エメラルド


はちみつ色の陽射しが差し込む午後の部屋。
マジック家の三階にある彼の執務室のソファーの上。
ジャンはマジックに膝枕をし、戯れに髪に触れていた。
そんなジャンを目を細めながらマジックは見つめる。
「君は、穏やかに笑うようになったね」
「そう、ですか?」
「ああ。前はもっと辛そうだった」
マジックが手を伸ばしジャンの髪を引っ張る。
「そうですか?」
「ふとした時にね。君は私の前では気を抜いていただろう」
「抜いていたわけじゃ。ただ、貴方には勘付かれてたし、それに知らん振りしているのも滑稽じゃないですか」
「ほう。なら辛そうな顔は演技だったと?」
尋ねるマジックにジャンは眉尻を下げた。
「それは……。辛そうでしたか」
「ああ。だから今の君を見ていると嬉しくなる」
「時間が流れたんですよ、それだけ。貴方だって随分丸くなられた」
「そうかい?」
「ええ。昔はもっと子供だったじゃないですか」
「酷いな。ガンマ団総帥と恐れられていた私を捕まえて子供だなんて」
「本当のことじゃないですか。欲しいものに駄々こねてオレを手に入れたくせに」
からかうように笑うジャンの眼は、昔を懐かしむかのように遠い。
マジックは全く変わらぬ外見の男の瞳を覗きこんだ。
「本当に欲しかったら外聞もプライドも気にしてはいけないよ。まあ、若かったから出来たことではあるのだろうけれどもね」
肌に年齢を刻み、笑い皺の増えた男は片目をつぶった。
「いまのマジック様は気だけ若いですもんねえ」
「言ってくれるね」
子供の様にジャンのほっぺたをつねり、笑う。
「いったいなあ」
「自業自得だろう」
「チェッ」
ぷいと顔を背ける態度も、大概幼い。どちらが子供かわからない。
「……辛そうでしたか?」
ぽつりそっぽを向くジャンが言った。
「あの頃は必死で、来るべき明日に怯えていましたから」
「……私の側にいるのが辛かったのかい?」
ジャンは首を振る。
「いいえ。でもただ恐かったんです。こんな未来が待ってるなんて思ってもいなかったから」
穏やかな笑みを作るジャンの首に腕を絡め引き寄せる。
「悪くない、未来だろう?」
囁くマジックにジャンは答えず、少し笑みを深くした。
「言い切るには、まだ。それでもいつか」
背中を丸めジャンは、目を閉じ唇が重なるのを待った。



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10月28日の誕生石は「エメラルド」
石言葉は「幸福」