グリーン・アベンチュリン・クォーツ

10月14日の続き



ジャンはいつも時の止まった腕時計を身につけていた。高松の元で科学者になるべく勉強を始めたキンタローは、かねてからの疑問をジャンにぶつけた。
「どうして壊れた時計をつけているんだ?」
「え? これか?」
付けた時計を見せる様に左腕を上げるジャンにキンタローは頷きを返した。
「ああ。動いてないということは壊れているんだろう? 時間を知ることができない時計なんて無意味じゃないのか?」
「いや、電池が切れちゃってるだけなんだと思う。入れ換えれば動くと思うぜ」
「ならどうして電池を換えないんだ?」
「あー、なんとなく、やりそびれちゃってるだけだよ。島にいる時しょっちゅういじってて、電池が切れてなんとなくそのまま。深い意味はないんだ」
「そうなのか」
「ああ。そーだぜ。どうしたんだよ急に」
「気になっていたから聞いただけだ」
「ふーん」
ジャンは藍色の文字盤を見つめ表面をなぞった。
「いい時計だな」
「そう思うか?」
「ああ。俺はそれに価値があるかどうかは分からない。だが俺はその時計を気に入っている。だから動いている所が見たい」
「そっか……。じゃあ、直してこようかな」
「ああ。楽しみにしている」
文字盤の向こうの遠くを見つめ、ジャンは了承の印に頷いた。






一ヶ月後。
ジャンの腕でカチリカチリと動く時計に高松が目敏く気付いた。
「おや。直したんですか、それ」
「ああ。キンタローが動いてるとこ見たいって言っててさ。親子だよなー。好み一緒」
へらへら笑うジャンを持っていたファイルで叩いた。
「イッテーな。なにするんだよ!」
「つべこべ言わずそれを私に寄越しなさい。アンタには、勿体無さすぎます!」
「やだよ。」
ジャンはへらりと笑うことを辞めない。
高松はやがて諦めて息を吐いた。
ルーザーは最後までジャンの名前を覚えなかった。必要のないものを記憶するのは馬鹿げていると思っている人だった。赤の一族という情報は記憶したが、ジャンの名前はとうとう覚えないままだった。ただ赤の一族と、時計を預けたままの相手と、そう記憶していた。その時計をジャンはいまも持っている。そして帰って来てからも直そうとしなかった時計を、ジャンは直した。
「おっかしーんだよ。なんも変わってないんだ。同じように時間を教えて長さを計る。何十年も経って、止まってたくせに、電池を換えてメンテナンスしたら元通り。それでおしまい。25年前のあの日と同じ。なにも変わってないんだ、この時計だけ」
「キンタロー様が好きなんですか?」
唐突とも取れる問いにジャンは首を傾げることもなく考え始めた。
「どう……かな。わかんねーや。でも、動いてるコイツが見たいって言うなら、動かしてもいいかと思ったよ。でも、あの人の息子だからじゃないのかって聞かれたら、答えられないよ」
もう一度、高松はジャンを叩く。
「アンタやっぱりそれ私に寄越しなさい。私の大切なルーザー様コレクションに加えますから」
「えー。おまえはいっぱい持ってんじゃん、ルーザー様の私物。オレ、これしか持ってないんだぜ?」
「アンタはそれを預かってるだけでしょう。私がルーザー様に渡しておきますから寄越しなさい」
「どーやってー」
ジャンは笑いクロノクロスの文字盤を撫でた。
「渡すならオレが直接渡すよ。それができないなら……そうだな。キンタローに譲るってのも、いいのかもしれないな」
文字盤の向こうの遠くを見つめ、ジャンは消え入る様に笑った。



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10月15日の誕生石は「グリーン・アベンチュリン・クォーツ」
石言葉は「ラブ・チャンス」
もうちょっと続きます。