月下
いつものように戦利品を月にかざしていたKIDは、宝石を見つめたまま、近づく気配に意識を移した。 「よぉ、コソドロさん。」 「こんばんは、探偵くん。こんな夜遅くまでご苦労さまです。」 「そう思うなら犯行時刻をもっと早くしやがれ。」 我が侭な声にKIDは苦笑した。 「日が延びましたから。KIDは夜の生き物です。」 「生き物って、テメェなぁ。」 コナンとの会話に、気を良くしたKIDはそこで漸くコナンの方を向いた。 勿論いつでも逃げられるよう、逃走経路の確保も忘れない。 「それで、どういったご用件で?」 「おまえの誕生日っていつだ?」 思わず、KIDは額に手をやった。 頭痛がするような気さえする。 「あなた、それが、仮にも探偵の言葉ですか…!」 「しょーがねーだろ、知らねぇんだから。」 「そういう問題じゃないだろっ!?」 あまりの衝撃につい素に戻る。 しかしコナンは気にしない。 「んで、いつだよ誕生日。」 「……どうして私がそれを教えなければならないのですか?」 「このオレが知りてぇから。」 キッパリ言い切られ、二の句が継げない。 「いいからとっとと教えろよ、KID。」 「あなたは探偵でしょう?ご自分でお調べなさい。」 「別にそうしてもいいんだけどよ、そうするとテメェの正体バレるぜ?」 KIDは笑う。 「構いませんよ。ですから頑張ってお調べなさい。」 探し出せるものなら探してみろ、と挑発するようにKIDは言った。 しかしコナンは首を横に振る。 「オレが嫌なんだよ。調べてテメェの正体を暴くのなんて簡単だけど、んな方法よりテメェの口から聞く方がよっぽどいい。」 「そう言われましても…。あ、分かりました!これは何かの罠ですね?」 バシュッと物凄い音を発てて、サッカーボールがKIDの顔を掠めた。 「め、いたんて…?なにを…。」 「次にそんなこと言ったら、問答無用で当てる。」 時計型麻酔銃を構えたコナンは固い声で言った。 「じょ、冗談ですよ、名探偵。」 ほんの少し、引き攣った笑みでKIDは応えた。 どうやら本気で聞いているらしいコナンに、どうしたものかと考えを巡らす。 「勘違いするなよ。別にオマエを捕まえる気がねえ訳じゃねぇ。ただテメェの口から聞きたいだけだ。」 「私が教えるとでも?」 「教えろよ、別に嘘のでもいいから。」 「真実を見つけるのが探偵の仕事でしょ。まったく。」 「いいから教えろ。」 平行線の会話にKIDは空を仰いだ。 同時に風に乗って音が聞こえた。 KIDは内心舌打ちする。長居しすぎたようだ。 「捕まえてみなさい、と言いたいところですが。」 パトカーのサイレンの音がはっきり聞こえてきた。 コナンに焦りが走った。 KIDはそれに気づき、仕方ないとため息を吐いた。 逃げ出したいが、探偵にスキを見い出せなかったので。 「今日ですよ。」 「へ?」 「ですから誕生日です。」 答えた怪盗はもう良いだろう?と麻酔銃を下ろすように促す。 あんなものに狙われていたら、おちおち空も飛べない。 しかしKIDを迎えた状況は、想像していなかったもので。 「なに考えてんだっこのバカヤロウっ!!」 「はい…?」 「なんでもっと早く教えねぇんだっ!!つーかなんだってんな日に仕事してんだテメェっ!!」 がなり立てられ、KIDは暫し固まった。 なぜ名探偵に怒られなければならないのかわからない。 早くもなにも、今初めて聞かれたことだし、いつ仕事をしようと、それはKIDの勝手だ。 「くそーー。」 「あの、帰ってもよろしいでしょうか?」 困惑したままKIDは、顎に手を当てて考え込んでしまったコナンに、伺いを立てた。 その言葉にコナンはキッと顔を上げ、決意した目でKIDをビシッと指差した。 「明日の夜7時!オレん家に来いっ!!」 いいなっ?!と怒鳴ると、コナンは急いで帰ってしまった。 「オレ行くって言ってないんだけど…?」 呆れたように残された“快斗”は呟いた。 そしてしょうがねぇヤツと笑う。 それから中森警部から逃げるべく、屋上の端に立つと、KIDは夜空へ飛び立った。 口許には笑み。そしてポーカーフェイス。 次の日、怪盗KIDがコナンの元を訪れたかどうかは…お月様だけが知っている。 |