26 おでこ

「ヒカルさん、キスしてください。」
うちに来て、いきなりそれはなんなんだい?コウジくん。

「欲求不満?」
訊ねたらムッとされた。
「イッキくんとは違います。」
苦笑する。
そりゃさすがにはイッキに失礼じゃないの?
「ならなんでなんだい。」
オレはヤカンを火に掛た。
マグカップを二つ。おそろいの色違いのマグカップ。
この間、二人で出掛けた時に買ったのだ。
赤がオレ。
青がコウジ。
こうやって、少しずつコウジのモノが部屋に増えていく。
自覚する度に、少しこそばゆかった。
まあそれはそれとしてだ。
「今日、学校でクラスメイト達が話していたんです。」
「なにを?」
「彼女の話しで、その内の一人が『彼女からキスされたことがない』って言い出した んです。」
「ふうん。それで?」
マグカップにインスタントのコーヒーをいれる。
部屋にコーヒーの良い香りが広まっていった。
「そうしたら周りの人たちが『愛されてないんじゃないか』って言い出して…。」
「自分もされたことねーなーって思って不安になったわけね。」
マグカップをテーブルの上に置く。
呆れたような俺の声に、コウジは小さく謝った。
「別に謝られるようなこっちゃねーけどよ。」
独りでぐるぐる悩まされるよりよっぽどマシだしな。
ぐるぐる悩んだ挙句、見当外れの事されるのもイヤだしな。
「にしてもキスねー。」
「してくれますか?」
…謝りはしてもして欲しいわけだ。
いやうんまあ、別にかわまねーけど。
「とりあえず、目ぐらい瞑れ。」
ため息吐きつつ言ってやれば、コウジは焦った様に姿勢を正して目を瞑った。
……コウジくん。正座までする必要あるのかい?


目を瞑ったコウジの顔。
出会った頃に比べたら、当たり前だが、男らしくなった。
まだまだ子供で、でも大人。
コウジの心も身体も、大人の男へと成長していた。

可愛いなあ、と目を細めた。
震える睫毛や揺れる前髪。
緊張した面持ちにそっとオレは微笑んだ。
テーブルを乗り出し、コウジの肩に手を置いた。
コウジの身体が震えた。
目が閉じられているのを確認して、オレはコウジに顔を近づけた。

唇がコウジに触れる。



「ヒカルさん。」
コーヒーをすするオレに、コウジは恨みがましい視線を送ってきた。
「キスはキスだろ?」
そしらぬ顔で応えれば、コウジが言葉に詰まっていた。
「…だからってなんで……。」
「どこにって指定なかっただろ?だからでこちゅう。」
「だからどうしてっ!」
怒ってるコウジくんって面白いなあ。
「ヒカルさん…?」
ヤベっ。怒らせたか?誤魔化さねーと!!
「なんだよコウジくん。オレからのキスが気に入らないってのかよ。」
「そういうわけじゃないですけど…。」
「んじゃいいじゃねーか。な?」
「は、はい………?」
騙されてる気がすると呟くコウジくん。
断言する。
騙されてるよ、コウジくん。

どっとはらい