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33回忌の旅 京都市と山口県
(2011年6月6-9日) | ||
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| はじめに | ▲ |
| この旅行記をお読みになるなら |
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○ 写真の説明は、お手数ですが、写真の上にポインターを置いて表示してください。 Internet Explorer 以外のブラウザなら表示されないこともあります。 ○ 時刻はデジカメとメモの記録です。数分の誤差を含む場合があります。 ○ サブタイトルの右のリンク [ SITE:○○ ] で該当のウェブサイトに接続されます。 ○ サブタイトルの右のリンク [ PHOTO ] で該当の写真ページが表示されます。 ○ サブタイトルの右のリンク [ 構内MAP ] で現地の構内案内図が表示されます。 ○ テキスト(文章)主体の旅行記で長くみえますが、当頁は小型写真を除いた使用 バイト数は高々7万バイト余、一寸した画像1枚程度です。 |
| 旅行の準備期間 | ▲ |
予約や購入はしなかったが、関空から京都への移動方法、利用する新幹線の決定、山口県内はレンタカー、等々インターネット画面を見ながら予定を具体的につめました。レンタカー利用なら今回は「駅レンタカー」が便利、新幹線の新山口で借りて新下関で返却(乗捨て)ができる。丸1日は自由に使えます。しかも、JR系「駅レンタカー」なら新幹線の運賃が2割、特急料金が1割の割引が適用となり、2人旅行ならトータルで割安のはずです。
ホテルは京都、下関、大阪ですが、新幹線とレンタカー予約の後に質と値段と利便性を勘案して決めるつもりです。
5月9日: 今日は新幹線の切符購入と駅レンタカーの手配をした。散歩ついでにJTBに行く。先客が多くあり番号札をとった。少し待たされたが窓口から呼ばれた。京都から新山口、翌日の新下関から大阪、この新幹線の乗車券と特急券を購入をする。それから新山口駅の駅レンタカー(JR系)で1台借り、1日契約で翌日に新下関で乗捨てる手続きとなった。まず、車種Aなら1日のレンタル料が9000円、これは知っていた。しかし、乗捨て料が2万数千円とプリントされたのに驚いた。多少のやり取りのあと間違いと分かり、結局は乗捨て料4200円だった。満タンで借り受け、満タンにして返却なのでガソリン代は返却時に発生するが、車のレンタル料は\9,000+\4,200=\13,200だった。列車・バス・タクシー利用の県内移動より恐らく安く、時間的なロスは絶対的に少なく、途中の観光もできるかも知れない。
JR利用で駅レンタカーを利用すると特典があり、乗車券は20%、新幹線の特急料金は10%の割引となる。だだし、割引対象の新幹線の列車には指定があり、「のぞみ」は割引の適用外だった。そういえば、駅ネット・サイトでみた記憶がよみがえった。やむを得ず、往路の京都・新山口は乗車券が10%の割引適用だけとなった。JTBでは出発時刻が近い特急料金の割引適用の数列車を探してくれたが「こだま」系で乗換えが幾か所かあったり、停車駅が多くて時間がかかったりで、割引は諦めざるを得なかった。新幹線の乗車券と座席指定券の往復2名分、それに大阪駅から関空駅の普通乗車券2枚を加えて49,720円となった。
家で落ち着いて新幹線のオンライン時刻表をみると大阪乗継で適当な「さくら」があった。当初から注意深くプランを検討すべきだったが、今回は仕方ない。
実は、珍しいことに、窓口の端末が作業中にフリーズ(固まった)状態になった。同僚が手助けに来たり、幾つかのコンビューター部門らしき所に電話をかけて操作法を問い合わせたり、何とも凄く退屈な時間となった。だが、枕も出なかったし、肩揉みもない・・・(笑)。何はともあれ、結果として移動の基本は用意ができた。クレジットカードの一括払いで済ませ、切符とレンタカーの予約票やマップを受取って帰宅した。
同日の午後はPCに向かい、インターネットでホテル探しです。あちこちに接続してレベルと価格を比較し検討したが、結局は、京都(グランヴィア、\19,000、室)と下関(ドーミーインPREMIUM下関、\11,800、室)と大阪(グランヴィア、\17,700、室)を予約した。全てヴァイキング朝食付きです。予約に利用したホテル予約サイトはグランヴィア2ホテルが一休.comでドーミーインが楽天トラベルだった。今回の支払いは全て現地払いにする。京都と大阪はJR西日本系のホテル、駅構内にあり交通の利便性は抜群です。グランヴィア大阪はレイト・チェックアウト付きで午後2時まで部屋を使える。この点が決め手でした。料金に関しては、ホテルのサイトとホテル予約サイトの両方をチェックしたほうが良いかも知れません。
