SENTIMENTAL LOVE STORY


おんなじ顔をした違う生き物。
そういえば彼には半分青い血が流れていたんだったなと、思う。


「なに見てんだよ。」
イライラしたようにシンタローは己を見上げてくる元赤の番人を睨みつけた。
しかしジャンは机の端に両手を乗せ、変わらずシンタローを見つめてくる。
「どうしたんだ?」
ちょうど書類を持ってきたキンタローがシンタローに訊ねた。
「知らねーよ。さっきからずっとこうなんだ。」
おかげで集中できねえとシンタローはぼやいた。
「どうかしたのか?」
今度はジャンに問う。
しかしジャンは答えない。
「な?ずっとこうだぜ?」
ウザイとシンタローはもう一度ジャンを睨みつけた。
そして唐突にジャンは口を開く。
「シンタロー?」
「ああ?」
「好きだ。」
「は?」
「うん、好きだ。」
ひとり自己完結し部屋を出ようと立ち上がったジャンの腕をシンタローが咄嗟に掴んだ。
「ちょっと待て。オマエ朝からなに考えてたんだ?」
まさかずっと見蕩れてた訳じゃねえだろ、と睨みつけられジャンは視線を反らした。
「言え。言わねえと二度と口きかねえ。」
シンタローの言葉にジャンは卑怯者と呟き、渋々口を開いた。
「なんで好きなのかなーって考えてたんだよ。」
「は?」
「だからー。俺、めちゃくちゃお前のこと好きじゃん?だからなんで好きなのかなって考えてたんだよ。」
「………オマエ馬鹿だろ。」
疲れたとばかりにシンタローは大きく溜息を吐いた。
「好きに理由なんて必要ねぇだろ。」
「そーだけどさ。ほら俺元赤の番人の出戻り隊員ですから。なんで現総帥の青の人をこんなに愛しちゃってるのかと考える訳ですよ。」
告げた理由もくだらないと切捨てられる。
いじけるジャンを哀れに思ったのかキンタローがジャンに訊ねた。
「それで何故か分かったのか?」
「それがさー、ぜんっぜん。おんなじ顔だからかなぁーとか、青の一族だからかなぁーとか思ったけど、なんか違う気がして。結局シンタローがシンタローだから好きなのかなぁって。」
思った訳です。
ジャンはおどけるように笑った。
「アホ。」
「ああシンタロー酷い。」
クスンとジャンは泣き真似をする。
シンタローは気にも留めず書類にサインを入れていった。
「アホだろ。考えるだけ無駄じゃねーか。」
ジャンは笑う。
「そーかも。結局、どーしよもないくらいシンタローのことが好きだって改めて理解したぐらいだもんなぁ。」
ジャンは苦笑するとシンタローの頬に一つキスを落として部屋を出た。
もちろん眼魔砲を撃たれる前に。
「逃げ足の早え。」
「ジャンは色々考えているんだな。」
キンタローの言葉にシンタローは溜息を吐いた。
「アホなんだよ。無駄に歳取ってるくせに。」
俺に好きだと言ってみたり気持ちを返さなくていいと言ってみたり。
「俺にどうしろってんだ。」
「シンタローはジャンのことが好きなんだな。」
ブツブツと文句を言うシンタローにずれた反応をキンタローは返した。
「あのなぁ…。」
「違うのか?」
首を傾げたキンタローに、シンタローは溜息を吐いただけで答えなかった。






