満月の日。
「うわあぁぁぁっ!!」
 ……空から犯罪者が落ちてきた。

   02:落ちる

「何やってんの、ヒカル兄ちゃん。」
「ははは、ワリィ。着地失敗した。」
 真夜中。
 庭で聞こえた大きな音に慌てて飛び起きて来てみれば、そこにはよく知った人のよく知らない姿。怪盗レトルトの格好をしたアガタヒカルが落ちていた。
 仮面も、落ちた衝撃で外れたのか彼の足元に転がっていた。
 溜息を一つ。
「入れば。」
 イッキはリビングの窓を開いた。


「おじゃましまーす…。」
 忍ぶようにイッキの家に上がったヒカルは、人の気配のしない家の様子に首を傾げた。
「誰もいねぇの?」
「メタビーなら部屋で寝てるよ。」
「そうじゃなくて親御さん。」
 ああ、とイッキは振り返った。
「昨日から温泉行ってる。結婚記念日なんだって。それより兄ちゃん。靴は玄関持ってってよ。」
「ああ、うん。」
 屈み、靴を拾うヒカル。
 一瞬ひそめられた眉を、イッキは見逃さなかった。
 気付いてしまった自分に溜息。
 イッキはヒカルの靴をひょいっと奪い取った。
「オイオイ、なにするんだよイッキくん。」
「ハイハイ。いいから兄ちゃんはおとなしくそこに座ってる。」
 イッキは呆れたように、されど反論を許さぬ口調で指示した。
 さっさと部屋を出ていくイッキを目で追い。
 ヒカルはのろのろとソファに移動した。



 リビングに戻ったイッキは救急箱を手に持っていた。
「どっち。」
 ヒカルの前に片膝を立てて座ったイッキは、短く問った。
 諦めたように。ヒカルは無言で右足を出した。
「いってぇー。」
「ガマン。」
 腫れた足首を掴まれ、冷却スプレーを吹き掛けられる。
 一頻りスプレーを振り掛けると気が済んだのか、薬箱から冷湿布を取り出すと包帯で奇麗に足首に巻いていった。
「……兄ちゃん、これ、さっき落ちたときに挫いたんじゃないだろう。」
「ん〜?まーね。」
 笑うヒカルに、イッキは考えるように目を伏せた。
 真剣な顔に思わずヒカルも声を止める。

「しょーがない、か。」
「え?」
 ややあってぽつりとイッキが零した。
 ヒカルの問いには答えずイッキは立ち上がる。
「客間に布団敷くから、兄ちゃん先行ってていいよ。」
「お、おい、イッキくんっ!!」
 慌ててヒカルは腰を浮かせた。
「聞かないのかい。」
 イッキは立ち止まる。
「聞かないよ。聞きたいし、言いたいなら聞くけど、聞かない。」
 天気の話しでもするかのように普段と変わらぬ口調。
 トスン、とヒカルはソファに逆戻りした。
「そう、か…。」
「そうだよ。」
「……ん。ありがとう。」
 ぽつり、と。
 イッキは肩を竦めて部屋を出た。



「ほら、着替え。」
 客間でぼんやりしていたヒカルは、イッキの差し出したヒカルのパジャマを受け取った。
「で、退く。布団敷くんだから。」
「んー。」
 イッキに言われヒカルは、ずるずる部屋の隅に移動するともそもそ着替えだした。
「ほら服出す。」
 言われるがまま、脱いだ服を渡す。
「……なんだか、おかーさんみたいだな、オマエ。」
 イッキは立ち止まり。ヒカルにヘ・ビーメダルを投げ付けた。