レッド・スピネル |
マジックは三度だという。ジャンは何も言わず微笑を作る。 「結婚式、いつがいいかい?」 柔らかな皮張りのソファーに座り、にこにこと楽しそうに結婚情報誌を開く。ジャンはマジックの膝の上から身体を起こした。 「本気ですか」 「私はいつでも本気だよ」 いつだって何事に対しても全身全力。マジックはある意味まったく嘘を吐かない。 ジャンは脱力しマジックの膝の上に倒れこみ直した。 もぞもぞと身体の向きを変え天井を見上げる。 「君にはこのドレスなんてどうだい?」 ジャンに見えるように本を持つ手が降ろされた。映るのは真っ白な正統派ウエディングドレス。 「何が何でも女装させる気ですか」 「こっちもいいね」 マジックは捲ったページを指差した。ジャンの呟きには耳を貸さない。 「マージックさまー」 手を動かし情報誌を奪い去る。 「どうしたんだい?」 「こんな雑誌より目の前の恋人を構ってくださいよー」 口を尖らせるジャンに笑って、マジックは髪を撫でた。 「騙されてあげようかな?」 顔を近付けて意地悪く、喰えない笑みを浮かべるマジックに、ジャンは「是非ッ」と意気込み笑われた。 「仕方のない子だね」 近付く顔に目を閉じてジャンはその唇を受け入れた。 「どうして嫌なんだい?」 目を閉じ髪を撫でる手に身をゆだねていたジャンは、ぱちりと目を開き訊ね返した。 「どうして結婚したいんですか?」 「そりゃ君を手に入れ、私のものだと見せびらかしたいからさ」 マジックは当然と笑った。 「それでどうして君は嫌がるんだい? ドレスを着るのが嫌だというわけでもあるまい?」 退きそうにないマジックに、ジャンはため息一つで覚悟を決めた。 「オレに、神に永遠を誓えっていうんですか」 マジックは瞼を叩きにっこり笑った。 「勿論。誓ってもらうよ」 もう一つため息。 「誰にですか。ヤハウェに?」 「君は神を信じているのかい?」 ジャンは身体を起こしソファーに座り直した。 「私の信じる神は貴方のものとは違う。オレは……秘石に造られたから。だから神に誓おうと思わない」 「だから結婚したくない?」 「それもあります」 「それも? なら他の理由はなんだい?」 「それは……ただ、ただ恐いんです」 「恐い?」 マジックは首を傾げる。 「オレは臆病だから」 マジックは知らない。何度己がジャンと出会っているのか。 三度は、マジックが数あるジャンとの出会いの中で思い出せた、ほんの一握りに過ぎないと。 「恐いんです。ずっとずっと手に入れたくて堪らなかった。手に入れられると思っていなかったものが、手を伸ばせば届く位置にある。手を伸ばすのが、恐い」 マジックはジャンの手を取り重ねた。 「恐いのかい」 「恐いんです。永遠を誓うのも、貴方を手に入れるのも」 トントンと、抱き締めあやす様に背中を叩いた。 「なんとかなるものだよ、世の中の大体のことは。その一歩を踏み出す勇気さえあれば」 「そうでしょうか」 「ああ。それにもしどうにもならなかったら」 マジックはジャンの手を己の心臓の上に重ねた。 「その時は君にこれをあげるから」 ぞくり、とジャンの身体が震えた。 にこりと笑うマジックの目があまりにも真剣すぎて、堪らず俯いた。肩に頭を押し付ける。 マジックは開いた手で落ち着く様に、ジャンの髪を撫で続けた。 「結婚してくれるね」 静かに問う声に、返る答えは頷き一つ。 マジックは不安に震える身体を抱き締めた。 −−−−− 10月25日の誕生石は「レッド・スピネル」 石言葉は「好奇心」 何がなんでもパパはジャンにドレスを着せる気なのか……。 一応ここで完結。 |