「何を見ているんだい?」
 隣に立つ人に顔を覗き込まれ、ジャンは顔面に笑みを作った。
「夕日です。総帥こそ、こんな所でなにを?」
「私はルーザーに少し用があってね。」
 マジックは答えると窓の外に視線を移した。
 丸い夕日と水平線。
 赤い光に目を細め、マジックは口を開いた。
「キミこそ、こんな所にいるなんて珍しいんじゃないのかい?」
 こんな所と研究棟を指され、勉強嫌いのキミがと言外に指摘され、ジャンは目を泳がせた。
 化学の抜き打ちテストで赤点を取ってしまい、サービスと高松に虐待まがいのスパルタ教育を受けたことも記憶に新しい。
 しかし総帥が、一士官生ごときの成績まで知っていようとは。
「……地獄耳。」
「何か言ったかね、ジャン。」
「いえ何も。」
 しれっと答えジャンは微笑んだ。
「高松に呼ばれたんです。」
 赤い太陽を見詰め、ジャンは答えた。
「面白いものを手に入れたので、サービスと一緒に見に来いと。」
「ほう。」
「論文なんですけどね。寿命を延ばす薬だとか、不老になる方法だとか。」
「それはまた……。」
 すっと真後ろにある扉を一瞥し、ジャンは言葉を続けた。
「中でサービスと高松が議論してます。老化を食い止める美容クリームを作るんだそうです。」
 ジャンはマジックの顔を見詰めた。
「貴方も興味が御有りですか?」
 夕日に照らされジャンの黒い瞳が赤く光った。
 マジックは息を飲んだ。
 人好きのする笑みを浮かべるジャンの顔からは、何も読み取れない。
 マジックは、答えられなかった。
 そんなマジックをジャンは笑った。
「冗談です。」
 ジャンは手の平で窓の縁を握り締め、また空と海と太陽を見詰めた。
 なにを彼が不安がっているのかなんてマジックには見当もつかなかったし、またついたとしても掛ける言葉を見付けることすらできないのだ。
 ただただ、夕日を浴びるジャンは赤かったし、ならば同じように陽を浴びる自分も赤いのだろうとマジックは思った。