28題目:脱出不可能


 はらり、 はらり と、白く冷たい破片が空から落ちて来た。
 これは雪だ、と思う。
「雪だ」
 呟いたオレの声に反応して、向かい合わせになった机に座っていた高松が、彼の後ろの窓を見た。
「ああ本当だ。初雪ですね」
「はじめて見た」
「へえ」
 高松は興味を失ったように論文執筆へ戻った。
 初めての雪。
 一度目の冬。




 はあぁと真っ赤になった手の平に息を当てた。何時の間にか感覚の無くなった手。
 見上げると、灰色の空から白い綿埃みたいなものが次ぎから次ぎへと落ちて来た。皮膚に付いて溶ける。服は雪だらけだった。
「冷てぇー」
 妙に気分が高揚している。
 この世界は初めて尽くしだ。
 汚い中に紛れ込む綺麗が面白い。
 土が薄っすら白くなっていた。
「“積る”のかな」
 積れば良いと思う。
 楽しそうだ。
「何をしているんだい」
 呆れたような声が後ろから聞こえた。
「お久しぶりです、マジック総帥」
 振り返って笑う。今日のオレは機嫌が良い。
 総帥は手を振り、秘書を下がらせるとオレに近付いて来た。
「いつから外にいるんだい」
「降り始めた頃から」
 パンパンとオレの頭や服に付いた雪を払いながら尋ねる総帥に、笑いながらオレは答えた。
「身体が冷えてしまっている」
 息を吐いて、マジック総帥は手をオレの首筋に当てた。
 熱い掌。
「火傷しそうです」
「それだけ冷えているんだ。コートもマフラーも手袋もしていないじゃないか」
「持っていないんです」
「……今度贈ろう」
 熱い手がオレの手を包み込む。
 手がじんじんと痛み出した。感覚が戻り始める。熱い。
「早く部屋に戻って、身体を温めたほうが良い」
 総帥が、手を離した。
 熱が消える。寒い、と、咄嗟に手を取った。
「ジャン?」
 熱が、戻る。じんわりと体温が混ざる。
「ぬるくなりました」
「君がずっと、私の手を握っているからだよ」
 途方に暮れた様に総帥が答えた。
 寒いと思った。一度思い出した寒さは容易に消えない。
 寒い 寒い 寒い
 身体の至る所に穴が空いていた。ひゅーひゅーと寒い。身中に氷があるのを思い出した。真っ赤な氷。寒い。暖まりたい。
「さあ、早く部屋に戻りなさい」
「貴方が」
 覗きこむ顔を見上げた。
「温めてください」
 握った手だけが温かかった。そこだけ風の音がしなかった。
 総帥は、虚を衝かれたような顔をし、そして困った様に笑った。
「まだ仕事が残っているんだ」
「そうですか」
 掴んでいた手を離した。
「残念です」
 寒い。寒い 寒い 寒い。
 ふわりと、首になにかが掛けられた。
 総帥の、赤いマフラー。
「だから、夜に部屋へおいで」
 オレの髪を撫で、マジック総帥は笑った。
「はい」
 安心してオレは笑った。
 少しだけ、身体が温かくなった。