ただいま おかえり 「そういえばオマエ、兄さんには会ってきたのかい?」 屋上での再会後、サービスの一言に思わずジャンは押し黙った。 答えないジャンに「馬鹿ですねー」と高松がため息をつく。 「なんだよ。」 「拗ねますよあの親父。変なところで子供なんですから。」 「わかってるけど…。」 「会いたくないんですか。」 「んなわけないだろ!!」 「怖いのかい?」 再びジャンは黙る。 「私達には会えたくせにねぇ。」 「キミ、なにしに戻って来たの?」 竹馬の友×2の容赦ない攻撃にジャンはグウの音も出ない。 「とにかくとっとと会ってきたらどうです。」 「…部屋、どこ。」 「へ?」 「総帥室、シンタローが使ってんだろ?」 「ああ。よく知ってましたねー。」 「ここに来る前、街で小耳に挟みました!」 「付いて来なヨ。」 サービスに付いて歩きながらジャンは呻く。 「ヤだなー。」 「キミ、本当になにしに来たの?」 「そんなの麗しのサービス様に会いに来たに決まってるじゃないか。」 「なら会わないことにするかい?」 「………。」 「アンタ、往生際悪すぎますよ。」 高松に溜息を吐かれ、ジャンは覚悟を決めた。 「そうだな…。ひとりで行くよサービス。」 「そう?じゃあがんばって。」 「ん。サンキュ。」 「そこの突き当たりですから。」 「知ってるよー。」 ひらひらと手を振り、ジャンは通路に消えた。 「まったく。アンタほんとにジャンに甘いんですから。」 「兄さんにあたられるのはゴメンだヨ。」 「…素直じゃないですねー。」 「君ほどじゃないサ。」 軽口を叩く二人はジャンの姿を見送ると、 同時に口元を緩ませた。 ジャンは扉の前で立ち尽くしていた。 このドアの向こうはマジック前総帥の執務室。 この奥に焦がれた人がいる。 なのに扉を叩く勇気がどうしても出てこなかった。 「意気地のねぇ…。」 小さく呟いた。その時。 「誰かいるのかい?」 突然開いた扉にジャンは、文字通り固まった。 それは扉を開けたマジックにしても同じだったようで。 二人は暫くの間、まのぬけた顔で見つめあっていた。 「ジャン…?」 マジックの言葉にジャンは我に返る。 「な、なに言ってるんだよ親父ぃ。オレはシンタローだぜ?」 「ああなんだシンちゃんか。どうしたんだい?なにあったのかい?」 「いや、元気にしてっかなって。」 「私は元気だよ?」 「あ、ああうん。なら良かった。じゃあオレ、仕事に戻るから。」 「そう。シンちゃんもお仕事がんばってね…って騙されると思ったのかいジャン!!」 「ギャーマジック様ギブギブ!!」 くるりと背を向けたところで後ろから羽交い締めを掛けられ、ジャンがギブアップを宣言する。 「まったく、一体いつ忍び込んだんだい?」 マジックはジャンを部屋の中に引きずり込むと腕を外し、ジャンを自分の方向へ向き直させた。 「忍び込んだなんて人聞き悪いこと言わないでくださいよ。顔パスでしたよ?」 最高権力者と同じ顔って便利とジャンは笑った。 「それは…。」 マジックは苦笑しジャンの黒い髪を撫でた。 そのまま時間だけが流れる。 口を開かないマジックをジャンは上目遣いで窺がった。 「マジック様?」 「ん…。年を取ると涙脆くなっていけないねぇ。」 マジックは優しく髪を撫で続ける。 ジャンはそっと目を閉じた。 「ホンモノだねぇ…。」 「はい。」 答えながら、そういえば島で会ったときは手が触れることすらなかったのだなと思った。 髪を梳く手が気持ち良い。 目を閉じているおかげでマジックの顔が見えないのをいいことに、ジャンはそっと口を開いた。 心臓がドキドキと早鐘の様に脈打った。 苦しかった。 それでも、告げようと思った。 「マジック様。」 「ん?」 穏やかに問う声に、口を開くが言葉が出なかった。 右の手をぎゅっと握り締めて、開いた手で目の前の人の服を手探りで掴んだ。 唇がやけに乾いた。 逃げてしまえという囁きがジャンの中に生まれる。 言わなくても彼の人は分かってくれる。 このまま何も告げなくても、変わらず自分を愛してくれるだろうと。 「ジャン…。」 しかしマジックの片手がジャンの背中に回された。 支えるような手のひらに、もうだめだとジャンは感じた。 閉じた瞳でマジックの顔を見つめる。 心の臨界点はとっくに越えていた。 「ずっと…。」 口から零れた声は、酷く掠れていた。一度口を閉じ、喉を湿らす。 そして再度。今度は躊躇わずにジャンは想いを伝えた。 「25年前からずっと、ずっと貴方のことを、愛してます。」 頬が濡れた。 それが自分の流した涙だと知っていた。 マジックが屈む。 ジャンの顎に手を掛け、上を向かせた。 涙を吸い上げるように口付けが落とされた。 くすぐったい感覚にジャンは瞳を開けた。 思っていたよりも近い場所にマジックの顔があった。 青い瞳が赤い瞳を捕えた。 「私もだよ。」 マジックはとろける様な笑みを浮かべていた。 ああ、と思った。 顔が近づき、唇が重なる。 25年ぶりのキスに、ジャンは堪らず泣いた。 「幸せでも泣くもんだねぇ。」 笑うマジックの顔にも、涙が流れていた。 「ただいま。」 「おかえりなさい。」 ぐしゃぐしゃに泣いて、二人で笑った。 |