抜き足、差し足、忍び足。 コタローはそっと廊下を歩いた。 目指すは自室。 誰にも出会わなければ作戦は成功だ。 「なーにやってんだ?」 「うわぁっ。お、驚かさないでよ獅子舞!!」 「獅子舞言うなガキンチョ。」 甥っ子に正義の鉄槌を下し、ハーレムはコタローの顔を覗きこんだ。 「で、オメー、なにコソコソしてんだぁ?」 「ハーレムには関係ないだろう。」 コタローはとっさに荷物を後ろに隠した。 これを見られる訳にはいかない。 「ああん?……オマエなに隠し持ってんだ?」 「あっ、ここれはっ。と、とにかくボクは忙しいんだから!!また後でね!」 コタローは言うと、ハーレムを無視して、ダッシュで走りだしたのだった。 「おいおい、なんだってんだあのガキンチョは。」 ハーレムは逃げ出したコタローの姿に頭を掻いた。 「様子がおかしかったよなぁ。」 まさか、なにか厄介なことに巻き込まれでもしたのかと、知らず表情が険しくなる。 どこで恨みを買うかわからない仕事を、自分たちはしているから。 それに覚えがなくても逆恨みということも十分に考えられた。 そこまで考えて、ふと廊下に落ちている物に気が付いた。 コタローが立っていた場所にあるそれを拾い上げ、ハーレムは苦笑した。 どうやら考え過ぎだったようだ。 「まあ、せいぜい隠し通せガキンチョ。」 ハーレムは花を一本ポケットにしまうと、報告書を上げに総帥室へと向かった。 誰もいない総帥室のソファーにジャンは座っていた。 壁にある時計に目をやり、息を吐いた。 と、バンと力任せに扉が開けられた。 「邪魔するぜー…って兄貴は?」 「マジック様ならルーザー様のところ。どうかしたか?ハーレム。」 「ホーコクショ。ムッカツクよなぁ。賭けに負けて俺が持ってくる羽目になっちまった。」 「ははは。賭事なんて止めちまえよ。」 「ジョーダン。あ、来る途中でコタローに会ったぜ?」 「マジ?まだ、ただいま言いに来てないのに。」 「先に部屋行ってから来るんじゃねーの?通り道だしよぉ。」 「………。」 「どうかしたのかよ。」 「あー、なんか最近避けられてる気がすんだよオレ。毎日どっか行くし、帰りも遅いし、なんかやってるみたいだし、なにやってるのか教えてくれないし。」 「反抗期なんじゃねーか?」 「反抗期かぁ…。そーなのかなぁ。なんかサビシイ。」 「いつまでもベッタリだと兄貴みたいになるぜ?」 「………それもなぁ。」 苦笑するジャンにニヤリと笑い返す。 「まあ、子供なんていつか親の元から巣立ってくもんなんだよ。」 「悟ってんなぁオマエ。ガキのクセに。」 「んだとぉ?」 ジャンは笑った。 「ったく。」 パタパタと軽い駆ける音が聞こえてくる。 「ただいまっ!!ママっ!!」 飛び込んできたコタローに、ジャンは鮮やかな笑顔を作った。 「おかえりコタロー。」 「はいっ!!どーぞっ!!」 グッと突き出されたものにジャンは目を丸くした。 それはシロツメクサで作られた大きな首飾りだった。 「やっと上手く作れたからママにプレゼント!」 ジャンの首に首飾りをかけると、満足そうにコタローは頷いた。 「ママ可愛い!!そういうの、してたほうが、やっぱりダンゼンキレイだよ!」 首に掛かる花環にそっと触れ、二三瞬き。 そして目を細め、口元を綻ばせる。漆黒の瞳が揺れた。 「ママ?」 「うん。うん。ありがとコタロー、すごく嬉しいよ。」 滲んだ涙を拭いて、顔を上げ、ニッコリ笑ってジャンは応えた。 「良かった!作り方、ルザーパパが教えてくれたんだよ!!」 「ルーザー、様が?そっか…ママも昔、よく作ったよ。……おんなじだ。」 ポツリと呟かれた言葉の後半は、コタローにも聞き取れないほど小さなものだった。 どこか懐かしむような顔にコタローは首を傾げる。 「ママも昔、作ったの?」 「ああ……。昔な。」 ジャンはコタローの髪をクシャリと撫でて母親の顔で笑った。 「コタロー、おやつあるから部屋行くか?」 「うん!!」 ジ満面の笑みで元気に返事をするコタローに頷きを返し、ふと顔を上げた。 「ハーレムも来るか?」 「……酒は?」 「特別に紅茶にブランデー入れてやるよ。」 「テメッ!!」 「逃げるぞコタロー!!」 「うわー獅子舞が追い掛けてくる〜!!」 「オイコラ待てっ!!」 楽しそうな三人の笑い声が、総帥室に響いた。 |