後編


「それでも俺は、パプワに顔向け出来ねえことはしねえ」
しっかりと青い秘石を見つめ、シンタローは答えた。
《"パプワ"か……》
青い秘石は口を閉じる。
そんな沈黙に、ジャンは首を傾げたまま不思議そうな顔をしてマジックを見上げた。
「ねーまじさん。みんなどーしたの?」
「うーん、どうしたんだろうね?」
マジックはにっこりと笑うと、立ち上がりジャンを抱き上げ、ぐるりと祠を見回した。
「ところでアスくんがいないようなんだけど、どうしようか?」
困った様に笑うマジックの台詞に高松とシンタローが固まった。










「それでねパプワくん。こないだみんなで遊園地に行ってね」
コタローは、パプワとチャッピーと森の中を歩いていた。
「僕は作り物のお化けなんて平気なんだけど、アスはすっごく怯えちゃっておとうさんと途中にある出口から外に出て行ったよ〜。僕はキンタローお兄ちゃんとジャンと一緒にゴールまで行って証明書貰ったんだ! そのあとアスがジャンとちょっと喧嘩しちゃってね。でもすぐに仲直りしてそれからみんなでソフトクリーム食べたんだ!」
「楽しかったか、コタロー」
「うん!」
元気に笑顔で答えるコタローに、パプワも優しい顔で一つ頷いた。
「それにしても、お兄ちゃんもおとうさんも早く帰ってこないかな。もうお昼になっちゃったよ〜。僕もうおなかぺっこぺこ」
「うむ。育ち盛りの子供を放って置くとはまったくけしからんな」
「文句言いに行こうよパプワくん」
「うむ」
お腹を空かせた二人と一匹は、東の森へと歩き出した。
その先に秘石の住まう祠がある。
シンタローとマジックはそこにいるはずだった。
「早く呼びに行かないと。キンタローお兄ちゃんだってお腹空かせて待ってるだろうし。
……どうしたのパプワくん」
「わう?」
コタローとチャッピーは突然立ち止まったパプワに首を傾げた。
「んー」
怯えたようにガサリと動く茂み。パプワは足元から小枝を拾うと茂みに投げた。
「んばばっ」
「うわっ」
とさりと誰かが茂みの向こうでしりもちをつく音が聞こえた。
「誰かいるの?」
茂みを掻き分けた先で、アスがぺたんと転んでしまっていた。
「あれ? アスじゃないか。こんなところでなにやってるの? お兄ちゃんと祠に行ったんじゃなかったっけ。ジャンは?」
アスは怯えたように後退り、背後の木の幹に背中をぶつけた。
「アス? どうしたの」
コタローはしゃがんでアスと視線の高さを合わせた。
アスは無表情に黙り込み、顔を俯かせる。
「アス?」
「おまえがアスか?」
パプワがコタローの前に出た。
パプワの声にアスが顔を上げた。
「パプワ……さま」
「どうしたんだ?おまえ、泣いているぞ」
一筋流れる涙に頭を振って、アスは膝を立て顔を埋めた。
「どうしちゃったんだよアス。誰かに虐められたの?」
コタローの声に、アスは静かに身体を震わせたまま沈黙を守った。
「アスー」
パプワはアスに歩み寄ると、その小さな頭を撫でた。
「なにがあったか知らないが、泣きたい時は泣いていいんだぞー」
優しく頭を撫でるパプワにアスはしゃくりあげた。
顔を上げ、大きな青い瞳でパプワの顔を見上げる。
「どうしてっ……!!」
「なにがだー?」
「おれはしってるっ! おれはこのしまをきずつけたのにっあなたのたいせつなひとをきずつけたのにっ! どうしておれにやさしくするっっ」
ぎゅうっと目をつぶり、アスは顔を歪ませた。
「おれはいないほうがいいのにっ! アスはっ……いないほうがみんなしあわせになれるのに……」
「そんなことは絶対にないぞーアス」
パプワは頭を撫でる手を止めずアスに話しかけた。
「居ないほうがいい人なんて誰一人としていないんだぞー」
コタローはポケットからハンカチを引っ張り出すと、アスの手に握らせた。
アスは小さな手でそれをぎゅっと握り締めた。
「この島に住むみんな、僕の友達だ。おまえも僕の友達なんだぞ、アス」
アスはおそるおそる顔を上げた。パプワはそんなアスに優しく微笑んだ。
アスは、パプワにしがみ付いて大声を出して泣いた。

