、大渓谷の展望台まで約300mは行かねばなりません。緩い下り坂の歩道は舗装されている。両側は砂漠ように赤茶色のパサパサした土に低い植物やボサボサした枝ぶりの木々が生えていた。途中にはショップの建物などもある。

08:33 まず、塔の先にある展望台で公園管理の方と3人で記念写真の撮影となりました。この展望台からは珍しくも約1200mも下を流れるコロラド川が良く見える。たったの一枚ですが、素晴らしい記念写真になりました。
Watchtower
見張り塔(The Watchtower)
08:35 見張り塔(Watchtower)の中に入り、最上階まで階段を上がった。途中の階の壁には先住民の素朴な絵などが描かれていた。
この石造りの塔は建築家 Mary Colter 女史の手により1933年に完成しました。デザインは南西部の先住民の建造物を研究し参考にこそしたが、この塔は模作ではなく Colter 女史のオリジナルな設計とされる。基礎部分はコンクリートながら、塔の建材となった石は大きさと外見を基準に自然石を1つ1つ手で集めたもの。その結果、デザートビューの景観に良く合う建造物になった、と云われます。窓にはガラスが入っている。
ついでながら、グランドキャニオンには Colter 女史が手がけた建築物が6軒も現存している。サウスリムの Hopi House、Bright Angel Lodge、Lookout Studio、Harmits Rest、ノースリムのPhantom Ranch、そして、このイーストリムの The Watchtower です。
デザートビュー展望台の風景
デザートビュー展望台、Watchtower 最上階の眺め、大峡谷を作ったコロラド川が見える

雄大なデザートビューの眺望を十分に堪能してブラブラと駐車場に戻った。これから長いドライブになるのでトイレに寄りました。大勢が利用できる大きな設備でした。
08:56 バスに乗車。

グランドキャニオン:デザートビューの風景写真(1024x768) ⇒  グランドキャニオン:デザートビュー


モニュメントバレーまで
09:05 出発。これからモニュメントバレーまで約290Km、その多くのエリアは先住民アメリカ・インディアン居留地です。
直ぐ国立公園の東口(East Entrance)を通過しました。
09:15 バスは広々した場所でストップです。当初は理由が分からなかった。道端に動物の死骸がありドライバーさんが降りて調べたようでした。通報の義務でもあるのでしょうか?
09:29 ドライバーさんが戻り、出発となった。


リトル・コロラド渓谷(Little Colorado River Gorge)
リトル・コロラド川渓谷
Little Colorado River Gorge
Navajo Tribal Park

09:35 この頃、64号線(AZ64)の左側は森林地帯から広々とした台地にかわった。ところが、草原の台地は川に深く侵食されて珍しい風景になっている。コロラド川の支流リトル・コロラド川(Little Colorado River)による侵食で、この風景はグランドキャニオンの創成期と同じもの(原風景)とされる。すでに国立公園の一部ではなく、先住民ナバホ族の国ナバホ・ネイションが管理するナバホ族公園(Navajo Tribal Park)になる。バスは高速で走行中、思ったように写真は撮れませんが、珍しいので一枚掲載しました。

toy flag
おもちゃの旗
ナバホ・ネイションの旗にあらず
ナバホ・ネイション(Navajo Nation)
アリゾナ州、ユタ州、ニューメキシコ州には先住民族ナバホ族(Navajo)が多く住んでいる。全米で約25万の人口とされ、アメリカ・インディアン最大の部族らしい。ナバホ族は居留地をNavajo Nation(ナバホ・ネイション)呼ぶが、合衆国が公認した準国家的なもののようです。 単純な先住民保護区とは違い、首都ウィンドウ・ロック(Window Rock、Arizona)には評議会があり、国旗も定められ、ナバホ独自の法律や行政組織があるという。
詳しくは、その公式サイト[ The Navajo Nation (英語) ]をご覧下さい。
写真(上)のリトル・コロラド川渓谷はナバホ族公園ですが、これから訪ねるモニュメントバレーも国立公園ではなくナバホ族公園なのです。これからバスが走る地域の大部分は”ナバホ・ネイション”の領域になるようです。
単なる「お遊びの飾り」らしいが、モニュメントバレーの土産屋では上の旗も見かけました。「ここはアメリカ・インディアンの居留地」を示すのに利用してみました。

