二人 「オマエはオレの物だよなあ?」 疑問形を取ってはいたが、聞こえた響きは断定形だった。 「はぁ…。」 「なんだよ。違うって言うのか?」 「いえ、そうではなくて…。」 KIDは困っていた。 ちびっこ探偵こと江戸川コナンに彼が戸惑うのは日常茶飯事だが、本日のこれはいつもと一味違っていた。 いつもと同じ警察との追い駆けっこ。 それに難無く勝利したKIDは、いくつか候補へあげて置いた逃走経路の中から、一番近いものを選んで、ビルの上へと降り立った。 早く宝石を確認してしまいたかった。 降り立った先には3人の探偵。 珍しいなと思いつつも、ふわりと彼は降り立つ。 逃げるなんて選択肢は彼にはなかった。 「これはこれは、皆さんお揃いで。何か楽しい事でもありましたか?」 気障ったらしく礼をすると、色黒の男があからさまにムッとした。 探偵がそんなに感情を表に出して良いのかと少し疑問に思う。 考え込んだ気配を感じたのか、小さな子供がKIDを真っ直ぐ見上げた。 全てを見通す強い瞳。 それとぶつかり、思わず微笑した。 「何かありましたか?コナン。」 西の探偵とロンドン帰り、そして愛しい名探偵。 己を追って来たにしては穏やか過ぎる気配に、KIDは首を傾げた。 KIDの問いに服部が固まり、白馬が苦笑いを浮かべた。 また己の名探偵が何か企んでいるのかと、KIDはコナンに視線を転じた。 コナンは面白そうに笑っていた。 まるでイタズラを仕掛けた子供のように。 「名探偵。何を企んでいるんです?」 怪盗KIDとの鬼ごっこ、という訳ではなさそうだが。 「なあ?」 笑みを含んだままコナンが口を開いた。 KIDは視線で続きを促す。 「オマエはオレの物だよなあ?」 そして冒頭の台詞に戻る。 「オマエはオレの物だろ?怪盗KID。」 むしろ一種の脅迫に近い気がしながら、KIDはポーカーフェイスを張り付けて、困ったように笑っていた。 「どうしたんですか?」 「質問を質問で返すのはナシだぜ。オマエがオレの物だって答えりゃいいんだよ。」 心の内で苦笑。 それは既に質問ではないだろう。 肩をすくめてKIDは口を開いた。 「そうですね。私はあなたの物ですよ。あなたが私の物であるように。」 これで満足か?と挑発的な眼でKIDはコナンを見下ろした。 コナンは口の端を持ち上げる。 そして服部の方を向いた。 「ほら分かっただろ。オレとアイツの間に、テメェの入る隙間なんてねぇんだよ。諦めろ。」 睨みつけられ、服部平次は一瞬身を半歩引いた。 KIDが眉を顰める。 「オレは信じひんぞっ!!信じられへんっ!!」 「いい加減強情だな…。とにかくアレはオレの。オレはアレの。ちゃんと証人に白馬も連れて来たんだから納得しやがれ。」 「いややーっ!!」 服部はコナンに飛び付こうとして、…KIDの蹴りを顔面で受けていた。 「KID?」 「あ。…すみません。身体が勝手に。」 苦笑いする顔に意図したものでないことを察し、コナンの笑みが深くなった。 「嫉妬でもしたか?」 跪けとマントを引っ張る。 KIDはコナンの望むままに片膝をついた。 「そうかもしれません。独占欲、というのでしょうか?あなたに私以外の誰かが触れるのが許せなかった…。」 コナンの耳元で、しかししっかり服部に聞こえるように、KIDは囁く。 コナンは擽ったそうに首をすくめた。 幸せそうな笑顔。 …のように見えるが、服部から見えないのを良いことに、笑いを堪える肩が震えていた。 それはKIDの方も然り。 KIDは胸ポケットから本日の戦利品を取り出すと空に掲げた。 コナンを抱き寄せ、宝石を覗き込む。 「あなたは私の宝物。この宝石よりも美しい私の光。KIDがそれを他人に盗ませる筈がございません。」 『ハズレ』と声に出すことなく唇に乗せたKIDに、コナンは唇を寄せた。 KIDは抗うことなく触れるだけのキスを受け入れた。 クスッと笑う。 「あなたに。」 コナンの掌に乗せられたガーネットはポンと音を立てて真っ赤なバラに変わった。 「私の気持ちです。」 「ああ、ありがたく受け取ってやる。」 目を細め、もう一度KIDに顔を寄せ…。 「く、工藤ぉの裏切りもんーっ!!」 耐えきれなくなったらしい服部が叫び声を上げ、そのまま脱兎のごとく逃げだした。 物凄い音を立て、屋上の扉が閉まる。 ポカンとそれを見て。 3人は声を上げて笑い出した。 「チョーありえねぇっ!!見たかあの顔っ!!」 「目が潤んでいましたね。」 「お、お二人ともっ。そんなに笑っては、服部探偵に悪いですよっ?」 「オマエだって笑い過ぎてドモってんじゃねぇか。」 「仕方ないでしょう?面白かったんだから。」 ケラケラと笑う姿に、先程までの気配はない。 