16題目:傷 |
貴方の強さを知っていました。 貴方の哀しさを知っていました。 貴方がオレに縋っていたのも。 貴方がオレが誰かを知っていたのも。 誰かを失うことに耐えられない人 遠くを見つめるジャンを見かけた。 なんとなく、潮時なんだと思った。 入団員に行われる血液検査。 彼はどうするんだろうか。 不安と、予想と、予感。 気付いたように振り向く彼の覚悟に、気付いていたんだ。 死にいく人の顔。 「サービスを護ってください。」 夜に、彼は私に告げた。 死にいく人。 縋るように。 「それは……私の言葉だよ。 明日からの遠征、頑張っておいで。」 「はい。」 最後かなと思った。 最後だと感じた。 死にいく人。 「兄さん……Eブロックへ行かせてください。」 救いを求めて彼はいった。 泣き崩れる彼を。 乞う彼に。 私は腕の力を解いた。 死にいく人。 どちらも止められなかったずるい私。 腕から抜け出された、弱い私。 「パパーー。」 可愛い可愛い子。 せめてこの子だけは。 だから世界の全てを。 腕の中に全てを。 「父さんっ!!」 「パパなんて大っ嫌いだーー!!」 世界を手に入れれば、私はもうなにも失わない。 そう思っていたんだ。 そう思っていたのに。 やっぱり私は間違えてしまったのかな? 海岸で、空を見つめる彼を見つめた。 赤く燃える夕日を受け、世界は赤に染まっていた。 君は靴を脱ぎ、裾を折り、海に向う。 くるぶしまで海に浸かって、ぱしゃぱしゃと水を蹴った。 「ここの海はいいですね。」 「そうかい?」 「ええ。あまり汚れていない。」 水を蹴り歩く。 「濡れるよ。」 「いいじゃないですか。ここはプライベートビーチで、すぐそこが家なんですから。」 「風邪を引くよ。」 「夏ですよ?」 君は笑った。 私はこの赤の中に、彼が消えてしまうんじゃないかと思い、恐怖した。 「消えませんよ、オレは。」 思わず、走り、彼を抱き締めた。 「靴。」 腕の中に収まった彼が呟く。 「びしょびしょじゃないですか。」 「そうだね。」 私は腕の力を強めた。 腕の中の彼は笑ったようだった。 誰かを失うのは恐い。 誰かがこの腕の中から抜け出すのが恐い。 恐いんだよ。 この腕の中にいてくれれば、私は守りきれるのに。 それなのにどうしてこの腕から逃れようとするの? 「ヒトはね。」 見上げられる気配に、瞳を見つめた。 夕日に照らされ赤い瞳。 「傷付こうが、それで死のうが、自分で自分の道を決めて、歩き出すんですよ。」 「分かっているよ。」 「そうですか?」 試すように彼は口元を引き上げた。 「分かって、いるよ……。」 するり、と。 緩んだ腕から彼は抜け出した。 腕の中に連れ戻そうと伸ばした手が、空を切った。 彼は海の中に立ち、私を真っ直ぐ見つめてきた。 「オレは、貴方の腕の中より、貴方の隣に行きたいです。貴方に肩を貸せる存在になりたいです。」 彼は手を差し出して首を倒した。 この手を取ったら。 この手を握り返すことは……。 「うわっ。」 私は彼の手首を掴み、彼を抱き締め、腕の中へ抱え込んだ。 「やっぱり理解してないじゃないですか。」 困った人だなあと、彼は私の胸に頭を押し付けてきた。 「ごめんね。」 それでもやっぱり。 腕の中にいてくれないと安心できないんだ。 死なないで |