1ctのダイヤモンド |
薄暗い砂浜。波が体育座りをするジャンの足元を寄せて返す。 あと三十分もすれば日の出だ。 あと三十分もすれば、朝が来る。もう数時間で迎えが来る。 サクサクと砂を踏む音。 「眠らないのかい?」 マジックがジャンの後ろに立った。 きっちりと身支度を整え、上着を羽織れば会議にも出られそうな出で立ち。 「……眠りたくなくて」 マジックも腰を下ろす。腕一つ分の距離。 「一睡もしていないだろう」 「そんなことありませんよ」 淡々と嘘を吐く唇。 そういえば理性を失ってなお、見える所に痕は残さなかったなと、マジックはジャンの横顔を見た。 シャツのボタンを上まで留めれば、昨夜の痕跡は見当たらない。 なにもなかったことにする気なのか、それともお遊びなのだからなにもなかったと同じことだと言い訳しているのか。 マジックにはそのどちらも意味のないことのように思えた。 「この島は楽しかったかい?」 「……ええ。とても美しい島でした」 「それは良かった。誘った甲斐があったよ。うん、私も楽しんだ。君が付き合ってくれたからね」 「はあ……」 ジャンは眉間に少し皺を寄せ、困った様に微笑んだ。 空が明らみ始める。 「もうすぐ迎えが来るな。うん朝食でも摂ろう。最後くらい私が作るよ」 「ええ……」 マジックが立ち上がる。ジャンは立ち上がらない。 「どうしたんだい?」 「ええ……」 ジャンはじっと海を見つめたまま動かない。 マジックはジャンが口を開くのを待った。 「なんとなく」 ザァーザァーと波が寄せる。 「なんとなく……」 「動きたくない?」 ジャンはゆっくり首を倒した。 「そう、なのかな。よくわからないです」 「私はここにいたほうがいいかい? それとも向こうに行っていようか?」 「……いえ、ここに」 ジャンはマジックを見ない。太陽が半分顔を出した。 「一つ聞いてもいいかな?」 「なんですか、マジック」 「君は私のことが嫌いかい?」 ジャンは頭を振る。 「いいえ、それはありません」 「ならどうして向こうで私を避けていた?」 「避けていませんよ。ずっとサービスと共にいたから、そう見えただけでしょう」 「そうかい? 私が呼び出した時以外、君に会った記憶がないんだが」 「そういうものでしょう。マジックはガンマ団の元総帥なんですよ。出戻り団員がそう簡単に会える御人じゃありません」 「なるほど。そう言われるとその通りだ」 ジャンはマジックを横目で窺がっていた。 カモメの鳴く声が聞こえる。 「サービスが好きかい?」 「ええ。親友ですから」 「他の人とも上手くいっているかい? なにか困ったことは?」 「いいえなにも。……大丈夫です」 「ならなにを気に掛けているんだい?」 ジャンはマジックを見て首を傾げた。 その表情にマジックは目を瞬かせた。 「なにか心配事があって帰りたくないんじゃないのかい?」 「……フッハハ……」 ジャンは空気が抜ける様に笑い海を見た。 もうすぐ太陽が全て海から出る。 「違います。ただ……ただここが、居心地が良くって」 マジックはジャンを抱き締めたい気持ちを抑えて口を開いた。 「それは良かった。君にとっても楽しい休暇になったのなら嬉しいよ」 「ええ、とても……夢の様だった」 「ふむ」 マジックは考え込む様に黙り込んだ。 ジャンは少し首を傾げる。 「なんですか?」 「夢ではなくする方法を教えてあげようか?」 「え?」 マジックは立ちあがりジャンに手を差し出す。 「ここで二人で暮らせばいい」 ジャンは目を見張る。それから力なく笑って首を振った。 「ダメですよ。そんなことを言っても」 「ふむ。残念だ」 マジックの冗談のような言葉に笑い、ジャンはマジックの手を取り立ち上がった。 「さあ、朝食といこう」 マジックはコテージ向かい歩き出した。 ジャンはそれに付いて歩き出し、そして立ち止まった。 「どうしたんだい」 「ええと、最後だし」 「え?」 ジャンは振り向いたマジックとの距離を詰め、ひとつ穏やかなキスをした。 「愛しています、マジック」 マジックは驚いた表情でジャンを見た。 その表情にジャンは笑った。 「帰ったら、言えなくなると思うから」 「ああ……!」 マジックはジャンをぎゅっと抱き締め、ジャンを更に笑わせた。 「君を愛しているよ。誰よりも何よりも。こういった意味で愛しているのは君一人だ」 「はいはい。……ええ、オレもです」 ぎゅっと腕の力が強くなる。 その時、島に近付くヘリの音が聞こえた。 ジャンが首を巡らし、音のする方を見上げた。 