バラク


シンタロー新総帥の執務室から子供の歌う声が聞こえる。
ソファーにちょこんと座り、グンマから借りたカラー動物図鑑を眺めながら小さなジャンが歌っているのだ。
「まじっかーるは〜まっほーがとっくいーなお・と・こ・のこ〜〜 すてっきふぅればーかっわいぃいおんなのこーー しゃいにーびーむ! しゃいにーすぱーくっ! わるものびしばしたっおっすっのよー まほーしょーじょ まほーしょーじょ まじかるーーーまーーじっく!!」
「……おい」
「なぁに?」
ジャンが顔を上げ首を傾げると不機嫌そうなシンタローと目が合った。
「その歌はナニ?」
「あのねっ、まじかるのうたっ!!」
「……作ったのか?」
「うんっ! おどりもあるよー? おどってあげるー!」
靴を脱いでソファーに上がり、グンマから貰った魔法ステッキをフリフリ踊る。キンタローが改造したステッキは、振るたびにシャラランという効果音が鳴った。
「まじっかーるは〜」
「こいつの片割はどこいったんだよ」
ノリノリ踊る幼児を横目に見つつ、側でシンタローがサボらないよう監視しているキンタローに問うた。
「検査をすると言って高松が連れて行った」
「なんでコイツがここにいんの」
「グンマの研究室は現在子供が立ち入れる状況ではない。マジック伯父貴はファンイベントだといって現在団を留守にしている。預けられる場所がない」
「あーそー。なあオイジャン」
「なーにー?」
「落ちる前にソファーから下りなさい。ソファーの上で暴れちゃだめでしょ」
「はーい!」
ぴょんっと下りると一人で靴を履きなおす。
「ねーねーしんちゃん、こたちゃんは?」
「コタローは勉強時間だ」
「おべんきょ? ぼくもおべんきょしたい!!」
「じゃあいらない紙やるから文字でも書いてろ」
「もじー? ひらがなー?」
「片仮名やれ片仮名。言葉にせめて片仮名を交ぜろ」
「やーよ。ぼくおえかきするー!! しんちゃんくれよん!!」
「貸してください」
「しんちゃんくれよんかしてくださいっ!」
「はいはい」
「はいはいっかいよー?」
「ほら」
とことこ近付いてきたジャンに机の引出しから取り出した16色のクレヨンを渡した。
「画用紙はあるのか?」
「このあいだ、さーびすにもらったのがあるよー?」
「……朝、俺の部屋に転がってたぞ」
「とってこなきゃ!!」
「俺が一緒に行こう」
シンタローは任せたと頷き、キンタローがジャンの手を取り部屋を出るのを見送った。