5月14日: お寺に墓参りの件を葉書で連絡、1週間もかからずに返信を頂きました。住職もご高齢になられましたが、墓前で御勤め下さるようで安堵しました。少なくとも元気に過ごしておいでのようでした。
今回の旅行の基本的な準備は交通機関とホテルの予約を含め、全て終わりました。後は食事の場所を決めたり、天候と気分次第の軽い観光先を決めたり、キャリーケースに詰めるものを揃えたり、旅の楽しみは始まっています。
今年は早や強い台風2号が発生し(5月28日には沖縄本島地方が暴風域)、九州・四国・東海・関東の海岸沿いに移動する見込みです。旅行には直接の影響はありません。
梅雨入りも早かったので天候が気になるが、大きい折畳み傘を持って行きます。
6月3日:
○ 残りわずか、衣類4日分を揃えてメッシュ袋に分類して入れました。
○ 実は7日の33回忌永代法要の服装が良く分かりません。大きな年忌とは云え、招待客はなく、遠方の墓参り2カ所です。無地でダークの夏用ブレザーにグレーのスラックス、それに白ワイシャツと黒ネクタイ、これで済ませることにした。靴は難しいが、旅行中は今風と違う無難なデザインのウォーキング(黒のイタリア製)1足で済ませます。
○ 御布施もインターネットで調べて見当をつけ、失礼にならない程度を用意しました。お寺に聞く人達もいるようですが・・・。
○ お墓参りで必要な線香・蝋燭・マッチは用意、生花は途中で購入の予定です。
○ 寺に行く7日以外はジーンズに半袖カラーシャツ、必要ならジャンバーです。
○ ワイフは空港のレンタカー会社に電話、旅行中の駐車を予約しました。往路便と出発時刻、帰路便と帰着時刻を知らせる必要があります。○時○分出発を間違えて□時□分出発とワイフに伝えてしまい、レンタカー会社から出発時刻の訂正を云われてしまいました。うっかりすると遅れる可能性もありました。
○ 旅行中の新聞配達は中止の連絡をしました。
○ 我が家の一員になったばかりの子猫の預け先はあり、慣らすため2度も数時間ていど過ごさせています。
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1日目(6/6) ANA、関空、リムジンバス、西本願寺、京都泊 |
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| 自宅出発まで: | ▲ |
| 移動(自宅→地元空港⇒ANA⇒関空→京都): | [ PHOTO ] | ▲ |
今回の搭乗手続きはANA-Mileage Club Card(以後、ANAカード)で行うことになる。預入手荷物のX線検査はANAカードを見せて受けた。搭乗手続きでもキャリーケースを2個計量機に置き、2枚のANAカードを係に渡す。預かり番号の紙を2枚受取って搭乗手続きは完了でした。
時間があったので久々に空港の喫茶店でコーヒー(@\450)を飲んだ。出発30分前まで休みました。
搭乗エリア入口のセキュリティー検査ではJAL用とANA用のカード読取機2台が置いてある。ANAカードをかざすとレシート状の「搭乗口案内」が出てくる。搭乗に必要な情報の全てはプリントされている。
しばし、搭乗口の椅子でまった。関空に飛ぶ旅客機はどちらかと云えば小型です。「身の丈に合った生活」という言葉があるが、需要に適したサイズなのでしょう。
搭乗開始となり、ANAカードを読取機にかざしてピンクの搭乗券を受取った。
搭乗の機材は B737-500(客席130人前後らしい)、座席配列は 3-3、我々は 6B と 6C でした。オンライン予約時には 6A は塞がっていた。しかし今日は空席でした。ところが、この旅客機の6番座席は左も右にも窓がない。それで 6A に移動しても下界の風景は前席の窓から僅かに見えるだけ、写真など巧く撮れるはずもない・・・。持ってきた新書本を読んで過ごしました。
飲物は無料のアップル・ジュース、今回はスタバのコーヒーはオーダーしなかった。
かなり時間がたってから機内アナウンスで「左下に天橋立がご覧になれます。」 前席の窓の後ろに顔を近づけたら、湾を塞ぐ細い陸地が見える。急いでショルダーバックからデジカメを出して、ズームを効かせて2枚撮りました。何とか全景が分かる程度に撮れました。
帰宅後に撮影した写真を良く見たら、大きな湾を塞ぐ幅のある砂州に松と家屋があり、天橋立とは違う場所らしい。残念・・・。
