さんざし |
どうして?と問われたとしても答えられない。 後悔はしない。 あれは復讐だった。 復讐でしかなかった。 だから私はこたえない。 高松は無言で研究室の扉を開けた。 「よっ」 悪びれた様子のない侵入者を無視して、机に向かう。 「あんだよー。無視すんなって」 わざとらしく口を尖らせ近づくジャンにメスを突きつける。 「おいおい。なに怒ってんだよ」 「出ていってください」 静かな高松の言葉にジャンは肩を竦め、扉に向った。 「泣かすなよ」 それを言うためだけに居たのだろう言葉をすれ違いざま高松に放って。 高松は、眉一つ動かさず仕事を始めた。 後悔なんてできるはずもない。 あれは復讐だった。 物の見事に成功した復讐だった。 ルーザー様を奪った者に対する復讐でしかなかった。 「高松、いいか」 「キンタロー様っ!」 煌やかな笑顔の高松に、キンタローは口を開いた。 「グンマを見なかったか」 「グンマ様ですか? いいえ、今日はまだ一度も」 「そうか」 首を振る高松にキンタローは眉間に皺を寄せ答えた。 「どこでなにをしているんだ、グンマは」 「なにか……グンマ様に急用でもできたのですか?」 「ああ。今日の実験に使う資料がどうやらグンマの部屋にあるようなんだ。午後の実験で必要なんだが、勝手に俺がグンマの部屋に行って持ってくるわけにはいかないからな」 「そうですね」 らしくない高松に、キンタローは内心で息を吐く。 「捜してきてくれないか」 「ええ、もちろんですキンタロー様っ!!」 いつもならばこんなこと、キンタローが口にする前に自ら捜しに行くのに。 「頼む」 いつも通りにしか見えない高松に背を向け、キンタローは一歩進んで問いかけた。 「高松。お前が俺に優しくするのは俺がキンタローだからか? それとも、運命を狂わせたという負い目からか?」 キンタローは高松か口を開く前に部屋を出て行った。 マジックの、実子に興味なんてなかった。 大切な恩師の子として育てなければならないことが億劫だった。 ……すべては、過去形でしか言えない。 落ちるのに理由がいらないというのなら。 いつのまにか、私は恋に落ちていた。 むせ返るほどの甘い花の匂い。 ブロックで舗装された遊歩道の脇を埋め尽くす薔薇。 ドーム状の温室中で、高松はピタリと足を止めた。 薔薇の少ないところを、トゲに気をつけながら中へと進む。 その奥に、ひとふたり分だけ開けた場所があった。 秘密の隠れ場所。 そこに人影があった。 膝を抱えて顔を伏せ座る人に、高松はゆっくりと声を掛けた。 「グンマ様」 「……高松?」 グンマは顔を上げ瞳を瞬かせるとにっこりと笑った。 「どうしたの?」 「……キンタロー様がお捜ししていましたよ。午後から使う資料がグンマ様のお部屋にあると」 「あっ!いっけないっ!! 今日持っていくつもりで忘れてたよ〜」 グンマは笑うと立ち上がり、服についた土を払った。 「高松、よくここが分かったね」 「……昔から、グンマ様の隠れるところはここでしたから」 「そっか」 にっことグンマは高松を見ると手を差し出した。 「グンマ様……?」 「一緒に戻ろう。キンちゃんが待ってるよ」 高松は、おずおずとその手を取った。 あかい薔薇の中を二人で歩く。 「高松」 「はい」 「好きだよ」 高松は顔を紅くしてこたえない。 グンマは前を向いたまま続けた。 「僕はずっと待ってるから。大丈夫だよ、高松」 「グンマ様……」 高松は、諦念したように瞳を閉じた。 本当は、ずっと知っていた。 己の気持ちも。 どちらの気持ちも。 知らぬふりをするしかなかった。 運命を狂わせたのは自分なのだから。 会いも恋も運命も知らない。 でも、もし、もしも、運命ならば。 全てが運命であったとしたなら。 「誰も高松のこと恨んでいないよ。僕もキンちゃんもシンちゃんも誰も、高松のこと責めたりしない。だからね、そろそろ許してあげてよ、自分のこと」 それでもまだどちらの気持ちにもこたえられない。 −−−−− 5月13日の花言葉は「唯一の恋」 |