タイガー・アイ・クォーツ


この関係をなんと呼ぶべきか。
笑い合い、信頼され、信頼し、それに応えたいと願う。
この、この関係を。信じることの上に成り立つ今を。



「オマエは信頼しすぎなんだよ」
馬鹿にした口調で言われ、保健室のベッドで寝ていたジャンは布団を頭の上まで引き上げた。
「高松の渡す薬なんて怪しいもの飲むヤツがいるか」
「……薬じゃなくて栄養剤」
「同じだバカ」
布団の中からもごもごと聞こえる言い訳をバッサリ切り捨てる。
ジャンに試合を放棄され、高松に逃げられ、サービスはご立腹だった。
「訓練試合を棄権で負けるバカがいるか。おまえだったら楽しめたんだ」
「ゴメン……」
「まあ、サービス。そんなに怒ったら可哀想だよ。彼も反省しているようだし、ね?」
「兄さんはジャンに甘すぎますっ」
見舞いにきていたマジックの執り成しも一蹴する。
ガンマ団を動かす青の長も、ジャンが絡んだ弟には勝てない。
「兄さんがしっかり言い含めないからジャンが高松の薬の餌食になるんです。もっと人を疑うことを教えておかないと」
「わかった。わかった、サービス。私がしっかり責任を持って言い聞かせておくから。だからおまえは早く寮に戻りなさい。もう時間だろう」
壁に掛かった時計を指し、マジックはサービスを促した。
サービスは渋々頷くと二人を残して寮へ戻った。


「もう少し君が落ちついたら寮まで送ろう」
「すみません……」
布団から顔を出したジャンがシュンと項垂れる。
マジックは備え付けのパイプ椅子をベッドの脇に置き、ジャンの顔を覗きこんだ。
「顔色は大分良くなった様だね」
「もう大丈夫ですよ」
ジャンの頭をひと撫で。
「それにしても、栄養剤かい」
「自分で作ったって言ってました。」
「そうか。高松くんにも困ったものだ」
マジックの掌がジャンの額に置かれる。他者の体温が心地よく、ジャンは目を閉じた。
「でも……」
ぽつり。ジャンは口を開いた。
「疑うよりも、信じた方が、いいですよね」
マジックの気配が哀しいものに変わった。
「ひとは、裏切るんだ。ジャン」
ならばと思う。
ならばこの関係は一体なんと思えばいいのかと。
笑い合い、信頼され、信頼し、それに応えたいと願う。
この、この関係を。信じることの上に成り立つ今を。
裏切られるだなんて考えが介在しない今を。
敵同士である筈なのに。
「裏切りますか、ヒトは」
「裏切るね」
哀しくもきっぱりと言いきる人は、今までどれほどの裏切りに会ってきたのか。
生の大半を神の箱庭で過ごしてきたジャンには到底想像も付かなかった。
それでも、一握りの可能性を捨てきれず、彼は弟たちに心を許す。部下を信頼する。
「イタイですね」
「そうだね」
信頼され、それでも出会ってからたぶん別れるまで敵であるジャンは、キュと胸を痛めた。
裏切りはしない/したくない
ジャンは愚かにもマジックのことを心から愛していた。だからそれは本心だった。
だけれども敵なのだ。それを忘れるなと、ジャンは毎日、己に言い聞かせていた。
どうかせめて、裏切られる絶望を己が彼に与えぬよう、願うことしかできないのだった。
ジャンは目を開け小さくマジックの名を呼んだ。
「なんだい?」
額にあった掌を頬へ。それに擦り寄りもう一度マジックの名を呼ぶ。マジック。
マジックは目を閉じ。
「ああ」
願うように小さく返事をした。



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10月26日の誕生石は「タイガー・アイ・クォーツ」
石言葉は「透察能力」