後日、その写真の場所をオンライン調査で探したところ、どうやら京丹後市久美浜町の「小天橋」という砂嘴(さし)で海水浴場として知られるようです。「小さな天の橋立」の意味で「小天橋」と名付けられた、ともいいます。天橋立は丹後半島の東の付根、小天橋は西の付根にあり、飛行コースからして、天橋立を過ぎてから撮影となり小天橋が写ったのです。
予定時刻に関空に到着、ところが一番端のスポットG16でした。中央部の預入手荷物受取場まで随分と長く移動でした。
キャリーケースを受取り、荷札などを取り捨てて到着ホールに出る。関空からリムジンバスで京都に向かう。その前に、空港でランチを済ませる必要があった。丁度、到着ホール右手が食堂街、その入口にスターバックスがあった。空席を確保して、私はミックス・サンド1個とフリッター1個、ワイフはサラダラップ1個、それにシェアーのコーヒー(小)1カップでした(\1400)。いつもながら、食事はワイフ持ちでした。
到着ホールをかなり直進するとバス乗場の標識があり、エスカレーターで地上階に降りる。すぐ先の右手にチケット売り場があった。クレジット・カードを使うので自販機の隣の窓口に行く。「京都・八条口(@\2500)、2枚、一括払い。」 これで用は伝わり、暗証番号を打ち込んで京都までのチケットとカード売上票を受取った。
運の良いことに、京都行きリムジンバスが停車中だった。キャリーケース2個を預けて乗車、比較的前の席にした。高速道路を走るのでシートベルト着用が義務付けられているが、どうしてもベルトの固定ができず諦めた・・・。これはワイフも同じだった。
14:00 出発。今日は天気もよく、関空連絡橋からの眺めも楽しめました。後は人口密集地の高速道路、格別な印象は残りません・・・。
京都八条口行きリムジンバスは1回だけ途中停車する。高速道路(第二京阪道路)の京田辺PAのバスストップです。数人が降車したが、様子がよく分からないと利用は難しい気がしました。京田辺にはとんちの一休和尚が晩年を過したという酬恩庵(一休寺)がある。
15:20 この頃に京都駅八条口に到着でした。バス停は駅舎の反対側なので横断歩道を渡り、新幹線駅舎に沿って南北自由通路に行き、その道で北口に向かった。ホテルグランヴィア京都はデパートと並ぶ北口の高層建築に入居です。
| ホテル・グランヴィア京都: | [ SITE:ホテル・グランヴィア京都 ] | [ PHOTO ] | ▲ |
チェックアウトは12時まで、「明朝は用件を足してから新幹線に乗るので、チェックアウトは遅い予定」と話すと、「フロントで荷物を預けると部屋に戻る手間が省けます。」 とアドバイスが返ってきた。確かに面倒は少なくなる。
15:42 ベルパーソンが退出してから、明日の準備としてブレザーやスラックスや白のワイシャツを出し、ハンガーに吊るした。これでアイロンは不要と思う。
部屋はツインとして十分な広さと設備です。窓からの風景も、近くは日本的な都会ですが、遠方は東山になるのか寺院の大きな屋根が幾つも見える。古都らしき風景とも云えましょう。一言に云えば、満足できる部屋でした。
| 西本願寺の参拝、徒歩で往復: | [ SITE:西本願寺 ] | [ PHOTO ] | ▲ |
16:38 西本願寺(1994年12月、ユネスコ世界文化遺産に登録)の御影堂門についた。堀川通りの西側が本願寺、車道を挟んだ東側に立派な総門があり、そこから「正面通り」が東に真直ぐ伸びている。この一帯は旅館や仏具店がひしめく門前町です。ただ、本願寺には多くの国宝や文化財はあるが観光用の寺院ではなく、門徒の方々が参拝に来られる寺院として知られています。それで門前町も落ち着いた雰囲気と見受けました。
16:39 御影堂門から境内に入りました。真ん中に東日本大震災「災害義援金」の募金箱がドンと置いてある。その奥に境内の案内図があり僧侶1人が案内係として立っていた。
「御影堂と阿弥陀堂のどちらから参拝するのが順序でしょう?」
「本願寺では何れも同じく大切な御堂です。それで御参拝の順序はございません。御自由にどうぞ。」
御影堂には何か分からなかったが白い大天幕がかかり入りづらかった。それで大銀杏の横から阿弥陀堂の方向に歩いた。龍の手水があったが水は流れていない。阿弥陀堂に入る前に銀杏の木や白壁の珍しい建物(経蔵)や阿弥陀堂門などの写真を撮った。プロのカメラマンらしき2名があれこれの撮影もしている。
本堂の阿弥陀堂(重要文化財)に入ることにした。この建物は1760年に再建されたもの、東西に42mで南北に45mもあり、高さは25m、巨大な屋根は1層です。
本陣の中央に阿弥陀如来の木像、左右に念仏の祖師七師と聖徳太子の影像が安置されているそうです。
