赤の体、青の心

その村は静かだった。

クリスマス当日の夜。

驚くほどココは静かだった。

誰もいない村。夜空に浮かぶ月。

何故誰もいないのか。なにがあったのか。

その疑問に答える者すら此処にはいない。

人気がないことを確認すると、キンタローは民家から出た。

立ち止まり、息を吐く。

白い息が空に消えた。

シンタローの姿が無いことに気がついたキンタローは、

辺りを見回すと迷うことなく村外れに向かって歩きだした。




―――*――*―――*――*―――




カサリ、という音に、シンタローは後ろへ振り向いた。

「よお。」

ランプを持って教会の入り口に立つキンタローに、ポケットに手を突っ込んだまま笑いかける。

「よくここが分かったな〜。」

「当然だ。」

表情ひとつ変えず言ってのけた従兄弟に、シンタローは軽く肩を竦めた。

彼の従兄弟はいつでも素。この程度の言動は動揺に値しない。

キンタローはすたすたと彼の傍らまで歩み寄った。

「この村には我々以外誰もいなかったぞ。」

「そうか。」

報告を受けるシンタローは、しかし予想していた事だったので軽く頷いただけだった。

「土地が枯れてしまったんだろう。」

「多分な。」

水がかれ、土地が枯れ。作物が取れなくなりここを捨てたのだろうというキンタローの意見に同意し、シンタローは目を伏せた。

そんなシンタローの心の内には構わず、キンタローは彼に訊ねた。

「なにを見ていたんだ?」

「ん?ああ…。」

シンタローはツっと視線を上げた。

「キレイ、だろ?」

見上げた先に掛かっていたのは、一枚の宗教画。

救世主と謳われた赤子と、その母の姿。

その絵はどこか埃っぽく、存在を忘れられ久しく時が流れているだろう。

大きく刳り貫かれた窓から注ぐ月明かりに照らされ、青白く浮かび上がっていた。

「この辺の普遍的な宗教でよー。この母親はこの子を、父親を介することなく産み落としたんだと。」

「そんなことがあるのか?」

「さあな。」

シンタローは微かに笑った。

「昔話みたいなもんだしな。だけど“そんなこと”だから、神の使いなのかも知れねえ。」

救世主と謳われた ――背負わされ生み出された―― 神の子。










「……オマエはオマエだ。」

ややあってキンタローは憮然として言った。

なんの事かとシンタローが横を向くと、キンタローが絵画を睨みつけていた。

「キンタロー…?」

「俺の従兄弟でグンマの兄弟でコタローの兄でマジック叔父貴の息子でガンマ団の総帥だ。」

違うのか?と。真顔で問いかけてくる顔に、シンタローは思わず噴出した。

「シンタロー?」

腹を抱え、咳き込むほどに笑い出した従兄弟の様子に、キンタローは眉を顰めた。

正体の知れぬ己の怒りと、隣りで笑い転げる男の、関連が分からない。

「同じだった時には考えるまでもなかったのにな。」

「元に戻せってもイヤだからな。」

キンタローは、目じりに涙を浮かべながらも己の呟きの意味を正確に汲み取った男に2、3目を瞬かせた。

そして彼も穏やかに笑った。

「俺も願い下げだ。」

「そりゃそーだろーよ。」

キンタローは、まだ笑いの発作が治まらないらしい従兄弟に付き合いきれんとばかりに肩を竦め、出口へと歩き出した。

シンタローも慌ててそれを追い、横へと並ぶ。

外へ出る瞬間、シンタローはあの絵を振りかえった。

月明かりに照らされた絵は、それでもやはり綺麗だった。