09:花冷え


公園の桜が咲いた。


「なーイッキ。これ、なんて花なんだ?」
「桜だよ。メタビー見るの初めてだっけ?」
「おう。でもなんか、淋しい花だなー。」
「まだ咲き始めたばっかだからな。
満開になったらスゴイんだぜー。枝全部に花が咲いてピンク色になるんだ。」
「へー。早く見てみたいな。」
「満開になったらまたこような、メタビー。」


そして今日、満開になった。


「さびっ!!」
「早くしろよイッキ!!」
「待てよメタビー。だいたいなんで夜中に行くんだよ。」
「早く見たいからだっ!!」
夕方のニュースで知った、桜の開花情報。
オレたちの住む辺りが本日満開のマークになっていた。
それを見たメタビーが、桜を見に行こうと騒ぎだしたのだ。
「ほら早くしろーイッキ!!」
「あのなぁー。」
前を走るメタビーを必死で追いかける。
少しでもスピードを落としたら置いていかれそうだ。
と、思っているうちに姿が見えなくなった。
「おーいメタ…。」
「おおっ!!スゲーーっ!!」
大声に、角を曲がってみると公園の入り口につったったメタビーがいた。
「勝手に、行くなよ〜〜。」
息も絶えだえのオレの台詞にメタビーは無反応。
隣りを窺うと目をキラキラさせて桜の木を見つめていた。
オレの声なんてこれっぽっちも聞こえてないんだろう。
風が吹いて枝が揺れた。
今日は少し、気温が低い。
でも桜に魅入られたメタビーは微動だにしなかった。
なんだか、面白くない。
「……っ。」
「っ!?イッテーっ!!おいこら何すんだよイッキ!!!」
「な、なんでだって良いだろ!?うっさいな!!」
「なんだとてめー!!人のこと殴っといてよくそんなことが言えんな!!」
「あーもういいからこいっ!!」
「はっ?!何言ってやがる!!」
「いいからっ!!」
「おいこら止めろ!!離せイッキ!!」
ズルズルと、嫌がるメタビーを引きずって、オレは公園を出て行った。



「着いた。」
オレの言葉にメタビーは答えない。
拗ねてるんじゃなくて、また桜に魅入られているのだ。
メタビーを引きずって来たのは近所の神社。
境内に樹齢百歳を超えるデカイしだれ桜がある。
まん丸の月明かりに照らされた桜は、やっぱりキレイで妖しいカンジだ。
メタビーが夢中になるのもわかる。
わかるけど、やっぱりおもしろくない。
(オレも大概。)
気付かれないよう、オレはそっとため息をついた。


この恋心を自覚したのはつい最近だ。
思いもよらなかった感情。
まさかメタビーに“恋”してるだなんて。
だって相手はロボトルのことしか考えてないお子様。
ため息の一つや二つ、吐いたってバチは当たらないだろう。…たぶん。
「オイ、聞ーてんのかよイッキ!!」
「あ。なんだよメタビー。」
「だからっ!!来年もまた来ようなって言ったんだ。」
コイツはまだお子様で、愛とか恋とか知らなくて。オレのメダロットで。
でも、きっといつか、コイツはオレの側から離れて行くんだろう。
オレと別の道を選ぶんだろう。
「返事はっ!!」
だから、
この手が届く今だけは。
「あったりまえだろ。」
オレは笑顔で頷いた。