しばらく森林の多い64号線を走り下り、キャメロン(Cameron)に到着です。そこで64号線から国道89号線(US89)に入り、北に向かった。モーエンコピ(Moenkopi)から国道160号線(US160)を北東に向かう。直ぐチューバシティ(Tuba City)を走りぬけカイエンタ(Kayenta)まで行く。車窓からはほぼ砂漠といえる場所だったが牧場らしきところもある。

GCデザートビューとモニュメントバレーのルートマップ(カイエンタの駐車場の案内板、日本語は北行庵が記入)

11:23 カイエンタ(Kayenta)と思いますが、モニュメントバレーのグールディング・ロッジまで約30分手前でトイレ休息でした。時間的には僅かな停車だった。
そこもナバホ族の土地、観光用に古い馬車やナバホ族の伝統的な住居ホーガン(Hogan)が展示されている。木と草と土で作られた土饅頭みたいな住居ですが、必ず東向きという入口は木枠で作られていた。天井には丸い穴があり、煙抜きのようです。基礎の形は必ずしも円形ではなく角型もあるらしい。内部の見学は自由でした。無論、ずいぶんと素朴なものです。
11:35 出発。
国道160号線を左折して国道163号線(US163)を北東に約20マイル向かう。我々の目指すモニュメントバレーに近づくとアリゾナ州からユタ州に入る。砂漠の平原、そのアチコチにモニュメントバレーらしき巨岩が立ち上がり、既に西部劇の風景です。
ユタ州になって直ぐ十字路がある。真っ直ぐ道形に行くと Mexican Hat (Utah) という町があるらしい。交差する Monument Valley Road を左折すると Goulding Trading Post Rd. があり、その先に飛行場がある。右折すると Monument Valley Visitor Center に行く。この交差点の一角にハイスクールがあった。バスは交差点を左折し、飛行場の手前でグールディング・ロッジのアクセス・ロード(Goulding Trading Post Rd.)に入った。坂道を登るとロッジ、そこで昼食です。

この地域をグールディングと云うが、ユタ州最南部です。実感はアリゾナだろうとユタだろうと関係のない砂漠で、巨岩のモニュメントが並ぶ広々した荒れ地です。しかし州が異なると制度はいろいろと違う。例えば、アリゾナ州もユタ州も時間帯は Mountain Time Zone になる。しかし少し複雑です。アリゾナ州は夏時間(DST/Daylight Saving Time)を未採用ですが、ナバホ・ネイションは夏時間を使用している。ユタ州は夏時間を採用です。
注:この旅行記では夏時間に調整しないアリゾナ流の時刻をそのまま使用します。数時間のユタ州滞在とモニュメントバレー訪問の後に再びアリゾナ州に戻るので・・・。実はアリゾナの時刻は夏時間を採用する西海岸の諸州と同じ時刻です。こんがらかる話で・・・。
ここから最も近い都市は250Km(175Miles)先のアリゾナ州フラッグスタッフ(Flagstaff)になるらしい。今も西部開拓時代と同じような遠隔の地のままです。

モニュメントバレー(Monument Valley Navajo Tribal Park)
US-163からビュートとメサの多いモニュメントバレー
US-163 から見るビュートとメサの多いモニュメントバレー(谷と云うけど・・・)

ユタ州とアリゾナ州に跨るこの地には先住民ナバホ族が長く住み着いています。現在でもモニュメントバレーの中で300人もが農業などで細々と生活しているらしい。誰も見向きもしなかったこの荒地に、グールディング夫妻が1924年から住み始め、ナバホとの交易所(Trading Post)を営みました。
大恐慌の時代になると、ナバホの人達も経済的な影響を受けて困窮の極みとなった。それでグールディング夫妻らがハリウッド映画界に働きかけ、モニュメントバレーの独特な風景を売り込んだらしい。そしてジョン・フォード監督の歴史的な名作「駅馬車」が当地で撮影されることになった。フォード監督が指揮をとった場所が現在のジョン・フォード・ポイントです。それ以後、独特の景観の中で幾多の映画やコマーシャルが製作されました。今でこそアメリカの原風景ともされ、知らぬ者はいないアメリカ南西部の観光名所の1つです。

