カーネーション(ピンク)


「それでは行こうか」
ピラリと突き付けられたのは、二枚の映画招待券。


ジャンは映画館の柔らかな椅子にずぶずぶと身を沈めた。
ガンマ団本部から一番近いシネコンの二階席。
警備の都合から二階席は貸し切り。
招待券の意味がないよなと、ジャンは一つ息を吐いた。
階下からは人々のざわめきが聞こえる。
「ほら」
差し出されたポップコーンと紙コップに入った烏龍茶を受け取り、備え付けのカップホルダーへ入れる。
マジックも同じようにし、ジャンの隣の椅子に座った。
「ありがとうございます」
「いいや」
にっこりと笑う姿は本当に楽しそうだ。
使いっぱしりをさせたのだから少しは不機嫌になれよと、勝手なことを思って、ジャンはポップコーンを口に投げ入れた。
ジリリリリと開始のベルが鳴った。



映画の内容は恋愛モノ。
家柄と世間体と両家の確執に縛られた二人が、少しずつ歩み寄り愛を育む物語だった。
ジャンはハァと息を吐いてチラリと隣を見た。
真剣に見入る人に更に溜め息。
(心を読むまでもないな……)
重ねられている気がする。
スクリーンの中では黒髪の男と金髪の女。
女を愛するが故に、彼女を世間の視線から護るために、離れようとする男の頬を女は叩いた。
『ふざけないで。私はあなたに護られるつもりなんてないわっ! どうして一緒に行こうって言えないの!?』
(言えるはずがないよ)
なんと言われようと恨まれようと憎まれようと、答えられないこともあるのだ。
知らずジャンは視線を下げた。
『信じてっ!! 私をっっ!!』
左手に重ねられた手。
ジャンは心臓を弾ませた。
盗み見たマジックの横顔は変わらぬまま。
ジャンは頬が上気するのを自覚して、スクリーンから外れたところに視線を定めた。
スクリーンの中の男女は盛大なキスシーンと愛の告白。
ジャンはその手を払えないまま打ち付ける鼓動と共にじっと映画が終わるのを待った。

やがて流れたスタッフロールは、彼と彼女の結婚式だった。

手を繋いだままトランジェットモール内を歩く。
そこの角を曲がった先が、グンマとジャンのお気に入りのケーキ屋だ。
「きみはいま、幸せかい?」
唐突に問われ、ジャンは唇を緩く噛んだ。
「……マジック様こそ、幸せですか?」
ジャンの問いにマジックは優しく微笑み。
「当然だろう。どうしてそうでないと思うんだい?」
雄弁に語る視線に、ジャンは赤くした顔を背け、繋ぐ手を強くし、引っ張るように早歩きにした。
「……大切なきみがいて、大切な息子たちがいて、家族がいて。どうしてこれで幸せじゃないなんて言えるのだい」
声だけで伝わるほどの感情の込められた言葉。
ジャンは一つ息を吸い込んで口を開いた。
「オレも……。オレも同じです」
カランとケーキ屋のドアに付けられたカウベルが鳴った。
ジャンは顔を赤くしたまま、それでも繋いだ手はそのままに、店内に足を踏み入れた。
「ありがとう。 愛しているよ、ジャン」
マジックは聞こえぬよう呟き、その背を見つめた。



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5月15日の花言葉は「熱愛」
去年と違う花を選んでみました。