阿弥陀堂の前の階段下で靴を脱ぎ、白いビニール袋に入れて本堂に入りました。しかし、内陣の全ての扉は閉められ、残念ながら、御本尊の拝観は出来ません。止むなく、外陣の中央前部、御本尊の近くで参拝しました。普段は宗教色が極度に薄い生活ですが、このような場所では自然に改まります。
隣の御影堂には渡り廊下で行ける。御影堂(重要文化財)は1636年建立、東西48m、南北62m、高さ29mの大建造物です。こちらの屋根も1層です。中央に宗祖「親鸞聖人」像が、そして歴代の御門主が祭られています。
外で見えた御影堂の大きな白天幕は工事用ではなく、御影堂の外陣を団体の参拝者用として臨時に拡張するものでした。今年は親鸞聖人の750回忌に当たり、親鸞聖人750回大遠忌法要が全国から門徒を集めて行われます。開催は分散され、4/9-16、5/9-16、6/9-16、9/9-16、10/9-16、11/9-16、参拝には事前の申込みが必要です。親鸞聖人750回大遠忌法要の参拝者のため外陣のスペースを広げ、折畳式の椅子が数え切れないほど多く並べてあった。高齢者の団参が多いので畳なら何かと大変です。日本の仏教宗派としては大教団なので場所の準備もそれなりに大掛かりでした。
椅子の間を歩き、御影堂の中央の通路に行き、内陣に近付きました。内陣の中央の扉は開いていたが、その中の親鸞聖人像の扉は閉まっており、御姿の拝見はできません。残念・・・。我々の後に来た欧米系の御夫婦も中の扉が閉まっているので失望したような顔で戻っていきました。大行事の年なのは分かりますが、まだ午後6時前なのに、阿弥陀堂と御影堂の双方で御本尊を拝見できず、少々心残りです。でも、親鸞聖人像に近い外陣前部で参拝は出来るので、扉は閉まっていても拝み、目的を達したことにしました。
御影堂の仮廊下を下がって外に向かう。高校生らしきグールプとすれ違ったが「コンニチハー」と云われる。参拝者に挨拶するように教育された本願寺系の生徒たちなのでしょう。
境内を少し歩いた。僅かでも御賽銭を入れて帰る気持になった。何時もの旅行なら、最初に10〜100円を投げ入れるだけです。しかし、京都の寺社は300〜500円の拝観料が普通と思いますが、西本願寺にはありません。それで、震災義援金の箱はさけ、御寺の賽銭箱を選んで1000円を入れておきました。気持だけです。(義援金は振込み済み、念のため。)
阿弥陀堂門から堀川通りにでて、再び御影堂門の信号まで戻った。
17:05 信号を渡り、大きな総門を潜って「正面通り」の仏具店街に入った。地方の団体が参拝に来られ、その後に記念に求めるような仏具が多くならんでいる。同じ京都でも、清水寺の門前町は華やかで商品も千差万別、観光客がお目当てだからでしょう。 話は飛びますが、ヨーロッパの大聖堂や有名な教会の近くにはやはりキリスト教の宗教用具を売る店やレストランや小さなホテルが固まった門前町ができていることもある。例えば、イタリアのアッシジ、フランスのモンサンミッシェル、イギリスのカンタベリー(ここは商店街)など。しかし、欧州の大教会の前や周囲は広場で市がたつものも多い。日本流の門前町は形成し難いのです。でも、ドイツのハイデルベルクでは広場の中心にある聖霊教会の建物自体の周囲に宗教用具と土産の店がぐるりとある。内容と形は大きく異なるとしても、人間の宗教行動には共通点もまた多いもの、と思います。
1丁先の右に、珍しくもドームを持つ見事な赤レンガの西洋建築があり、「浄土真宗本願寺派伝道院」となっている。写真撮影には電線が実に目ざわり・・・。そこを通り過ぎたら、袈差を着た若い僧2人が歩道と建物の間の小さな雑草を取り除いていた。それで立派な建物がより良く見える。「御勤めの一部」なのでしょう。
商店は少なくなり、南北に走る新街通りまでブラブラと散歩した。両側の家々にほぼ間隔はなく、一軒の家幅も狭く、多くは2階建で窮屈そうに生活に必要な諸々を設置しています。カーポートがあると、「オッ、ゆとりがある!」と思ったりする。丁字路まで行き新街通りを南下したが、商店やスーパーや医院があり賑やかになった。が、やはり大都会の裏街の雰囲気は色濃かった。ワイフは珍しくも、「こんな街ではなく、緑に囲まれた今の家で幸せ・・・」と何度も云っていた。「住めば都」と云いますが、古き歴史の都では生活上は大変な面がありありですね・・・。といって、引越もまた楽ではない。
| 駅のデパート「伊勢丹」: | ▲ |
17:41 10階でエスカレーターは終わったが、11階への広い階段があった。ワイフを待たせて上がって見た。キューブという中央部分の巨大空間まで見下ろせる。その向こう側が宿泊のホテル・グランヴィア京都になる。反対側は一面のガラスの壁、そのガラス扉は閉まっていた。中からも東寺の五重塔の上部が見える。また、別方向の通路で竹が植えられた屋上に行けるようになっている。親子連れなどがポツポツ階段から屋上に向かっていた。不思議に屋上から階段に来る人の姿はない・・・。