「きんちゃ、きんちゃ! まってっ!! きんちゃ、はやいっ」
ジャンの必死な声に気付きキンタローは歩みを止めた。
足元ではジャンがクレヨンの箱を抱き締め荒く息を吐いていた。
「……すまない」
「だいじょーぶよー?」
落ちついたのかキンタローをにっこり見上げる。
キンタローは頷くと今度はジャンの歩幅に合わせゆっくり歩き始めた。
「ねー、こたちゃん、おべんきょなにしてるの?」
「今の時間は算数だ」
「おべんきょたいへん?」
「どうだろう。俺は楽しいと思う」
「ふーん。でも、なんでおうちでおべんきょ? がっこはー?」
「警備の関係で受け入れてくれる所がないんだ。シンタローもグンマも士官学校へ上がるまで学校には通わなかったらしい」
「ふーん? けいびたいへん?」
「ガンマ団総帥の直系だからな。だがここにいれば安心だ」
「だいじょーぶ! わるいやつがきたらまじかるがしゅばばんんのびびびんだから!!」
胸を張るジャンに優しく笑い、キンタローはシンタローの部屋の鍵を開けた。
「どこだ」
「あれー! てーぶるのうえっ!」
「これか」
緑色の表紙の付いた大き目のスケッチブックをジャンに渡す。
「ありがとっ」
「ああ。戻るか?」
「うん。それでね、あのね、おやつこたちゃんとたべたいっ!」
「そうだな。一緒に食べよう」
「あすもね!」
「それまでに検査が終わっていたらだな」
「けんさいたい?」
部屋に鍵をかけ廊下を歩く。
「血液検査もすると言っていたから、多分」
「う?」
「注射して血を抜くんだ」
「……こわいねー」
「そうだな」
「あすないてないー?」
「アイツは泣かないだろう」
「でもあすなきむしよー?」
「そうなのか」
「うん。このごろよるないてるの」
「どうしてだ」
「ひせきがいないからさみしーの。ぼくはあすがいるからへーきだけど、あすはひせきもいないとさびしいって」
「……そうか」
「うん。ひせきどこっちゃった?」
「…………パプワ島だ」
「ぱぷわとう」
「今度行こう」
「うん!」
スケッチブックとクレヨンを一生懸命抱えたジャンは力いっぱい頷く。
「ぱぷわとうしってるよー。こたちゃんがあそびにいくところ!」
「ああ。あの島にコタローの友達がいるんだ」
「ともだち」
「おまえにとってのアスと同じだ」
「なかよし?」
「ああ」
「こたちゃんそのことはなれててさびしくない?」
「仲良しだから離れていても大丈夫なんだと思う」
「でもぼくはさびしー」
「子供はそれでいい」
総帥室に戻るとジャンはカーペットの上に座りこみスケッチブックとカラー動物図鑑を広げるとお絵描きをはじめた。
「きんちゃ。ぱぷわとう、とりさんいるー?」
「ああ、いる」
「おうまさんはー?」
「……いたような気がする」
「パプワ島?」
シンタローが小さく聞き返した。
小声でキンタローは答える。
「ジャンとアスを島へ連れて行くのも、何か突破口になるかもしれないと高松が」
「ふーん。じゃ、俺も久しぶりにパプワに会いに行くかな」
「その前に仕事を終わらせてくれ」
「へいへい」
「きんちゃーできたーーーっ!」
「なんだ、これは」
ジャンが描いたのは一面のピンク色と茶色の何かと青い何か。
「ぱぷわとー。おはなばたけとおうまさんとことりー! にてるー?」
「……ああ」
「いやにてねーよ」
「えーーー! ぱぷわとうはおはなばたけなの! しろつめぐさなの!!」
「シロツメグサは咲いてるかもしれねえけど」
「じゃああってるでしょ!」
「……どうしてシロツメグサが桃色なんだ」
「だってしろにしろぬってもわからないよ?」
「……その通りだ」
キンタローはジャンの頭を2度撫でた。
「えへへ。あっ! あすがくるっ!!」
ジャンは駆け出した。扉の前に着くと同時に扉が開いた。
「あすっ!」
ジャンプでアスに抱きつく。
「ジャン。どうかしたか」
「あすないてない? ちゅうしゃへいき?」
「……ないていない」
「うそー。めーあかい。おそろいっ」
アスは頬を染めプイッと横を向いた。
アスを連れてきた高松は笑いを堪えるのに必死だ。
「わらうな」
アスは高松の靴を踏みつけるが、子供の力など高が知れている。
高松はするりと無視をすると、キンタローとシンタローと二言三言言葉を交わし部屋を出て行った。
「あすー?」
「おまえだってあしたちゅうしゃされるんだぞ」
「へいきだもーん。ぼくおとこのこだからなかないもーん」
「ないていないっ」
「あすなきむし〜」
「ジャンっ!!」
ポーンポーンポーンと部屋の壁掛け時計が三つ鳴った。
「おやつっ!! あすおやつっ!!」
「ああ」
アスは話題がずれたことにほっとしつつ頷いた。
「しんちゃん、きんちゃ、おやつ。こたちゃんとおやつ!」
「わかった、コタローの所へ行こう」
キンタローが頷きシンタローが立ち上がる。
「おっやつ〜」
歌いながらアスの手を取り歩き出すジャンを先頭に、4人でコタローの勉強部屋に移動して5人でおやつを食べた。



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11月1日の誕生石は「バラク」
石言葉は「成功へのチャンス」
まだまだ続くよーな。