モニュメントバレーは標高が海抜1520mの高地にあり、2月の平均最低気温が摂氏-4度、7月の平均最高気温は摂氏33度とされる。年間降水量は約200mm程度で砂漠です。モニュメントバレーの特色は記念碑状に立上がった巨岩にある。メサ(Mesa)とかビュート(butte)と呼びますが、高さは122m〜418mで大小さまざまです。現在でも砂交じりの風により少しづつ削られている。ロウソクのように細くなったものもかなりあった。
地理学上でのメサとかビュートの区分はサイズと形状のようです。ビュートはメサより小型で頂上部の面積が1000平方m以下のものというらしい。メサは台形のテーブルマウンテン状で大きく長いモニュメントです。モニュメントバレーではモニュメント毎に何れかの名が付けられたものが多い。実は、グランドキャニオンの大景観にもビュート(多い)やメサ(少ない)が付いた名称の巨岩があるのです。
北行庵の作成です。原図は英語サイト。
モニュメントバレーの主要部。赤丸の展望台はツアーで寄った所のみ。

車窓からモニュメントバレーの独特な景観の一部を見ながら、グールディング夫妻が礎を築いたグールディング・ロッジにきました。巨大な Oljeto Mesa と小さめの Rock Door Mesa の間になるようです。前述したが、ここはユタ州です。グランドキャニオンのデザートビューから約3時間かかりました。
モニュメントバレー・ツアーのジープはここから出発です。が、観光の前に食事です。

昼食/グールディング・ロッジ(Goulding's Lodge)
12:05 直ぐグールディング・ロッジのレストランに入った。他に施設がないためか、割に大きなレストランです。
ツアーの席は予約されていた。適当に場所を決めて座った。

lunch 1
飲物はレモン入りの水
lunch 2
ナバホ伝統料理「ナバホ・タコス」
lunch 3
デザートのアイスクリーム

メーンデッシュのナバホ・タコス(ナバホ・タコ)はナバホ族の丸くて薄いパン(揚げパンだったかも?)にチーズを置き、その上に各種のカット・ベジタブルを載せて、チリソースをかけて食べるもの。観光的にはモニュメントバレーの名物料理となっている。 しかし、味も良いと思うし、楽しめるものです!  食後のコーヒーは確かセルフサービスで何杯でも自由だったはず ???
12:45 レストランを出て、ロッジの前でモニュメントバレーの風景を楽しむ。高台で良い記念写真ポイントでした。

モニュメントバレーのバスツアー グールディング・ロッジ
モニュメントバレー観光のバス、左はレストラン

12:55 モニュメントバレー・ツアーのバスが到着。当初は4WDのジープ型車両に分散して観光の予定だった。しかし、大型バスの都合がついたらしい。バスにガラス窓はなく、冷房もない。砂塵が舞い上がるダートロードを走るので、髪の毛はバサバサ、衣類にも砂塵が入る。マスクは必需品かもしれない。砂塵が舞う時は最低限ハンカチで口と鼻を覆う必要あり。コンタクトレンズ使用の場合は乗車前に対策を!

