12題目:Dr.高松の新薬


「ジャンにはこっちの方が似合うと思う。」
「いや、ジャンはこちらの方がしっくり来るよ。」
「ゴスロリは兎も角、ネコ耳としっぽは邪道だと思う。」
「そんなことないさキンタロー。想像すればわかると思うけど、動くたびに揺れるしっぽは外せないよ。それよりどうして着物なのかな。」
「父さんこそわかっていない。着物は脱がすために生まれてきた服だ。」
 くだらない親子ゲンカを聞きながら、ジャンはぐったりとソファーに沈んでいた。
 だぶだぶの服の袖を捲くる気力も、ズボンの裾を折る気力ももう残っていなかった。
(元に戻ったら覚えてろよ、高松……。)
 泣きそうになりながら、ジャンは今回の元凶を怨んだ。


 事の起こりは至ってシンプルだった。
 高松の薬の実験体にされたのだ。
 効力は一日。
 効果は性転換だった。


(そりゃ画期的な薬だろうよ。持続時間を高めりゃ救われる人だっているだろうさ。だからって、オレで試すなよな……。)
 どうしよもない体の違和感に、ジャンは頭を抱えたくなった。
(やっぱり薬貰って来ようかな……。)
 精神安定剤をだしましょうか?と高松に言われていた事を思い出し、ジャンはふらふらと立ち上がった。
「ジャンはどっちを着る?」
「はい……?」
 ルーザーの声にふらりと振り返ると似通った顔をした親子が、手に服を持って選べと迫ってた。
 ネコ耳メイド服と女物の浴衣。 どちらも何時の間にか若干の変更が加えられていた。
 いた、が。
 ジャンは頭が痛み出した。
「……選んでどーするんですか?」
「それはもちろん君に着てもらうんだよ。」
 答えるルーザーと、頷くキンタローに、ジャンは怒りが込み上げてくるのをはっきり感じた。
「オレが……ですか?」
「ああ!とっても似合うと思うんだ!」
 にっこり笑うルーザーに悪気はない。ないからといって、やっていいとは限らない。
 そして後ろでは、オレのも着てくれと懸命に主張しているキンタローの姿があった。
「……オレ、いまから高松の所に行ってきて、薬もらって来ようと思うんですよ。」
「なんの薬だい?」
 ジャンはソファーにあったクッションを2個、目の前の親子にぶん投げた。
「恋人の精神状態ぐらい察しろっ!この馬鹿親子っっっ!!!」
 呆然とする二人を置いて、ジャンは部屋を後にした。



「どーにかしてくれよ、あの親子。」
 高松の淹れたハーブティーを飲みながら、ジャンは愚痴った。
「どうといわれましても。着てさし上げたらいいでしょ。」
「お前ならそう言うと思ったよ……。」
 予想通りの答えに、ジャンはがっくりと肩を落とした。
「わかっているなら聞かなきゃいいでしょうが。」
「だってなー。」
 ジャンはカップを置き、クッションを抱き締めた。
 抱き締め、胸の膨らみを意識してしまい、顔を顰め、元の場所に戻した。
「女装してくれとかだったら、まだ応える気になるんだけどなーー。」
「アンタの基準がわかりませんよ。」
「お前も強制的に性別変えられりゃわかるよ。むしろ、高松も飲め。」
「嫌ですよ。なんで私がそんな事しなきゃなんないんですか。これだからバカは困ります。」
「お前のせいだろー。」
「はいはい。薬上げますから大人しくなさい。それとも睡眠導入剤の方がいいですか?」
「あーー、どっちでもいーよ。副作用と依存性の少ない方。」
「だったら……ルーザー様。それにキンタロー様も。」
 高松の声に扉の方を向けば、そこにはキンタローとルーザーの姿があった。
 ジャンはフンと横を向いた。
「ジャンは、いるかな?」
「はい、いますけど……。」
 チラリと困ったように高松はジャンを見た。
 それにルーザーも困ったような顔をした。
 キンタローは見捨てられた子犬の様にションボリしていた。
 ルーザーは高松の肩を叩き、ジャンに近づいた。
「ジャン。」
「何か御用でしょうか、ルーザー様。」
 頬を背けたまま答えるジャンの目の前に、ルーザーは無色の液体の入った試験管を差し出した。
「キンタローと二人で、中和剤を作ってきたんだ。」
「中和剤?」
 ジャンは惹かれる言葉の響に、ルーザーを見上げた。
「ああ。これで元に戻れると思うよ。」
 薬のデータの書かれた書類と共に試験管を渡され、ジャンは中和剤を睨みつけた。
「随分と、早く作れましたね。」
「高松に、性転換薬の製法を前に聞いていてね。その時に中和剤の作り方を考えてみたんだよ。」
「へーー。キンタローも、一緒に作ったのか?」
 ジャンは肩越しに、まだ扉の前にいるキンタローを振り返った。
 キンタローは頷き、口を開いた。
「父さんが作るのを手伝っただけだが。……すまなかった。」
 深く頭を下げるキンタローに、ジャンは許してやるかと思った。
 潔く謝るキンタローが、ジャンは好きだった。
 そしてその親を見上げる。
「ルーザー様は……謝りませんよね。まあ、いっか。ルーザー様が他人に謝るっていうのも想像できないし。」
「そうかい?」
「ええ。」
   ルーザーは少し考え、ジャンの頬に手を当て、己の方を向かせた。
「すまなかったね、ジャン。」
 グッと、ジャンは言葉を詰まらせた。
 真っ直ぐ見つめてくる瞳に耐え切れず、視線を逸らした。
「もう、いいですよ。」
 ジャンはグッと試験管を握り、書類も見ずに、液体を煽った。
「信じてますからね、バカ親子。」
 途端に襲ってくる痛み。
 内側から身体を燃やし尽くされるんじゃないかという恐怖。
 指すらも満足に動かせず、鯉のようにパクパク口を開いた。
 唐突に、刺激が消える。
 荒く、肩で息を吐き、椅子の背もたれに全体重を掛ける。
 ぼやけた視線でグーパーさせる手を見た。
 男の手。
 首をコキッと鳴らし、項に手を当て、ジャンは身体を起こした。
 俯いて、膨らみの消えた胸を見た。
「戻った……?」
「みたいだね。」
「だ、だいじょうぶかジャン!!」
 駆け寄るキンタローに大丈夫と答え、ジャンは笑った。
「でも、疲れたーーー。」
 またジャンは椅子に凭れ掛かると目を閉じ、痛みに零れた涙を拭った。
「なら、部屋に帰ろうか。」
「へ?うわあっっ。」
「暴れると落とすよ。」
 ルーザーはジャンを横向きに抱きかかえると、高松に声を掛けキンタローと共に部屋を後にした。
 高松は、結局見せつけられただけか?と大きく息を吐いた。