| ホテル・グランヴィア京都: | ▲ |
18:25 下鴨茶寮の六角弁当で夕食となった。京風というか薄味なので我々には食べ易い弁当です。弁当の後は、持ってきたリンゴと和菓子、十分な夕食でした。
ここのシャワーは珍しい位置に付いている。カランの左側でバスタブの上淵です。固定具が壁面の上下2カ所なのは通常で、シャワーを何れかに引き上げる方式でした。御湯の出方は快適なものでした。近年は多いが、シャンプー・リンス・ボディーソープの3点セットがカランの横に置いてある。一日の汗を洗い落とし、気分爽快でした。
ワイフに云わせると、ドライアーの使い心地も良かったとか・・・。
使い易いバスルームでした。もちろん、ベッドなど丁度類も良かったのです。
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2日目(6/7) 京都、新幹線、宇部、下関泊 |
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| ホテル出発まで: | ▲ |
08:05 レストランを出て、部屋に戻った。
黒ネクタイにダークのブレザーを着用、ポケットの数珠や御布施を確認した。
西大谷の33回忌法要の案内状も御布施と同じポケットに入れておく。
08:40 忘れ物の確認をして、予定より早めにキャリーケースをもって部屋を出る。
| 大谷本廟(西大谷): | [ SITE:大谷本廟 ] | [ PHOTO ] | [ 構内MAP ] | ▲ |
| 新幹線「のぞみ21号」: | ▲ |
| 駅レンタカー(新山口から新下関まで): | ▲ |
当初は車に慣れるまでゆっくりです。アクセスの反応もよく、ブレーキも楽にかかる。だだ、自分の車はBMWなのでウィンカーとワイパーのレバーが左右逆です。当初は何度か間違えました・・・。運転そのものは日本のことで問題はありません。
新山口駅横の道を曲がりながら、地図にあるショッピング・センターに辿り着きました。右折し、左折して駐車場入りです。
| お寺: | ▲ |
| 東行庵と高杉晋作の墓: | [ SITE:東行庵 ] | [ PHOTO ] | [ 構内MAP ] | ▲ |
僅かに歩いて入口まで戻り、今度は緩いコンクリートの坂道を歩いて史跡高杉晋作の墓に向かった。道幅は広く、時々右側の谷間の展望が開け、時には樹齢300年と書かれた東行楓(かえで)があったり、静かながら良い雰囲気でした。
高杉東行先生のお墓は敷地が広くてシンプルな作りです。大きさも普通の墓石と同じか一回り大きい程度に思えました。両脇の前には一対の灯籠がある。そこから距離を置き木製の賽銭箱、その手前に通行止めの太い竹棒がある。墓地の周囲は石柱の柵に囲まれている。質素ながら均整がとれて良いお墓に思えました。高杉晋作公は楓を好んだのでしょうか、ここは清水山というはずですが、紅葉が沢山あるようです。
他に梅處尼のお墓や司馬遼太郎の文学碑などいろいろなものがあります。
明治44年に建立された高杉晋作顕彰碑(高3.2m、幅1.5m)があった。人物を簡潔に評した「動けば雷電の如く発すれば風雨の如し」という名文で始まる。理や弁というより行動の人物だったのでしょう。文選は伊藤博文公によるとされる。
この碑の前をとおって山道を少し進む。突き当りには丸っこいお地蔵さん(?)がある。そこから石段を上ると高杉晋作像の前にでた。この銅像基部には「高杉東行先生像」と彫られてある。大刀を左手にした立像ですが、その太刀の鞘は中程で終って刀の先は剥き出しになっている。りりしい姿ではありますが、意味は分からない。ここにも小型の葉を沢山つけた楓がありました。
| 内憂外患迫吾州 | 内憂外患吾が州に迫る |
| 正是邦家存亡秋 | 正に是れ邦家存亡の秋 |
| 将立回天回運策 | 将に回天回運の策を立てんとす |
| 捨親捨子亦何悲 | 親を捨て子を捨つる亦何ぞ悲しまん |
| 春帆楼本店(しゅんぱんろう): | [ SITE:春帆楼本店 ] | [ PHOTO ] | ▲ |
18:37 赤間神宮の直後に右折して下の駐車場に停めました。雨でしたが、傘をさして駐車場から片側が駐車場の坂道に入る。上には「日清講和記念館」があった。その左側の坂道をさらに上がると春帆楼本店の正面入口になる。私は玄関で待ち、ワイフが中に入ってスタッフと夕食の交渉です。懐石料理のセット(@\5000、サービス料・税込5,775円/1人)ならできるという。ただ、料理と部屋の準備で20分ほど待ってほしい、とのことでした。中に入り、ロビーの椅子で休みました。すぐ番茶とメニューを持ってきました。