13:00 出発。約1時間半のツアーです。
ロッジ前からアクセス路を下り、Monument Valley Road を南下、国道163号線との交差点を直進してビジターセンターまで行く。交差点とビジターセンターの中間にユタとアリゾナの州境があり、ビジターセンターはアリゾナ州になる。
ビジターセンターまでは舗装路で揺れも砂塵もない。青空から照りつける太陽がとても眩しかった。
ついでながら、国道163号線から7マイル(約11Km)の地点らしいが、モニュメントバレー初のホテルが2008年夏の開業を目指して準備中でした。ビジターセンターから少し奥になる見通しの良い高台です。外見はモニュメントバレー自体の景観を損なわない地味なものでした。
13:10 ビジターセンター到着。直ぐ近くが良い展望台になっている。巨大な3モニュメントが見渡せる知られた景観でした。ガイドさん曰く、「誰でもプロ・カメラマン並の写真が撮れる場所」なのだそうです。ゴモットモ・・・。
Visitor Center 近くの展望台 モニュメントバレー、ビジターセンター近くの展望台にて、左からライト・ミトン、レフト・ミトン、メリックビュート
日本人は左の2つの岩を右と左のミトンというけれど、アメリカ人はライト・ミトンを West Mitten Butte、レフト・ミトンを East Mitten Butte といいます。 写真の道路はバレードライブ(Valley Drive)といい、これから走る砂漠の未舗装路です。ジョン・フォード・ポイントに向かうのですが、途中で他の車両とすれ違ったり、前方の車両に近づくと、舞い上がる砂塵が想像以上です。ワイフはサングラスに帽子とガーゼマスクを着用してスカーフで頭と顔を覆う状態、他の女性たちも多くは似たようなものでした。ナバホもびっくりの山賊スタイル・・・。それでも砂塵は負けじと中に入り込む。大変でした。 John Ford Point
スリーシスターズ。風に削られ消滅の運命・・・。

13:35 ジョン・フォード・ポイントに到着。下車して自由散策です。と云ってもそれ程に広い場所でもない。
丁度、カウボーイが馬に乗って岩の先端に行った。チャンスとばかり数枚の写真を撮った(注:当旅行記トップページに掲載)。確かに風景にマッチして観光客向けアトラクションとして良いのですが・・・。日に何回か岩の先端まで行き、しばし佇む。 で、日当は幾らでしょうね?
その反対側には「三姉妹(Three Sisters)」という3本のローソク岩が立ち並んでいる。元々は1つの岩だったが風の侵食でこの姿になった。将来は単なる瓦礫の山になるのです。
13:50 土産店が幾つかあったが買物はなかった。出発。


モニュメントバレーのヘソ The Hub
バスは更にモニュメントバレーの奥に進みました。ジョン・フォード・ポイントの南側は広い盆地ですが、その中心にモニュメントが1つだけある。それがモニュメントバレーのヘソ The Hub と呼ばれている。
クライビュートの近くになると前方右手の遠方に細長いローソク岩が群がって立っている。そこも風に侵食されてどんどん細くなっているそうです。
クライビュート近くの広場で下車となった。ここでは近くの巨大なモニュメントに挟まれて遠方の幾つものモニュメントが見れる。立体感を感じさせる風景でした。土産屋が幾つか並ぶ場所でもあります。

ここでモニュメントバレーの観光も終わりです。珍しい雄大な風景を楽しんだと云うべきか、映画の懐かしい風景に再会できたというべきか、・・・、迷うところです。
アメリカの自然は変化があり、とにかく大きいですね。

ナバホ族公園:モニュメントバレーの風景写真(1024x768) ⇒  ナバホ族公園:モニュメントバレー

14:30 この頃にグールディング・ロッジに戻った。

モニュメントバレーからホテルに
休息して洗面などを済ませたはずですが、記録忘れで詳細は不明です。
14:45 この頃に専用バスに乗車、間もなくグランドキャニオンのホテルに向かい出発したはず。車中では景色を眺めたり、ウトウトしたり、ボンヤリと過ごしたはず・・・。経過時間から推察すると、バスはかなりのスピード走行だったのでしょう。
16:35 キャメロンに到着。ここは US89 と AZ64 の交わるところ、ナバホ族の居留地内で人口は978人(2000年)の小さなエリアです。先住民系の土産店があり、30分の休息です。
駐車場の反対側はリトル・コロラド川が流れ、ちょっとした渓谷になっている。そこに国道89号線の橋が架かっているが、隣に古い鉄製の吊橋があった。 Cameron Suspension Bridge / The Little Colorado River Bridge
キャメロン吊橋、1911年完成の鉄の吊橋

