カーネリアン

10月16日の続き



「……随分と失礼な反応だな」
「いや、だって」
椅子から転げ落ち床に尻餅ついて、ジャンはもごもごと言い訳した。
「そんなこと言われるなんて思ってなかったんだ。仕方ねーじゃん」
「俺もこんなことをおまえに言うことになるとは思ってなかった」
「なんだよ、それ」
ガシガシ頭を掻きながらジャンは立ち上がった。倒れた椅子を直し溜め息を吐く。
「オレの事が好きなのか」
「ああ、そのようだ」
「そのようだって……」
「いま気が付いたんだ、仕方ないだろう」
「なんで」
「おまえに父さんと同一視されるのは不愉快だ。それが何故か分からなかったがいま分かった。俺は父さんに嫉妬している。おまえに愛され、死して尚その愛を独占している父が憎い。そしていまなお俺の父親を愛し、その父親に瓜二つと言われる俺を父親と同一視するおまえに苛立ちを感じた。俺はその目でおまえに俺を見て欲しいと思ったんだ。おまえが父さんを見るのと同じ目で。たぶんこれが好きということだと思う。俺はジャンのことを愛しているんだと思う」
真っ直ぐ見詰めてくるキンタローにジャンはたじろいだ。キンタローはそれに気付かず目に溜まった涙をハンカチで拭った。涙はいつのまにか止まっていた。
「そう仮定すれば全てに納得がいく。どうしてこれが父さんの持ち物でおまえが父さんを愛していたと知った瞬間に激情にかられたのか。俺は俺を見ないおまえに傷付いたんだ」
ジャンは椅子の背もたれに手をつき俯き強く目を瞑った。
それを見てキンタローも俯いた。
「……すまない。困らせるつもりはないんだ」
「え? あ、いや……ごめん」
断られたとショックを受けるキンタローに違う違うとジャンは手を振った。
「そう言う意味じゃなくてさ。あー、そういう意味で言うならありがとう、かな? オレのこと好きって言ってくれて嬉しいよ。ごめんって言うのは傷つけたこと。ああ、でもごめん、まだちょっと混乱してる。オレのことが好きなの?」
キンタローはしっかりと頷いた。
「そっかー。そうか。うん」
ジャンは椅子に座りなおした。キンタローもそれに倣う。
「時計さ、なんとなくそのまんまで、おまえが動いてるとこ見たいって言って、直してもいいかって思って、それをおまえにやれば何か変わるかなって思った。いいかげん吹っ切らなきゃいけないとも思っていたし、好い機会だと思った。お前に渡して気に入ったって言ってくれて、なんか軽くなったよ。だから……参ったな」
「俺のことをどう思っているんだ」
「……ルーザー様の息子。年下の我が侭なガキ」
「餓鬼……」
「参ったな……」
「……それは振られたと取ればいいのか」
「そうじゃ、なくて」
「なら俺のことを好きなのか」
0か1かを迫るキンタローに答えあぐねジャンは息を吐いた。
「……お友達から、とか、ダメか?」
「お友達?」
「交換日記とか二人で遊びに行くとか、健全に。いきなり好きって言われても。こう、心の準備が。……この提案もズリィな」
「お友達の間におまえを口説いてもいいのか?」
「あーまあ。それはいいんじゃないの?」
「なら俺はそれでいい」
「じゃあ、よろしくお願いします?」
「ああ」
顔色を窺がいながら頭を下げるジャンに、キンタローも頭を下げた。





「グンマ、交換日記というのは何を書けばいいんだ?」
「交換日記? どうしたのキンちゃん? 誰かとするの?」
グンマは研究室に訊ねて来た最近できた従兄弟に首を傾げた。
「ああ、ジャンとすることになった」
「へー。うーん、好きなものとか、その日あった事でいいと思うけど。相手の考えてることを知るためにするようなものだしね」
「そうか、ありがとう」
「どういたしまして」
にっこりとグンマは笑うともう一度首を傾げた。
「あれ? どうしたのキンちゃん、その時計」
キンタローの左腕に収まる藍色の文字盤を持ったクロノグラフの腕時計。
「ああ、人に貰った。外したら負けたような気がするんだ」
「ふーん」
後半の意味はわからなかったが、グンマはにっこり笑った。
「キンちゃん負けず嫌いだもんね。頑張って!」
「ああ、絶対に勝ってみせる」
決意も新たにノートを握り締めるキンタローに、グンマはパチパチと拍手を送り、それを見ていた高松は、こっそりと息を吐いた。



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10月16日の誕生石は「カーネリアン」
石言葉は「希望に満ちて」
一応終了です。ここから頑張れキンちゃん。