どうやら先方のいう懐石料理に”ふく雑炊”は付かないようだ。
低価格(\5000)の懐石料理2種を除く高価な懐石料理には”ふく雑炊”がつく。もちろん他の料理も値段で少しづつ変わるでしょう。担当者は「材料があれば希望に応ずる」というので、”ふく飯”を”ふく雑炊”に代えるように頼みました。調理部に確認を取ってからOKとなった。値段的に1人500円アップです。もちろん、当方は了承です。(実は、ふく雑炊付き懐石料理(@\8,000)の予定だった。が、今回のもので十分と思えました。)
19:15 エレベーターにのり、3階の一番奥の部屋に案内された。トイレや洗面所のある宿泊用の和室でした。雨でなければ窓から壇ノ浦の風景が楽しめたことでしょう。広い部屋の中心に座卓と座布団、座卓には突き出しなど最初の皿や雑炊セットが既に出ています。
日本人ながら洋風の椅子生活になれ、畳に胡坐をかいて食事するのは苦手となりました。でも、何とか・・・。
料理は次々に運ばれてきます。フク料理の評価ができるはずもないが、感想としてフクサシ(ふく薄造り)はやはりアッサリしたコリコリ感がタレに合い楽しめました。小型の皿に菊花のように並べて出ますが、切身1枚では物足りなく、3枚程度を1回で味わいました。他のフク料理も珍しく、楽しみながら賞味しました。ただ、個人的には減塩を守る生活なので、フク唐揚げのふっくらした食感はよかったが、塩辛く感じてしまった。普通の人には良い塩加減なのでしょうが・・・、仕方ありません。牛ヒレステーキは美味かった。最後のふく雑炊は瓦斯コンロで煮て作るので、でき上がりまで時間がかかる。暑いのが苦手で大汗をかいたが、味は口にとても合った。珍しくも雑炊はがまんできず、茶碗に3杯も食べました。
最後は新鮮なカットフルーツ3種のデザートでした。
下関のふく懐石料理は十分に堪能し満足しました。また食べたい。料金的にも高いとも思えなかった・・・。従業員の方々の応対も適切というか、十分に満足できるものでした。
皇室御用達(?)の割烹旅館のことはある・・・。
ふく会席 (4月から9月まで限定) 5,000円税別 (5,775円サービス料・税込)
先付 馬関和え
前菜 季節の五種盛り
御椀 ふく真丈 清まし仕立て
向付 ふく薄造り(六寸皿)
焼物 牛ヒレステーキ
揚物 ふく唐揚げ
鍋物 ふくちり鍋
蒸物 雲丹茶碗蒸し
御飯 ふく飯 ふく雑炊
香物 三種盛り
水物 季節の盛合わせ
20:32 会計は部屋ではなくフロントです。クレジット・カードの一括で済ませる。料理代+サービス料(10%)+消費税(5%)で \12,705 でした。領収証やカード売上票は春帆楼の白封筒に入れてくれました。予約なしで飛び込んだので、「突然にお願いして。ふく料理は楽しめました」 と礼を一言残して玄関に向かう。担当の中居さんが玄関まで見送ってくれました。
| ホテル・ドーミーイン下関: | [ SITE:ホテル・ドーミーイン ] | [ PHOTO ] | ▲ |
21:19 インターネットで知らせたチェックイン・タイムからかなり遅れていた。でも、フロントの男性は「1ランク上のお部屋を用意しました」を何度か繰り返した。アメリカ製シモンズのベッドを採用していることが売り物らしいが、周囲に幾つかビジネス・ホテルがあり、競争は厳しいようです。見せた大浴場の入場券やレストランの割引券などは朝食券を除きカードキーの紙封筒に入っていなかった。が、我々には不用です。とにかく、チェックイン時にクレジット・カードで支払いは済ませました。
エレベーターを利用して9階の部屋に行く。寝室とバスルーム・クローゼットなどは扉で仕切られた作りだった。全体的に狭く感ずるが22平米の部屋ならこの程度でしょう。調度品などは全て部屋サイズに合わせたものでしょう。ただしベッドはセミダブル2つが並び、周囲3方に空間的な余裕がない。それでも、少し狭いだけ、ベッドの寝心地は良かった(実は家でもシモンズのベッドで・・・)。シャワーの出は良いし、清潔感はあるし、総じて快適だったと云えます。何せ、料金が2名朝食付きで \11.800、印象は好意的になり易い・・・。
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3日目(6/8) 下関観光、新幹線、大阪泊 |
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| ホテル出発まで: | ▲ |
| 赤間神宮: | [ SITE:赤間神宮? ] | [ PHOTO ] | [ 構内MAP ] | ▲ |
