ウォーターリリー・リーフ・インクルージョン内包ペリドット |
「なあ……なんでいすに縄でぐるぐる巻きにされてんの、俺」 成すがまま。さしたる抵抗もせずに縛られながら困ったという顔をしてジャンは尋ねた。 ぐるぐるとジャンを縛っていた高松は素っ気無い。 「アンタが逃げ出さない様にですよ」 「えー、俺にげねーよー」 固く結び目を作ると高松はサービスの座る三人掛けのソファーの端に座った。中央はサービス。ハーレムは一人掛けのソファーを縦に右に起き、ジャンと目を合わせないようにしていた。 裁判のようだなとジャンは思った。裁かれるのは自分だ。 「さてと。説明してもらいましょうか」 「なにを?」 可愛らしく首を傾げる。 サービスが口開いた。 「赤の一族って言うのは本当なのカイ?」 「えーと、はい。」 「なんの為にサービスやハーレムに近づいたんですか」 「なんのって、仲良くなるためだよ」 「……仲良くなって、どうするつもりだったんだよ」 瓶から直接ウォッカを呷るハーレムの横顔を見て、やっとジャンはへらへら笑いを止めた。 「……気持ちいい話しじゃないぞ」 「話せ」 「わかった」 溜息。ジャンは顔を俯かせる。 「…………俺は、ガンマ団の、青の一族の力を押さえるためにここにやってきた。士官学校に入学して、そこから中枢に近付こうって思っていたんだ」 「ハッ 俺たちを殺す前に正体がバレちまって残念だったな」 「ハーレム」 サービスが窘める。 「俺はなっ、どうして兄貴がこいつを処分しないのか疑問なんだよっ」 ハーレムがサービスに向け怒鳴る。 サービスは言い返さず厳しい視線でハーレムを睨んだ。 口を挟まない高松に、これが何度もやり取りされた会話なのだろうと、ジャンは思った。 ぽつりと。顔を上げて。 「ごめんな」 ギロリとハーレムはジャンを睨み、驚いた。 ジャンはかぐや姫が地上にいた時最後に見せたであろう顔をしていた。 「お前のことを、傷付けて、ごめんな」 怒ってたんじゃないんだな。ジャンはまた視線を下げた。 「どうして、兄さんはお前の正体を知っていたんダイ?」 沈黙の後、静かにサービスが尋ねた。 「さっきの、話の続きになるけど、……学校に入って、おまえらと出会ってさ、俺は混乱した。青の一族は残虐で非道で生存価値の無い物だって、俺の……母親みたいな人から言われて育ったから。でも、違ってた。確かに肯定できないこともあったけど、こっちにはこっちの理由が有ったし、なにより、生きてた。俺の島の住民と同じように生きてた。こっちの世界は殺し合ってて、殺伐としていて、命が軽んじられていて、それでも生きてた。おまえらがいた。ハーレムと、サービスと、高松がいた。俺は、お前らのことを、好きになっていた。こんな思いを抱いて好い筈がないのに」 ジャンは床の一点を凝視し唇を噛んだ。 「そんな時に、総帥の家に招かれて、マジック総帥に出会った。視線が合って、バレたって思ったよ。俺はちょっと不安定で、自分を隠せてる自信がなかったし、両方の眼が秘石眼なんて、濃い青の力を持つ人に隠せたなんて思えなかった。……あの夜、俺はマジックさんに呼ばれたんだ。一言言われたよ。『赤の一族だね』って」 眉を寄せ、ジャンは目を瞑った。眦に涙が滲んだ。 ゆっくりと目を開く。 「頭の中が真っ白になった。どうしようって、それしか考えられなかった。どうなんて、考えるまでもないのに。目の前の人を殺して、お前らも始末して、島に帰らなきゃいけなかったのに。」 戦慄く、唇。 「……殺せなかったんだ。誰も。殺されるしか、なかったんだ。お前らの側にいたいなんて、望んじゃいけないこと望んだから」 「どうして、総帥はアンタのことを殺さなかったんですか?」 泣きそうな顔で、力が抜けたみたいに、笑った。 「マジックさん、赤の一族のこと、歯牙にも掛けてなかいから。俺のこと呼び出したのも興味本意だって言ってたし、俺がサービスとハーレムに向ける感情にも気付いてた。どうにかする必要ないだろうって、敵だとも見なしてもらえなかった」 「感情ってナニ?」 ジャンは顔を上げ真っ直ぐサービスの視線を受け止めた。 「サービスに向ける友情と、ハーレムに向ける愛情」 はっきりとジャンは告げた。 「俺は、お前らを愛してた。それを指摘されて、やっと自覚したよ。もう戻れないんだって。俺は、ここにいる資格なんてないけど、あそこへ戻る資格もないんだって」 ジャンは視線を戻す。 「どうしよもなくって。でも死ぬことはできなかった。出会って2回目の冬にハーレムに告白されて。嬉しかった。俺の嘘の上に成り立ってる関係だったけど、毎日が楽しかったよ」 「……なんで、何も言ってくれなかったんだよっ」 叫ぶ声に、ジャンはゆっくり頭を振った。 「ずっといまが続けばいいと思ってたんだ。言ったら全部終わると思った。だから隠すことしか考えられなかった」 沈黙が降りた。 「随分と、自分勝手ですね」 大袈裟に溜息を吐いて高松が口を開いた。 「アンタがもっと早くちゃんと言っていたらこんなことにはならなかったのに」 ジャンは淡く微笑んだ。 「それでも俺は、おまえらの敵なんだ」 「サービスとハーレムを愛していても?」 「ハーレムとサービスとおまえを愛していても。