「パプワーコタローアスーーっ」

遠くからシンタロー達の声が聞こえ始めた。










一同は祠に戻った。
目を真っ赤にしたアスは青い秘石の傍に座りこみ、時々しゃっくりをあげていた。
その隣に、心配そうな顔をしたジャンも座りこむ。
「あすー、どこいってたのー?」
ジャンの問いにアスは小さく頭を振った。
「あすー?」
ぎゅっと口を結んで頭を振るアスと、ジャンはそっとぎゅっと手を繋いだ。
「どうして」
アスの前にしゃがみ込み、高松は口を開いた。
「どうして一人で出て行ったりしたんですか?」
アスは高松から顔を背け、伏せた。
「……おれに、かまうな」
涙声で言うと、あとは小さく泣くばかりだった。
「どうして、……そんなことを言うのですか?」
高松の問いかけに、小さな身体を小さく丸め、逃げるようにアスはぎゅうと身体を硬くした。
高松の問いかけに答えたのは青い秘石だった。
《そいつらは、ジャンとアスは、知っている》
「なにをですか」
立ち上がり、高松は青い秘石を見上げた。
《ただの知識だ。それでも知っている》
「だから『なにを』ですか」
苛立ったように高松は青い秘石を睨んだ。
青い秘石は静かに空間を震わせ、そして答えた。
《ジャンとアスの記憶を》



