a と the
東京新聞 平成23年2月4日 夕刊コラム「放射線」より

 多くの日本人はaとtheの使い分けがわからず、英語に苦手意識がある。
 語学的観点に立って、この違いの説明をすることはできる。私は、いたって単純な理由から、そんなことは気にしなくてよいと言いたい。
 なぜなら、同じ文でも英語を母国語とするアメリカ人の中には「ここはaのはず」という人もいれば「どうしてもtheだ」という人もいることを知っているからだ。
 文中の英文法の矛盾を突くと、アメリカ人はうんうん考え、最後には「確かにそうだけど。なんとなくtheなんだな」と、さうりと言ってのける。英語で論文を書き、アメリカ人研究員の論文を添削し、こんな会話を日常的にしていた経験から、この問題で悩むことをやめた。
 アメリカの科学雑誌の編集者は、日本人研究者が論文を投稿すると、ほとんど必ず「英語と母国語とする人に、論文の英語を添削してもらいなさい」と言ってくる。「aとtheの使い方がおかしい」と言われることも頻繁だ。
 面白い話を聞いた。日本人研究者がアメリカ留学時代の研究成果を論文にして、アメリカの科学雑誌に投稿した。すると、予想通り「英語を母国語とする人にみてもらいなさい」。ところが、この論文は、留学先研究室のボスである生粋のアメリカ人が、文章の加筆修正を万全にして完成させたものだった。  そんなこんなで、私は自分の研究室の論文を英文校正に出したことがない。  (森 郁恵=名古屋大教授)