高松の研究室の自分の机で、ジャンは溜息を吐いていた。
「イテッ。」
「鬱陶しいですよアンタ。」
叩かれた頭を擦り、ジャンは恨みがましい目で高松を見上げた。
「なにすんだよ。」
「人の研究室で溜息つかないで貰えます?仕事の邪魔です。」
「仕事なんてしてないくせに…。」
反論は視線一つで封じられる。
口を閉じたジャンににっこり笑って高松はジャンの隣に腰を降ろす。
「コーヒー。」
「はいはい…。」
立ち上がり、ポットからお湯を注ぎインスタントコーヒーをいれる。
相手がサービスなら豆から挽くのだが、相手が高松ならこれで十分だ。
「そういえばアンタ、朝どこにいたんですか?」
「あー。シンタローそーすいのところ。」
「それはそれは。頑張りますね〜。」
「んー。なあ高松。オレなんでシンタローのこと好きなんだと思う?」
「はぁ?知りませんよそんなこと。」
またどうして?と高松は訊ねる。
「どうしてっていうか…なんでかなぁって。サービスだったらオレだって納得よ?でもシンタローよシンタロー。なんでかって思うじゃん。」
「……アンタが、歳取らないからじゃないんですか。」
「へ?」
「アンタはサービスに恋なんてしませんよ。サービスも私も、アンタを置いていきます。ですが、シンタロー様は、たぶん違う。」
「…オレのせいか?」
「違うでしょ。アンタのお陰です。……話しを戻しますが、明らかに寿命の違うもの、しかも相手の寿命が短いものにヒトは早々恋なんてしません。置いていかれるってわかっているんですから。ヒトはイヌに恋なんてしないでしょ?それと同じです。だからアンタはサービスに恋なんてしない。ですがシンタロー様は違う。あの方はアンタと同じように死なないでしょうし、老いないでしょう。だからアンタは恋をした。」
「………違うっ。」
「ですがそれが下地になっている。アンタ前に言ってたでしょう。『赤は青に、青は赤に惹かれる』って今までは心にブレーキが掛かってただけですよ。」
「………違う。」
「かもしれません。ただの想像ですから。」
「………ちょっと…上、行ってくる…。」
ふらふらと、ジャンは立ち上がった。






「余計なこと言いやがって…。」
シンタローはイヤホンを外すと苦虫を噛み潰した。
そして立ち上がる。
「どこへ行くんだ?」
「屋上。」
「サボりか。」
「違うっ。」
キンタローの質問に端的に答え、シンタローは総帥室を出た。
イライラしたように吐き捨てる。
「ドクターに人間と犬が恋愛しないのは寿命のせいじゃないって言っとけ!!」
「高松に?……どういう意味だ。」
シンタローの捨て科白にキンタローは首を傾げた。






屋上は強い風が吹いていた。
「……シンタロー?」
「よお。オマエもサボりか?」
逃避先の屋上でいま一番会いたくなかった人物を見つけたジャンは、思わずそのまま回れ右をしようとした。
しかしシンタローに名を呼ばれる。
「座れ。」とシンタローの隣を示され、のろのろとそこまで移動した。
特に会話もなく、ばさばさと風がシンタローの長髪を乱した。
風下に座るシンタローは、珍しくタバコを吹かしていた。
ジャンはそれをぼんやりと見つめる。
「なんだよ。」
「あ…いや、珍しいじゃんって。」
シンタローは口の端を持ち上げた。
「キスしたときに苦いのは嫌だってか?」
「唇になんてしたことないだろっ。」
からかうような口ぶりにジャンはつい勢いで応えてしまった。
「…そうだな。」
シンタローはフッと笑った。
ジャンは視線を反らした。
「…オマエ、なんで唇にしないワケ?」
「なんでって…。そういう場所に触っていいのは大切な人だけじゃん。オレなんかに軽々しく触らせちゃダメだろ。」
「ああ…そう。」
シンタローは目だけで苦笑した。
なにもわかってない。
ジャンはそれに気付かなかった。

