ブラック・オニキス

時間軸としてはハロウィンより前。









真夜中。書斎で机に向かい書き物をしていたマジックは、二回鳴らされた控えめなノックの音に掛けていた眼鏡を置き顔を上げた。
「どうぞ」
ギィと音をたて厚い装飾を施された木製の扉が開いた。
扉の向こうから銀髪の子供が顔を覗かせる。
「アスくんっ。こんな時間にどうしたんだい」
「……」
小さなアスは首を振り身体を部屋へ滑り込ませた。パタンと扉が閉まる。
「……すこしここにいてもいいか」
「それは構わないよ」
小さなアスは小さく頷くとマジックの机の側に座り込んだ。
どっしりとした机に背中を付ける。
「どうかしたのかな?」
尋ねるマジックに首を振る。
膝を抱えるアスに眉を顰める。
「怖い夢でも見たかい?」
アスは答えない。
マジックは息を吐くと立ち上がりアスの側にしゃがみこんだ。
「ジャンくんはどうしたのかな?」
「……ねている」
「一人でここまで来たのかい」
一つ頷いた。
「ホットミルクを作ってこよう」
マジックは儀礼的にアスをひと撫でするとキッチンへ向った。





「どうぞ」
「……」
アスは無言で湯気の立つマグカップを受け取ると鼻を寄せた。
「少し蜂蜜も入れてあるよ」
やわらかなミルクの香り。
「……すまない」
「え?」
マジックは聞き返した。
「何がかな?」
「ほかにいくあてがみつからなかった。おまえがおれをすきではないとわかっているのに」
「え……?」
「……おまえだけじゃない。ジャンはともかく、おれはじゃまなんだろう」
「どうして……そう思うんだい?」
「……けはいやひょうじょう、めのうごき。ジャンにするものとちがう。ジャンがいるからおれをほうりださないんだろう?」
目線を上げ窺がうアスの表情に、マジックは既視感を覚えた。
そして思い出す。幼い頃のシンタローも時々同じような表情をしていたことを。
マジックは正面で片膝を突きアスの頭部を抱き寄せた。
「そんなことは、ないよ? 私は君のことも好きだよ」
「すまない……」
アスは哀しい顔をして目を伏せた。
「本当だよ、アスくん。信じて欲しい」
「すまない。わがままをいうつもりはなかった。かわらずジャンといさせてくれればそれでいい」
「アスくん」
マジックはアスの顔を覗きこんだ。涙の溜まった青い瞳。
「そんなことを言うんじゃない。私は君のこともジャンくんと同じだけ愛するから。ね?」
マジックは腕の力を強めた。距離を置いていたのは事実だ。彼は記憶が後退していると言ってもアスなのだ。息子を傷付け弟の体を弄んだ者という意識が消えなかった。いまの目の前にいるアスは、ただ愛を欲する幼子なのに。
「愛させておくれ、アスくん」
「くるし……」
「ああっ! ごめんねアスくん。大丈夫かい?」
マジックは慌てて身体を離し顔を覗きこむ。
アスは身を縮こまらせると大事に持っていたマグカップに口を付け、桜色の頬でコクンと頷いた。
「へいきだ。……ありがとう」
静かにゆっくりとアスは笑顔を見せた。初めて見せる笑み。
その笑顔にマジックは落ちた。
「っアスくん!! 今日このまま一緒に私と眠らないかい!?」
「え……いや、おきたときにおれがいないとジャンがおどろく……」
勢い込むマジックに目をぱちくりさせ、それからいつもの感情の少ない顔でアスは答えた。
「じゃあ、ジャンくんも一緒に三人で眠ろう。うん。それがいい」
にっこり笑うマジックにアスはどう答えればいいのか分からず肩をすぼめる。
にこにこマジックは、かわいいなぁとご満悦だ。
「……ジャンにきかなければわからな」
「あーすみっけっ!」
バンっと扉が開かれジャンが部屋に飛びこんできた。
パタパタ走りアスの傍に寄る。
「なにのんでるのー?」
「のむか?」
「うんっ!」
アスからマグカップを渡されたジャンは残ったミルクをすべて飲み干す。
「おいしーっ!!」
「ホットミルクだ。マジックがつくってくれた」
「いーなー。まじさんぼくもー!!」
「君もいま飲んだだろう? 明日寝る前に作ってあげよう」
「はーい!」
苦笑するマジックの提案に一つお返事。
そして少し首を傾げた。
「一人でここまで来たのかい?」
「うん!」
「探し回っただろう。恐くはなかったかい?」
「ううん。まっすぐきたからへいきだよー」
「寄り道せずに?」
「うん! だってあすのいるばしょわかるもん。ぴぴぴってこっちってわかるの!」
「凄いね」
「そーお? あすもぼくのいばしょわかるよー?」
それはどうなんだろうとマジックはかつてスパイとして団に潜入していた男を見た。赤玉の出した指示は色々と無謀だったとしか言いようがない。正体を隠すことが出来ないのだから。
わぁふとジャンが大きく欠伸をした。
「もどろう」
アスが立ち上がる。
その手とジャンの手をマジックはそっと取った。
「う?」
「ねえジャンくん。今日は三人で眠らないかい?」
「さんにん?」
「私と君達ニ人と三人で。ダメかい?」
「うーん、いいよー? あのね、えほんよんで!」
「絵本?」
ゆっくり歩きながらジャンに訊ねた。
「うん。たかまつがいつもねるまえよんでくれるの。きょーは、もういっかいねむるからもういっかいよんでほしいの」
「いいよ。アスくんもいい?」
マジックが訊ねる声にアスは頷き、手の力をぎゅっと強くした。マジックも少し力を強めることで応え笑顔を深くした。 三人はマジックの寝室へ行き、大人が五人眠っても平気なぐらい広いベッドの真ん中で川の字になった。
真ん中のマジックが肩まで布団に入ったニ人に、昔シンタローに読み聞かせたねずみが大きなカステラを作る絵本を読み、
ジャンとアスは夢の中で大きなカステラをみんなで食べた。



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11月2日の誕生石は「ブラック・オニキス」
石言葉は「宗教的思索」
ハロウィンの話の前の時間軸。これの後なのでパパはアスの写真を撮るのに必死だったんです。