化石 |
洞窟を抜けた先。箱庭のような岬の先。 椰子の木のの側にジャンは座っていた。 胡座を組み、遥か水平線の先、沈む夕日を見つめる。 「ここに居たのかい」 コツンと背後から靴音が聞こえた。 「なんだか気に入っちゃって」 オレンジ色のセロファンのような光りに照らさせ、ジャンは目を細めながらも真っ直ぐ彼方を見続けた。 ビュンと洞窟を通り突風が二人の背後から海に抜ける。 「強い風だ」 「立ってると危ないですよ」 マジックはジャンの横に腰を降ろした。 「突然居なくなるから探したよ」 「すぐに戻るつもりだったんですよ」 二日前と変わらず、箱庭には椰子の木とハイビスカス。 「休暇も終わりだね。明日の朝には迎えが来る」 「そうですね」 プツリプツリ、会話が途切れる。 「四日間、楽しかったかい?」 「…………」 眉を寄せ微笑み、ジャンは答えない。 「マジックは、楽しかったですか?」 「ああ。勿論さ」 「そうですか」 「なんせ君が私のことを見ていてくれるんだからね。楽しくないはずがないだろう?」 ジャンは肩を竦めるような動きをして、視線を外した。 「君は楽しくなかったのかい?」 「いいえ、ただ」 「ただ?」 「……一度も身体を求められなかったなあと」 「ップッハッハ」 吹き出すようにマジックは笑い出した。 「マジック」 拗ねた顔で睨むジャンに、マジックは笑ったまま詫びる。 「いや、済まない。いやあ、うんうん。やっぱりいいね、君は」 「はあ?」 太陽が落ちる。後は暗くなるだけだ。 「焦らした方が良いじゃないか。そうすれば君は意識してしまって私のことしか考えられなくなる」 「はあ?」 マジックは立ち上がり、ジャンに手を伸ばした。 「それに、無理に抱こうとは思わんよ。抱くのならば、君から求めてきた時だ」 「はあ?」 ジャンはマジックの手を取り立ち上がる。 「私が君を求めても意味がないからね」 「意味がわからないんですけど」 「そう拗ねるな」 「拗ねていません」 マジックはジャンの髪を撫で、首に掛かる貝殻の付いた首飾りを持ち上げた。 「私は、君がこれをくれただけで満足だよ」 「……明日には壊れますよ」 「もしそうだとしても構わないさ。君がくれた物だ」 「これはお遊びでしょう」 「そうだね」 マジックは微笑み、首飾りから手を離した。 貝殻の飾りがマジックの胸元で弾む。 その動きでするりと皮ひもの結び目が解けた。突風が吹く。 「あっ」 奪われる様に貝殻の飾りの付いた首飾りが崖の下に落ちていく。 「……壊れる前になくしちゃいま!? マジックっ!!」 肩を竦め横を向いたジャンが止める間もなく、マジックが首飾りを追い海に飛び込んだ。 水音が聞こえる。 「っ!!」 悲鳴も出せず、ジャンは淵に走り寄り崖下を覗き込んだ。 そこには穏やかな波。マジックの姿が見当たらない。 「っっ」 震える身体。 再度、風。椰子の木が揺れた。 「っ入江。あそこからならこの下に回れる」 開いた口で呟き、次の瞬間弾かれた様にジャンは走り出した。 ジャンは駆けた、駆けた、駆けた。 小さな入り江。暗い海。月が影を照らす。 ジャンは、沖の水の中にずぶ濡れで立ち尽くす人を見て、声を出さず叫んだ。 濡れるのも構わず、ジャブジャブ、駆け寄る。 「やあ、やっぱりあれぐらいの高さなら大丈夫だった……っ」 足がもつれ、倒れこむようにマジックに縋り付いた。 「大丈夫かい!? ジャン!!」 「どうしてっ!!」 叫び、そしてマジックの胸元を掴み、下唇を噛んで俯いた。 「……どうして」 その続きはどうしても口にできず、ジャンはただどうしてと繰り返すだけだった。 マジックはジャンの手の平に、貝殻の付いた首飾りを握らせた。 「どうして……」 「……君から、貰った物だからね。これだけする価値はある」 「どうして」 「君が好きだからだよ。遊びの中でもなんでも、私が君を好きだからさ」 バッと弾かれたようにジャンはマジックを見上げ、そして噛み付くようなキスをした。 「ジャン?」 「貴方はっどうしてっどうしてオレのことを放って置いてくれないんですかっ」 「君が好きだからさ。……君も私を好きだからさ」 「……っ」 ジャンは身体を震わせ、水を含んだマジックのシャツを握り締め俯いた。 小さく嗚咽が聞こえる。 マジックはジャンの背に手を回し、あやす様に背中を叩いた。 「……死んだかと……」 「ひどいな。勝手に殺さないでおくれ」 珍しく泣きじゃくるジャンの背を優しくポンポンと。 「そんな首飾り、どうせ明日になればオレが壊したのに」 「それでもそれまでは私の物だろう?」 ジャンはマジックの肩に顔を押し当てた。 「どうして……」 「ん?」 「どうしてこんなに……オレは……貴方を…………」 マジックはジャンの黒い髪を柔らかに梳いた。 ジャンはマジックの肩口に歯を立て噛んだ。それからマジックのシャツのボタンを外し、首筋と肩にキス痕を残す。 マジックはジャンのうなじに手を当てたまま、やりたいようにやらせていた。 ジャンが上向き、唇を重ねた。深く、マジックを追う舌。 執拗に追い、舌を絡め、それでも貪欲にジャンはマジックを追う。 もっと深い所まで奪おうとするかのように角度を変え、何度も。 飲み切れない唾液が零れるのにも構わずキスを繰り返した。 やがてそれだけでは足りなくなり、擦り付けるかのように腰を動かす。 「ジャン。続きは部屋に戻ってからにしよう」 ジャンは駄々を捏ねる子供のように必死に首を振る。 「このままでは風邪を引いてしまう」 「でもっ」 マジックは宥める様に額に、頬に、鼻先に、キスを落とし髪を撫でた。 そして少し腰を落とすと、腕をジャンの膝裏と脇に差し込み横抱きにした。 「少しだけ我慢していなさい」 そう言ってマジックは歩き出す。 ジャブジャブと足が波を蹴る。 ジャンはコテージに戻るまでの間、シャツの肌蹴たマジックの脇腹に顔を寄せ、いくつもいくつも、強く痕を残した。 −−−−− 11月10日の誕生石は「化石」 石言葉は「祖先の守り」 いつも通り暗転オチです。 |