「ハ?」
鼻で笑うように高松は応えた。
「なにを言い出すかと思えば馬鹿馬鹿しい。嘘を吐くならもっとマシな嘘を考えて欲しいものですね」
《信じられないか》
「そんな幼稚園児も騙せないような嘘、誰が信じると言うんですか」
青い秘石の気配が下を向いた。
それに気が付き、ジャンは顔を上げ首を傾げた。
「なーに?」
《オマエが初めてそいつに会ったのはいつのことだ?》
「たかまつー? えーとね、おおきいほうはね、うーーーん、ずっとまえ!」
《どれくらい前だ》
「えーーーとー、おおきいぼくがーこのしまにもどるまえ! でねー、まだしんちゃんがうまれるまえっ!」
高松の表情が、段々と凍り付いていく。
《大きいオマエとは何者だ?》
「んん? おおきいぼくはねー、いまねむってるの! ぼくのなかにいるのよー」
にっこりと微笑むジャンに邪気は無い。
「どういう、ことですか……」
色のない声に、青い秘石は視線を合わさず虚空を見つめた。
《番人の体は、本来精神に依る》
静かに青い秘石は話し始めた。
《体は、その精神が覚えている容になる》
眉を顰め、鋭い視線で青い秘石を射る高松に、静かに笑い、青い秘石はシンタローを指した。
《オマエのその体には、オマエがつけられた傷があるだろう》
「あ? そりゃ、たまには怪我したりもするしな」
《その傷の中に、昔つけたものも混ざっているはずだ》
「そりゃそうだろ。なに当たり前のこと言ってんだ?」
《当たり前、か。だがその体は、七年前に赤の番人から貰った物だろう。それなのに何故それ以前にオマエがつけられた傷がいまの体にあると思う》
シンタローは言われて気付いたのか目を瞬かせた。
《そしてオマエの元の体にはオマエの傷はないな》
シンタローは「そうなのか?」とキンタローを振り返った。
「ああ。俺の体には俺が付けた傷以外存在しない。何故だ?」
シンタローに視線を戻し、青い秘石は静かに笑う。
《オマエは影とはいえ青の番人だからな。精神が覚えている容に体が合わせたのだ。番人にとって体は入れ物にすぎない。精神が抜ければ体から番人の受けた傷は消える》
「なにが、言いたいんですか」
低く、高松が問った。
《……何故、赤い秘石にしろ私にしろ、青の一族の子の体に送り込むのに、影やコピーを必要としたと思う》
「そんな理由、私の知ったこっちゃありませんよ」
《特に赤い秘石は、ジャンを送り込むなどという回りくどい事をするより、初めから青の子にジャンの精神を潜りこませ乗っ取る方が確実だっただろうのに》
「それは青い秘石に気付かれるのを防ぐためなのではないのか?」
首を傾げるキンタローの言葉を青い秘石は否定する。
《それは違う。どちらにせよ、赤い秘石の生み出したものの気配ならわかった。だからこそ青の子の体に送りこまれたジャンのコピーを消せたのだ》
赤くなった青い目を擦るアスの頬を、コタローはハンカチで拭ってやった。
青い秘石が再度シンタローを指す。
《もし、オマエの精神をいまのその青の子に移したとしたら、どうなると思う》
コタローに視線を転じ、青い秘石は問った。
「ああん?」
《まあ、少年と大人程度の差異ならば問題はないのかもしれんが……もしもオマエの精神を生まれたばかりの赤子に移したら、どうなると思う》
睨め付けるシンタローの視線を受け流し青い秘石は尋ねた。
「ああ。そうか」
一人納得したように声を上げるマジックに視線が集まる。
「なにがそうなんだよ」
「ん? もしもシンちゃんが……いや、大人の体つきに成長している番人の精神が生まれたばかりの赤子の体に入れば、その赤子の体が成長した大人のものになろうとする。ということだろう?」
にこにこと、捕らえ処の無い笑顔を浮かべマジックは答えた。
「番人の精神を赤子に入れるとどうなるんだい?」
《良くて、赤子の肉体が壊れる。悪ければお互い消滅だな》
その情景を想像したのかシンタローが身震いした。
《だからこそ、赤い秘石はコピーという形でしか青の子に精神を潜りこませることはできなかった。そして私も影を必要とした》
「だからそれがなんだって言うんですか。さっきからグダグダとよく下らない事を垂れ流す口ですねえ」
青い秘石は息を吐く様に笑う。
《青の番人も赤の番人も、肉体どころか己の精神まで損ないそうになった。だからそいつらがここにいる》
「どういう意味ですか」
《青と赤の番人の体が縮んだ。だが、精神はそのままだ。ならば精神は意識せずに、体を精神が覚えている容にしようとする。しかしそれは適わない。そのまま無理に精神が覚えている容をとろうとすれば、体も精神も消滅する。だからそれを回避するために記憶を封じそいつらを造った。一種の防衛行動だな。》
「つくった……」
呟きに、わかっていない顔でジャンは首を傾げ、アスは身を強張らせた。
《造ったというと正確ではないがな。そいつらは、やはりそいつらだ。ジャンとアスであることは間違いない》
「そう……なんですか?」
高松の言葉にグッと首と体を斜めにして小さなジャンは唸った。
「う〜んとねー? ぼくはー、じゃんなの。でね、ぼくのおくにー、おおきいぼくがねむってるの。ぼくはね、おおきいぼくのぶんしん?なの! しゅばばってぶんれつしたのよー!」
にっこりとジャンは笑った。
「……あなたは、ジャンじゃないんですか……?」
「うーんとねー、ぼくのなかにおおきいじゃんのきおくはあるけど、ぼくはおおきいじゃんじゃないもん。でもぼくはじゃんなの。おおきいほうもぼくもじゃんなの」
小さなジャンは立ち上がると、エッヘンと胸を張った。
「だってぼくはぼくであすはあすでたかまつはたかまつだもん! ぼくはあすのことがすきでおおきいぼくもあすがたいせつなの! ちがうけどいっしょ! ねー!」
ジャンは振り返るとにっこりとアスに同意を求めた。
アスは怯えたような目でジャンと、そしてその後ろに立つ高松を見上げた。
高松は、口を開けなかった。
《アスは、ジャンよりも正確に記憶を取り出すことができる。赤の番人は余り上手く知識を取り出すことができないよう造られた。だがアスは違う。そいつはすべて覚えている。自分ではない己が何をしたのか、どう思われているのか》
皆がなにも言えない中で、静かに青い秘石は言葉を紡いだ。
《……本当にこのままではいけないのか? 青と赤の番人の記憶を封じることは可能だ。そうすれば馬鹿みたいな知識に振り回されることもなくなる。そうした上でこのまま暮らしたほうがいいのではないか……?》
「青玉ーー」
いままでじっと見守っていたパプワが青い秘石を見上げた。
「それでアスは幸せになれるのかー」
青い秘石は視線を伏せた。
《……わかって、いるさ》
「ごめんなさい……」
「なんでおまえが謝るのさっ!」
体を丸く縮めごめんなさいと繰り返すアスにコタローが声を上げた。
「おまえはこれっぽっちも悪くないだろ! 謝らなきゃいけないのは……きっと僕たちだ」
「コタロー……」
「ちがうっ!」
俯くコタローに、シンタローはぽつりと呟き、アスは勢いよく顔を上げた。
「わるいのはおれだっ! おれがみんなをきずつけたから! おれがおまえたちをきずつけたからっ!!!」
「僕も、たくさんの人を傷つけたから。お兄ちゃんも、お父さんも、この島も、そしてパプワくんも」
ハッと息をのんだ。
「でもね、償いはできると思うんだ。償うことも謝ることも、きっとみんなで仲良くなることも。
それを忘れちゃダメだし、努力を放棄するのも、きっとダメなんだよ。それに……」
コタローはしゃがみ込みアスに手を伸ばした。
「それに、僕はおまえに笑っていて欲しいよ」
アスの頬に付いた涙の跡を拭いて、コタローは穏やかに笑って首を傾げた。
「おまえとジャンとパプワくんとお兄ちゃんとみんなと、一緒に笑っていたいよ。だって、友達だろ」
「ともだち……」
呆然とアスは呟いた
「そうだよ。僕もジャンもパプワくんも、おまえの友達だろ」
アスは揺れた瞳でパプワを見つめた。嘘だと叫ぶ瞳。
パプワはまっすぐにアスの目を見つめ返した。
「ああ。おまえもぼくの友達だぞ、アス」
アスの瞳に、また涙が溢れる。
「あー、ほら、泣くなよ」
「だってっ……」
「あすー!」
必死に袖口で目を擦るアスにぎゅっとジャンが抱きついた。
「ぼくもともだちよー! ねっ!」
「ああ。うん。ありがとう……」
嬉しそうにふんわりとアスは笑った。