「つーかオマエ相変わらずキザっ!!」 「失礼な。私はいつだって本気ですよ?」 「わかってっけどっ。そーゆー態度知ってる身からすっと、気色ワリィんだよ。」 「ひっどーいコナンちゃんっ!!キスしちゃえっ。」 チュッと音を立てて頬にキスする恋人に、コナンは笑う。 「オメェ、白馬いるってわかってんのかぁ?」 「だから、白馬探偵にも見せつけ☆」 その言葉に、コナン同様白馬も苦笑してしまった。 「オマエって独占欲強いよなぁ。」 クスクスと笑いながらKIDの首に腕を絡ませる。 「今更でしょ。」 「確かに。」 コナンはKIDの頬に戯れるように口付け、白馬を見やった。 「悪かったな、変なことに付き合わせちまって。」 「いえ、楽しませて頂きました。ところでキッド。宝石はどうしたんですか?」 ニヤリッとKIDは笑って胸ポケットを叩く。 「服部平次くんのポケットの中です☆そろそろ下に中森警部が着く頃ですから、捕まってるんじゃありません?」 「うわぁオマエ、オニっ。」 「油断も隙もありませんね。」 二人の声に、責める響きはない。 だからKIDは笑う。 「私の物に手を出そうとしたんです。これぐらいの報復当然でしょ。」 「そうですね。」 「おいおい。」 白馬とKIDを止めるコナンも本気ではない。 「まーともかく?オマエそろそろ行かねぇと捕まっぞ。」 ゲシッとKIDの膝を蹴る。 KIDは拗ねたように口を尖らせた。 「名探偵は私と一緒に居たくないんですかっ?」 「あのなぁ…。」 ガックリと肩を落とす。 KIDは笑みを作った。 「冗談ですよ、名探偵☆」 KIDはそう笑って立ち上がると二、三歩下がって探偵たちと距離を取った。 同時に屋上への出入り口が蹴破られた。 「キッドーっ!!」 なだれ込んできた中森警部とその部下にKIDは丁寧な挨拶を返した。 「これはこれは中森警部。よくここまで追い駆けてこられましたね。」 「うるさいっ!今日こそはキサマを捕まえてやるっ!!」 じりじりとKIDとの差を縮める警察。 KIDは我関せず、とハンググライダーを開いた。 クスリ、と怪盗KIDは笑う。 「それじゃあ、また。」 「待たんかーっ!!」 閃光。 光による目潰しに皆が顔を背けた。 目が慣れた時にはもうKIDの姿は屋上にはなく。 遠くの空に白い鳥が見えた。 「クッソー!追えーっ!!」 中森の命令に警官たちは階段を駆け降り、KIDを追って行った。 「相変わらず慌ただしいな、中森警部。」 「そうですね。あれも一つの美点なのでしょうが。」 気が急いては真実を見落とすこともある、と探偵は視線を交した。 ひとりの気の弱そうな警官が二人に駆け寄った。 「あのぉ。お二人を家まで送るよう、中森警部に言われたのですがぁ…。」 そう、こんな風に。 白馬は笑みをコナンに向けた。 「僕は家の者が迎えに来ますから。この子を送って行ってあげてください。」 にっこりと警官に告げると、白馬は屋上を後にした。 残されたコナンはガシガシと頭を掻いた。 気が付けば屋上には自分と隣に立つ警官以外誰もいなくなっていた。 ため息を一つ。 「車は目立つから歩きな。」 そしてスタスタと歩き出す。 その後を慌てて警官は追った。 「ご苦労さまです。」 と何度か刑事たちに挨拶をし、人通りのない路地をコナンたちは歩いていた。 告げてもいない行き先は、しっかりと阿笠邸へと向かっていて、コナンは警官に気付かれぬよう微笑った。 「おい。」 小学生が大人にするのにしては尊大すぎる声を出し、コナンは先を歩く警官を呼び止めた。 「その格好のままはヤバイ。」 足を止めた警官は、なんとも言えない顔をして、警官の姿を捨てた。 「なーんでバレちゃうかなあ。」 「バーロ。んな白馬にだってバレてっぞ。大体このオレに同じ手が二度通用するなんて思ってんじゃねぇ。」 「いや〜んコナンくんかっこいー。」 手を組んでシナを作る黒羽快斗に、コナンは目を細め、ガンッと膝を蹴った。 「い、痛いよ名探偵…。」 「オレを甘く見た罰だ。」 フフッンと笑うコナンに快斗は口をへの字に曲げた。 どうせ口でも敵わないのだ。反論は声に出すだけ無駄である。 そこまで考えて、快斗は小さな名探偵が己を見上げているのに気が付いた。 「なに?」 「あーなんだ。仕事、ご苦労さま。」 快斗は目をぱちくりさせ、破顔した。 「ありがとう。」 「おう。」 短く答えるコナンに、快斗は笑い声を漏らす。 「ドロボウにご苦労様って、変な探偵。」 「良いんだよプライベートだから。」 快斗の手を引き、歩き出すコナンの耳は赤い。 それに気付き、快斗の顔も色付いた。 ぎゅうっと手を握り返す。 「泊まってけよ。」 「はーい。」 いい子のお返事を返した快斗に、コナンは口の端を持ち上げた。 |