「へ? ガンマ団のヘリ?」 「……早いな」 「ええ、迎えにはまだ……」 ジャンは首を傾げる。 マジックは肩を竦めジャンを解放した。 やがて激しい音と風と砂を撒き散らしながらヘリが砂浜に降り立つ。 すっかり羽の回転の止まったヘリから降り立ったのは、ジャンの二人の友人だった。 「サービスっ!? 高松まで!!」 ジャンは目をぱちくりさせ近付く二人に駆け寄る。 「アンタ、砂まみれですよ」 「しょうがないだろ、ヘリが砂を飛ばしてきたんだから」 「これから二人でフィレンツェに行くことになってね。君も一緒に行かないか誘いに来たんだよ」 「えっ!? ほんと? いくいくっ!!」 ばっとサービスに抱きつき、それから思い出したかのようにはっとマジックを振り返った。 体中に掛かった砂をハンカチで落としていたマジックは、視線に気付き苦笑いを浮かべた。 「私は団に戻るよ」 サービスが当然と頷き、高松が額に手を当てて溜息を吐く。 「え? なに?? なんかあったのか??」 いつもと違う周囲の態度にジャンが高松に向って尋ねた。 「まーいろいろあんですよ」 「ふん。首謀者が何を言ってるんだい」 「サービス、人聞きの悪いこと言わないで下さい」 「本当のことダロ」 「な、なに。どーしたんだよ、サービス。え? っていうかどうしてここにいること知ってんの? オレ誰にも言ってない……」 サービスはジャンを無視し、マジックを見た。 「そういうことでジャンは借りていきます。……戻ったら、約束通りジャンは兄さんに上げますよ」 「え? え? え???? なに? なにっ!???」 ジャンはサービスとマジックの顔を行ったり来たり見るが、サービスは目を合わそうとせず、マジックは困った様に笑うだけでどちらも答えない。 「アンタ、サービスに捨てられたんですよ」 笑い声を耐えながら高松が言った。 「えっっっ!!!! ……そうなのか、サービスぅ……」 「バカ。高松の言うことなんていちいち信じるな」 「だって、あげるって……」 スンと小さく鼻を鳴らしジャンがサービスを窺がう。 「この旅行が終わったら、俺の部屋の荷物をまとめて兄さんの部屋に引っ越せ」 「えっ」 「好きなんダロ? 兄さんのことが」 「アンタ私達に隠せてると思ってたんですか。本当に馬鹿ですね」 「もう知らない振りしてやるのにも飽きたんダヨ」 「え……なんで」 「なんで知ってるかって? アンタいまここで言ってたじゃないですか『愛しています』って」 ニヤニヤと高松は笑い、ポケットから黒い小さな長方形の箱と、それに繋がるイヤホンを取り出した。 「えっ? それ盗聴器…………ちょっとどういうことだよっっ!!!」 「言っときますけどサービスとマジック様もグルですからね」 「なっっっ」 ジャンは絶句しぐったりとサービスの身体に凭れ掛かった。 「重い」 「……ひでえ……」 「まあ、アンタが愛してるって言わなきゃ知らない振り続行だったんですけどねえ」 言っちゃいましたねとサービスの恋人は楽しそうだ。 「おまえ、オレのこと嫌いだろう……」 「なに言ってんですか。好きじゃなきゃこんな面倒な賭け、二人に提示しやしませんよ」 「……サービスを好きなんだろ……?」 「アンタ鋭くなりましたね」 ジャンは「高松が虐める」と自分より背の低いサービスの肩に頭を乗せた。 「鬱陶しい」 「さーびすもつめたい……」 「いいから行くぞ。そんなに兄さんの部屋に行くのが嫌なら旅行から帰らなきゃいいだろう」 「あっ!! そうか!!」 パッと表情を輝かせジャンはサービスから離れた。 「やめて下さいよサービス。私は一週間で戻らなきゃなんないんですから」 「自業自得ダロ、ドクター」 言い合いながらヘリに戻る。 ジャンもそれについてヘリに乗りこんだ。 「じゃあ兄さん、またあとで」 「ああ、楽しんでおいで」 「それでは」 三人が別れの挨拶を交わすなか、ジャンは一人拗ねた様に横を向いていた。 困った様にマジックがジャンを見る。 「ジャン」 「なんですか」 「帰りを楽しみにしているよ」 にっこり笑い、マジックはヘリから離れた。 マジックが十分離れたのを確認し、ヘリが飛び立つ。 「意地っ張り」 「うるへー」 砂浜に残るマジックをいつまでも見詰めるジャンを高松がからかった。 すっかりと昇った太陽が、ジャンの赤く染まった横顔を照らした。 −−−−− 11月11日の誕生石は「1ctのダイヤモンド」 石言葉は「幸せの始まり」 パパが賭けに勝つと、高松研究費使いたい放題 |