再度沈黙が降りる。


ジリジリと短くなっていくタバコを、ジャンは見つめた。
正確にはタバコ、というよりもそれを持つ手だとか、指先だとか、唇だとか。
ぼんやりと、キスをしたいと思った。
いつものような子供騙しのキスでなく、その唇に触れたいと。
「すればいいだろ。減るもんじゃあるまいし。」
唐突に呟かれた科白に、ギクリと身を竦ませた。
「なにが…?」
「キス。したきゃしろよ。」
シンタローはジャンを見ない。
「ダメだろ…それは。」
「なんで。」
「いやだから…。」
「オマエさ、どうしたいわけ?」
「どうしたいって…?」
「オレに好きって言って、愛情のキスは与えず、オマエその先どうしたいわけ?」
「どうって…。」
「オマエ、俺のこと本当は好きだと思ってねーとか?」
「違うっ!!」
ジャンは叫んだ。
「オレはお前の事が好きなんだっ!!でも…。」
続けようとした言葉はシンタローに遮られる。
「ならそれでいいじゃねーか。」
「でも…利用してるだけかもしれない…。」
苦笑した。
「利用で恋って微妙に変だろ。」
「でも…なんでシンタローじゃなきゃだめなのかって思うじゃねぇか…。」
シンタローは気付かれないように溜息を吐いた。
そして口を開く。
「オレは恋愛に理由なんて必要ないと思ってる。だから、オマエが俺を好きだって言うならそれだけでいい。それでいいじゃねーか。」
「そう…かな。」
「そうだ。この俺が言ってんだからそれでいいだろう。」
高飛車に、シンタローは言い放った。
それにうっかりと、ジャンは納得してしまった。
「やっぱりシンタローはかっこいいなあ。」
「そりゃドーモ。」
シンタローはコンクリートにタバコを押し付けて火を消した。
唇が重なる。
「…目、閉じない?」
「やなこった。」
鼻で笑われ仕方なく、ジャンはジャンが目を瞑ると再度シンタローに口づけた。
「……キモチイイ。」
「そりゃよかったな。」
呟きに言葉を返され、ジャンはハッとシンタローから飛び退いた。
「ご、ごめんっ。」
眼魔砲だ、と思い咄嗟に両腕で顔を覆った。
しかし、衝撃はこない。
恐る恐る目を開けると、おかしそうに笑うシンタローの姿があった。
「シンタロー…?」
「ほんとオマエって。」
バカ。とシンタローは笑う。
「なんで怒んねーの…?」
「嫌だったら遠慮なくぶっとばしてるよ。」
噛み合わない会話にジャンは混乱した。
「まあ、キスする前にしなきゃいけねーことがあるとは思うけどな。」
「キスの前…?」
告白…?と頼りない口調でジャンは呟いた。
シンタローは笑いながら頷く。
「でもオレ、シンタローにちゃんと好きだって言ってるよな?」
自ら放棄し、想いを返されたことはないけれど、それは大分前から言い続けていることだった。
「俺の気持ちはいいワケ?」
「いや、だって…。」
自分が愛されるとは思ってないのだ。
想いを否定されるくらいなら聞かない方がいい。
「あのなぁ。」
シンタローは呆れたとばかりに手を上げた。
「オマエ、俺の言葉、ちゃんと聞いてたか?」
「当たり前だろ!!オレがシンタローの話しを聞かないはずねぇじゃん!」
「ああそう。だったらテメー、本物のバカだわ。」
「なんで人の事バカバカバカバカえっ?」
目を見開き、唇を押さえ、ジャンは口を閉じた。
「バカだからバカだってんだろ。」
「ななななななんで!!なんでキスすんだよ!!」
ジャンの胸ぐらを掴み、シンタローはジャンを引き寄せる。
二人の顔が、息が掛かるほどに近づく。
「オマエが、変なこと言ったり、余計なことぐちぐち考えてなきゃ、もっと簡単に片は付いたんだよ。」
ゆっくり、一言ずつ、噛んで含めるようにシンタローは言った。
「それがなんだ?『オレはお前が好きだけど、お前はオレのことを好きにならなくていい』だ?何がしてぇんだよテメーは。」
「や、な、なんか怒ってるぅ?シンタロー。」
「アァ?怒ってねぇとでも思ってんのかテメー。挙句くだらねぇことでぐだぐだ悩みやがって。男ならもっとハッキリしやがれっ。」
「は、はい…。」
遠慮なく殺気を振り撒くシンタローに、ジャンは首を縦に振っていた。
「じゃあもう一度聞いてやる。オマエ、俺とどうしたいんだ?」
「どうって…。」
ジャンは言い淀む。
胸を掴まれたままで身体を離すことは叶わなかったので、代わりに視線を外し、口を開いた。
