ゴールデン・サファイア


消毒薬の匂いがする明るい部屋。
一面の窓から午前の元気な光が射し込んでいた。
小さな診療室に似た部屋の真ん中で子供が一人、円い背凭れの無い椅子に座りぐるぐると回っていた。
「『たすけてーまじかるーーっ!!』『まっていてしんこーっ!いまたすけるわ!』」
「すみませんがそこの子供を押さえていてくれますか」
一人ごっこ遊びをする小さなジャンを指差し、高松は連れてきた研究員の一人に指示をした。
「はい。えーと、ご、ごめんね」
「う? なにするのー? たかまつなにするのー?」
おっかなびっくり後ろから拘束してくる男に首を傾げ、ジャンは高松に聞いた。
「検査だといっているでしょう。ああ、そのままこっちまで持ってきてもらえますか」
「はい。ごめんね……」
しきりに謝る研究員は、椅子を動かしジャンを低く硬い処置台まで連れて行った。
「なーにするのー?」
「いまから血を抜きます」
「いたい?」
「痛いですよ。昨日なんて大泣きされて大変だったんですから」
「あすないたー?」
「ええ。洪水になるかと思いました」
高松は黄色い駆血帯をジャンの腕に巻くと注射器を手に持ち、研究員に向って言った。
「暴れないよう押さえていてくださいね」
「は、はい」
研究員は小さな子供に痛みを伴うことをするのが嫌なのか、耐えるような表情をしていた。
高松はそれに息を吐く。こっちだって好きでやっているわけではないのだと。
注射針がジャンの血管に潜り込む。
「ふえっ」
泣き叫ぶかと大人二人は身構え、しかしその後に続く叫び声が無いことを不審に思いジャンの顔を覗きこんだ。
ジャンは、声も泣くはらはらと、ただ涙を流していた。声を出すことを封じるような泣き方。
研究員はギョッとした。昨日の表情の乏しい銀髪の子供でさえ、大声で泣いていたというのに、どうしてこの子供はこんな何かに耐えるように泣くのかと。
「……もういいですよ」
高松は針を抜くと駆血帯のゴムチューブを外した。
針を刺した場所に消毒薬に漬したコットンをあて揉んでやる。
「たかまつー」
元気のない小さな声。
「何ですか」
「こわい」
「何が恐いんですか?」
「わかんない。でも、けんさだめ。けんさこわい。どうして?」
俯き肩を震わせる様に、研究員は狼狽え、高松は息を吐いた。
「大丈夫ですから。何も心配しなくて大丈夫ですから」
ジャンの頭をポンポンと叩く。
「何も起こりません。検査をしても誰かが悲しむような結果にはなりません」
「ほんと……?」
見上げるジャンの顔をハンカチで拭いてやり髪を綯い交ぜる。
「ええ。保証します。ほら口を開けて」
あーんと大きく開いた口に飴玉を放り込む。
「しおあめーっ!!」
ジャンはパッと顔を明るくするとむぐむぐと一生懸命口を動かし出した。
「また後でもう一度呼びますから、いまはもういいですよ。すみませんがこいつを総帥室まで送ってってやってください」
「ひとりでかえれるよー?」
「探検されて迷子になられちゃ迷惑なんですよ。頼みますね」
「はい。行こうか?」
「はーい」
椅子からぴょんと降り部屋から出て行く小さな背中。
「ジャン……なんですよねぇやっぱり」
血液検査を恐れるのは、こちらに戻ってきてからのジャンと同じ。
血を抜かれ調べられることがどうやら彼の中でトラウマになっているようなのだ。
「どうしたもんでしょうね……」
高松は一つ息を吐き研究に戻った。



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11月3日の誕生石は「ゴールデン・サファイア」
石言葉は「輝く魅力・光明」
ジャンは注射より今が壊れることのほうが恐い。