下関は明治維新まで馬関、その前は赤間関といった。
赤間神宮は下関市阿弥陀寺町の関門海峡を見降ろす斜面にあり、1185年(文治1)源平壇ノ浦合戦において8才で入水した安徳天皇を祭っています。時の朝廷が長門国の赤間関に御影堂を建立して”阿弥陀寺”として奉祀させたのが始まりとされ(町名として今に残る)、明治維新のとき安徳天皇社と改称され、1875年に勅旨により赤間宮(官幣中社)、1940年官幣大社となり、赤間神宮と改められた。1945年に戦禍で破壊されたが、1965年に復興した。宝物に「平家物語(長門本)」などがあります。
『 平家の怨霊に憑かれた盲人の琵琶師の芳一が夜になり阿弥陀寺から抜けだして安徳天皇の墓前でビワを奏しながら平家物語「壇ノ浦の戦」を語る・・・。気付いた住職は下男に命じて後をつけさせ、阿弥陀寺に連れ帰らせる。事情を知った住職は芳一の体中に経文を書き、迎えの怨霊が来ても無言を続けるように命じた。夜になり、怨霊が迎えに来ると芳一の姿は見えず、琵琶と耳2つだけがあった。それで怨霊は耳を持ちかえった。その時に芳一は耳を失った。耳だけ経文を書くのを忘れたためだった。』
小泉八雲(Lafcadio Hearn)の有名な短編小説「耳無芳一の話」です。数十分で通読できるし、青空文庫 から無料ダウンロードできます。
| 唐戸市場エリア(カモンワーフ): | [ PHOTO(+下関の写真) ] | ▲ |
| 駅レンタカー返却と新下関駅: | ▲ |
12:35 次に、駅の切符売り場に行く。予定は16時31分発「さくら570号」でしたが、14時04分発「ひかり564号」に変更して貰いました。1回のみ新幹線の列車変更が可能でした。ここで時間潰しするより、大阪梅田に早く行きたくなったのです。
12:48 駅のカフェレストラン風の店に入り、サンドイッチ2種とマフィン1個とコーヒー2つ(計\1,214)の昼食にする。空いていたので奥のテーブルにしたが、客がポツポツと入り、そのうち満席みたいになった。
| 新幹線「ひかり564号」: | ▲ |
| ホテル・グランヴィア大阪: | [ SITE:ホテル・グランヴィア大阪 ] | [ PHOTO ] | ▲ |
17:00 部屋に入る。この部屋の鍵は変わっていて、カードキーではなくフロアーと室番が書かれた鍵です。古風な作りですが、オートロック式で実際には古いものではありません。
梅田のビル街に面したとても良いツインでした。明るい色の絨毯で丁寧に掃除された感じです。セミダブル・サイズのベッドもよさそうでした。インターネットの接続設備は当然としても、ベッドのライトやデスクのライトは流行り(?)のLED、枕元のスイッチ類も操作がし易い印象でした。
バスルームは少々高級感があります。トイレはホテルとしては珍しい家庭用の貯水タンク付きでした。アト・ホームに感じさせる為か?と思ったものです。バスタブにカーテンはなく、バスタブから少々離れて3枚のガラス引戸がある。スペース的なゆとりがあった。
大凡の点検が済み、キャリーケースを落ち着かせてから、窓の外のビル街を眺めました。梅田の幾つかのホテルやデパートが目前に見えます。遠くには大阪城の天守閣まで見えました。一言で素晴らしい大阪の眺望と云えましょう。幸い天気もよく、写真撮影も楽しめました。
| 南口のデパートと夕食: | ▲ |
夕食/大丸のレストラン街(11階):
そろそろ夕食時となったが、特に食事先は決めていない。デパート11階のレストラン街を見歩く。名前を知った店も幾つか出店しているし、別の街で食事した店もあった。
18:35 結局は東京・築地の寿司清に入り、テーブルに案内してもらった。大阪梅田で何故築地の寿司屋?これは分かりませんです・・・。
飲物はお茶、
注文は特上セット(@\2,940)2つとサラダ1(シェアー/@\840)でした。
サラダは寿司屋らしい海鮮サラダ、基本的なグリーン・サラダに新鮮な魚介類の刺身を混ぜ、ワカメをタップリとトッピングしたものでした。ポン酢系のドレッシングだったと思いますが、なかなか美味しく感じました。後日談ながら、我が家でも時々作るようになった。
特上セットは江戸前10個とカルフォルニア・ロール2個だった。それに味噌汁と茶碗蒸し。我々には十分量です。味はこんな場所の寿司屋なので、当然のものと云えるでしょう。
| ホテル・グランヴィア大阪(2): | ▲ |
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4日目(6/9) 大阪(新デパート)、JR快速関空行き、ANA、帰宅 |
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| ホテル出発まで: | ▲ |