正式名は不明ながら、一般的にはキャメロン吊橋(Cameron Suspension Bridge)と云うようです。アメリカのサイトで調べたら、1907年に議会で建設が承認され、その予算は15,000ドルだったらしい。このトラス構造の吊橋は1911年に竣工した。現在はガスバイプを通しているため通行は出来ません。この吊橋は ”The National Register of Historic Places” にリストされているそうです。全て鉄製の現存する吊橋では古いものなのでしょう。
ニューヨーク名物の吊橋ブルックリン・ブリッジは支柱が石造りながら1883年完成、支柱の間隔が487mもある大きなものです。ニューヨークの鉄製の吊橋として他に、1903年に Williamsburg Bridge、1909年には Manhattan Bridge が完成している。ミシシッピー川の本支流にも古い鉄製吊橋はあると思います。
ところがアメリカ南西部は東部と違い新しい開拓地です。ユタ州にキャメロン吊橋とよく似た木製の橋があるらしく、総鉄製のこの吊橋は記念すべき構造物の1つなのでしょう。
( Q:何でこんな橋なんか? A:トンネルは写真にならないが、どんな橋でも写真になる!)

次に土産店 Indian Arts & Crafs に入った。古い店で 1916年開業となっている。一通り見て回ったが特に買うものとてない。先住民を図案化したキーホールダー(@$5.06)を買ってみました。

17:05 バスに乗車、全員が揃ったところで出発です。
もう AZ64 を北上しグランドキャニオンを通り抜けてホテルに戻るだけ。途中のリトル・コロラド川峡谷は午前より良く見えました。AZ64 は南北に走り、リトル・コロラド川峡谷はその東側にある。日光の加減でよく見えたのです。
17:47 グランドキャニオンの東口に到着。通過後、数分でグランドキャニオンのイーストリムがチラッと見えました。幾重もの多くの岩壁が谷底に落ちる様子が墨絵のように見える風景でした。
East Rim, Grand Canyon
グランドキャニオン、イーストリム (車窓撮影、逆光)、ビュート(butte)が連なる。

18:25 グランドキャニオン IMAX シネマの前で停車。
この映画館(1984年オープン)は500席あり、高さ25mで幅30mの巨大スクリーンを備え、迫力ある教育的な解説映画「グランドキャニオンの不思議」を楽しめます。34分間の短い映画ながら7テーマがあり、約4000年前に住んでいたアナサジ人(Anasazi)から1869年に大峡谷を探検したパウエル少佐(Major John Wesley Powell)までの歴史を辿るとされます。1時間に1回の上映、1人約13ドルのようです。
ついでながら、IMAX と National Geographic が共同で運営する教育的な映画は全米6ヶ所の有名観光地で上映されている(2008年現在)。海外の有名観光地を含めると10本の映画があるようです。
希望者のみの鑑賞ですが、約 2/3 程度の人達が下車しました。我々はホテルに帰るのでバスに乗ったままでした。後日、鑑賞した人に尋ねたら「迫力満点で楽しめた」そうです。

ホテル(2泊目)
18:20 ホテルに到着。
直ぐ自室に向かった。やはり疲れているので洗面を済ませて一休みです。
18:45 夕食のため部屋を出る。
18:50 レストランに入った。

supper 1
サラダ
supper 2
ローストビーフ、ライス、ポテト
supper 3
アイスクリーム

19:15 レストランを出る

今日も予定を無事こなし、部屋でユックリです。
明日は大峡谷の日出を見て、ルート66の町セリグマンに寄ってからラスベガスまで戻る。
朝の予定は以下の通り。
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03:50 ウェイクアップ・コール。
04:30 サンライズ鑑賞に出発。
06:30〜09:30 朝食(各自、1階のレストラン)。
08:00 出発。
*サンライズ鑑賞後、ホテルに戻る。
*サンライズ鑑賞には必ず上着も持つこと。寒い。
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