焼き物雑感 その10〜小服茶碗〜
  今年の冬は,例年よりやや早く訪れたようで,郊外を流れる川の流れにもずいぶん早くから雪代が流れ込んでいました。海に近い町からはサクラマスがかなり釣れているという話が伝わってきました。渓流もかなり山奥まで入れるようで大岩魚が釣れたという話が新聞に載っていました。
  そんな話を聞くたびに心が躍るのですが,いかんせん仕事仕事の毎日。釣りに出かけられるはずもありません。それでも,春の陽射しに誘われ耐えきれなくなって,野点に出かけました。左の画像は,各務周海黄瀬戸小服茶碗です。蛍光灯の光ではなく,太陽の光に中で見る周海氏の黄瀬戸は,生き生きとした生命感にあふれていました。周海氏の茶碗でお茶を喫しながら,遠くにサクラマスの遡上する大河の音を聞いていると,この身が春風と一体化しているような錯覚にとらわれました。まだちょっと寒いけど,出かけてきてよかったと思いました。

  それから程なくして,渡辺秋彦氏の工房におじゃましました。ご存じのように,渡辺氏といえば原料にこだわりながら穴窯で青磁を焼いていらっしゃる,当代随一の青磁の名手です。渡辺氏は,個展の準備をしていらっしゃいましたが,わざわざ仕事の手を休めて展示室でお話を聞かせてくださいました。薬のこと,窯のこと,土のこと・・・。青磁に限らずいろんなお話をしてくださいました。焼き物についてこれだけ語れる現代作家は,そんなにいないだろうなあと思いながらお話をおうかがいしました。
 
  初めて渡辺氏の工房におじゃましたのは,7年ほど前だったでしょうか。そのころからすでに「渡辺青磁」を確立していらっしゃいましたが,美濃・唐津の好きな私にはあまりにも研ぎ澄まされているような気がして,求めるチャンスがありませんでした。しかし,近作では気品あるぴんと張りつめた部分とゆったりと柔らかさを感じさせる部分とのバランスが絶妙で,どの作品も使ってみたいなと思わされます。左は,小服茶碗ですがこの茶碗にも,作家渡辺秋彦の人間性が実によく表現されていると思います。気品と骨太の優しさを感じさせる茶碗です。これには,やはり「焼き」が関係していると思います。張りつめていながらも,奥行きにある釉調が優しさを感じさせるのでしょうか。
  近年,ガスや灯油,場合によっては電気で青磁を焼いていらっしゃる青磁作家の方が多いようです。一概に,薪窯でないからだめだと決めつけるわけではありませんが,ガスや灯油では,渡辺氏のような深みのある青磁にはならないと思いますし,何年か使ってみればその差は如実にあらわれるのではないかと思います。
  
  今度は,渡辺氏の茶碗を持って野点に出かけようと思います。青空の中,菜の花がたくさん咲いている中で,渡辺氏の茶碗でお茶を飲んでみたいなあと思っています。
 
お知らせ:渡辺秋彦展が4月4日〜4月9日渋谷黒田陶苑で行なわれます。    
各務周海
  黄瀬戸小服茶碗

 太陽の光の中で生き生きと輝く。小服茶碗とは思えない力強さにあふれている,まさに奔流を感じさせる一碗である。
渡辺秋彦
    青磁小服茶碗
 
平板な青ではなく,奥行きのある碧に心を惹かれる。気取りのない気品と力強い優しさを感じさせる一碗である。
展示室にて
渡辺氏の後ろには,展示会を待つ「渡辺青磁」が。