13:メール



「お。」
 ポケットからの振動に、イッキは携帯電話を取り出した。
 一つ二つ操作をする。
 そうして溜息。
 イッキは短い文章を打ち込むと携帯電話をポケットに仕舞い直した。
「どうかしたのか?ため息なんてついて。」
「んー?母さんが牛乳買ってきてくれって。あーあ、ィヤになっちゃうよ、夏休みに入るとすぐこれだ。」
 ファストフード店のテーブル。
 がりがりと頭を掻くイッキに、目の前に座っていたコウジは首を傾げた。
「良いじゃないか牛乳ぐらい。帰り道のコンビニで買えるだろう?」
「お坊っちゃんはこれだから。いいか、主婦っていうのは定価を嫌うんだ。コンビニでバカ高いのを買って帰ってみろぉ?確実にチクチク言われるな。」
「…そう言うタイプには見えないが。」
「いんや絶対言われる。断言しても良いぜ?『イッキが高い牛乳買って来てくれたから、いつもより晩ご飯美味しいかしら?』ってなもんだよ。っと、そろそろお前行くんじゃないのか?」
 イッキの言葉にコウジは腕時計に視線を落とし、慌てて立ち上がった。
「す、すまない。それじゃあさっきの件、よろしく頼んだよイッキ君。」
「あーはいはい。」
 バタバタと塾へ駆けて行くコウジを見送り、イッキは残っていたコーラを飲み干した。
 店内放送が流行の女性シンガーの曲を流していた。
 携帯電話を出すと、先ほどのメールを画面に呼び出した。
 24時間表記の時刻とホテルの名前。それに続く部屋番号。
 イッキはトレーを指定場所に戻し、店を出た。





「よ。」
「よじゃないよ、なに考えてんだよヒカル兄ちゃん。」
 イッキは笑顔でドアを開けたヒカルを睨みつけた。
「なに怒ってんだよ?」
「コウジと一緒に居たとこだったんだよ。ったく、メール一つで呼び出しやがって。」
 イッキの口から出たコウジの名前に「あらら」とヒカルは曖昧に笑った。
 ずんずんとイッキはヒカルを一瞥する事もなく部屋に入った。
 財布と上着を無遠慮にツインのベッドの片方に放り投げるとバスルームへ向かった。
「荒れてるねぇ。」
「誰の所為だと思ってんだよ、兄ちゃん?」
「ははは。」
 ヒカルは笑うとポケットから出したものをイッキに渡した。
「まあ、ゆっくり風呂でも入って落ちついておいでよ。」
「………はぁ。」
 ヒカルが渡したのは鎮静効果のあるラベンダーの入浴剤。
 イッキが大きく息を吐いたのは、仕方がない事だったのかもしれなかい。





「そういえばメタビー君は?」
 ジーパンにシャツを羽織っただけという出立ちでガシガシと濡れた頭を拭きながらベッドに近づくイッキにヒカルは尋ねた。
「あ?あー博士んとこでバイトしてる。」
「バイトォ!?あのメタビー君が??なんでまた!!」
「なんか欲しいものがあるとかで。結構前からだよ。もう3ヵ月目に入るんじゃない?」
「へえ。」
 イッキはベッドに乗りかかった。
「てゆーか、今それ聞く?」
「はは。わりーわりー。」
 これっぽちも謝っているように見えないヒカルにイッキの目つきが鋭くなった。
「怒るんなって。」
「あ、そうだヒカル兄ちゃん。コウジが誕生日に何をあげればいいか悩んでたよ?」
 にっこりと笑顔を向けられ、ヒカルの眉間に皺が寄った。
「オマエそれいま言うか?」
「兄ちゃんに言われたくない。」
 イッキに伸し掛かられ。
 ヒカルは抗議を止めた。