インディゴライト |
帰宅時間の街を口を閉じ歩く。人込みの中からハーレムの背中がちらちら見えた。 行き先はよく知っている。はぐれる心配はない。 幸せな夕焼け色が通りを歩く人々を照らす。 この内の大半は今から家に帰り、塊でしかない肉を焼き半身の魚を喰うのだろうとジャンは思った。 ここは島とは違う。命の重さも生死も。 それでもジャンも、肉を食らうしヒトを殺す。 路地に入るハーレムの後ろ姿を追った。 途端に疎らになる人影に、ジャンはハーレムとの距離を詰めた。 「なあ」 「あん?」 「怒ってる」 「怒ってねぇ」 「うっそだー」 「怒ってねーってんだろっ」 怒鳴られ睨み付けられ、ジャンは肩を竦めた。 ハーレムが店の扉を開く。 顔馴染みのバーのカウンターの奥の定位置。 「金あんの?」 ハーレムは胸ポケットからブラックのカードを抜き取った。 「パクってきた」 マジックのカードを差し出す男に息を吐いた。 「あーそー」 ソルティドッグを頼む。ハーレムはアイリッシュウイスキーをボトルで。 「なに怒ってんだよ」 「しつけーぞっ」 「なら何拗ねてんだよ」 「はあっ?」 ハーレムは隣に座るジャンの顔を睨んだ。 「何言ってやがる」 「何言ってやがる」 声がハモった。 にやりとジャンは笑った。 「拗ねてるだろ、さっきから。なにが気に入らないんだよ? 言ってくれなきゃわかんないよ」 「はんっ」 ハーレムはグラスを呷る。今日は度の高い酒を立て続けに呑んでいる。 「テメーはどうなんだよ」 「え?」 「テメーだって俺に何も言わねぇじゃねぇか」 「何もって……言ってんじゃん。好きとか愛してるとか」 「んなこたあ誰も言ってねーだろっ。なんで兄貴には言って俺には黙ってたんだよっっ!!」 ジャンは目をばちくりさせた。ハーレムは一瞬しまったという顔をした。 「言ったって俺のこと? なんでって、指摘されたから肯定しただけだぜ?」 「じゃあなんで、俺たちには言わなかった……」 聞き取りにくい声。 さっきも同じ事を聞かれたなと首を傾げる。 「えーと、だから、言ったらおしまいだろ? バラしたらおまえらと俺は敵同士じゃん」 「なってねぇだろ、言ったって、いま」 「うん。だから凄く感謝してる。絶対に受け入れられないと信じていたから。……何度か勧められたよ『折をみて話してみたらどうだい?』って。本当、早く言っちゃえばよかったな」 ドンッ 強い音でグラスがカウンターに置かれた。 「ハーレム……?」 「兄貴兄貴兄貴っ そんなに兄貴が好きなら兄貴と付き合えばいいだろっ!!」 「はあ? なんだよそれ」 ジャンは呆れた声を出した。 「おまえ、なんか勘違いしてないか? なんで俺が総帥と付き合わなきゃなんないんだよ。俺が好きなのはハーレムであって総帥じゃないぞ?」 「だったらなんで兄貴にだけ話してた」 「だから、話してないって。総帥が勝手に感付いたんだって。で、俺は取り繕えなくて認めるしかなかっただけだって。さっきからそー言ってるだろ?」 ハーレムは苛々した様子で二本目のボトルを頼んだ。 「どうしたんだよ。さっきから、総帥総帥って。あっ。……なあ、もしかしてそれって嫉妬か?」 ハーレムはむせかけ、咳き込んだ。 「テメェっ何言ってやがるっっ!!」 「ハーレム、顔赤いぞ」 「クソッ」 ジャンの2杯目はドライマティーニ。 「なーんだ。そっかそっかぁ。何かと思ったよ。そっかー、総帥に嫉妬かぁ」 「黙れっ」 「ハーレムかっわいぃー」 ここぞとばかりにからかってくるジャンに対し、ハーレムは無言で腕を伸ばすと首に手を回し引き寄せた。 「だ・ま・れっ」 けらけらと笑うジャンの頭をグーで殴る。 「イッテー。なにすんだよもー」 腕から抜けだし頭を擦る。3杯目はマルガリータ。ジャンがここで呑む時にいつも最後に頼むカクテルだ。 バーテンダーがシェーカーを振るのを見つめながらジャンの唇が動いた。 「おまえの傍に居てもいいですか」 ハーレムは、当たり前だという代わりに、ジャンの頭をくしゃりと撫でた。 −−−−− 10月24日の誕生石は「インディゴライト」 石言葉は「芸術的センス」 一杯目は塩+メダ。2杯目は趣味。3杯目は塩。製作者の名前は偶然です。調べて驚いた。 |