俺は青にはなれないし、こっちの理論が正しいとも思えないんだ」 「難しく考えすぎなんですよアンタ。アンタのいた所がどんな所か私は知りませんけど、そこにだってその世界が正しいと思えない人はいるでしょう。アンタはその人も敵だって言うんですか」 「いいや、それはないよ。思想は自由だろ」 「こっちの世界だってね、いまの世の中が正しくないって考えてる人は沢山いますよ。その筆頭は総帥でしょう、あの人は今の世界が正しくないから世界を手に入れようとしてるんです。他にだってそんな人は山程いる」 「でも、それは、マジックさんにとって正しくない世界ってだけだろ」 「じゃああんたの言う正しいってのは誰にとっての正なんですか?」 「それは……」 「大体アンタはサービスに害をあたえられるんですか? いいですかジャン。アンタ馬鹿だから知らないでしょうけど、敵っていうのは自分にとって害をなすものを言うんです。滅ぼさなければならないものをね。アンタにそれができるんですか」 「……できないけど」 「けどなんだって言うんですか。まったく。馬鹿だ馬鹿だとは思ってましたけど、ここまでとは思ってませんでしたよ。いいですかジャン。アンタ、好きだと思ってるのが自分だけだなんて思ってんでしょう。私だってねえ、言いたかないですけど、アンタのことルーザー様に盾突くくらい大切に思ってんですよ。それはサービスもハーレムも同じです。私には赤とか青とかよくわかりませんけど、そんな理由で死に急がれちゃ迷惑なんですよ。アンタ殺されかけたとき抵抗しなかったんですって?」 「お、おい高松」 「迷惑……」 「迷惑ですよ、め・い・わ・く。ルーザー様がアンタのこと殺さなきゃって研究室を出ていって、私がどんな気持ちでいたかわかってるんですか。それなのにアンタは自分のこと自分のこと。アンタが気にしてんのはサービスやハーレムを傷付けないかじゃなくて自分が傷付かないかじゃないですか。この一ヶ月ね、どれだけ私の研究が遅れたって思ってんですか。迷惑以外のないもんでもありませんよ」 「高松はね、私たちが帰ってくるまでの三日間、心配で眠れなかったんだってサ」 「サービスっ。余計なことはいいんですっ」 「迷惑……」 「なに引っ掛かってんですか。迷惑って言われたのがそんなにショックだったんですか? そうですよ、迷惑もいいとこですよ。青とか赤とか。大体、青と赤が殺し合わなきゃいけないって誰が決めたんですか。そりゃ青も赤も特殊ですよ。でも特殊だからこそ実験サンプルとして大切に保護しなければならないんじゃないですか!」 「えーーーーー。サンプルなのか、俺」 力説する高松に調子を取り戻したのかジャンが首を傾げる。 「……そう言って、ルーザー様を説得したんですよ。何度も心理テストを受けさせて、叛逆の意思がないとデータにして、客観的な情報を集めるだけ集めて、それでやっとだったんですからね。感謝してください。ああ礼は4万円でいいですから」 「4万はやらないけど……俺はここにいてもいいと思うか」 「オマエはどうしたいんだ?」 サービスに問われ、ジャンは答えた。 「俺はここにいたい。おまえたちの側にいたい。俺はずっと、それだけなんだ」 「俺もダヨ」 「サービスは、俺が側にいて嫌じゃないか?」 「どうしてダイ? 俺はジャンがいてくれればそれでいい。俺もオマエがとても大切ダヨ?」 微笑むサービスにジャンの表情がパッと輝いた。椅子に括りつけてなかったら飛びついていただろう。 はあとわざとらしく高松が息を吐いた。 「そんなことも聞かなきゃわかんないから馬鹿だって言うんですよ、バカジャン」 立ち上がり、ジャンの縄を解きながらブツブツ言う。 「アンタが馬鹿だとこっちまで迷惑するんです。一人で悩んでないで、もっとちゃんと私たちも頼りなさい。なんでも一人でやってるような顔してんじゃありませんよ」 「……ごめん」 「ですから4万円」 「それはやだ」 「ハーレムがね、一番泣いて縋ってルーザー様のこと困惑させてましたよ。ジャンを殺さないでくれって。裏切られたって思いこんで殺してやるって口走ってたくせにルーザー様が実行しようと腰を上げればそれだ。どっちだってんですかまったく」 ひょいっと高松が身を屈めた。後ろから空瓶が飛んでくる。 「イッテェー」 「避けてんじゃねえ高松っ!」 ハーレムが投げた空瓶は避け様もないジャンに当たった。 はらりと縄が解かれる。 「後は二人で話し合いなさい。これ以上は面倒見きれませんよ」 ジャンは困った様な顔でハーレムを見た。ハーレムは舌打ちして立ち上がった。 「行くぞ」 「あ、うん」 「ハーレム」 部屋の扉を開けたハーレムは、サービスの声に顔を向けた。 「顔が赤いヨ」 「うるせっ」 バンと扉を閉じ部屋を出ていくハーレムを高松が笑う。 「まったく、ガキなんですから。ほら早く行ったげなさい」 「ああ」 小走りでハーレムの後を追い、アッと振りかえった。 「ありがと」 二人はジャンに笑った。 「友達ダロ?」 「だからお礼は4万円でいいって言ってるでしょ」 ジャンは笑い、パタンと扉を閉めた。 −−−−− 10月23日の誕生石「ウォーターリリー・リーフ・インクルージョン内包ペリドット」 石言葉は「復活・生命力」 これで終わり。ジャンが可愛いのは当たり前として、高松も可愛いよね。 |