「キスしたり…好きだって言ったり…思ったり…。」
「それをまたひとりで一方的にする気なワケ?」
スッと目を細めるシンタローにきょとんとジャンは首を傾げた。
「だってシンタロー、オレのこと好きじゃないじゃん。」
胸を掴んでいた手が離される。
シンタローは思わず手を額に当てた。
「シンタロー?」
「…そこからかよ…。」
あれだけ言って、まだ欠片も理解していないのか。
「オマエ、ある意味大物…。」
「へ?なにどうしたのシンタロー??」
「オマエ、さ。俺がオマエのこと好きじゃないなんていつ言った?」
膝の上に乗り上げているジャンを見上げ、シンタローは問う。
「えぇ?だってお前がオレのこと好きなわけないじゃん。オレ男だし、シンタローが好きになる理由ないし。」
シンタローは本日何度目かになるため息をこれみよがしに吐いてやった。
「わかった、よーくわかった。オマエがスットコドッコイでスカポンタンで、どうしよもないくらい鈍感アホンダラだってことはよーく、わかった。」
「なんだよ。なにもそこまで言わなくても…。」
「足りねぇくらいだろ。だいたいテメーは俺が好きでもないヤツにキスさせてやるほどお人好しだとでも思ってたのかよ。」
「え?」
「素敵に失礼だなテメー。」
「あのー?」
シンタローはジャンの首の後ろに手をやり、引き寄せた。
ジャンは咄嗟に壁に手を付き、倒れ込むのを防ぐ。
構わずシンタローはジャンを引き寄せ、その唇に口付けた。
触れ合わさるだけのものと違う、深い口付け。
生き物のように動く舌にジャンは理性が消えそうになる。
しかし抑え、抑えきれなかった部分が、シンタローに反撃を仕掛けた。
頭が霞掛ったようで、半分なにをしているのかわかってなかった。
お互いがお互いの舌を追い追われる。
漸く状況を理解できるようになったのは唇が離されて暫く経ってからだった。
「なん…で。」
「そっちが勝手にする気ならこっちも勝手にやらせてもらうかなって。」
シンタローは自嘲気味に笑った。
「初めはオマエの望むままにしてやろうかとも思ってたんだが、もうやめだ。」
「なにが…?」
ジャンが首を傾げる。
「俺もオマエのことが好きだって言ってんだよ。」
はっきりと、苦笑しながら、シンタローは答えた。
ジャンはシンタローを見つめ、言葉が脳に届いたのかそのまま10mほど後ろへ飛び退いた。
「う、うううそだっ!聞いてないぞオレっ!!」
シンタローから一番遠いフェンスに背をぶつけ、ジャンは喚く。
「テメェー。」
シンタローは青筋をひとつ立て、ジャンに詰め寄った。
「どういう意味だそりゃ。アァ?」
「だ、だって初めて聞いた…。」
「いい加減気付くと思ってたよコッチだってな。」
シンタローはフェンスに手を突きジャンの逃げ場を塞ぐ。
「テメーこそあれだけ言ってわかんねぇってのはどういうことだ?」
「だ、だってシンタローがオレのこと好きだなんて思うわけないだろ!?」
必死に弁明を試みるジャン。
彼にとっては、正に青天の霹靂だった。
心理的距離を取ろうと、身体がずり下がっていく。
見下ろしてくるシンタローを見上げ、なんか押し倒されてるみたいだなぁと逃避思考した。
「なに考えてんだテメー。」
シンタローは胡乱な目をジャンに向けた。
「押し倒されてる気がする。」
「はんっ。」
にやりとシンタローは笑う。
「押し倒してやろうか?」
「え、遠慮しておきます……。」
男に押し倒される趣味は、いまのところない。
しかしシンタローの言葉が本気だとすると、かなり危険な状況だと、ジャンは冷汗をかく。
そんなジャンの心情を理解したのか、突然、屈託無くシンタローは笑い出した。
「冗談だよ。別にオマエを抱こうなんて考えてねぇ。」
「は、はあ……。」
助かったと息を吐くジャンに分かってないなとシンタローは笑う。
「なにがだよ。」
「別に。ほら、仕事戻んぞ。」
シンタローは笑いをかみ殺し、ジャンを引き上げ出口に向かった。
「シンタロー。」
名前を呼ばれ、振り返る。
ジャンが真っ直ぐシンタローを見つめていた。
黒く、赤い瞳。真剣な、少し緊張した眼差し。
「愛してる。」
シンタローは小さく笑い、応えた。
「俺もさ。」
黒く、青い瞳が少し照れていた。







ジャンシンです。言い切った者が勝つのです。