ラピス・ラズリ


気まぐれで、戦場に男を一人連れて行った。
手には青い秘石。私に刃向かう憐れな国を、一つ壊した。
「よくやりますね……」
眉を顰める彼の心情を理解することは出来ない。
谷間の小さな国を一望できる崖の上に二人で立っていた。
ごつごつとした大きな石の塊がいくつもある場所だ。
軍事施設を中心に眼魔砲で潰していった。先程離れたところで待機させている秘書から、全面降伏の申し入れがあったと報告を受けたばかりだ。
周りには誰もいない。
「こんな所に一体何の価値があるというんですか」
「全てを手に入れることに意味があるのだよ」
「ナルホド」
黒髪の青年は三歩近付き横に立った。
「全てを破壊して、全てを手に入れて、どうするお積りで?」
ジャンはしゃがみ込み、眼下に広がる国を見詰めた。
「破壊するわけじゃないさ。私は手に入れたいだけだ、この世の全てを」
「どうしてですか」
「そうあるべきだからさ」
立ち上がったジャンと対峙した。
真っ向から受ける赤い瞳は、痛い。目が疼く。
ハッと弾ける様に彼が大きな岩の方へ駆け出した。
私が銃を構えるより早く彼が岩陰から現れた敵兵を仕留めた。
「お見事」
ジャンはちらりと私を見て、腕に崩れこむ敵兵からナイフを抜いた。
呻き声さえ上げぬよう即死させる技術は評価されるべきだろう。
ジャンは殺した男を忘れたかのように軽い足取りで私の傍に戻る。
もしも彼が知ったらどうするだろうか。
彼になら躊躇いなく背中を預けることが出来るのだと。
彼がが敵なのだと知っていながら。
あわよくば私を殺そうとしていることを知っていながら。
だから彼に隙は見せない。
彼が私を殺してしまわないように。殺させてしまわないように。
だけれども、何より信頼していると、そう言ったら君はどうするだろうか。
「もうこの辺りには誰もいません」
「ふむ。戻るかい?」
訊ねる私に彼は首を振った。
「もう少し、ここに」
私は頷き開いた手で彼を引き寄せた。
彼は大人しく私の腕におさまり、小さな国を見詰めていた。
「君も学校を出たら国を落とすのだよ?」
「存じています」
戯れに髪を撫で秘石を持った手を彼の後ろに回す。
もう一歩引き寄せ胸に抱き締めた。
「ならば何を感傷にひたっているんだい」
「いいえただ、理解できないだけで」
ぽうっと秘石が淡く輝いた。
腕の中のジャンの身体が震える。
落ち着かせる様に、私は髪を梳いた。
ジャンは目を閉じ頭を手に寄せた。
彼は髪を梳けば目を閉じる。私との接触も好む。
しかしそれが演技かどうかわからない。本心か否か。
それを判断する術を私は持たない。
自分には信じることしかできない。
敵であるこの男を。信じ抱き締めるしかない。
秘石の色が落ち着いた。
ジャンは強張らせていた身体の力を抜き、私の腕から抜け出した。
「……戻りましょう。何かあったかと心配されます」
「ああ。もういいのかい?」
「はい」
視線を落とし小さく頷くジャンを私は見据えた。
いつか彼は私を殺すだろう。
そうでなければ私が彼を殺すのだろう。
永遠に来なければいい。
握り潰そうと秘石に力を加えた。
何も変わらず秘石はそこにあった。



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10月27日の誕生石は「ラピス・ラズリ」
石言葉は「聖業」
なんだか暗いよ。