《どう……するんだ?》
静かな声が響いた。
どちらに対する問ともつかぬ青い秘石の声。
押し黙る気配がある中で、アスは左手でごしごしと両目を擦ると青い秘石を真っ直ぐ見上げた。
その視線に、ふぅと青い秘石は息を吐いた。
《オマエはそれでいいのか?》
確認するような青い秘石の言葉にしっかりとアスは頷き、ゆっくりと口を開いた。
「おれは、ずっと、はやくおおきくなりたいとおもっていた。このてはちいさすぎてたいせつなひとをまもれないから。これじゃあこたえになりませんか」
《……赤の番人と、一緒にいられなくなるんだぞ》
アスはぎゅっと唇を結んだ。それでも視線の強さは変わらない。
《本当に、いいのか?》
コクリ。アスは頷き振り返った。
「まもりたいひとができたから」
パプワを見る目は強い意志に満ちていた。
ふぅと、青い秘石はもう何度目になるかもわからない息を吐いた。
波紋が広がるように揺れる空間。
その震えに、今までまったく話に入ってこなかった赤い秘石がぱちりと意識を青い秘石に移した。
《戻しちゃうんですか!?》
《……このままにしておく訳にもいかないだろう》
《えー、もったいない。こんなに可愛いのに。ねー》
「ねー」
小さなジャンはにっこりと赤い秘石と顔を見合わせて笑った。
青い秘石は静かに笑う。
《そういう訳にもいかんさ》
そして立ち尽す高松に視線を向けた。
《戻すのは簡単だ。その作ったという解毒剤とやらを飲ませればいい。それで体も記憶も元に戻る。
……これで用は済んだか》
「えっ。……はい」
《本当に戻しちゃうんですかー? いいじゃないですか、このままこの島で暮らせば》
にこにこと邪気の無い声を高松に掛ける。
《こんなに可愛いんですし、それにジャンだってなにか不満があるようには見えませんし!》
「それは……」
高松は答えられなかった。
「きみはどう思うんだい?」
マジックは秘石の前に座る二人の小さな子供の前に歩み寄り、ジャンの前に片膝をついた。
「どーおー?」
「うん。ジャンくんはどうしたい? 大きいきみに戻りたいかい? それともこのままでいたいかい?」
コタローが不安そうな目でマジックを見つめていた。
「う〜んとねっ! ぼくもね、あすといっしょがいいの!」
「一緒?」
「うん! あすといっしょ! いっしょにおおきくっ!」
「……そうかあ。でもね、ジャンくん。もし二人とも大きくなってしまったら、もしかしたら二人で一緒にいられないかもしれないよ?」
「親父っ」
小さく咎める様にシンタローが声を上げた。
しかしジャンはにっこりと笑った。
「だいじょーぶよー?」
「大丈夫?」
「うん! だって、ぼくはあすがすきで、あすはぼくがすきだもん! はなれててもいっしょ!! それにねー、きっといつかみんなでまたいっしょにくらせるもん。ねー」
ジャンはアスににっこり同意を求めた。
アスは考える様に眉間に少し皺を寄せて地面を見つめた。
そして首を傾げてコタローを見る。
「つぐなえるとおもうか」
「うん。そう信じてるよ」
しっかり頷くコタローの言葉を聞いて、アスはジャンに頷き返した。
「ああ、どりょくする」
「ねー! ぜーんぶだいじょーぶ!」
エッヘンと胸を張るジャンにマジックは小さく笑った。
「そうか。うん、そうだね」
マジックはジャンの頭を撫でるとアスの身体を抱き上げた。
突然の接触に身を固くするアスに少し残念そうな顔をして、それでも子供たちが気付くよりも早くその顔に笑みを浮かべて、マジックはアスの頭を撫でた。
「帰ろうか」
アスはいつものように無表情にコクリと頷き、ジャンは『ぼくもー!』とマジックに腕を伸ばした。

























おきておきてっ!!

