ターコイズ |
「しんちゃんしんちゃん!!」 総帥室に飛びこんで来た小さな子供は、椅子に座るシンタローに駆け寄るとズボンを引っ張った。 「しんちゃんしんちゃんあすが!!」 「どうした?」 「あすがたおれたっ!」 「なにっ!?」 ベッドに運んだアスを高松が診察する。 「……風邪ですね。薬を飲ませて大人しく寝ていればすぐに良くなりますよ」 「そうか」 シンタローの代わりに付き添っていたキンタローがほっと息を吐く。 「あすしんじゃう?」 「死にゃしませんよ。ほら、移りますから向こうに行ってなさい」 「ここにいちゃだめ?」 「ジャン。おれはだいじょうぶだからむこうにいっていろ」 「あすー」 ぎゅうとベッドに寝るアスの手を握り締める。 「はいはい。出て行った出て行った」 「行こう、ジャン」 「うん……」 しょんぼりとぼとぼとキンタローに手を引かれジャンは寝室を出て行った。最後に一度振り向いて。 「まったく」 高松は閉じた扉を見ながら呟く。 「……すまない」 「謝らなくていいですよ。気分は?」 「きもちわるい」 「何か食べられそうですか?」 「……すこしなら」 「ならお粥を作ってきます。それを食べたら薬を飲んで寝てください」 「ああ」 「……一人で待っていられますか?」 「ああ」 表情を変えず頷く小さなアスの髪を優しく撫でる。 それから携帯電話を取り出した。 「……ああ、起きてますか。ええ? そんなこと知ったことじゃありませんよ。いいからちょっとここまで来てくれませんか? え? 酒なんて持ってくんじゃありませんよ。はいはいわかりましたから。ジャンとアスの部屋です。五分以内に来てくださいね」 電話の向こうでぎゃーぎゃー叫ぶ声がするが無視をして、高松は通話を切った。 「まったく人の耳元でギャーギャーうるさいったらありゃしない」 「だれだ?」 「来りゃわかります」 それから十五分ほどして部屋のドアが開かれた。 「んの用だよ、高松」 「おっそいですねえ。十分以上も遅刻してんじゃないですよ」 ガシガシ頭を掻きながらハーレムが高松に近付いた。 「おいコラ。これでも急いで来てやって……どーしたんだチビ」 「風邪を引いたんですよ」 「へー」 「ということで、私はこの子にお粥を作ってきますから、その間ここに居てください」 「はっ? んなことグンマにでも頼めよっ」 「じゃあお願いしますね」 「オイ聞け人の話しっオイ高松っっ!」 ハーレムを無視してスタスタ高松は部屋を出て行った。 「チッ」 「……すまない」 「あ?」 「すまない……」 「……いいからお前は寝ろっ」 ハーレムは叫ぶと椅子にドカリと腰を降ろした。 「ねむれない」 「目ーつぶってれば眠くなんだろ」 「……ひとりでもへいきだ」 「ああん?」 「ひとりでねていられる。だからハーレムはへやにもどっても……」 「いいから寝ろっガキが変に気ぃーまわしてんじゃねえ」 ハーレムの怒鳴り声に怯えた様にアスは身を縮ませ、小さくコクンと頷いた。 「クソ」 その様子に小さくハーレムは吐き捨て横を向いた。 会話が途切れる。 アスは何度か寝返りを打っていたようだが、やがてうつらうつらし始めたようだった。 キィーと静かに扉が開く音がした。 「……高松」 「眠りましたか……?」 「……おきた」 ゆっくり身体を起こすアスに、高松は持って来たお盆をサイドテーブルに置くとクッションを背に置いた。 「食べられますか?」 「……たべる」 高松がベッドの端に座り陶器のレンゲで玉子粥を掬った。 ふーっと冷ましアスの口に運ぶ。 「熱くありません?」 「ああ……」 ゆっくり三口食べてからアスは首を振った。 「もういいですか?」 コクリと頷くアスに小さなコップに入った透明なシロップ剤を渡す。 「苦いですよ」 じっとシロップを睨み付けていた、アスは意を決したように飲み干した。 「……まずい」 「薬なんてそんなもんでしょう。さあ、水枕も持ってきましたから」 アスを寝かし水枕を頭に当てる。 「……冷たい」 「こっちも気持ちいいですよ」 そう言ってアスのおでこに冷却シートを貼る。 ポンポンと布団を叩き高松はアスの眠りを促した。 「……あすだいじょうぶかな」 「すぐに良くなる」 元気なく積み木遊びをするジャンをキンタローが慰める。 「すぐっていつ?」 「ぐっすり眠って明日には」 「ほんとー?」 「ああ」 「かぜつらい?」 「少しな」 「あすないてないー?」 「たぶん」 「んー」 ジャンは腕を組んで考え込む。 「あすにね、はやくよくなりますようにって、なにすればいいかな」 「そうだな……」 「で、なんで俺の所に来んだよ?」 真面目に書類に目を通していたシンタローは、ジャンとキンタローをじろりと睨みつけた。 「俺はこういった事にはまだ不得手だからな。シンタローが適任だと思ったんだ」 「しんちゃん、なにがいい?」 「あー」 何を言っても無駄かと、考え込む。 記憶の糸を手繰り寄せて口を開いた。 「……ツル、とかどうだ?」 「つるー?」 「ああ、折り紙で鶴作って持ってってやるってのはどうだよ」 「つるー?」 「どうして鶴なんだ?」 「小さい時に風邪引いて寝こんでたらよ、グンマがよく作って持って来てくれてたんだよ。なんかそれ思い出した」 「そうだったのか」 「しんちゃんうれしかった?」 「んー、まあな」 ジャンはコクンと一人頷くと、総帥室のジャン&アスコーナーから折り紙の束を持って来た。 「しんちゃん、おりかたおしえてくださいっ!」 「はいはい」 シンタローに束を押しつけ、プラスチックの踏み台を取ってくる。 薄緑色の踏み台に上り、シンタローの手元を凝視した。 「いいか、まず三角に折って……」 シンタローが黄色い折り紙で見本を折っていく。 それを見様見真似でジャンとキンタローが折る。 「しんちゃんわかんない」 「そこで開けばいいんだよ」 「こーう?」 「ああ。反対側もな」 「シンタロー、これでいいのか?」 「おお、完璧じゃん」 「きんちゃすごーい、じょーず〜」 きっちりと几帳面に折られたピンク色の鶴はキンタローらしいものだった。 「でっきたっ!」 ジャンが作った赤い鶴は少々不恰好だ。 「うまいうまい」 「えへへ。もっとつくるー!」 「おう、頑張れ」 もう一枚ジャンは青い折り紙を引き寄せた。 薄暗い部屋でぼんやり起き上がったアスに、高松は書類をサイドテーブルに置くと優しく声を掛けた。 「目が覚めましたか?」 「……ああ」 「汗をかいたでしょう。着替えましょうね」 「ああ……」 コクリと頷きアスは着替えを取り出す高松をぼんやり目で追った。 それからサイドテーブルに置かれた折り紙に気が付いた。 「それは……?」 「ああ。先程キンタロー様が持ってきてくれたんですよ。ジャンからだそうです」 よれよれの鶴。 アスはズルズルとベッドの上を移動すると、鶴に手を伸ばした。 「ベッドから出ちゃダメですからね」 「ああ」 一つ手に取りまたベッドの真ん中に戻る。 手のひらに鶴を乗せ、ゆっくりと嬉しそうにアスは微笑んだ。 −−−−− 11月6日の誕生石は「ターコイズ」 石言葉は「成功」 高松っ高松っ! |