| 大阪北口の新デパート「三越伊勢丹」: | [ 三越伊勢丹のサイト ] | ▲ |
最新のデパートのことで全てピカビカ、陳列なども良かったと思います。沢山買えると良いですが、紳士服売り場で夏用のメッシュ製ハンチングを1つだけ購入です。以前は三越の帳合カードを持っていたが合併以後に廃止となった。新 MI Card に継続せず、デパートの顧客カードは所持していない。ところが居住地の地元デパートが 三越伊勢丹 Group になったので、ワイフのデパート顧客カードが MI Card になった。これを使えば、確か8%の割引になる。古いカードと違い、現金での割引はない。クレジットの一括払いの時に割引が適用されるらしい。
その後、適当に興味のある部門をブラブラ歩きで目の保養です。結局は帽子1つの買物で終わりましたが、都会の雰囲気は十分に楽しめました。
| ホテル・グランヴィア大阪、簡単な昼食、レイトチェックアウト: | ▲ |
| JR快速・関西空港行き: | ▲ |
| 関空(ラウンジ)、ANAで地元空港、到着、夕食、帰宅: | ▲ |
ラウンジ:
モールのユニクロはすぐ分かり、横の鉄のドアーから廊下に入る。左に進み右にラウンジがあった。
入口カウンターで夫々のゴールドカードを渡し、搭乗券は無いのでANA-MC2枚も渡した。スキャンして終り、しばし静かな時間となります。
飲物はコーヒー、スナックは袋入りの柿の種と紙コップに揚げかき餅3種をいれてテーブルに持ち帰った。時代の反映でしょうか、スナック類は品数も量も数年の間に減ったように思えました。でも、今のものでも気分的にリラックスできます。
1時間以上もゆっくりして、ラウンジを後にしました。その間にいろいろな利用客が出入りしています。
帰路ANA搭乗口:
セキュリティ検査を受けて搭乗口に行く。歩かずに済むゲートだった。
搭乗口でワイフの友人とあう。同じANA便で北海道に飛び、所有のマンションで10日間程度過ごすらしい。この人には、4月の関西旅行では世話になった。そのお礼も兼ねて、今日の夕食は簡単なものながら3人でします。勘定は私持ちです。
ANAカードを機械に通してピンク色の搭乗券を受取り、ボーデング・ブリッジで搭乗した。機材は往路と同じ B737-500、座席配列は 3-3、指定席は 8B と 8C、前なので歩かずにすみます。
予定通りに出発。
予定通りに到着。
地元空港で預入れたキャリーケースを受取り、団体出口でレンタカー会社の人と会い、送迎ミニバスに乗る。
レンタカー会社で3人分の荷物をワイフの車に積み替え、海岸沿いの道路を走った。
回転寿司の夕食:
3人で地元名物の回転寿司に入る。3.11大地震の後は国内旅行も関東・東北・北海道が特に振るわないと報道されているが、多分その通りなのでしょう。何時も待たされるこの回転寿司でも直ぐ空席に案内されました。次から次に握り2個が乗った皿が回ってくる。しかし、私が幾つか回転台から取った程度で、原則的に前にいる職人さんにオーダーで握ってもらいました。最後にオーダーした生ウニの軍艦巻きは当たりが良かったらしく、美味でした。ここは評判だけあり、値段から云って遠慮なく楽しめる寿司屋です。連れは女2人、共に小食です。会計は \5,415、正直なところ安く上がりました。
| おわりに | ▲ |
平年は命日すら個人的に仏壇を飾って拝むのみ、仏事はあまり執り行わない無宗教に近い生活です。それでも、浄土真宗本願寺派は祖先代々の宗派であり、今回は気持ちに区切りを付けることができた良い墓参でした。その一言に尽きます。
いわゆる家業があり親族・縁者が集まり易い環境にある人々ならともかく、現代社会の核家族化や経済的な限界などの理由で独立的な経済生活を営む小家族の場合には、33回忌にあたり故人と縁あった人々と集うことは本当に困難です。
お墓参りだけで済ませても、十分に通用することかもしれません。
金沢出身の室生犀星は、ご自身の体験に基づくらしいが、詩の冒頭で
「故郷は遠くにありて思うもの/・・・/帰るところにあるまじや/・・・」
といっています。亡父は仕事一筋と云いますか、これを実践したような面がありました。
訪問回数の比較では、数えたことはないが、旅行を厭わない私の方が多いはずです。
今回は全日空とリムジンバスとホテル1カ所を除き、ホテル2カ所、新幹線、レンタカーがJR西日本系でした。偶然ですが、そのような個人旅行もいいもの。日本の交通や街の変化にはスピードがあり、旅行慣れはあっても、いろいろな局面でモタツクこともありました。が、多くの場合は誰かが親切に教えてくれます。十分に目的を果たし、また楽しめた小旅行でした。