 ん……うぅーん……

ねえおきてってば! おおきいぼくっっ!


 「…………え?」



ジャンはぱちりと瞼を叩いて白い天井を見つめた。
(あれ?)
ゆっくりとベッドの上で身を起こす。
ぐるりと室内を見回せば、そこは見知った場所。
ガンマ団本部の医務室だった。
「えー? オレ、研究室で……」
そこまで言って頭を振った。
まだ頭が上手く働いていないようだ。
霞みが掛かったような頭の中に眉を寄せ、ジャンは思考を廻らせた。
(確か、今日中に終わらせたい実験があって一人で残ってたんだよ。そうしたらアイツが来て……)
「ああ、そうか」
腑に落ち、ジャンはポンと手を打った。
そして意識を現実に戻せば、どうやら扉の外が騒がしい。
 『アンタの都合なんて私の知ったこっちゃありませんよ』
高松の声。彼だけじゃないなと、ジャンは一人で笑った。キンタローとグンマとマジックと……。
ガチャリと部屋のノブが回された。
「やあ、起きたかい」
顔を出したマジックに軽く肩を竦めることで応える。
「気分はどうだい」
「特におかしな所はありません」
「状況は?」
「覚えています」
「ふむ」
マジックは外の廊下に声を掛けた。
 『とっとと入りなさいっ!』
高松の声と同時に、突き飛ばされる様に人が入ってきた。
「ごゆっくり」
マジックはジャンに微笑むと二人を残し部屋を後にした。
廊下の気配もなくなり、しんとする。
室内に放り込まれたアスは疲れたような表情を浮かべていた。
「大丈夫か?」
「馬鹿がよってたかって」
忌々しそうに呟くアスに笑う。
そもそも人と触れるのがあまり得意ではないのだ。
「気ぃー使ってくれたんだって」
「いりません」
「ヒッデ」
言葉も会話も少なかった。
「行くのか?」
「ええ」
「うん。パプワ様によろしく」
そっぽを向くアスにジャンは笑う。微かに頬が紅い。
ジャンはにやりと笑って口を開いた。
「寂しくて泣きたくなる前に会いに来いよ〜」
「誰が」
ジロリと鋭く睨み付けられてもジャンは怯まない。
「えーー。だって、寂しくてオレに会いに来てあんなことになっちゃったのにぃ〜」
図星を指され、アスは言葉に詰まった。
「まー、実験室でもみ合いの喧嘩はもう勘弁してもらいたいけどさ」
「誰もこんなところになんて心配しなくてももう二度と来ませんよ」
ジャンは楽しそうに笑い、アスは付き合ってられないとばかりにノブを回した。
「またな」
「……ええ」
小さく、それでも確実にアスは頷き、医務室を後にした。








「やあ」
誰もいない廊下にマジックは立っていた。
アスはにこにこと笑うその姿を認め眉間に皺を寄せた。
マジックはそんなアスの態度を気にする様でもなく話し始めた。
「やっぱり私はきみのことを許せそうにないな」
アスはなにを言い出すんだと目付きを鋭くする。
「許したふりも考えなかったわけじゃないけれどね。シンちゃんが言うんだ。『許せないものは許せないままで良い』って」
「なにをクダラナイことを。別に私はあなた達からの許しなど必要としていませんよ」
「そしてね『認めなきゃ先には進めないんだ』って。うん。やっぱり私はきみを許せそうにないんだよ」
マジックはにこにこと表情の読めない顔で笑って言った。
「また遊びに来なさい」
「ハァ?」
鳩が豆鉄砲食らった顔をしたアスに、心底楽しそうにマジックは笑って立ち去った。










「いいんですか」
「んーー?」
医務室のある塔の屋上。
手すりに身体を凭れ掛からせ、ジャンは遥か地上を見つめていた。
視線の先には敷地から出て行こうとする長い銀髪。
「行ってしまいますよ」
「いいんだよ」
ジャンは振り返り手すりに背中を預け高松に笑いかけた。
パラパラと遠くからヘリの近づく音がした。サービスのヘリだ。
ジャンは嬉しそうな顔でヘリを目で追い口を開いた。
「オレの居場所はここだから」
スッと言われた言葉に高松はジャンを見遣り、青く澄んだ空に目を細め空を仰いだ。



(終)
−−−−−
おしまい。
誤字脱字オマエこの伏線どうなったんだよえ?これってどういう意味?等ありましたら拍手等からご指摘ください。
お付き合いくださり、ありがとうございました。