ブルーサファイア


「ぜったいだよ!? ぼくがおおきくなったらぜったい、ぼくのおよめさんになってね!?」
必死に話す子供の願いに黒髪の青年は苦笑して頷いた。ふわふわな金髪の子供は飛び上がって喜んだ。
「やったー!! ゆびきりっ! ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーますっゆびきった!!」
にこにこと笑う子供の頭を撫でふと青年は顔を上げ広場の向こうを見た。
それに釣られ子供も顔を上げる。
「あっ! パパっ!!」
視線の先に捜していた赤い服を見付け、子供は青年を振り返った。
「お兄ちゃん!! パパがいたよ!! ……あれ? お兄ちゃん……?」
しかし振り返った先に青年の姿はなく、キョロキョロと辺りを見回し子供は首を傾げた。





少年は全てが嫌になっていた。
人を殺すのも、少年の顔色を窺がう周りの大人たちにも、過大評価するだけで近づいて来ようともしない世間にも。
だからこっそりと家を出た。どうせ誰にもばれやしない。こんな小さな少年が天下のガンマ団を動かしているなんて思いやしないだろうと弟の黄色い傘を差し、雨の街を歩いていた。
鉛色の空から降る雨は冷たく重い。半ズボンに半そでのワイシャツといった出で立ちの彼は、寒さに立ち止まり腕を擦った。
いつのまにか辺りを歩く人もいなくなっていた。ふと道向こうを見ると、鬱蒼とした林と砂利の敷き詰められた小道。こんな所に公園か?と少年は品良く首を傾げ、一つ頷くと道を渡り足を踏み入れた。

小降りになった雨が林の音を吸収する。小鳥達もどこかへ避難してしまったのか生き物の気配を感じなかった。世界に一人っきりになったかのようだった。雨の音と少年の靴の音だけの世界。
音がした。少年は立ち止まりじっと周囲の気配を探った。
「誰かが歌ってる」
澄んだ男性の声だ。声変わりをしてしまった少年にはもう出せない高い音。
途切れ途切れに届く歌に誘われる様に、少年は奥へと足を進めた。

「見つけた」
公園の奥の林の真ん中に、傘も差さずに歌を歌う男がいた。
パキンと少年の靴が小枝を踏み折り、その音にはっと気付いたかのように男が少年を見た。
黒髪に東洋系の顔立ち。男は少年に一瞬怯えたような視線を向け、それからにっこり微笑んだ。
作られた笑みでないそれに、少年は頬が赤らむのを感じた。他人からの他意のない笑顔なんてどのくらい向けられていなかっただろう。
少年はゆっくりと男に近づいた。
「そこで何をしているんですか?」
「歌を歌っていたんだ。オレの島の神に捧げる歌」
じっとりと水を含んだ髪を掻き揚げ男は答えた。
「君こそ何をやっているんだい?」
中腰になり目線を合わせ訊ねてくる男の明るい顔に、少年の心臓が高鳴る。
「私は、散歩。少しだけ一人になりたくて」
「ああ、じゃあ、邪魔しちゃったかな」
「いえ! 会えて良かったと思います」
男の赤い瞳が優しく笑いかけた。
「そう言って貰えて良かった。オレはちょうど人寂しくなってきた所だったから。会えて良かった」
「あのっ!!」
「ん?」
「結婚してもらえませんか!?」
少年の突然の言葉に、男は困った様に笑った。それに焦った様に少年は言葉を続ける。
「今すぐじゃなくていいんです!! 何年後かで。いまはこんなにチビだけど絶対あなたに釣合う男になりますから!!」
「オレ、男なんだけど」
「わかってます! お願いです。絶対にあなたを不幸にはしませんから!!」
必死に頼む少年に、男は苦笑して一つ頷いた。
「本当ですか!?」
「うん。だから指切り。ゆーびきーりげんまんうっそつーいたらはりせんぼんのーますっゆびきった」
絡めていた小指を離し男は照れた様に少年に笑いかけた。少年も同じように男の黒い瞳を見つめた。
「あ……」
男が気がついた様に背を伸ばし少年の向こうを見た。釣られて少年が後ろを振り向くと遠くに見知った人影が合った。少年の優秀な秘書が彼の居場所を捜し出してきたのだ。
「……お迎えか……あれ……?」
男のほうに向き直り小さく溜息を吐いた。顔を上げると、もうどこにも男の姿はないのだった。





覇王は、弟の傍に立つ男を、大麻を求める中毒者の様に強く欲した。恋だと思った。愛だと信じた。年下の男を手に入れたいと思った。
「結婚してくれないかい?」
「はっ……あ……」
反応に困った様に曖昧な笑みを浮かべる男に王は必死さを隠した笑みで言葉を続けた。
「君のことを愛してしまったんだ」
「……私は男性なのですが、総帥」
「知っているよ。ガンマ団士官学校は女性の入学を見とめていないからね」
「そう、ですか。……私と?」
「ああ、君と。出会った瞬間に分かった。もしも君なら、私は砂漠から一粒の砂を捜し出してこられる。君というなの砂を」
「……熱烈ですね」
「本気なんだよ」
男は俯く。
「……今すぐにですか?」
「え?」
「結婚。今すぐは、ちょっと」
「なら、君がその気になるまで待つ。だから私と結婚してくれないか」
男は顔を上げ、目に掛かった黒い前髪を指で払った。困った様な、それでも嫌がっていない顔で一つ頷く。男が出した小指に指を絡めた。
「ゆーびきーり げんまんっ うっそ つーいたーら はーりせんぼん のーますっ ゆびきったっ」

その男は、18歳になった年に、突然消えた。











「で、結局いつになったら結婚してくれるんだい?」
「……あのですね、マジック様。もういい加減無効じゃないんですか? あの約束」
マジックの執務室で困った様にジャンはお茶を飲んでいた。
「それにオレがハーレムの義理の姉とか、寒いにも程があるでしょう」
「私はいいと思うんだけどね」
にこにこと笑うマジックにワザとらしく息を吐く。
「オレに純白のドレスを着ろって言うんですか? シンタローに蹴り飛ばされますって」
「そうはいっても、結婚してくれるって言ったじゃないか。嘘ついたら針を千本飲まないといけないんだよ?」
「……オレ、初めて聞いた時フグの方かと思いましたよ、ハリセンボンって」
「コラ。話題をずらそうとするんじゃない」
「ですからー」
「私は約束通り、君に釣合う大人になっただろう?」
「物凄い自信ですね」
「ああ、それが私だ。君は、私と結婚するのは嫌なのかい?」
真剣な眼で見つめられ、ジャンはたじろいだ。
「イヤな訳では……ないですけど」
「なら構わないじゃないか。さて式の日程はいつにしようかな」
フンフンと鼻歌を歌い出すマジックに、ジャンは困ったようなしかし幸福そうな顔をして、溜息を吐いて紅茶を飲み干した。



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10月19日の誕生石は「ブルーサファイア」
石言葉は「慈愛・誠実」
サブリミナル効果。……誠実……?