40題目:猛毒


 島を見回っていたアスは、岬にジャンの姿を見つけた。
 気配を絶ち、ジャンに近づく。
 ジャンは草っぱらに寝転び、空を見上げたままピクリとも動かなかった。
 寝ているわけではないようだ。
 黒い瞳は真っ直ぐに空を見詰めていた。
 それに気付いたアスは、己の中にどす黒い渦が生まれるのを感じた。
 それが、ジャンが己に気付かない所為なのか、それとも「青い」空を見つめる所為なのかは分からなかったが。
 どちらなのか、それともどちらもなのか。
 アスは苛立ち、気配を絶つのを止めた。
 近づく気配に気が付いたのか、ジャンがアスを見上げた。
「よお。」
「なにをしているんですか。」
「なにって、日光浴?」
 適当に浮かべられた笑顔に、適当に発せられた言葉。
 アスは更に苛立ちを強め、ジャンを睨んだ。
「アス?」
 ジャンはなぜアスの機嫌が悪いのか理解できず、首を傾げて名を呼んだ。
 キラリとアスの瞳が輝いた。
 獲物を狙う獣の目をすると、アスはジャンに飛び掛った。
「うわっ ちょっ アスっっ」
 叫ぶジャンを無視して、その唇を塞ぐ。
 抵抗できぬよう、手首を大地に繋ぎ止め、身体に体重を掛けた。
 ジャンの口内を舌で犯し、息継ぎの暇も与えぬよう、その唇を、舌を吸った。
「ア……ス……。」
 ジャンの瞳に滲む涙を認め、アスはやっと満足したように唇を離した。
「なん……だよ、いきなり。」
 ジャンは荒く息を吐きながら、潤んだ瞳でアスを睨んだ。
 アスは答えず、ジャンのシャツに手を掛けた。
 一つ二つとボタンを外す。
「うわっちょ、ちょっと待てってオイ!!」
 ジャンは解放された手でアスの背を叩くが、アスは動きを止めなかった。
「こんな所で嫌だってのっ!!」
「静かにしなさい。ここは島の外れですから誰も来ません。」
「そういう問題じゃっっ!!……くぅっ。」
 胸を肌蹴られ、舌を這わされ、ジャンは上がりそうになる声を必死で押さえた。
 唯一自由になる足を、バタバタと蹴り上げる。
(クッソ)
 ジャンは容赦無く片足を蹴り、アスの背中を強打した。
「な、にを。」
「離せ。」
 赤い瞳に射られ、身体を硬直させた。
「どけって言っている。」
 怒りを湛えた眼がアスを睨む。アスはのろのろと身体を退けた。
 肘をつき身体起こしてシャツのボタンを填めるジャンを、アスは地面に腰を落としぼんやり見ていた。
「なんだよ。」
 ボタンを一番上まで嵌めたジャンがアスの顔を見た。
「なんでもありません。」
「ふうん。」
 ジャンは胡座を組み、微かに赤くなった手首を撫でた。
「なにイライラしてんだよ。」
「苛々なんてしていませんが?」
「してる。どうしたんだよ、一体。」
 アスはジャンが原因だと彼を睨みつけ、しかし口にしなかった。
「ふうん。」
 ジャンは呟くと空を見上げた。
 眩しそうに目を細めるジャンの姿に、その自分以外の青を見る姿に、アスは益々強くジャンを睨んだ。
 それを見て、溜息混じりにジャンは口を開けた。
「……おまえ、かわいいな。」
「何を言っているんですか。」
「別にぃぃ?」
 にんまりと笑うジャンにアスは顔を顰めた。
 読まれた。
「気にするなって。俺はおまえのそういうところも好きなんだからさ!」
「ジャン。最近、赤い秘石に似てきたのではないですか?」
「そんなに褒めるなって。いまさら口説かなくったって俺はおまえにメロメロなんだからさあ!」
 二人は目の笑っていない笑みを顔に浮かべた。
 不毛な見詰め合いが続く。
《なにしとるんだ……?》
 頭に響く声にアスは反射的に身を正し、ジャンは力を拡散させた。
「いえ、なんでもありません。」
《そうか?》
 立ち上がり伸びをするジャンを目で追いながら、同じく立ち上がりアスは青い秘石に答えた。
「はい。それよりなにか御用ですか?」
《……。オマエ、最近赤の番人に似てきたな……》
 溜息を吐きそうな口調で言われ、心外だと口を開いた。
「どの辺りがコイツに似ていると言うんですか。」
 ジャンを指差すアスに二つの声が同時に返った。
《しれっと話しをそらすところだ》
「しれっと話しをそらすところでしょう?」
 にこにことジャンは笑ってアスの方を見た。
「ですが青い秘石。私は意識してやっているが、青の番人のものは私の真似に過ぎない。これは生きた刻の長さの違いだけだと考えになられますか?」
 挑発する様に挑戦的に言葉を紡ぐジャンを、青い秘石は睥睨した。
《ソレにしてやられたモノが善く言う》
 青い秘石の嘲るかのような言葉に、しかしジャンは挑む眼を変えなかった。
 アスは状況を把握し損ね、内心で首を傾げた。
 ジャンと青の秘石は一時緊張し、ふうと緊張を解いた。
《……余り似ていないな》
「当たり前でしょう、青の秘石よ。」
 表情を消し答えるジャンに苦笑し、青い秘石はアスへ一瞬哀れむような気配を向け、島の風に意識を融かした。
「どうしたのでしょうか。」
「さーねー?」
 尋ねるアスに軽い口調でジャンは答え、くるりと背を向け歩き出した。
 アスは付いて行っていいものか迷い、その場に立ち尽くした。
 ピタリと数歩進んだ所でジャンが立ち止まる。
「帰ろうぜ。」
 ジャンは振り返り黒曜石の瞳でそれだけ言うとまた歩き出した。
 アスはその後を、ゆっくり歩いた。